会議はティータイムに②
しばらく、なぜかホリーの「エドウィンはお人よしすぎる」というような内容の説教がはじまり、アシュレイも「私は何を見せられているんだ?」と困惑していたのだが、そこで突如それを遮ったのはなんと、アルドヘルムであった。アルドヘルムはいつの間に入れたのかティーポットとカップを「ガンッ」とデカい音を立てて置く。驚いて三人の視線がそこに集中した。普段のアルドヘルムならばそんなマナー違反で陶器を割りかねないことはしないのだが、ともかくそうやってアルドヘルムは場に沈黙をもたらした。
「ホリーさん、落ち着いて座って、お茶でも飲んではいかがです?結局我々が何か決めても、最終的に決めるのは王なのですから、そう騒ぐ必要はないですよ」
「ブラックモア卿!そんなことを言ってもエドウィン殿下が!……あ……いえ……そうですね、お茶いただきます」
「?」
アルドヘルムと目が合った途端に大人しく座りなおしてティーカップを持ち上げたホリー、なんだか妙だが、もしかしてアルドヘルムの威圧感にビビったのかな?とアシュレイは思う。アシュレイからすれば「こいつ怒ると怖いもんなあ」くらいの軽い認識だが、これは普通に軽い洗脳であった。ちょっとうるさいとすぐ黙らせる恐ろしい男である。
「それでですね、私は出来れば、罪のない貧しい不幸なミラゾワの平民たちには危害を加えずに事が収束できるといいと思うんです」
「まあ……我が国の軍とミラゾワの正規軍もない兵たちでは勝負にもならないだろうし、攻め込めばすぐ降伏する可能性は高い。私も無駄な血は流さないほうが良いと思うが」
そうだよね、それが文化人としての普通の感覚というものだよねとアシュレイは頷くが、王族にしてはこの考え、結構甘いほうなんじゃないだろうか。
「それに我が国は元々、他国に積極的に攻め入って領土をどんどん増やそうとするような姿勢ではないでしょう?ミラゾワを滅ぼして獲得しても、大した利益はありませんし……ミラゾワの有力者や王に〝降りてもらって〟アズライトが奴隷制廃止して統制だけするようになるといいと思うんです」
「ミラゾワ国民は急に指導者を失って、言葉も通じない他国に実質的な支配を受けることに抵抗を覚えるんじゃないだろうか?」
そう、統制するとなるとどうしてもミラゾワのほうを「敗戦国」として下に見て、国民たちに横柄な態度をとる者がアズライト側から出てくるかもしれない。それに言葉が通じないので、結果的には誰かミラゾワの側にも指導者を立て、それを通して指導することになりそうだし……という、色々微妙な問題がある。あるが、アシュレイはとりあえず引かなかった。
「彼らにとっても、戦争になって皆殺しにされるよりマシでしょう。それに、子どもを売って生活するなんて、本当は気分悪いに決まっています。生活が成立するようになって治安も良くなれば納得するんじゃないでしょうか。」
「奴隷売買が文化に根付いている国ではそれを撤廃することが困難だが、この国の場合、奴隷を輸出しているだけで国内で奴隷を使っているわけではないから……売るのをやめれば、まあそれでいいわけだよな」
「そうですね。それと、貧困で飢えている人々も多いようですから……高官や儲けている奴隷商の食糧庫を開放して食料を配って回れば、国民はそうわが国に嫌な感情は抱かないでしょう。まあ、そこまで簡単な事ではないんでしょうが……」
元のミラゾワの権力者や金持ちは皆、かなりの損益を被るか思い罰を受けることになるだろうが、国民たちだって少なからずそういった者たちへの不満を抱えているはずだ。だから、我々は一般市民の味方であるとふるまえば、少なくとも平民による暴動などは起きずに済むのではないだろうか。……と、アシュレイはシンプルに考えていた。
「それとミラゾワは、かなり宗教に凝っている国家だったな。国民たちも少なからず宗教や神を信じているだろうし、その象徴たる王を失脚させるとなると神の祟りを恐れて怯え暮らすようになるかもしれない。王を本当に神として信仰していたようだし、高官たちは皆毎日神殿に通っているらしいし。それに彼は自分のことを本当に神の子だと思い込んでいるようだった。」
