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お嬢様は神様です!  作者: 明日葉充
獣人宗教国家ミラゾワ編
121/135

アルドヘルムという男


アルドヘルム=ブラックモアは、ブラックモア侯爵家の長男として生まれた。恵まれた容姿、誰からも好かれる真面目で明るい性格。子供のころから両親の愛を十分受けて幸せに育って、学校に通いながらも16歳の時から騎士団に所属しはじめた。


兄弟は妹がひとり。妹もアルドヘルムと同じように金髪で、幼い頃は特に、パーティにも二人で出る仲の良い兄弟だった。家族仲も良好で、皆仲が良く、使用人たちも優しい人間ばかりの温かい家で育ったアルドヘルムは、人一倍正義感が強く優しい人間になっていった。


そう、行動だけで言えば現在のアシュレイのように「弱きを助け強きを(くじ)く」ような。それもアシュレイとは違って、純粋な正義感で、心のどこも曲がらずまっすぐな男。皆から慕われ、男にも女にも好かれる男。


「アルドヘルム、あなたまだ恋人の一人もいないの?」

「か、母様……ま、まあ……まだいませんよ」


「兄さんモテるのに、ひょっとして男が好きなんじゃないの~?」

「馬鹿言うなよ、俺はな、慎重派なだけなんだよ。」


「見合い話はたくさんあるのにちっとも見ないし、私心配だわぁ」

「ははは、私とお前が結婚したのだって、お互いもう23になってからじゃないか。そう焦ることはないよ」


その時、アルドヘルムは17歳だった。


騎士団に入って1年経つか経たないか、くらいの時期。その頃のアルドヘルムはよく下町に遊びに出かけていた。少年であったアルドヘルムには、下町の鍛冶屋に知り合いが居て剣を鍛えるのを見せてもらいに行っていたのだ。親は貴族にしては珍しく放任主義だったので、アルドヘルムは自由にのびのび育った。


「離して!やだ、離してってば!」


その日アルドヘルムがいつものように鍛冶屋に向かっていると、路地裏からそんな女の子の悲鳴が聞こえてきた。アルドヘルムはすぐに声の聞こえたところに駆けつけたが、所詮まだ17歳の青年。


その時の悲鳴をあげた少女……正しくは少年だが「マイリ」は、体の大きい大人数人に囲まれていた。だからアルドヘルムは少し怖気ずいていた。しかし、次の瞬間、その人物は上から現れたのだ。


「変態のおじさんたち、そいつより私の方が高く売れますよ」


建物の屋根の上から黒髪の少年はそう言って飛び降りて、男の中の一人の頭に蹴りかかったのだ。そのまま少年は地面にほとんど音も立てずに着地すると、立ち上がった勢いのまま少女の手を引いて走り去っていった。


自分よりずっと小さい、歳下の少年。


「何しやがる!ガキ!」

「追え!」


「やだ~!アッシュ、怖いよ~!」

「黙って走れマイリ!」


二人が走って行った後、男数人も追いかけて走って行った。どうやら誘拐しようとしていたらしい。アルドヘルムは少年の見事な救出劇に驚いて呆然としていたが、腰に下げた剣を握りしめて、慌てて後を追った。


「子ども相手に恥ずかしくないのか、お前たち!」


途中でアルドヘルムは追いつき、二人の前に立って男たちに向かい合った。男たちはにやにや笑いながらアルドヘルムに近づく。


「おうおう、若い騎士さんがご登場か」

「馬鹿にするな、俺は剣術を心得ているぞ」


マイリと……〝アッシュ〟は、それに驚いて立ち止まり、アルドヘルムを見た。しかし、次の瞬間アッシュがアルドヘルムの空いたほうの腕を掴んで引き、走り出した。


「うわっ!何するんだ?!」

「貴族のお兄さん、こういう時は逃げるが勝ちなんですよ、あのデカいおっさんたちに一人で立ち向かうなんて馬鹿のすることです」


「アッシュ、助けてくれようとしたんだよ!そんな言い方しなくていいじゃん!」

「男のくせに誘拐されてるお前に言われたくないんだけど」


アッシュの言う通りに三人で走って広い道に出ると、アッシュが大声を出した。


「助けて!誘拐される!」


その声を聞いてどうやらアッシュはここらで顔が知れているらしく、男たちは他の大人に自然と取り押さえられてどうにかなった。裏道は治安が悪いが表の道は商売だってやっているので、誘拐する大人など見過ごさないのだ。それをアッシュは知っていた。


