勇猛果敢③
貴族で育ちがいいからか、みんなの足音は小さくて耳に心地よい。しかし中でもアシュレイだけは、聞こえないくらいの足音しか立たなかった。
みんな、足音なんて気にしていないので気づかないが。
「じゃあ、アシュレイは現役で役者さんなの?」
「そうですよ、現役の役者さんです」
手当も終わり、和解した四人で廊下を校門に向かって歩きながら、友達になった記念にアシュレイの養子になった経緯などについてロイズとアニタに説明する。
アニタにも特には話していなかったので、ロイズと一緒に感心しながら聞いていた。語っているのは主にコーネリアスだが、ファンなので多少盛った話までしていて、アシュレイは苦笑いしながら聞いていた。
平民否定派だったロイズが下町の劇団の話に興味を持って聞いている様子は、見ていて結構面白い。
「それも大人気の花形役者で、観客の中には悲鳴をあげて失神する女もいる程の色男だ。舞台の上のアシュレイは今日どころじゃないんだぞ」
「ワハハ、殿下照れますよ」
「殿下が褒めるくらいだ、私も機会があれば見てみたいな。執事が厳しいから、考えものだが……知っていれば顔は避けて殴ったものを……」
「なら、私の誘いで王宮に皆でお泊り会をして、こっそりそこから劇場まで抜け出せばいいんじゃないだろうか!?それで帰ってから、感想を言い合って夜までトランプなどに興じよう!」
「女子か!」
女子というよりは自分が好きなジャンルを布教しようとするオタクのようである。楽しそうに話しているコーネリアスを見て、この王子、友達他に居ないのか?とアシュレイは少し失礼なことを思う。
というのも、良い人そうだし友達だって多そうに感じるのに、アシュレイが中途入学してきてからクラスで特定の誰かと一緒に居るところをあまり見たことがないからだ。クラスでも隣の席だからとはいえ、アシュレイとばかり話しているし。
「コーネリアス殿下は、ほかに特に親しいお友達はいないんですか?最近私とばかり話していましたが」
「ああ、去年のクラスではいたんだが、今年のクラスは内向的な者が多くてな。私が王子だからと遠慮して誰も近づいてこないんだ」
「それは寂しいですね」
「私、他のクラスですけれどコーネリアス殿下は厳格で生真面目な方だと聞いていましたわ。そういった、本人と違う噂のイメージの影響もあるのでしょうね」
「そんな噂があるのか」
「なるほど……しかし、私にしても確かにこの学校に入って話しかけてきたのはアニタだけで、同じクラスの人は話しかけてきませんでしたね、内向的というのも結構な要因かも……」
「アシュレイの場合は元平民だからと色眼鏡で見て、避けているような者も多いだろうからな」
「お前が言うな!!」
喧嘩したばかりのロイズが言うので、アシュレイが突っ込む。そうこうしているうち、長い廊下が終わって校門の前に出た。遠めから見てもソワソワしている様子で、エインズワース家の馬車の前に執事のアルドヘルムが立っている。
キョロキョロと学校のほうを見ているし、出てくるのが遅いので気にしているのだろう。いつものアシュレイは即時帰宅したがるので放課後に残っているのは珍しいのだ。他の執事たちは寒いので馬車の中で待っているが、アルドヘルムの若さゆえの焦りというか。
「ロイズ、ここは話を合わせておきませんか?私が階段から落ちそうになったのをロイズが庇って一緒に転がり落ち、怪我をしたということで」
「私はそれで構わないが……」
アシュレイの提案にロイズは困ったような顔で頭を掻く。自分が悪かったし負けたのに、自分が良いことをした感じにされるのが微妙な気持ちなのだ。そんな二人に、コーネリアスが慌てたように言葉を挟む。
「アシュレイ、兄上の友人だったので出入りしていたアルドヘルムのことは少し知っているが、あの人は喧嘩慣れしていると聞くし、下手に嘘をついても怪我の様子でバレるだろう」
「ええ……侯爵家の人間なのに喧嘩なんてするんですか?野蛮ですね……」
「お前が言うな!!」
全員からそう言われてアシュレイが照れ笑いする。照れる場面ではないが。一日にしてロイズもこの集団にすでに馴染んでいて、なんだか微笑ましい。アシュレイは、昼食を食べているときはあんなに腹の立つ人物だったロイズのことを、今はちっとも嫌いじゃなかった。怪我は当然、まだ痛いが。女相手なんだから少しは手加減しろと思う。
「あっヤバい!今アルドヘルムと目が合ってしまいました!こっちに歩いてきますわ!怪我がバレる前に隠れましょうか?!」
「ヤバいといっても、どうせあの馬車で帰らなければならないんだろう、あなたも腹をくくらなければ」
校門に背中を向けてその場で四人でこそこそ会議する。アシュレイより酷い顔をしているロイズに冷静にそう言われて、アシュレイが情けない声を出した。
「喧嘩したとか決闘したって言うんですかぁ?嫌ですよ私……」