本当に神の子だが。
「わが国も神は信じていますが、まさか自分を神の子と思っている人間が居るとは……驚きですね」
「アハハ、そうですね……今までにそういう王様が居る国は無かったんですか?」
ホリーの言葉にアシュレイは引きつった笑いを浮かべる。お前の目の前に神の子ども居ますよと。まあ、ついでに言えば普通に神も居るわけだが。
「いや、なかったな。熱心な宗教国家は他にもあったが、王を神として信仰している国はここが初めてだ。文献では他にも読んだことがあるが私が実際に見た中では……」
アシュレイの質問にはエドウィンが答えた。ホリーも軽く頷く。それにしても、宗教というよりどころを失った敵国の国民の心のことまで心配するとは、エドウィンはアシュレイが思ったよりずっとお人よしなのかもしれない。彼の人柄が良かったからこそ、貿易交渉がうまくいくのかもしれないが。
「心のケアは今更でしょう、彼らから宗教を取り上げないままに環境を変えるのは現実的ではないし、アズライト王はそこまで優しくないと思いますよ」
「私もそう思います。戦争しない時点でかなり譲歩していると思いますし、それでも甘いくらいです。少なくとも高官やミラゾワ王は捕えて何かしらの制裁を……」
ホリーも今度は基本的に戦争はしないという話で進めている。いいぞ、丸く収まってくれとアシュレイは内心ほっとしていた。
「エドウィン殿下、ミラゾワ王とはたくさんお話をしたんでしょう?どんな人だったんですか?」
アシュレイが実際にムスタファと言葉を交わしたのは、初日と二日目の朝、牢屋にムスタファが来たときくらいだった。そう考えれば、通訳越しでもムスタファとより長く話したのはエドウィンのほうだったと言える。
「……彼は、気さくで友好的で、ちっとも嫌な感じはしなかったんだ。他の国でも多くの相手と話してきたから、嫌な雰囲気は大体察せる方だと自分では思っていた。だからこそ、彼がなぜ突然こんなことをしたのか……」
「……」
再び重めの沈黙。ここ数回の国交ではどの国とも大体上手くいっていたので、エドウィンはなんだか落ち込んでいる様子だ。この様子ではエドウィンが何かムスタファの気に障ることをしたとも思えないし、本当になぜこんなことになってしまったんだ、とアシュレイは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「なぜ?そんなことして何の得がある?彼にとって……いや、私は何か勘違いをしていたのかもしれません、エドウィン殿下」
「勘違い?」
「彼はミラゾワの王だから、最終的にミラゾワに利益があるように考えて行動しているんだと、私は勝手に思っていました。でも、初めから彼が……ミラゾワなんてどうでもいいと思っていたなら、ミラゾワを滅ぼさせるためにこんなことをしたなら……彼を神として崇拝し、恐れていた高官たちも国民たちも彼には逆らえませんし、これは……」
「ムスタファが独断で、ミラゾワを潰させるために行ったと?なぜそう思う?彼はあの国の王だぞ」
エドウィンが困惑した表情でアシュレイに聞く。当然だ、なぜそんな考えに行きつくのかエドウィンにもホリーにも理解できなかった。いや、アシュレイにすら、はっきりと理解できていたわけではない。
「彼はミラゾワに到着した初日、私は今年で450歳になると言っていましたよね。私が彼と廊下で偶然会って話をしたとき、彼は、神殿に結界を張って守るため、あの宮殿からずっと出られないのだと言っていました。そうだとすると、そんなに長い間ずっと外の世界に触れず、国のことなんてどうでも良いと思っていたのではないでしょうか」
「……まさか、信じているのか?その、400歳だとかいう話を……」