「どうにかなったでしょう?でも助けようとしてくれてありがとう、金色の王子様」

「え、あ……いや、結局俺は何も……」


「ううん、すーっごくかっこよかったよ!ありがとうお兄さん!」

「あ……あの、君の名前聞いてもいいか?」


アルドヘルムは、少年の方に名をたずねた。この少年の迷いのない勇気や正義感に感服したからだった。


「私ですか?私の名前はアッシュフォード=アーチボルト。あなたは?」

「俺は……」


その日、その時、その瞬間。すぐ横の道を、馬車が勢いよく走ってきた。にこやかに対話していたアッシュは、本当に反射的に、道の真ん中でぼうっと立っていた子供を助けにその道に飛び出した。


そして子供を突き飛ばし、目の前に馬車が迫った時。アルドヘルムがアッシュを庇うようにして馬車の前に立った。アッシュは突然のことに動けず、驚いて目をぎゅっと閉じる。手を引かれて道に突き飛ばされる感触がした。


「!!」


_____その日、その時、アルドヘルム=ブラックモアという若き青年は。


馬車に轢かれて死んでしまった。


そう、本当に死んでしまったのだ。あっけなく、死体も目も当てられない姿で。アッシュは、アシュレイは自分を庇って死んだ少年の死に顔を見つめ呆然とし、そのまま走って行った馬車を追う気力もないほどに動揺していた。


「息、してない……息してない、マイリ!!この人、私のせいで!やだ、なんで、こんな!血が……」

「落ち着いてアッシュ、アッシュのせいじゃないよ!とりあえず病院に……」


この瞬間、世界の記憶は書き換えられたのだ。


なぜ過去にこんなことがありながら、アシュレイやマイリはアルドヘルムの顔を見ても知り合いだと思わなかったのか?アルドヘルムはなぜ20歳になっても生きていて、アシュレイの前に現れたのか?


正解は、とある神がアルドヘルムに成り代わったからだった。


その日アシュレイとマイリが「アルドヘルム」に出会ったことも、マイリが男たちに誘拐されかけたことも、少年が馬車に轢かれかけたことすらも、この世の記録から消し去られている。ミサキの手によってだ。そうして、死んでしまったアルドヘルムに成り代わって、その神が「アルドヘルムに成り代わった」のだ。


「あ、おはよう兄さん……あれ、鍛冶屋に行ったんじゃなかったの?」

「え?そうだっけ……いや、今日はそのまま騎士団に行くことにしたから」


この時点で、アルドヘルムはほとんど全く、元のアルドヘルムと同じだった。その神は本当に自分をアルドヘルムだと思い、そう信じ込んでいた。アルドヘルムの今までの人生のすべての記憶が、その神の中に移動したのだから。それはもはや、アルドヘルム自身であると言っても間違っていなかった。そう、まるで死ぬ前のアルドヘルムを「やり直しただけ」のように。


それから「その」アルドヘルムは偶然18歳の時、騎士団に居るときアラステアに推薦され、エインズワース家の執事となった。そうして同じように偶然アシュレイの公爵家との血のつながりが発覚し、会った記憶のない「初対面」のアシュレイとの奇妙な再会を果たした。


「アシュレイ=アーノルド様はいらっしゃいますか?」


そうして、ごくごく偶然にアルドヘルムになった神はアシュレイに本当に偶然恋をした。元のアルドヘルム自身がアシュレイを好きになったのか、神自身がアシュレイを気に入ったのかは定かでない。


