園遊会の準備
園遊会の朝。アシュレイは周りを数人のメイドに取り囲まれ、顔に化粧をされたりドレスを着つけられたりしててんやわんやであった。きちんとした正装用のドレスを着たのが久々だったアシュレイは、その重さと動きにくさに少し困った顔になった。
「動きにくいなあ、やっぱりドレスって結構重いですし」
とはいえ最近のアシュレイは力持ちになってきているので、大して動きに影響が出るほどの重みではないのだが。それでもドレスが運動に適さないのは確かである。あまり走ったりすると裾が汚れたり布が割けかねないし、汚したり破れたりするには生地が高級すぎる。もちろんそんなことをする前提でデザインされたものではないのだから当たり前のことなのだが。
「まあ、普段着じゃないですから……でも、相変わらずなんでもよくお似合いですわ。私、アシュレイ様って特に赤がお似合いになると思うんですよ!」
マリアはそう言って笑う。そんなアシュレイの今日のドレスは紺色であった。
「えー?!緑が一番似合いますよお!あ、でも濃い紫もいいんですけど」
と、マリアの意見にシェリーが言い返す。なんとなしに楽しげな雰囲気だが、アシュレイは自分に何色が似合うかなどあまり考えたことが無かった。劇団では色とりどりの衣装を着て、そのたびに「何色でも似合う!」などと称賛されたものだ。好きな色なら、なくもないのだが。
「私は青が好きですね……緑に近い青。」
「青ですか?」
「そう。アルドヘルムの目の色」
「……」
「……」
「あはは、二人ともなんで赤くなってるんですか?」
アシュレイは「これはアルドヘルムにあまり聞かれたくないことを言ってしまったな」とまずいと思った。もちろん、マリアとシェリーが赤面しなければなんとも思わなかったわけだが。ともあれアルドヘルムが今のアシュレイの発言を聞けば満足げにほくそ笑むのは間違いないだろうと思うと、アシュレイはアルドヘルムのことは好きだが、なんとなく癪な感じがした。
「やだぁ~!!アシュレイ様、そんな真面目な顔でこっちが恥ずかしくなっちゃうようなこと言わないでくださいよ!」
「シェリー!恥ずかしくなんかないでしょう、アシュレイ様が恋をしてるのは素晴らしいことじゃない!正直、まだ世間知らずな部分のあるアシュレイ様が一番身近なアルドヘルム卿に恋をしているのは自然なことですし」
「アハハ、しかも命の恩人ですしね」
「重い!!重いですわアシュレイ様!!」
命の恩人というのは洞窟の事件の際の話である。表向きは命の恩人だし。でも、そもそも貴族の恋愛なんて重いのがデフォルトなのである。旧世界での昔の西洋なんか、貞操を守るためなら自死も美徳とする時代もあったくらいなのだから。時代は繰り返すのである。浮気などご法度……いいや、貴族は大体隠れて浮気してたりするのだが。禁断の恋、というやつである。
「アシュレイ様はコルセットで締め上げなくても細くていらっしゃいますね、うらやましいわ」
「まあ胸もないので、細くても太くても変わらない気がしますけどね」
「そ、そんなことありませんよぉ」
シェリーがサッと目を逸らしたのをアシュレイは見逃さなかった。男にすらなれるのだから、気が向けばこう、巨乳にだってなれると思うのだが。アシュレイはなんとなく、そうすると自分が貧乳だと認めるみたいで気に食わなかったのである。急に胸が膨らんだら確実に怪しまれるし。別に貧乳はそこまでのコンプレックスなわけではないのだが、年頃なので少し気になる。自分の母親であるらしいミハエレは、見たところ割と胸があったし。
「紺色もいいんですけどねえ、やっぱりこっちの緑にしません?」
「色を変えるなら赤よ、メイド長の言うことが聞けないの?」
「えーっなんで急にそんな権力を振りかざしてくるんですか!職権濫用ですよ!!」
「というか、私はこのドレスでいいですよ。婿探しでもないんですからあまり園遊会では目立ちたくありませんし、私は紺色も好きですしね。」
アシュレイが言うと、しぶしぶというかんじで言い争いが止まる。まあ、言い争いというよりはずっとかわいいものなのだが。そしてアシュレイは色などどうでもよく、着替えるのが面倒なだけである。
