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お嬢様は神様です!  作者: 明日葉充
学校編1
16/135

お嬢様はひねくれ屋

彼女の髪は真っ黒に塗りつぶしたように黒く、その瞳は黒い海の底に沈んだガラス玉のように鈍く重い。


けれど時折、光に照らされてぼんやりと光っているようにも見えた。それでも彼女の全ては、とても明るいとは言えない色をしている。


そんなこんなで、アシュレイ=エインズワースは美しい。


少なくとも私はそう思っている。本人も自分の容姿が美しいことについては否定したことがない。彼女の初めての社交界デビューとなった、エインズワース公爵家での歓迎パーティー。


彼女はうまくやりますよ、なんて言っていたが実際は他家の令嬢と揉め事を起こしてしまったようで結構落ち込んでいた。


コーネリアス殿下と話しているときはそんな様子はなかったが、パーティの翌日は日課の筋力トレーニングをせずに、窓の外を何か考えたままボーっと見ていた。


なので多分、失敗して落ち込んでいたのだろう。彼女は正義感があり、賢く、自信に見合うくらいの努力はしている人間なのだろうと私は思っている。しかし、それでも15歳の彼女はまだ、当然のことだがところどころにほころびがあって不完全だ。私が彼女を執事として、近くにいる大人として守らなければと思っている。


「アルドヘルム卿」


はじめて会った日の少年のようなアシュレイ。


「アルドヘルム!」


少しだけ令嬢姿が板についてきた、最近の少女らしいアシュレイ。家での私への少し砕けた態度、エインズワース公爵、アラステア様と話すときの完全なかしこまった態度。彼女は、誰に対しどの程度の態度をとるべきなのかを推し量って過ごしているようだった。


以前は下町から養子に迎えるなんてと反対する家の者たちも多かったが、彼女の何事にも真摯な姿勢から、今では誰も彼女を嫌うものはいなかった。


つまりはまあ、気に入られたということなのだが。それに彼女が気づいているのかどうかは定かでない。


彼女は好きな食べ物を聞かれても「なんでも、大体」と答えるし、遊びに来たアニタ男爵令嬢に、どんな男性が好みか?なんて直球な質問をされても「私のことを好きな人は誰でも」と言ってかわしていた。私が好きな色を聞いたときも「なんでも」と言っていたし、彼女についてはわからないことだらけである。


私は、彼女の過去についても大して知らない。


彼女と育ての親である老婆との普段の関係も知らないし、彼女が何歳から、どこで生まれて、どこで住んできたのか、どういった経緯で劇団で働き始めたのかも知らない。


彼女は自分の話をあまりしたがらないのだ。恥ずかしいだとか話したくないというより、詳細に話すのが面倒なのかもしれない。


ともかく、私には彼女の本質がよく見えない。好きなものも好きな人も何も答えられなくて、彼女の意思やら個性は果たしてどこにあるのだろう?


私がそう思うのは、自分の生きてきた周りの人間たちには何かしら、好き嫌い、得手不得手がはっきりと会ったからかもしれない。それが、一人の人間としての「個性」であると思って生きてきたから。


彼女は時折、目を合わせる相手が居なくなると途端ものすごく冷めたような顔をする。目を見て私に話しかけるときは、また愛想の良い笑顔になるが。張り付いたような無表情は、15歳の少女とは思えないようなものに見えた。世界のすべてを傍観しているかのような。


それを見るたびに私は、彼女に近づきたいと思うようになった。私の目に見える彼女は、誰のことも自分の意識の囲いの中には含めていない人間だ。はじめは大人びた子どもだと思っていたが、そうして彼女の孤独を目にするたびに段々と、どんな大人よりも大人に見えていく。


それでも初めて会った日、舞台の上で力強い声を空間一杯に響かせて、笑顔で輝く彼女を思い出すたびに。


本当は彼女は無邪気な心根を持っていて、存外、根は子どもなんじゃないかと私は思うのだ。本当は人と深くかかわるのが怖いだけの、寂しがりの子どもなんじゃないかと。


彼女はきっと、今まで子どもでいられなかったのだ。


「すみません、下町に居た頃は劇団のメンバー以外とたいした交流が無かったので……ああした弱い者いじめのようなものに耐性が無くって。もし今回のことでお義父様に迷惑がかかるようであれば、養子解消は受け入れると伝えておいてください。自制心がない人間は高いくらいなんて持つべきじゃありませんよね」