元のアルドヘルムが生き残っていれば偶然アシュレイと出会って恋をしたかもしれないし、しなかったかもしれない。実際そうなってみなければ、この世に断定できることなどないのだから。


「アルドヘルム、あなたのことが好きです」


偽物のアルドヘルムは、徐々に自分の身体能力などに「今までと違う」と少しの違和感を覚えた。しかし、当然記憶が戻る決定打にはならずミラゾワに来るまで、約3年以上、何も知らずに生活していた。


そうしてミラゾワで言語理解の能力を持っていることに気づいて、ようやくすべてをはっきり思い出した。


自分が死んだアルドヘルムに化けた存在であったこと。しかしアルドヘルムの今までの人生の記憶だって、初めから死ぬ直前まですべて本人のままに覚えていた、知っていた。なんなら、馬車に轢かれて死ぬ寸前までの記憶まで思い出した。


今のアルドヘルムは本当にアルドヘルムなのか?それとも、自分を神だと思い出した瞬間に全くの別人となってしまうのか?記憶が同じだからと言って、この男はやはりその神であって、アルドヘルムとは全く関係のない別物にカウントされるべき存在なのか?


「アルドヘルム、なんだかミラゾワに来てから大人しいですね、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですよ」


今この場にいる自分(アルドヘルム)は、アルドヘルムのフリをしている偽物なのだろうか?アルドヘルムは考える。家族との思い出も幸せも悲しみも、全ての「アルドヘルムという存在」をこのアルドヘルムも持っていた。ただそれと同時に、神としての記憶も思い出してしまっただけ。であればこれは、1つの体の中に二つの人格が存在しているだけなのではないか?アルドヘルムの魂だけは、ここに生きているのではないか?


……なんて、アルドヘルムがそんなことを考えているとは考えもつかないアシュレイは、何も知らずにアルドヘルムに心配そうな顔を向ける。それに対してアルドヘルムは笑顔で大丈夫だと返事をする。何とも奇妙で非科学的で、まあ、大方の原因は記憶操作のすべてを行ったミサキにもあるのだが……


それは、目の前でアルドヘルムが死んだアシュレイが酷く取り乱したのを見て、ミサキが心配したからしてしまったことだった。アシュレイが生まれてすぐからずっと見ていたミサキは、アシュレイの酷く傷ついた様子を見て「忘れさせてやりたい」と思ってしまったのだ。それが、ミサキがアシュレイに実際に手出しをしたはじめての行動だった。


「人間になってみたいんだ。お前は人間を洗脳できるらしいが、俺も人間にしてみてくれないか?」

「なぜそんなことを?」


神の中では唯一ミサキが自分の世界に招き入れていた、言ってしまえば「仲が良かった」と言ってもいいその神は、ある日ミサキに頼みごとをした。


「この長い時間に飽きてしまったんだ」

「馬鹿を言うな。神に時間の概念などないだろう?大体、急になろうと思ってなれるものでもないだろうが。例えば誰かの……人生を途中で肩代わりで体験させてもらうとかでなければ。」


その場ではミサキはすぐに却下したが、結果的に実行されるその「人生の肩代わり」。どのみち死んでいたんだから、成り代わりと言うと語弊があるかもしれないが、そのなりすまし。


「一度くらい人間に混ざってみるのも良いだろう?代わりの居ない我々は、永遠に死ねはしないのだから」


そうして、その神の望みと「アルドヘルムが死んだ事実を無かったことにしたかった」ミサキは、今、少しだけそれを実行したことを後悔していた。


アシュレイが「神」に本気で目をつけられては厄介なのだ。よく観察し、どうしても危険であれば無理にでもアシュレイを引き離さなければならないかもしれないと、ミサキは自室でため息をつきながら思っていた。


男はアルドヘルムであったのか?恋をしたのはアルドヘルムであったのか?

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