「決闘を吹っ掛けたのはアシュレイですわ、アルドヘルム卿も納得してくださいますわよ……というより、卿はアシュレイの執事なのでしょう?主人に怒る執事なんていないと思いますが……」
「!それもそうですよね!怒られても、お前は執事だろ!で逆ギレすることにしますわ!」
「誰に逆ギレするんです?」
「ひえっ!!」
アシュレイは背後から聞こえた声に、震えあがった。声の主はアシュレイの肩に手を置いてこちらを向かせようと力をこめる。が、アシュレイは顔を見せまいと足で地面に踏ん張った。
「なぜウィッグを外しているんです?アシュレイ様」
「アシュレイ様違いですわ、他のアシュレイ様と勘違いしているのではありませんこと?」
「アシュレイ=エインズワース様、アルドヘルム卿ですわよ?間違ってないですわ」
「アニタ!!!!!」
アシュレイが楽しそうなアニタに怒りの顔を向ける。
「なぜこっちを向かないんです、こっちを向き……っなんですかそれは!!!!!」
アルドヘルムの悲鳴が上がった。アシュレイはその様子を、なんとなく想像できていたので冷静な頭で眺めていた。
「なんですその怪我は!何をしているんですあなたは!」
そう言いながら、アルドヘルムがアシュレイの腕の下に手を入れてテディベアを持ち上げるかのようにひょいっと持ち上げた。そして、感情の高ぶるまま横に縦に振りまくった。アシュレイはされるがまま、ぶらぶらと揺れる足を感じながらアルドヘルムが落ち着くのを待っている。
「だから学校なんて行かせたくなかったんです!相手は誰です?!今すぐ私が殺してきます!!」
「なんて物騒な事を言うんですか……」
20歳で自分たちより大きい体格の大人がここまで取り乱すのを見て、コーネリアスもアニタもロイズもドン引きしていた。
アシュレイよりずっと大けがをしたロイズがすぐ横に立っているのに、アシュレイしか見えていないらしい。アシュレイは自分の怪我を見てここまでアルドヘルムが怒るとは想像していなかったので、同じくドン引きしている。想像を絶するリアクションなのであった。
「アルドヘルム、あなたってそういう人でしたっけ……」
「そういう人間です!好きなように言えばいいでしょう!」
「……アルドヘルム!というか私を地面に下ろしなさい!大体、私が何をしようが私の勝手でしょうが!!あなたは執事ですよ!!」
ここで逆ギレに出たアシュレイだったが、アルドヘルムの次の言葉に言葉を失った。
「いいえ。先日、旦那様にアシュレイ様をくださいといったところ、アシュレイ様さえよければ構わないと言われました。よって、私はあなたの婚約者候補でもあるのです。」
「……」
「まあ!執事さんと恋に落ちるなんて、小説みたいで素敵ね!……アシュレイ?どうしたの?」
「何勝手な事をお義父様に言ってるんですか!!大体、あなたは私のこと好きじゃないでしょう!金目当てですか?!」
「私があなたのことを好きじゃない?日頃の私の接し方で、私があなたを愛していると察してくださいよ!」
「修羅場のところ悪いが、アシュレイを怪我させたのは私だ。本日のアシュレイ嬢との決闘にて、殴り合いの乱闘になった結果の怪我だ。今は互いに和解し、友人になったところだ」
「そ、そういうことです。私はアルドヘルムと結婚する気はないのでさっきの話は関係ない、ともかくこちらも公爵家のロイズにここまでの怪我を負わせたのですから、ここは引いてください」
「……勝ったんですか、負けたんですか」
「勝ちましたよ」
「ならいいです……とっとと帰りますよ。メイスフィールド様、謝罪は後日。あなたも怪我をもっとしっかりと手当てして、ゆっくりお休みください。アシュレイ様が、失礼しました」
勝ったならいいのかよ。突っ込みどころしかないが、それで一旦アルドヘルムは平常時の顔に戻ったのであった。笑顔ではないが。
「いや……謝罪はいらない。お互いさまだ。」
「ありがとうございます」
アルドヘルムはそれだけ言うと、アシュレイを地面に下ろしてから強引にぐいっと持ち上げてお姫様抱っこした。アシュレイはもう何も言うまいと黙って持ち上げられている。
「この、足を怪我しているわけでもないのに持ち上げて運びたがる人が怒っているので帰りますわね。殿下、制服助かりました。三人とも、また明日。」
「あ、ああ。また明日な」
アシュレイを、三人が見送る。コーネリアスも、自分の執事とは過保護のレベルが違うなと感心している。
「美少年を抱き上げて運ぶ大人の魅力を漂わせる執事……絵になると思いませんか、殿下」
「ああ、ぜひそういう内容の劇も見てみたいな」
「私は彼女に正直同情していますけど……いつもこんな感じなんですか?」
天然二人の会話を聞いて、ロイズが苦笑いしながら返す。アシュレイは、今後も色々苦労が多そうだ。
空はもう、夕焼けの色が満ちきっている。雪が降るたび夕日のオレンジが溶けていって暗くなる。そうして、真っ暗になりつつあった。




