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お嬢様は神様です!  作者: 明日葉充
学校編1
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お嬢様と女の敵①


休日の昼間、窓の外は珍しくすっきり晴れている。しかし遠くには少しだけ雲が浮かんでいて、こっちに流れてこない確証はない。この頃は天気が変わりやすいのである。主に、雪にだ。


「……と、そんなことがあってお友達が増えました。学校は結構楽しいですよ」


アルドヘルムとダレンも休憩時間だったのでアシュレイは三人で紅茶を飲みながら、学校の話なんかをしていた。


アルドヘルムは学校の送り迎えに同伴しているのである程度学校の話は聞いていたが、どうせ休日に三人で茶を飲むので、アシュレイとしては同じ話を何度もしたくなくて詳しくは話していなかった。


「お嬢様、意外と貴族に馴染んでますよね。俺もっと尖っていってほしいな。この前の決闘とかみたいに」


ダレンが、コックが昼に多めに焼いてくれたクッキーをつまみながら言う。この前ダレンは「あまりアラステアに心配をかけないように」みたいなことを言っていた気がするのだが、これまた矛盾した発言である。


「ダレンは私に何を求めているんですか」


「余計なことを言うなダレン。アシュレイ様がこれ以上危険なことをすると私は多分、頭髪が全部真っ白になってしまう」


「アルドヘルムは大げさですね」


「いや、別に冗談じゃないですからね」


そんな話をしている時、今日は何組かの家から客が来るとアラステアが言っていたことを思い出してアシュレイが質問した。


「そういえば今日、客が来るって義父さんが言ってましたが。私、何かをしたほうがいいんでしょうか」


「何も言われなかったんでしょ?いいんじゃないですかね、お嬢様は部屋でこうやって菓子でも食ってれば」


「義父さん、物腰が柔らかいから他家から舐められてるんだってシェリーが言ってましたよ」


「シェリーって誰です?」


「お前、結構前から働いているだろう!メイドの一人だ。一緒に働く使用人くらい覚えておけ」


「アルドヘルムは真面目だな、なるほどメイドか……確かに旦那様は舐められている節がありますからね、シェリーとかいう女はよくわかってるなぁ」


ダレンが適当に同意する。シェリーというのは、この屋敷で働くメイドの中では一番アシュレイに年齢が近い、17歳の女の子だ。噂好きで、アシュレイに色々な屋敷内事情を話してくれる。所詮噂なので、正しいことも、間違っていることもあるが。


「私、お義父様の横に居て相手を威圧したりしたほうが良いでしょうか?」


「何言ってんですか、ただでさえ凶暴だって噂されてるのにそんなことしないでくださいよ。そんな見るからに喧嘩っ早いって顔して」


喧嘩っ早そうというよりは「喧嘩して怪我してきました」という様子だが、ぱっと見では一方的に殴られたように見えなくもないが、どちらにせよ印象が悪い。


「ええ~?私、凶暴だって噂されてるんですか?どこで?」


「ははは、お嬢様、女の子が胸倉に掴みかかるもんじゃありませんよ」


そんな話をしてアシュレイはダレンとじゃれていたが、アルドヘルムはなんだかずっと黙って死んだ目をしている。アシュレイは、なんだ、冗談で言ったのに怒ったのか?とダレンから手を離した。


「アルドヘルム、浮かない顔ですね。言いたいことがあるんですか?」


「……今日は部屋からあまり出ないほうが良いかと」


「なんでです?ああ、顔の怪我ですか。まあ、私はそもそも人と交流するのが特別好きなわけじゃないですから、部屋にいろと言われれば部屋に居ますよ」


最近は心なしか、アルドヘルムがうじうじしていて『付き合ってないのに束縛してくる面倒くさい女』のそれに似ている気がして、アシュレイは変な気分だ。もっと他にいくらでも女はいるだろうに、いまだに二人きりになるとアシュレイに歯の浮くような口説き文句を言ってくるし。


……それが不思議と、別に嫌なわけでもないのだが。それでもやはり、アシュレイは恋愛にたいした興味はなかった。それに、今までに男にも女にも告白されたり好かれた経験は割とあったので、慣れている。アルドヘルムに関してはまだ、本気じゃないかもしれないと思っているからという部分もあるが。


「そうではなくて、多分アルドヘルムが言いたいのは今日の客にスペンサー公爵が居るから気をつけろってことだと思いますよ」


ダレンが再び座りなおしてクッキーを食べる。現在、三人は丸いテーブルに均等に感覚を開けて向かい合って座っている。


「スペンサー公爵?存じませんね。アルドヘルムの顔から笑顔を奪うなんてとんでもない極悪人ですね、何か重犯罪でも犯したんですか?」


「いえ、西の方から来た貴族なんですがね、とんでもない女好きでして。アルドヘルムの妹にも昔、手を出しているんです」


さらっととんでもないことを言ったダレンを、アルドヘルムが睨む。まあ、確かに自分の兄弟姉妹の嫌な歴史を知り合いに暴露されるのは嫌だろう。とはいっても、部外者のダレンが知っているということは結構有名な話なのかもしれない。


貴族の娘は、同年代の男と二人で話すだけでも問題視されがちだとも聞くし。コーネリアスなど王子レベルの地位の同年代の友達は二人きりだろうが特に悪評をたてられたりはしないので、アシュレイはそれについて困ったことは特にないのだが。