「そんなことは……そこまで気にする必要ありませんよ」


「必要ないかどうかを決めるのはお義父様ですから」


彼女は嫌いな刺繍をしながら、私に言った。


争いには慣れておらず冷めた人間かと思いきや、少し腹の立つことがあれば他人のために敵を増やしてしまう。


損や得を考えて行動しているように見えて、そのあたりは全然器用ではない。彼女は令嬢を演じる、というようなことを言っていたが彼女が今まで生きてきた演じる世界はきっと、ヒーローだとか善人ばかりだろう。


少なくとも彼女が演じてきた役は公爵家の躾の行き届いた、育ちの良いおとなしい令嬢なんかではなかっただろうと思う。だからこそ、器用に〝嫌いな人間〟とも〝悪い人間〟とも付き合うべき社交界においては彼女は、本当にズブの素人なのだ。


あの時に深く反省したようだったので、一度の失敗、子供だからとひとまず安心していたのだが……


「貴方には関係ないでしょう」


殴られて怪我をしたボロボロの顔で、他の公爵家の令息と殴り合ったことについて私に開き直って怒る彼女に、私はどうしようもない怒りを覚えた。そして、前に公爵に冗談交じりに聞いてみたアシュレイとの婚約の話をつい出してしまった。


それに対してアシュレイは心底ムカついたように苛立っていた。どうやら私に恋愛感情は皆無らしい。普段は結構女性に人気がある自信もあるのだが、彼女にはどうでもいいようで。なんだか自信を失いそうである。


コーネリアス王子も彼女と殴り合いの喧嘩をしたとかいうロイズという少年も、こちらをただ驚いた様子で見ていて彼女に恋愛感情はないようだったのでとりあえず私は安心したが。


私はもしかしたら、アシュレイのことを私が完全に理解できる前に誰かに取られるのが、嫌なのかもしれない。それこそ、私が子どもっぽい気がするが。私がはじめに見つけたのだから、私が一番の理解者でいたいのだ。


「まだ怒ってるんですか、アルドヘルム。私があなたと結婚したくないと言ったからですか?それとも、私が令嬢らしくなく男子生徒と殴り合いなんてしたからですか?」


「両方です、別に怒ってませんが」


アシュレイは、決して鈍感な人間ではないと思う。多分、むしろ相手の好意や悪意をくみ取るのは得意なほうなのだろう。


だからきっと、彼女は私がただ権力がほしくて彼女に好意を示しているわけではないこともわかっている。はじめて会った日に彼女の舞台を褒めた時、彼女は素直に喜んだ。それはきっと、彼女の本心だったと思う。だからきっと彼女にとって、私は悪い人間ではない。


「前にダレンに剣術を教えてくれって言ったら、怪我したら責任とらされるから嫌ですって言われたんですよね。令嬢って傷一つでも大ごとって聞きました。


こんな怪我って、しかも顔にも。……きっと大変なことなんですよね。でも私なんて、学校では手も手袋で隠さなきゃいけないくらいガサガサで、働く手で……」


刺繍が絡まったようで、彼女はそこで黙って糸をいじり始めた。私は彼女から数メートル離れたドアの前に立って、窓から漏れる光で照らされている彼女を見つめる。


働く手?いいじゃないか。貴族らしくはないけれど、私はその女らしくない手からこそ私は、彼女の生きてきた人生を感じられる気がする。


「それに私、心配されなくても昔ファンに刺されたナイフの刺し傷が腹に残ってるんですよ、縫った後が。……だから、というだけではないですが、貴族と結婚する気は初めからないんです。仮にあなたがそれでもいいと言ってくれたとして、それに対する私の感想は“あなたはかわいそうな庶民の小娘に優しくしている自分に酔って、勘違いしているだけ”もしくは、顔が気に入ったからってそれだけで選ぶと後悔しますよ、ということだけです」


彼女の言葉に、私は少しムッとする。私が彼女の容姿だけ見て好意を持っているなどと、彼女が少しでも思っていることが嫌だった。それに、私の気持ちは同情とも全く違ったものだった。


「散々な言いようですが、私が単純にあなたの性格が好きで惹かれているんならどうするんですか?」


「私の性格に?ハ!」


馬鹿じゃないのか、と言いたげに彼女が短く笑う。普段は何事にも自信満々のくせに、自分の性格には一切好かれる自信がないらしい。


「少なくともあなたには、好かれるような態度なんかとっていませんから」


「では私は自然体のあなたのことが好きになったようですね」


「そうですか、それはどうも」


彼女は珍しく不機嫌になったようだった。一応褒めたのに、全然嬉しそうではないし。彼女が自分の内面を出してこない理由には、内面の自信がない、という部分もあるのだろうか。


私は、また黙って刺繍を始めたアシュレイ様を眺めながら、そんなことを考えた。



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