残滓を焼き尽くせ!①
バターン!!ノックもせず無遠慮にアシュレイはミサキの船室のドアを開けて中に入った。そしてまたドアを勢いよく後ろ手に閉める。とはいえミサキも、普段アシュレイの部屋に勝手に入っているので怒られるいわれはないのである。鍵を開けっぱなしにしているあたり、ミサキもアシュレイの来襲を予期していたようだし。
「おはようございます!あなたのお家に行きましょう!」
「……」
どうやらミサキは机で何か書いていたようで、迷惑そうに振り返った。そして、アシュレイに言われるまま自宅へ通じる空間の穴を開け、アシュレイはさっさと移動した。ミサキも無言で天界に入って入り口を閉じる。
「ミサキ!昨日は言いそびれましたが例の約束、覚えてますよね?」
アシュレイが確認するようにそう言う。昨日はなぜか眠ってしまい、話が出来なかったのだ。だがアシュレイがミサキの手を借りずにアズライト帝国遠征部隊全員を救出できたら、ミサキがミラゾワ神殿のムスタファの母の死骸を処分するのに手を貸す、という約束をアシュレイはきっちり覚えていた。もちろんミサキもちゃんと覚えている。
「ああ。だが、助けたのはほとんどアルドヘルムという男だったんじゃなかったか?」
少し冷めた感じでそう言ったミサキに、アシュレイの顔が一瞬にして青くなった。
「ええっやっぱりそうなります?!でも私が行った時点で8割解決してたわけだし、しょうがなくないですか?!意地悪いですよ!!」
アシュレイがミサキの服の襟をつかんで揺さぶる。ミサキは迷惑そうにアシュレイの額を指でピンとはじくと、アシュレイが軽く後ろにのけぞった。ミサキはアシュレイの困り果てた顔を見ると、ため息をついてから了承した。
「まあ、仕方ないか……嫌だが、約束は約束だからな。手を貸してやろう。なんだったか、狐の死骸を処分するんだったか?」
「やった!ミサキは優しいですね、やっぱ最高神様は器が広いっていうか!」
「おだて方が露骨なんだお前は」
「あと注文が多くて何なんですが、できればムスタファともう一度話がしたいんです」
「はあ?あの狐とか?なんのために」
ミサキが心底理解不能、という顔でアシュレイを見る。
「何のためにあんな、なんの利益もないことをしたのか聞きたいんです!腑に落ちなくて、モヤモヤします!」
「何言ってる。お前、あいつに頭を怪我させられていたじゃないか。かわいそうに、なでなでしてやろうか?」
「馬鹿にしないでくださいよ、もうとっくに治りました!そんなこと、今はどうでもいいんです!」
とっくに治りましたって、つい昨日や一昨日のことじゃないか……とミサキは呆れるが、本当に治っているから治癒力にびっくりだ。実は昨日アシュレイを眠らせたアルドヘルムが勝手に治したのだが、それも内緒である。
アシュレイは現在、ミサキに習って手で銃を撃つくらいは出来るが、その程度の力だ。ムスタファは攻撃に特化していないとはいえ、400年以上生きているからそれなりにタフなはずだし、銃で何発か撃った程度では死なないだろう。心臓にばかり何発も撃ち込めばかなりの痛手は負わせられるだろうが、ムスタファの首を断って殺そうと考えている様子はアシュレイにはないし。そう考えると単純な腕力ではアシュレイよりムスタファのほうが上だし、アシュレイに不利だ。
昨日アシュレイがムスタファを殺そう、だの言いだしていたのが嘘のようで「こいつ、怒っている時と怒っていない時で意見がコロコロかわるな……」とミサキは呆れる。そういうことは実際、どんな人間にも良くあることなのかもしれないが。娘が彼氏を連れて来たら反射的に嫌な態度取っちゃったけど、後々よく考えたら悪い奴じゃなかったかも……みたいな。
「馬鹿にするなって、大ばかもの。モヤモヤするとかいう微妙な理由で話なんかしに行って、殺されたらどうするんだ?」
ミサキが言うと、アシュレイが少し考えるように首を右に傾け、口をへの字にして悩んでから分かった!と言うように手を叩いた。
「だって、ほら!あの人ってちょっとミサキに似てるじゃないですか!」
「はあ~??あの愚かな馬鹿狐と私が似・て・い・るだとぉ?」
「そうですよぉ~いででで!!そんなに気に障ったんですか?!」
何を言い出すんだこのガキは、とミサキがアシュレイの両頬を掴んで引っ張る。思いのほか良く伸びたので伸ばしたり戻したりして遊ぶ。
「気に障るだろう普通、あんな愚か者と一緒にされては腹が立つ。具体的にどこが似てるのか言え」
「だって、二人とも寂しそうじゃないですか」
アシュレイが自分の頬を抓っていたミサキの腕をガシッと掴む。ミサキは頬から手を離し、アシュレイの目をじっと見た。
「寂しそう?私がか?」
「自分と真に対等か、それ以上の人間が周囲に全く居ない状況って、寂しいと思うんですよ。そう考えたら、最高神のあなたが一番孤独かもしれないですけど」
「……お前は私と対等じゃないのか?」
「私は弱いじゃないですか、それに私まだ100年も生きてませんし。
