お嬢様と女の敵②
ロイズと話しながら、アシュレイはゆっくりと椅子から立ち上がった。
「さて……ここで豆知識。私は実父の若い頃に生き写しらしい。なのでこれです」
アシュレイがウィッグを外して、自分の部屋のベッドに投げ捨てた。他に置き場がなかっただからだが。何かを思いついた様子のアシュレイを見て、ロイズが首をかしげる。
「そうしてると、本当に同い年の男友達という感じだな。別に違和感はないが、令嬢としての体裁とかは大丈夫なのか?父上は結構厳しいぞ。」
はじめてアラステアに会った日、アラステアは「クリフォード!!」と言って騒いで、感激した様子だった。それほどに、若い頃の父親とアシュレイは似ているらしいのだ。小さい頃に覚えている父親の顔は、美形ではあったが疲れた大人、という感じだったし髪の色も違ったので似ていると言われると違和感があったが。黒髪は母親譲りなのだ。
「幼馴染の色違いバージョンですよ、普通にテンション上がりません?私には幼馴染なんていないので知りませんが。あ、でもこの格好じゃなあ……アルドヘルム!前に、私にお下がりをくれるって言ってましたけどあったりしませんか?」
「そういう日が来るかもしれないと、私の部屋に20着ほど用意してあります。」
「多いな!ちょっと選んでくるので、ロイズはここで待っていてもらえます?すぐ戻るので。あ、この本とか面白いので良ければ暇つぶしに読んでください」
「お気遣いなく」
アシュレイが慌ただしく出ていくのを、優雅に紅茶を飲んでいるロイズが見送る。
「おっ!まともな服ばっかり。どれが似合いますかね?」
アルドヘルムの部屋は、アシュレイの部屋の二つ隣にある。護衛も兼ねているのである。ので、部屋にはすぐに到着した。
「あなたにはどれもお似合いですよ。でもそうですね……この紺色の服とか、生地が暖かいですよ。今日は寒いですから」
「うーん、じゃあそれにしましょうか。」
「あっちょっと!着替えるなら私は外に出ますから!」
「中にシャツ着てるんで大丈夫ですよ」
「ドレスの中にシャツを着る令嬢が居ますか!!それも今後やめてください!とにかく私は外に出ていますから、終わったら呼んでください」
「わかりました」
アシュレイはバサバサとドレスを脱ぐと、十数秒で着替えてドアを開けた。以前舞台で一人何役もやることがあったので、早着替えは得意なのである。
「終わりました」
「早っ!……あ、すごく似合っていますよ。顔の怪我も相まって、やんちゃ属性貴族美少年といった風体です」
「やんちゃ属性貴族美少年といった風体ですか。悪くないですね……ま、とりあえず部屋に戻りましょうか。」
どんな属性だ。部屋に戻ると、ロイズは本を読んでいるところだった。ノックしてドアを開けると、ロイズが本から顔を上げる。
「ずいぶん早かったんだな!まだ3ページしか読んでいないぞ」
「私は全部読み終わってるので貸しますよ。さて、お父さん方の所に伺うとしましょうか」
後ろにアルドヘルムと、入り口で待機していたロイズの執事であるクリスを従えて、アシュレイとロイズが一階の客室に向かって階段を降りる。
ロイズがなんだか難しい顔をしているので、アシュレイは肩をポンポンと叩いて落ち着かせた。ロイズは学校の集会で司会をする日なんかも緊張する緊張すると朝から騒いでいるし、案外あがり症なのかもしれない。
今までの友達にはそんな弱音を吐いたことはなかったらしいが、アシュレイたちにはよほど心を開いているらしい。ノーガードで殴り合った思い出が、アシュレイとの青春の思い出として心に深く刻まれているのだと語ってもいた。状況に酔いやすいタイプなのかもしれない。
「ああ……はぁ、なんだか緊張してしまうな。私は正直、父上のことが結構苦手なんだ。怖いからな」
「頑固親父タイプですか。温厚なアラステアお義父様とは正反対のタイプですね」
「そうかもしれないな。アラステア公は昔から親の付き合いで何度かは会ったことがあるが、おとなしそうな人だったし」
「ロイズの父親であることを考えると、そう悪い人とも思わないんですが」
「そ、そうか?私は結構、感じ悪かったと思うんだが」
「あなたって真面目すぎて頭が堅いだけで、悪人では無いですから。人への認識なんて育った環境の思想に依存しているものですし、ロイズのお父様もそういう環境で育ったんでしょうよ。しょうがないです、私も貴族に対していい印象はありませんでしたし。おあいこ様ですよね」
「君はしょうがないって言葉をよく使うが、私は今となってはそうも思わないな。私は、やはり自分が貴族であるからこそ平民のことについて理解しようとすべきだったと感じる。人間はだれしも、自分の生まれる場所を選ぶことなどできないのだから」
