狐さんは外に出る
「おい、起きろ。いつまで寝てる気だ」
誰かに揺すり起こされ、加えて固い地面に倒れている不快感でアシュレイは目を覚ました。薄く目を開けると上の方には、真っ暗な闇にぼんやり浮かぶ最高神様の白くお美しいご尊顔。日本人と言われても、とても黄色人種には見えない。それは置いておいて、頭をどこかで打ったのか、少しズキズキと痛んだ。
「うーん……」
「アシュレイ、起きろ。起きないと顔に落書きするぞ」
「……起きました。子供みたいな起こし方ですね。」
と冗談めかして言ってみたものの、ミサキの手にはこの世界にない文明の利器、油性マジックがしっかりと握られていたのである!顔に書かれたら消せないやつじゃん……とアシュレイは戦慄する。見栄を張って生きている自称クールビューティのアシュレイは、顔にかっこ悪いらくがきでも書かれたら、それが人生の終わりなのである。
「じゃあ大人みたいな起こし方ってなんだ」
「そうですね、例えばアルドヘルムだったら起きないとキスしちゃいますよ、みたいな……いやいやいや!冗談です!すみませんでした!ていうか私、起きてますし!」
ムッとした顔で肩を掴んで顔を近づけてきたミサキに、アシュレイが慌てて謝る。でも、ついでに言えばアルドヘルムなら地面に頭を直置きしないで目を覚ますまで膝枕してくれることだろう。気遣いが違うのである。もちろん絶対、そんなことミサキには言えないが。アシュレイは一連の茶番でようやく意識がはっきりと戻り、立ち上がってミサキに向き合った。
「行きましょう、ムスタファの所へ」
「なにもおかしいところは無いか?頭の中になにか違和感とか」
「いえ、もう行っちゃったみたいなので」
「……そうか。」
ミサキは一瞬、少しだけ驚いた顔をしたが何かを察したようでそれ以上は追求しなかった。アシュレイはミサキについて宮殿の奥に進み、ミサキが立ち止まったので立ち止まった。ミサキがアシュレイを見る。どうやらこの部屋だと告げている様子だったので、アシュレイは部屋の前に歩み出た。そしてとりあえずノックする。コンコンコン。
「ムスタファ陛下いらっしゃいますか~?」
しーん。何も反応が返ってこないのでアシュレイがミサキのほうを見ると、やはりここだと言うように顎をクイッとやって示す。アシュレイは今度はドンドンと強くドアを叩いてみた。
「そこにいるんですよね!開けてくださーい!」
ガチャガチャガチャ!!迫真のホラー映画さながらに、アシュレイはドアノブを勢いよく何度もガチャガチャしてみた。慌てているわけでも取り乱しているわけでもなく、ムスタファが出てこないから急かしているだけだが。こういうところ、アシュレイにはデリカシーというものがないのであった。
『……くそ!』
部屋の中に居るムスタファは、あまりのしつこさとうるささに苛立って、出て行ってやろうとついに椅子から立ち上がった!……のだが。
ガコッ!
「あっどうしよう!先生!ドアノブとれちゃいました!これじゃ出てこれないんじゃ……」
『?!』
なんとも聞き捨てならない言葉。ムスタファが目をやると、確かにこちら側のドアノブも折れて下に落ちていた。かなり丈夫な金属で出来ているはずなのになぜ壊れた?!と驚愕だ。しかし、二人の破壊行動はまだ終わりではなかった。
「なんだ鈍くさいな。ちょっとどけ」
「どうするんですか?」
ガツッ!バターン!!