あなたは人をそんなことで見下したりしない人だから私は尊敬しているし、好きですけど、大人が3歳児を自分と対等だと思わない、という次元の話であなたにとっては全員……」
アシュレイがそこまで言ったところで、ミサキがアシュレイの口を右手でふさいだ。アシュレイがなんだ?!とパニックに陥る。ミサキは心底疲弊したような顔で呟く。
「寂しくない……」
「?」
アシュレイの口から手を離すと、ミサキは身振り手振り、イタリア人並みの大げさなジェスチャーで迷惑アピール全開の表情をした。アシュレイがぎょっとした顔をしたが、大きく息を吸い込んでミサキは改めて先ほどの呟きを言いなおしてきた。
「私は寂しくない、と言ったんだ。ぜぇ~んぜん!全く!寂しくない!」
「嘘だ~!寂しくないなら人間に干渉したり私なんかと仲良くしたりしませんもん!」
「なんだその決めつけは!大体、お前の周りにちょろちょろ顔を出してからかうために学校や人間界をうろついてるだけで、人間に干渉してるわけじゃない!!」
それもそれでどうなんだよと言いたくなるミサキの言い分だが、あまりに子供っぽくムキになって否定してきたためアシュレイもあまり掘り下げないほうが良いな……と察する。なにやら地雷というか、本人の言われたくない、何かものすごく悪いことを言ってしまったようだと。
「へえ~そうなんですかあ!でも、ムスタファはあなたと違って寂しいかもしれませんよ、でも私にはわかります、なんだかんだいってミサキは優しいので私がムスタファと話をしにいったらついてきてくれると私は踏んでいますよ!なっミサキ!」
ムスタファと偶然朝会って話した日も、あいつと一人で会うなだの自分かアルドヘルムを連れていけだの言っていた気がするし。……と、アシュレイは思っていた。そして実際アシュレイがムスタファの所に行くなら、ミサキもついて行く気でいる。確認を取られたら嫌だと口では言うが、アシュレイがミサキなしでも行こうとするならついて行く。という感じだ。
「要するに喧嘩を売りに行くのか?寂しいんでちゅか~殺してあげまちょうか~と」
「違うんですって!なんであんなことをしたのか聞いて、なんで私に味方になってほしかったのか聞きたいんです」
「そんなこと聞いてどうするんだ。あいつが寂しかったとかふざけたことを言ってきたら、家で飼うつもりか?」
ミサキが椅子に座りなおして麦茶を自分とアシュレイの前にそれぞれ置く。いつもはちゃんとメロンソーダとか洒落たものを出してくるのだが、最近忙しいのか、作り置きのこういうお茶を出してくる。作って冷やしているだけマメなのだが。
「あんなデカいもん飼えませんよ!そうなったら、あの、ムスタファの顔をですね、こう、うまい具合にひん曲げて、他人に擬態させてですね、王様じゃなくして、外の世界を見せてあげたいなって!だってずっと宮殿の中生活ですよ?ミサキみたいにテレビゲームも出来ないし、あの国の料理2日で飽きるような味でしたし、牢屋に20年閉じ込められてたソヘイルとも相通ずるところがありそうじゃないですか!あの人は400年ですけど!」
ミサキが聞き入れる姿勢になった途端、大慌てでそんなことを力説してくるアシュレイの話を、ミサキはとりあえず黙って聞いていた。が、アシュレイの話がひと段落すると麦茶のコップを持ちあげ、一気にごくごくと飲み干して机にガンッと音を立てて置いた。
「お前についてずっと思っていたんだが……お前は馬鹿で愚か者だな。」
「今更気が付いたんですか、先生?」
「ずっと思っていたと言ってるだろう、本当に馬鹿だな。そして馬鹿正直すぎてもう、かわいいな。」
「ええ?!」
ミサキに突然頭をガシガシとなでられてアシュレイが困惑する。ミサキは本日はじめてにっこりと愛想の良い笑顔を浮かべ、アシュレイの頭から手をおろした。
「……いいだろう、私は昨日忙しくて寝ていないし精神的に疲れているんだ。もうどうだっていい、馬鹿なお前の好きなようにやらせてやろう」
「えーっホントですか!!あなたらしくない投げやりさですが、ラッキー!まあ私の予想が外れてムスタファが好戦的だったら今の話は全てなかったことですけど、万が一私がムスタファに殺されてもあなたのせいじゃないので気に病むことは無いですよ!」
「死ぬ前提で話すな。じゃあ、今日の夕食後にちゃちゃっと突撃して神殿燃やしてムスタファと話してくるか。」
「はい!じゃあまた夜に!」
ミサキが新しく開けた空間の穴から部屋に降りたアシュレイに、ミサキが去り際言った。
「私は寂しいからお前と居るんじゃないからな」
「……?はい。」
アシュレイは何の気なく返事して、そのまま部屋を出た。ミサキは一人になると船室内に静かに降りて、自分のベッドに横たわった。
(私は……寂しいからアシュレイと一緒に居るんじゃない……よな?)
なんだか自信が無いようで、ムスタファと似ていると言われてカッなってしまったが、本当はどうなんだろうか。ミサキはいまいち自分の気持ちも分からず、もやもやと「でもアシュレイは本当に馬鹿でかわいいと思ってるし……」なんて思うのであった。
きっとそうだぞミサキ