「めんどくさっ!真面目ですねほんとに!急にまともな人間ぽい発言するのやめてくださいよ!」
そんなことを話しているうち、客室の前に辿り着いてしまった。二人とも無言で立ち止まり、顔を見合わせる。アシュレイがロイズの袖をぐいぐいと引っ張った。ロイズが何か話があるのかとアシュレイと顔を近づける。その一連の動作に、アルドヘルムが微妙な顔をした。
「なんだ?内緒話か?」
「いえ、それほどのことではないんですけど……ズバリ、初対面はどんな顔で行くべきでしょうか?笑顔でへらへらしておくべきか、堅物クソ真面目顔で入っていくべきか。でも、他家のご令息と殴り合いをするような女が真面目ぶっていると不自然な気もしますよね」
「普通でいいんじゃないか?というより、その格好は君の父上の若い頃の扮装だということだし、父上はどんな人だったんだ?」
「……うーんよく分かりませんが、まあ良いですよそれは。ドアはどっちが開けます?私開けるの怖いんですけど、ジャンケンします?ジャンケンって知ってます?」
「ジャンケンくらい知ってるが。別に構わない、開けたくないなら私が開けるぞ?」
「その必要はない。ドアの中まで丸聞こえだぞ」
ガチャッとドアの開く音がして、こそこそと話していた二人の前に、険しい顔の、強面の男が立っていた。アラステアと同じ歳くらいの老け具合と、ロイズの顔色から見るにこれは間違いなくロイズの父親、メイスフィールド公爵なのだろうとアシュレイは察した。
「!!…………」
「初めまして。アシュレイです」
「……ほ、本当に……クリフォードに、生き写しだな……髪の色は違うが」
「そうだろう、おや?アシュレイ、アルドヘルムの服を借りたのかい」
「ええ。お義父様も初めて会った時に私を見て驚いていましたし、実父とロイズのお父様も幼馴染と聞いておりましたので、ちょっとした遊び心です。」
「……はぁ、なんだか。喋り方も、飄々(ひょうひょう)とした雰囲気もクリフォードにそっくりで頭痛がしてくるな。ともかく寒いだろう、二人とも入りなさい」
喋り方が似ている?飄々としている?アシュレイの知るわずかな記憶を辿っても、実父と自分が似ているとは思えなかった。疲れた廃人間際の中年という印象だったし。しかし、アシュレイはその感想は表に出さずに笑顔でお辞儀した。
「はい!ロイズ、入ろう」
「あ、ああ。父上、スペンサー卿は?」
「別室でご令嬢を口説いているようだ。彼は私たちよりずっと若い、つまらんのだろうよ」
「そうですか……」
二人で部屋にとりあえず入って横並びに座る。意図せず親二人と子供二人が向かい合う形になってしまった。数十秒の間その場が沈黙し、アルドヘルムの咳払いによって、ようやくメイスフィールド公爵が厳しい顔で口を開いた。
「それで、君はなぜ男の格好をしているんだ?」
「さっき言ったとおり、遊び心ですわ。それになにしろ自分の息子を殴った令嬢が相手なので、お怒りになって切りかかってこられるかもしれない、ということも想定しまして。幼馴染に似た風体にしておこうかと」
アラステアはアシュレイの、相手を怒らせかねない発言にもにこにこしている。これと言って問題はないらしい。
「ほう、切りかかられる覚悟があるのかね?」
メイスフィールド公爵は、少し呆れたように言う。
「覚悟はある程度ありますが、まだ死にたくないですね」
「冗談だか冗談じゃないんだかわからないところもクリフォードそっくりだな、フン。面白くない」
「しかし、人生にはある程度のユーモアが必要だとは思いませんか?ロイズもそう思うでしょう?」
「え?あ、ああ……父上、アシュレイは緊張すると冗談を言いやすくなる性格なんです、喧嘩を売っているわけではないので許してやってください」
とか言いながらも「こっちに話題を振るな!」という苛立ちが透けて見えて、分かりやすいロイズにアシュレイはにっこり。
「ええ、ロイズとは親友なので、あなたの息子とこの顔の怪我に免じて許してくださいませ」
アラステアはニコニコ、ロイズはヒヤヒヤ、メイスフィールド公爵はやはり、呆れたような困ったような顔をしている。だが、怒っている様子ではないようだ。
なんだ、思ったより怖くないじゃないかとアシュレイはこっそりと思う。アラステアのように掴みどころがない大人というよりは、頑固だがほだされやすいタイプの大人と見た。そうやってすぐ大人をタイプ分けしようと品定めするのがアシュレイの悪い癖だ。
「なんていい加減な娘だ。アラステアはおとなしいんだ、あまりストレスを与えるんじゃないぞ」
「はい!今後は喧嘩などしないよう努めますわ」