「……さ!これで終わりです!相変わらず、ほんっとうにお綺麗ですわアシュレイ様~!今度はプロの画家を呼んで肖像画描いてもらいましょうよ!次世代に残したい!」
「別にいいですけど、私はあの、誕生日に手作りの銅像を作ってくれた庭師見習いのエド。あの人に描いてもらいたいですね。すごいクオリティでしたもん。立体物を作るのがうまい人は往々にして絵もうまいことが多いですし。ミケランジェロとか」
「みけ……なんですか?でもそうですわね、エドはなかなか芸術関係に長けていますし……うまいもんですよね!でもあの銅像のクオリティ、なんか狂気を感じますから気を付けてくださいましね」
こんなことを言っているシェリーだが、実はそのエドという男と〝イイ感じ〟であることをアシュレイは知っていた。使用人の間でもやはり交流があるようで、日頃から屋敷内をウロウロしているアシュレイは、時々そういうカップル未満のペアを見つけることがあるのだ。
それを察していることは勿論シェリーには直接言わないが、「気を付けて」などと言われると、お前が言うなと笑いたくなるのも事実。ファン的な好意と恋愛的な好意は別物なのである。
「心配する方向が斜め上すぎますよ、アハハ!あ。そうだ、出席しそうな人の名簿を見返しておかなきゃですね」
「また全員覚えるんですか?公爵家と王族だけで十分だと思うけどなあ。人数多いですし」
「もしお父さんが養子をとらなかったら、この家を継ぐのは私になります。少なくとも今は責任ある立場ですから」
アシュレイがそう言って名簿を受け取ると、マリアは大層嬉しそうな顔で手をパチッと叩いた。
「まあっ!アラステア様が聞いたらすごく喜びますわ!アシュレイ様を跡取りにしたら、そのために養子にとったみたいに思われないか、男の養子をとるべきかと悩んでらっしゃったんですよ」
「そうなんですか。期待に報いることができる人間に成長できればいいんですが」
正直、新しく養子をとられるのはアシュレイにとってあまり嬉しいことではなかった。来た相手とウマが合わなかった場合にも、強制的にこの屋敷に一緒に暮らす義理の兄弟になってしまうからだ。
例えばプライベートにズケズケ踏み入ってくる奴とか、上から目線のやつとか……公爵家の養子なら、よその貴族の家の子どもを引き取るんだろうし。もしかしたら養子に来た男の子がものすごい善人かもしれないので明確には言えないが、いずれにせよとにかくハイリスクなのである。
「成績も学校でトップレベル!王子様方とも親交が厚く、平民にも慕われてらっしゃるじゃないですか!完璧ですわ!」
「まあ平民ていうかファンなんですけど……じゃなくて、たしかに私って完璧超人ですよねえ!すべてなんとかなる気がしますもの」
「そうそう、自信家で自信家で自信家なところもアシュレイ様の強みですわ!」
シェリーの方は自信家としか言ってないのだが、事実は事実なのでアシュレイは特に反論しないでおくことにした。マリアの言っていることも、まあ真実ではあるのでどうとも言えない。期待されすぎるのも大変だが、アシュレイには期待に応える自信があるのでそう問題ではなかった。
「さーて、園遊会もうまいことこなして問題起こさずに帰ってきますよ」
「ええっ?!アシュレイ様は問題を起こすところも魅力なのに!」
「何を言うのシェリー!アシュレイ様、間に受けないでくださいましね?!」
「ええもちろん。多分」
「多分?!」
アシュレイは笑顔で部屋のドアの方を向くと、少し振り向き2人に向けてウインクをかました。2人が少しときめいてる隙に、アシュレイは廊下に立っている準備を済ませたアルドヘルムと合流した。
「今日も素敵ですね、なんでそんなに似合うんでしょうか?」
「アシュレイも似合っていますよ」
アルドヘルムが笑顔を返し、アシュレイの手をとる。ドレスはスカートが長くて階段を降りにくいので、こうして手を取ってもらって歩くとかなり助かるのである。
こうして準備を済ませたアシュレイは、なにやら不穏な雰囲気のする園遊会へと、家を出発した。
100億年ぶりの更新です、読んでくださってありがとうございます!