ミサキの必殺・ただのキックにより、ムスタファが閉じこもっていた部屋のドアは無理矢理開けられてしまったのである。しかも、出ようとしていたところを先に開けられたのがなんだかかっこ悪くてムスタファは嫌だった。アシュレイは部屋の奥から出てきたムスタファに歩いて近寄る。
「出てきてくれたんですね!」
「お前がドアを勝手に壊したんだろうが!」
「壊したのは先生ですよ!私はしてないです!」
お前もドアノブ壊したが。なんだか三人がミラゾワに来てはじめて話した時のような空気になり、アシュレイはムスタファがあまり怒っていないことを意外だと感じていた。ミサキも同様である。あまりにもムスタファの態度が敵意も無く「普通」なのがとても不思議だった。
「あなたのお母さんの遺体を焼却しました。ジャパニーズ火葬です」
『見たから知っている』
「あなたのお母さんに会いました」
『どういう意味だ』
それでもやはり虫の居所は悪いようで、ムスタファの返事は素っ気ない。アシュレイがあまりムスタファに近づこうとするので、ミサキが後ろ襟首をつかんで自分のほうに少し引きずった。アシュレイは後ろのめりになったままムスタファに返事をする。
「燃やした時に霊が飛び出してきて、私の首を絞めたんです。ほら、首」
アシュレイが髪を退けて首を見せると、確かにくっきり手の黒い跡がついていた。
『それだけか?神を燃やしたんだ、そのくらい覚悟しておけ。』
ムスタファはつーんとした様子で言う。アシュレイは言いたいことをムスタファが分かっていないようなので、続けて説明した。
「そうじゃなくて、それで気を失っている間に頭の中にあなたのお母さんが現れたんです」
『夢の話か?』
「いえいえ!色々聞きましたから。それで伝言があって」
『夢の話だろう』
「夢じゃないですって!真っ白な女の人で、あなたみたいな耳が生えてて、名前はミラ。あと、あなたお母さんを殺した後に大泣きしてたって言ってましたよ、この嘘つき!」
『なっおっお前!!そんなわけないだろう!泣いてないが……その伝言と言うのはなんだ』
あっ!おもっきし信じてるじゃん!とアシュレイは思ったが、怒らせそうで面倒なので言わずに、素直に伝言をすることにした。
「あなたをずっと愛していると言っていました。それと、あなたをここから出してあげてと。幸せにしてあげてと言われました。それから……」
アシュレイは早足で大股3歩でムスタファに近寄り、ガシッと強く抱きしめた。
『?!』
「?!」
ミサキとムスタファが同時に驚いた顔をする。アシュレイはムスタファを抱きしめていた手を離すと
「抱きしめてあげろと言われました。」
……と言った。そして後ろ歩きで元の位置に戻る。
『……愛している、か……』
なんだかしみじみ言ったムスタファに、アシュレイは宮殿の外を指さして言った。
「ですからムスタファ陛下、ここから出ましょうよ!もうこの宮殿に閉じこもる必要もないですし!」
ぐいぐい。強すぎるまでにムスタファの服の袖を掴んで引っ張るアシュレイ。予想以上の腕力にビビるムスタファは、なんだか滑稽であった。
『おい!引っ張るな!あっ袖がちょっと破れた!!馬鹿!!なぜお前は急にそんなに馴れ馴れしくなったんだ!怖くはないのか!』
「だってあなた、友達がほしかっただけなんでしょう?ひとりぼっちの子狐ちゃん様!かまってあげますよ!私はあなたの味方になりませんけどあなたは私の味方になってください!」
ジャイアンか。
『……はあ?!ち・が・う!!誰が子狐ちゃんだ!!大体、一人で今まで何百年生きてきたと思ってる!今更……誰かと仲間になりたいなどと思うか!!』
「何千年と一人で生きてたおじいさんの前で今更とは何ですか!ねっミサキ!」
「おじいさんじゃないし俺に話題を振るな」
『千年?!どうりであのような強大な力を……』
話ながらも強引にムスタファを、宮殿の出口手前まで連れてきた。そこまで来たところで急に、ムスタファが足で踏ん張って立ち止まった。
「どうしました?」
『ここから出てどうする?この場所を離れては私に居場所はない。幸せになどなれない』
「ここに居たって幸せじゃないんでしょう?じゃあ、ここもあなたの居場所じゃないんですよ!」
『お前はデリカシーがないな!』
本当である。アシュレイはそのまま強引にムスタファの手を引いて外に出る。