「へー、アルドヘルムって妹が居るんですね」


「アルドヘルムの妹、ちょっと馬鹿なんで騙されちゃったんでしょうね~」


「ダレン!確かに妹は馬鹿だが、悪いのはスペンサーだ!あいつはちょっと顔がいいからって色んな令嬢に手を出しまくって……」


「でも、私のような殴り合いをする野蛮な令嬢には手を出さないのでは?他家と問題を起こすような女に手を出しても百害あって一利なし。大丈夫ですよ」


「甘い!怪我してようとあなたは顔がいいのですぐに手を出されますよ」


「おやおや、事前にこんな悪評を聞いておいて、私がそんな男に騙されるわけないでしょう。あなたは私の頭に綿でも詰まっていると思ってるんですか?」


「違いますよ!!でも、妹だってそんなこと言ってましたけど結局騙されましたからね!顔の良い男に長時間にわたって口説かれると、ほだされてしまうことだってあるんですよ……」


「うーん、逆に会ってみたいような。というか、顔の良い男に長時間口説かれてほだされるって、そのスペンサー卿のやってることはあなたと同じじゃないですか」


「私は!あなたにしか!言ってません!!あいつは!女ならだれでも!口説くんです!!」


「あぁああ!わかりましたから大声を出さないでくださいよ!!」


「アルドヘルム、お前まだお嬢様のこと口説いてたのか……」


そうこうしているうち、一階の玄関で客を迎えているらしい音が聞こえだした。三人が顔を見合わせる。アシュレイがアルドヘルムに質問をした。


「スペンサー卿以外には誰が来るんですか?」


「メイスフィールド公爵と、マクレガー侯爵ですね。」


「メイスフィールドって、まさか……ロイズのお父さんですか?」


「そうですよ。これは朗報なんですが、メイスフィールド公爵とアラステア様は幼馴染で、あなたとロイズ様のことも気にしていないと言っていたそうです。」


「えっ本当ですか?ご挨拶でもしてきましょうか」


「駄目です!!スペンサー卿も居るんですから!!」


「アルドヘルムお前大人げないぞ、メイスフィールド公爵が来てるなら多分ロイズ様も来ているだろうし、挨拶しないのは不自然だ。」


そうこうして騒いでいるうち、部屋のドアがコンコンとノックされた。


「ロイズかもしれません、出ます」


「待ってください!!私が出ます」


アルドヘルムがドアを開けると、案の定ロイズが立っていた。すごい形相でドアを開けたアルドヘルムに面食らった顔をしていたロイズは、部屋の中に立っているアシュレイを発見して声をかける。


「あ、アシュレイ。父上と来たんだが」


「いらっしゃい、来るなら学校で言ってくれればよかったのに」


「いや、私も今日知ったんだよ。それにしても、途中でスペンサー公爵と合流して同じ馬車だったんだが、君はスペンサー卿に会わないほうが良いかもしれないな」


「何かあったんですか?」


「マクレガー家のご令嬢もスペンサー公爵も同年代ということで同乗することになったんだが……ずっと歯の浮くようなセリフでご令嬢を口説き続けていたんだ、私は気まずくて仕方なかった。多分、君みたいなのが相手でも口説きだすと思うぞ」


車内にほかの他人の男が居るのに初対面の令嬢を口説き続けるメンタル。それは聞いただけでもある意味大物なのではないかと思わされる。ロイズもさぞ気まずかったことだろう。


「君みたいなのって、ナチュラルに失礼な事言わないでくださいよ。同年代って、スペンサー公爵は若いんですか?領主なんですよね?あ、座ってください。そこ空いてるので」


「失礼。いや、スペンサー卿は若くして父上がなくなったそうで、家を継いではいるが16歳で、私たちとそう変わらないんだよ」


「なるほど。ともかく、災難でしたねえ。お父様と一緒に居なくても大丈夫ですか?」


「父は、君が平民だったということを気にしていたようで、アラステア公に今、色々文句を言っているようなんだ。とはいえ私が君と仲良くすることについては怒っていなかったし、ボーっとしているアラステア公が心配で言っているというところが大きいんだと思う。よく考えて行動したのか?という説教だな。親同士の説教を見ているのは、なんというか気まずいだろう?」


「ああ、幼馴染だと言っていましたもんね」


「実を言うと、育ちは置いておいて、君の血のつながった父上とも父は幼馴染にあたる。良ければ、あとで君の父上の話も聞けるかもしれないぞ。詳しくないんだと前にいっていただろう?」


「あー……気持ちはありがたいんですけど、今はアラステア様がお父さんなので、遠慮しときます。興味もそんなにないんですよね、正直。あ、この紅茶おいしいのでどうぞ」


「そうなのか?ありがとう、いい香りだな」


アシュレイが、ロイズの前に紅茶を注いだカップを置く。それを、ロイズが持ち上げて飲んだ。紅茶を飲むだけの一挙動にも品があって、流石貴族様と言った様子だ。


心なしか、ドアの前に立っているアルドヘルムの表情が柔らかい。ロイズとアシュレイの間に恋愛感情がなさそうなのを感じてか、喧嘩した相手だから仲良さげで安心しているのかは不明だが。ダレンは基本的に人見知りなので、さっさと部屋から出て行ってしまった。


互いの父親たちの話が終わるまで、他の客たちと話す気もなく学校の話なんかをしながら和やかにティータイムを続けていた二人は、まさかこれから、面倒ごとがはじまることになるとは考えもしていなかった。


外では、木に止まった鳥が呑気にさえずっていた。


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