残滓を焼き尽くせ!②
その日の夜。
予定通り優雅な夕食を終えたアシュレイは、アルドヘルムに対し「食後にアルフレッド先生とチェスをたしなむ予定ですので私は失礼しますね」などと適当な言い訳をして、即座にミサキの船室に向かった。
少し前のアルドヘルムであれば「どうして夜に男と二人で!」と食い下がっていたに違いないが、現在のアルドヘルムは「ああ、なにかミラゾワに用があるんだな」くらいの理解があったので快く送り出した。
もちろん部屋の前に居たミサキに対しては、威圧を込めているのが分かるような、邪悪な笑顔を向けていたが。アシュレイはそんなことには気づかずミサキの部屋に入るなり早く行こうと急かした。そういう鈍感なところが馬鹿なんだぞ、アシュレイ。
「っと、早速ミラゾワに到着しましたが……神殿!あんなに神官が並んでいますよ!兵もたくさん警備してるし……捕虜は簡単に逃がすくせに、神殿は厳重に守るんですね!」
ややあって一瞬にしてミラゾワに場面転換した。ミサキの家にまず行って、そこから空間を繋げて入ったのである。ミサキは移動中に少し崩れた服の襟を直しながら、アシュレイに姿を隠す用の布を手渡した。アシュレイも特に何の疑問も抱かずにそれを被る。
「まあ、神官たちにとっては命綱だからな。封印を解かれたら終了だ。お前は気づいていなかったようだが、我々が来てから神殿は基本的にああやって守られていた。人手をあそこに割いたから我々を見張れなかったわけだな。」
本末転倒、そのせいで戦争により滅ぶかもしれない説まである。宗教に頼りきりのミラゾワ、イメージ的には獣人ばかりでワイルドな感じ、獣っぽいかんじがしていたのだがある意味真逆であった。人々は常に何かにおびえ、疲れ、陰鬱な雰囲気で覇気もない。
「で、どうするんですか?はじめから神殿内にどこでもドアで入れば良かったのに」
「私をどこでもドア扱いするな。それは封印の問題でな、私だけならそのまま入っても良いんだが、お前が急に神殿に入ると、四肢が引き裂かれる……ような痛みに襲われることだろう。」
「怖っ!なんでですか?!」
アシュレイが驚いて前のめりにミサキの話を聞く。ちなみにここは、神殿が見える範囲の民家と民家の間の路地である。暗いから建物の陰に隠れていれば見つからないのだ。
「例えば、神殿内を毒ガスが充満している場所だとする。私はガスマスクをつけているから平気だが、お前はつけていないから死ぬ寸前になる。だから毒ガスに徐々に慣れながら入るんだ」
「え〜?!それって、漫画とかでよくある王族が毒をちょっとずつ飲んで体を慣らすみたいな?プールで水に潜るの怖いから、ちょっとずつ顔に水かけて練習しようみたいな?なんか、ミサキの手により私の周囲に便利なバリアーみたいなの張ってどうにかできないんですか?」
「超能力者か。お前は私を何だと思っているんだ。できないこともないが却下だ。私はあくまで手伝うだけで、やるのはお前だからな」
いや、超能力者みたいなもんじゃん……とアシュレイはミサキの言葉に少し不服そうな顔をするが、まあとにかくバリアは張れないらしい。
「……じゃ、人気のない裏から回りましょうか。と言っても、神官とかは平気で出入りしてるみたいですけど……」
アシュレイは本当に結界なんて存在してるのォ?と、疑わしげだ。ミサキが結界を張っているから街や王都の周りではアシュレイに何も起こらなかった、とミサキから聞いてはいるが、結界は目に見えないわけで。
「我々は神聖な存在だから、封印の周りの結界に弾かれるのだ。まあ私にとってはこの程度の結界、3ミリの厚さの発泡スチロール板くらいの強度しかないが」
「発泡スチロールはちょっと、実物を見たことが無いのでよく分かんないです。」
アシュレイの言葉にミサキは少し考えてから、アシュレイのような現代っ子にも分かりやすく言いなおした。
「……パフェの上に乗ってるウエハースくらいだ」
って、ミサキの家でパフェを食べたことがあるアシュレイでなければ分からないのだが。