「街、もう寝静まってますね。」
『じゃあ外に行っても仕方ないな』
「いえ、行くんです!」
『だから行かな……?!おい馬鹿!!降ろせ!なんのつもりだ、わあっ馬鹿力!馬鹿おろせ!!』
アシュレイは次の瞬間、ムスタファの体をお姫様抱っこで軽く持ち上げ、宮殿の外に走り出した。ムスタファは結界を張ったりは出来るが半神としての能力をガンガン使ってきたアシュレイの腕力に、思いのほか敵わなかった。抵抗する術もなく連れ去られるムスタファだが、アシュレイは結界を張ったりは出来ないし、人には得手不得手というものがあるんですね、はい。
「おい、どこに行く気だ」
「ソヘイルんとこの牧場です!」
「何をしにだ?!」
「町全体を見渡しに!」
『まず俺をおろせ!!』
走って行くアシュレイについて、ミサキも並行して走る。
「わーミサキ、すごくないですか?!走れるって思ったらすっごい早く走れるし、持ち上げられる!って思ったらこんな普通に大きい大人の男を!これ、飛べるって思ったら……」
「飛べそうだな」
『それは本当にやめろ!!』
散々走っているうち、国の最西端、山に囲まれたソヘイル両親の羊牧場に到達した。アシュレイは草むらに走って突っ込むと、そのままムスタファを地面に投げ出して自分も草むらに転がった。
『うわっ!!痛っ!この乱暴者!!』
「アハハハ!!はぁ、はぁ、息が、走りすぎて息がくるし、ゴホゴホ」
「ほら水だ」
「キャラクターものの水筒?!中学生か!!」
とかいいながらアシュレイはミサキから受け取った水が入った水筒を上にむけて「ごっごっごっ」と音がする勢いで飲み干した。
『……』
綺麗な銀色の髪が芝生だらけになったまま呆然としていたムスタファは、アシュレイの行動を見て少し半笑いになり、空を見上げ、遠くにある宮殿の塔を見て、笑い出した。
『ハハハハ!!アハハハハ!!!』
「ムスタファ陛下の気が狂った!!」
「お前が無理に外に出したからじゃないか?」
「この人のお母さんが出してやれって言ったんですもん!」
アシュレイがミサキを揺さぶっている間に、笑いやんだムスタファは芝生から上体を起こして空の星を見た。今日は珍しく晴れていて、空の星がひときわ綺麗だ。少し場が静かになって、全員が空を見上げる。ミサキも、なんだか物憂げな表情で黙っている。
「……」
『……アシュレイ、お前はまるで台風だな』
「えっ?勢いがあるってことですか?ありがとうございます」
『ポジティブか!!天災のようだと言ってるんだ!』
「いいじゃないですか、天災でもないと身動きしないんでしょ?」
むすっとしてアシュレイが答える。しかし、ムスタファにとって16歳のアシュレイはあまりにも子供で、子どもだからこそ力に溢れていて、眩しい。自分にはずっとない何かを、アシュレイは確実に持っていた。
『違いない。が……はあ、どうしたものか。外に出ろだのと簡単に言ってくれるが』
「アズライト帝国、来ます?あなたは特技とかってあるんでしたっけ、結界張る以外に」
『なんだ、職の斡旋でもしてくれるのか?そうだな……』
「女になって水商売でもしたらどうだ」
『ふざけるな』
ミサキの普通に嫌な提案に、ムスタファがイラッとした感じで答える。アシュレイは少し想像してしまっておぞましくなり、頭をぶんぶん振ってミサキの言葉を否定した。
「うわっ!半神すべてに可能な嫌なこと言わないでくださいよミサキ!縁起でもないですよ!」
『じゃあ狐になってやるから、お前の屋敷で生活させろ。金持ちなんだろう?』
「本気で言ってるんですか?!王様がペットみたいに暮らす気ですか?!プライドとかないんですか?!」
アシュレイはかなりびっくり、確かにあんなに大きい屋敷であれば狐くらい飼ってもいいだろうが、この国を400年収めてきたご老人といっていい年齢の半神の王様が、人間の屋敷で飼われるというのはいかに。それについては心底アシュレイに同意だわ、という顔でミサキも困惑をあらわにする。だが、ムスタファはその場でくるっと一回転すると、完全に普通の狐になって見せた。もはや妖怪とかそういう類の存在なんじゃないのか?とアシュレイは引きつった笑いでムスタファ狐を見る。
『どうだ?かわいいだろう?』
「そ、それは……っか、可愛いですけど……」