エドウィンがアシュレイの正気を疑っているような目で言った。ホリーだって「何言ってんだお前」という顔をしているし。しかし、無論アシュレイは当たり前にその事実を信じている。なにせ、5000年生きているミサキという非日常がすぐそばで生活しているのだから。しかし、そこはエドウィンに変に思われないよう言葉を濁す。
「私やあなたが信じるかどうかはさしたる問題ではないんです。問題は、彼にとってそれが真実であるのかどうか。彼が本当にそうだと認識しているのなら、彼の中では少なくともそうなんです。彼は、400年以上あの宮殿から出ずにずっと王として暮らしている、そう感じていた……私たちが考えるべき部分はそこだと思います」
「……確かに、あれ以降もミラゾワ王が何百年も代替わりせず王を務めているという話はされたが……」
「アシュレイ様!それを彼らが本気で信じているならいくら宗教国家といえど、正気ではありませんよ!そんなこと、あるわけがないんですから!」
「正気なわけありませんよ。正気の人間たちが、あんな手薄な警備で貴重な捕虜を簡単に手放すわけがない。強い交渉相手の国の使者に毒を盛ることを止める人間すらあの国にはいない!えばり散らして国民の稼いだ金を搾取する高官でさえ、王に逆らう素振りもない!」
「それは……」
ホリーが少し俯く。どっぷりと宗教に使っている国の、狂った人々はいくつも見てきたことがあったからだった。神を信仰するのも、強制の度が過ぎると国を滅ぼす。ミラゾワの国民たちがあそこまで荒れきっていても誰一人反乱を起こさないのはある意味、状況としては「正気でない」と言えるし。
「……いえ、私よりお二人のほうが外交経験は豊富ですし、ホリーさんの感覚のほうが正しいのかもしれません。少し頭に血が登ったようなので、私は失礼させてもらいます。さっきの話は忘れてください。それにまだ……一週間以上、船で考える時間はあるんですから。」
アシュレイがそう言って部屋から出ていく。アルドヘルムも後に続いた。アシュレイがドアを締め切る前、エドウィンが立ち上がって大きめの声でアシュレイに質問する。
「お前は、彼の言葉を信じるか?」
「私は信じます」
そう答えてドアを閉める。なんだか自分が神が実在することを知っているからこそあんなことを言ってしまったが、実際、今の発言は馬鹿丸出しだった気もする。でも、さっき自分で言ってアシュレイは何か納得した気もした。ムスタファはアシュレイの思ったとおり、ミラゾワに執着はないのかもしれないと。
となると……
アシュレイは廊下に出て数歩歩いたところで、アルドヘルムを振り返って言った。
「アルドヘルム!私お勉強のことでアルフレッド先生に用事を思い出したので失礼します!」
「アシュレイ様!」
「はい?!」
既に2メートルほど駆けだしていたアシュレイは、アルドヘルムに呼び止められて少しよろめきながら立ち止まった。アルドヘルムの顔を見ると、少し不安そうに見えてアシュレイは数歩アルドヘルムの方へ歩み寄る。しかし、アシュレイがもう一度声をかける前にアルドヘルムが口を開いた。
「早く……戻ってきてくださいね?」
今度は少し困ったような顔で笑ったアルドヘルムに、アシュレイが頷く。
「はい!」
そう元気よく返事して廊下を駆けていくアシュレイを見送りながら、今までもこうしてアシュレイは自分から離れてあの男の所に行っていたのだ、そう思ってアルドヘルムはつまらなそうな顔をする。でも、アシュレイがミサキにばかり頼るのは、あの男が神だと知っているからこそ。
それに神だとばらすとアシュレイに距離を置かれそうだし、アシュレイを洗脳する気は無いし……と、アルドヘルムは大人しく自室に戻る。
「ムスタファも弱い者に入るのか?アシュレイ……」
本当に、つまらない。アシュレイに口答えするホリーも、お人よしのエドウィンも。元のアルドヘルムならばこんな風に思わなかったのだろうか、なんてアルドヘルムは少し憂鬱になった。
海はまた穏やかで、行きとは違ってちっとも荒れる様子がない。
エドウィンの船室の中ではまだ少し、ホリーとエドウィンが暗めの空気感で向かい合っているのだった。