「ああ!あ〜、まあ、つまりミサキは全然平気ってことですね。というか、私って全然〝神聖〟な感じしないので、平気な気がするんです!神殿に突っ込んでみていいですか?」
「待て!私にとってウエハースでもお前にとってはコンクリート壁だ。とりあえず神官たちを洗脳してここから離すから、それから近づくぞ」
「は〜い!」
コンクリートも実物を見たことないからわかんねえよ、なんてアシュレイは思ったが、多分ともかく固いということだろう。いや、目に見えないのに半神だから結界に引っかかるなんてこと、にわかには信じられない。ので、アシュレイとしてはむしろ興味津々というか、本当かどうか神殿に入ってみたい!という気になっていた。……のだが。
「おっ!人っ子一人居なくなりましたね!さっすが!」
ミサキが物陰から神殿の前に出て両手をかざすと、ミラゾワの神官や兵たちがぼんやりした顔になったまま、宮殿だの各々(おのおの)の家に帰るだのしはじめた。これを活用すれば独裁政治も夢じゃない?なんでもアリ?って感じに思えるので、ミサキにそういう願望が無かったことはアズライト帝国にとってラッキーなことだったのかもしれない。
「じゃあ、私が先に神殿に入って手を引いてやるからゆっくり入れ」
「はい、じゃあまず一歩……?!」
「ほら、入れないだろうが。手を貸せ、引っ張ってやるから」
「え?え?!弾き返されるんですけど!静電気の強いやつみたいなのがビリビリして痛いんですけど!特に顔面が痛いんですけど!」
ミサキの手をとる前に、アシュレイは神殿の入り口にはじき返されて尻もちをついた。固い岩のようだ、というよりは電撃が走った時の痛みのような。予想していた5倍は痛かったので、アシュレイはしばし動揺した。
「だから言っただろう。1メートル進み、慣れたらもう一メートル進み。じわじわ進んでいくぞ」
「じゃ、1メートル地点まで一瞬で無理やり入っちゃいますね!ミサキ、強く引っ張ってくださいよ!」
「一気には駄目だと言ってるだろうに。ゆっくり少しずつ、そうだな、頭から入れ」
「いでででで!!!頭ちぎれる!!」
そんな馬鹿なやり取りをしながらも、二人はじわじわ神殿内を進んで遺骸が奉ってある神殿内部の大広間のような場所に出た。アシュレイは、今度は段々足取りが重くなっていくのを感じて、「こんな重力、絶対おかしいよ……」なんて思っていた。だが連れてきてもらっておいてこれ以上ブツブツ文句を言うのも良くないので、耐えて耐えて耐えまくる。
「大丈夫か?手を引かなくても」
「や、やっぱちょっと引っ張ってもらえますか……なんか、足が重たくて……ムスタファのこと完全に舐めてましたけど、結界、ヤバいですね……体が重たい……」
「私がアズライト周辺に張っている結界は、神の類が触れただけで触れた部位が吹き飛ぶぞ」
「こわっ!本気の結界張りすぎでしょ!」
一々「ムスタファは自分よりショボい」ということを誇張してくるミサキだが、5000歳が400歳にマウントをとるんじゃない。アシュレイは結界を進んでミサキの腕に掴まりながら、ようやく狐の遺骸の入った箱の目の前に来た。
「……なにか、すごく邪悪な感じがします。嫌な気配というか」
「流石にお前にもわかるか?今からこれを燃やすわけだが」
なにやら感じたことのない違和感と言うか、嫌な雰囲気を感じ取ったアシュレイは少し怖気づく。ミサキはアシュレイにもそういう感覚みたいなのが形成されてきたのかな?と少し嬉しそうだ。半神らしい特性に親近感を覚えているのである。
「燃やしたら悪霊が飛び出てきたりしませんか?」
「結界からは出られない……つまりは、ムスタファの結界が壊れる前に。箱から悪霊を出し、遺骸を燃やして消滅させなければならない」
「私、攻撃手段が申し訳程度の拳銃しかないんですけど」
「安心しろ、目から破壊光線を出せとまでは言わん」
「それに準ずる何かはさせるんですか?」
「ほんの最高神ジョークだ。お前はあの木箱の蓋をただ開ければいい。飛び出して来たら私が消し去る。それからこれ」