銀色の毛の小さな狐。大きくて黒く、丸い、愛らしさ満点の瞳。長いひげ、ふさふさの尻尾。正直これでカッコいい声で喋るのをやめ、「きゃうーん」とか鳴いてくれればぜひ家で飼いたいとアシュレイは思った。だが、実際こんなはっきりものを喋る狐はちょっと。知り合いだし、元敵だし。
「だ、ダメですよ……狐、喋りませんし……」
『ヒュウ―ン……』
「だからプライド!!!プライドは?!この前のサイコパス王様モードは?!」
『母の遺骸の処分が済んだ以上、私にはもう守るものがない。ろくに管理も出来ていないこの国に居る意味も……であれば、今私を引きずり出したお前にそのまま掴まって進んでいくのが楽だろうよ』
「だろうよ、じゃなくて……」
アシュレイがミサキのほうを見る。ここに来る前、ミサキに「話してどうする?家で飼う気か?」なんて聞かれてあんなデカいもん飼えませんよぉ(笑)なんて冗談で答えていたため、実際そうなりそうになるとばつが悪い。アシュレイは少しの沈黙の末、狐のムスタファを抱き上げてみた。16歳女子によるお姫様だっこ移動を耐え抜いたムスタファに死角はない。
「うわっ……ふ、ふわふわですね……」
『ずっとこのままでいることも出来るが?』
「ほ、ほんとですか?うわ……連れて行っちゃおうかな……」
「こいつは敵で悪い奴なんじゃなかったのか?」
狐可愛さに持ち上げたムスタファ狐の顔を凝視する。さっきまで別にかわいくない男だったというギャップが、むしろこの狐を更にかわいくしているまであった。
「だってこの人の場合って、王様だったのが問題だったのかなって。本人が望んでなったというよりは自然とそうなっただけで、本人の意思で何か悪事を働いたのは薬盛った事件の時だけじゃないですか。」
「こいつは400年王なんだぞ?400年もあって悪いことを全くしていない人間が居るか?」
「私が知らないことはノーカンです」
「そんなのアリか?」
ミサキはまた呆れた顔をするが、アシュレイはかわいそうと思ったらとことん守る側に回る人間なのである。ムスタファ連れ帰り案は決定の軸を辿っていた。
『めちゃくちゃだな。だが私には好都合、この国からはおさらばだ。』
ちなみにこの時点でムスタファは、アシュレイの執事のアルドヘルムとこの前の男は別人だったのだと思っている。アシュレイの家に住めば必然的にアルドヘルムの監視下に置かれるわけなので、ある意味エインズワース邸がムスタファにとって、最も過酷な場所であるとすら言えるが。
「船に連れてくのもなあ、急に王様消えたら国民もパニックじゃないですか?」
『なに、私の仕事など賓客の相手と読書くらいのもの、大した仕事はない。国内のことは全て高官たちが決めてきたからな』
「ダメダメ王様だ!!」
無意志で無関心、興味なし愛国心なし。それだけ自分の現状に不満があったからなのだろうけど、この国は早急にアズライトの支配下に置いて管理しないとどんどん治安が悪化していくだろうなと気が遠くなってくる。アシュレイは抱き上げたムスタファをミサキに差し出す。「は?」という顔でムスタファを受け取った。
「アズライトにつくまでミサキの家で預かってくれません?飼い出したらちゃんと世話するから~」
「何言ってるんだ、冗談じゃない!そんなこと言って結局お母さんが世話することになるんだろう!」
『キュウ―ン』
「やかましい!しらじらしいんだお前は!」
「あっ酷いミサキ!小動物を叩くなんて!」
『誰が小動物だ!凶暴な肉食動物だぞ私は!』
「そこは怒るんですか?!」
その後色々なやり取りがあったが最終的にミサキが折れ、仕方なく船旅の期間、一週間と少し自分の固有世界にムスタファを住まわせることにした。アズライトについたら「そこで拾ったので飼ってもいいですか?」作戦を決行する予定だ。
ムスタファにも固有世界あったじゃないか、と思うかもしれないがムスタファの固有世界は全く使っていないせいか真っ白で何も置いていない空間なのでベッドもないし、一週間過ごすには不便ということになったのであった。
(というか、何しに来たんだ私は……)
ミサキは悶々とそんなことを考える。とうのアシュレイは、船に戻るとすぐ部屋に戻って、疲れ切って爆睡してしまった。
投稿するの忘れてました、ギリギリ13日内です。今回も読んでいただきありがとうございました。