「ロイズには負けたことについては怒ったが、若者同士の衝突をとがめる気は私にもない。今回は息子が君に嫌味を言ったことが発端と聞いたしな。しかし、ロイズ!女の顔を殴るやつがあるか!あれから結構日も経ったのにまだ腫れているじゃないか」
「アシュレイがあまりに本気で襲いかかってきたのでつい……反省しています……」
「そうですよ、殴るなら見えないところにしていただかないと」
「君が言うな!!」
まだ顔に大きな青あざのあるロイズがすかさず突っ込む。アシュレイはドアを開けたくないとか言っていた割に緊張感がまったく無くて、ロイズは「さっきの緊張している云々の話はなんだったんだ!?」と思っている。
が、そんなことアシュレイには関係ない。自由なのである。そんな風にして多少空気が和んできたところで、少し重々しい感じで、メイスフィールド公爵がアシュレイに質問した。
「クリフォードは、街に居た時どうしていた?」
アシュレイは、されるかもしれない質問としては想定していたので、すぐに答える。
「私は家に居る間もほとんど父との会話はありませんでした。父が死んだことも、女中だった女性から口伝に知りましたから詳しくは分かりません。父はいつも部屋にこもっていて仕事ばかりしているようでしたが、何の仕事をしていたのかも知りません。なので私から父について話せることは無いんです。あなたのほうがよほど父のことを知っていると思います。すみません」
「なに?!クリフォードが子供のお前に対してほとんど接しなかったというのか?!若い頃のヤツは、自分は子煩悩な人間だからお前たちと違って優秀な子どもを育て上げると豪語していたぞ。子供好きだと日頃からアピールしてきていたのに……」
「平民なのに結婚を決意するほどに愛していた母が死んだので、心を病んでいたんじゃないかと私は推測しています。しかし、育てられた覚えはないにしろ私は優秀な子供かもしれませんよ、あなたの息子と殴り合って勝ちましたし」
「確かにクリフォードが平民の女と結婚すると言って出て行ったときは、私たちも猛反対したんだ。出ていくなら縁を切るとまで言った。のに、まさかその妻が早々に死んでいたとはな。しかし優秀といっても同じ学生のロイズに勝った程度。戦いにおいてお前はそこのアルドヘルムより弱いだろう、本当に優秀であるとはまだ言いきれないな」
「確かに騎士団員に勝てるほどの戦闘力はありませんね……精進します」
「精進せんでいい!」
メイスフィールド公爵とアシュレイばかり会話して、ロイズとアラステアの二人は黙って聞いていた。案外メイスフィールド公爵がアシュレイに友好的なことに全員驚いてはいるが、争いにならなくて安心している節もある。メイスフィールド公爵はなんだか楽しそうな顔で、話がひと段落すると満足げにため息をつく。
「……なに、私は、物怖じしない者は嫌いじゃない。ロイズとも仲がいいようだし、息子をやってもいいかもしれないな」
「あら、じゃあ貰っちゃおうかしらオホホ」
「ア、アシュレイ!そういうことは……」
「何赤くなってるんですかロイズ、冗談ですよ」
「ハハハ!振られたなロイズ!」
ロイズはなんだ冗談か、と気の抜けたような顔をしているが、アシュレイをそういう目では見ていないらしい。殴り合いをしたから仕方ないが。そんな冗談を言っていると、アラステアがようやく口を挟んだ。
「アシュレイ狙いのうちのアルドヘルムがすごい顔になっているから、この話はここまでにして。アシュレイ、スペンサー卿と一緒に居るご令嬢は君と同年代だ、友達になれるかもしれないよ、だから着替えてきなさい」
「ええっスペンサー卿という方にはあまり会いたくないんですが、ご令嬢だけに会えますか?」
「これ!そういうことを正直に言うものじゃないぞアシュレイ嬢」
「すみません、正直に言ってしまうのは私の悪い癖です、改めなければなりませんね」
「思ってないだろうアシュレイ、スペンサー卿には気をつけてな」
「何言ってるんですか、あなたも来るんですよロイズ」
「えっ」
そういったアシュレイに引きずられるようにして、ロイズも客間を出ていく。それに続いて二人の執事も後を追った。
客間に残った大人二人は、顔を見合わせる。アラステアはニコニコと笑顔で、メイスフィールド公爵は困ったような顔だ。座りなおして、アラステアが煙草に火をつけて吸い始めた。
「はあ、下町出身と聞いてどうかと思っていたが、なに、悪くないな。クリフォードの娘と疑いようのない容姿だし、何より血を感じる」
「今は私の娘だよ、ダリウス」
「そうだったな、全く、変な感じだ。」
子供たちの不安をよそに、大人たちは書斎に場所を移して談笑することにする。
外にはやっぱり雲が流れてきてしまったようで、はらはらと雪が降り始めていた。