ミサキがアシュレイに懐から取り出したものを手渡した。ちなみにミサキは今日はプライベートなので天界の自宅に居るときのように黒い着物を着ている。アシュレイは「この服動きにくそうだなあ」と思っているが、本人はおしゃれだと思っているので仕方ない。
「これは……瓶に入った液体と、マッチですか?」
懐に入ってたからか若干温かい気がする。どうでもいいが、アシュレイは豊臣秀吉が懐に信長の草履を入れて温めていたことを思いだした。本当に全く関係ないが。
「それは油だ。死骸本体に油をバシャっとかけてマッチでボッと火をつけろ。それだけだ」
「めちゃくちゃ物理攻撃じゃないですか!」
「それをやりに来たんだろう、腹を決めろ」
「……わかりました。じゃ、蓋開けます、よ!」
言いながら、アシュレイは結界の抵抗に逆らってドスドスとデカい足音を立てながら封印の箱に近寄った。近づけば近づくほど足は重く、体は怠く、歯を食いしばってアシュレイは箱に手を伸ばす。正直、人生でここまで激しい痛みや不快感を感じたのは、アシュレイにとって初めてだった。死にかけた、冬の川を泳いだ時より更に体への負荷が激しい。
でも、自分がやると決めたんだから。意地にかけて、自分のエゴで、頼まれてもいないのにムスタファの母親の死体を勝手に焼き払うと決めたのだから。アシュレイに引き下がるという選択肢はなかった。アシュレイは階段を四段上がり、箱の蓋と本体に手をかけて一気に、蓋を封印の札ごと引きはがした。
「うっ!!」
予想外に、ものすごい異臭が漂ってきた。腐った生き物の死骸。それも、そこまで時間が経っていないかのように湿っていて、骨になっているわけでもなく肉塊のような。少なくとも、400年も経っているとは思えない状態だった。アシュレイは一瞬呆気にとられたが、肉塊がうごめいたのを見て咄嗟に〝それ〟に油をぶっかけた。同時に、何か黒い煙のようなものが肉塊から飛び出す。それが一直線にミサキに飛んでいった。
なんという非科学的な!あれが俗にいうお化けだとか妖怪だとか、もしくは幽霊とか悪霊とかいうものなのか!はじめてそういうものを目撃したアシュレイは、油に火をつけることをしばし忘れてその暗黒物質のようなものを眺めた。
「何してるんだ、早く放火しろ」
教師とも思えないことを口走ったミサキであったが、自分に向かってきた暗黒物質は右手でぺしっと叩くとものすごい勢いで壁に突撃していった。暗黒物質が吹き飛ばされた先の壁が物凄い音を立てて崩れたので、「やっぱミサキのほうが怖いな」と思って安心して放火することに決めた。と、こうしてここでもう一つ問題が。
「ミ、ミサキ!腕が早く動かせないからマッチが上手く擦れません!!」
「はあ?!頑張れそれは!」
「ぬうーッ!!」
「よしっ火をつけたな!こっちに走って来い!神殿を出るぞ」
「走れませんってー!!」
アシュレイが神殿の台から必死に、だが仕方ないのでゆっくり降りる。暗黒物質が凄い勢いで、今度は燃え盛る死骸のもとに飛んできた。アシュレイが慌てて地面に伏せ、走ってきたミサキがアシュレイの首元を掴んで段差から引きずり下ろした。
「ちょ、いだだだ!!他にやり方はないんですか?!」
「早く離れないと危ないぞ、さっさとここから出るんだ」
「わ、ちょっ……あれ?動ける!」
「ムスタファが煙を見て結界を解いたようだな」
「え?!結界を解いて大丈夫なん……」
アシュレイが立ち上がってミサキに話しかけた瞬間、アシュレイは後ろから突撃してきた霊的物体に首を絞められ、白目をむいて気絶してしまった。
「おい!目を覚ませ、首を絞められただけだ!!」
何とも不格好に気絶したアシュレイだったが、ミサキは仕方なくアシュレイを抱き上げて神殿から出た。油の量が思いのほか多かったらしく、火の手は広間内にどんどん広がっている。ついでにこの神殿は外から見ると石造りだが、内部は木造建築なので燃えやすいのであった。
「まったく……あの悪霊に何か入れられたか……?」
火が民家に広がらないように物理の結界を張ったミサキは、アシュレイを担いでムスタファの居る宮殿へと向かうことにした。




