はじめての女友達?
慣れないスカートの裾が脚にあたって、アシュレイは少し立ち方を変えてみたり、落ち着かない。
「制服、とても似合っておられますわ!アシュレイ様はシュッとしてらっしゃるので!」
「シュッとしてるって……」
時代を感じる誉め言葉だが、アシュレイはマリアにそう褒められて苦笑いした。なんというか、メイドの似合ってますわ、という言葉はなんとなくお世辞に聞こえてしまう。アシュレイは自分のことを美しいと信じて疑わないが、この家に来るまではドレスなどの女ものの服なんかほとんど着たことがなかった。
自宅までつけてきたファンも居たし、普段から男として暮らしていないとバレかねなかったからだ。基本的にはファンの夢を壊してはならないのである。コーネリアスの夢は砕けたが。
だから今も、変な話だが自分が女装している男のように感じてしまって、アシュレイは違和感を感じていた。習慣とは恐ろしいものだ。
「しかし、冬にこのスカートは寒いですわね」
アシュレイがスカートの裾を軽く引っ張ってみる。ドレスや他の洋服に比べて生地が薄っぺらく、露出が心なしか多い気がする。この上から上着は着るのだろうが。
「最近の流行りなのでございますわ。デザインしたのは王宮お抱えの衣装係、あの有名なアドルフ様だとか」
「そうなんですか。その人は聞いたこともないですが王宮勤めなら人気なのでしょうね」
「ええ、もちろん!オズワルド殿下の着ている服もアドルフ様がデザインしてらっしゃいますよ」
「はーん」
なんだ、普通の服も作れるのか。今のご時世に、長い靴下とはいえ膝丈のスカートなんてデザインするとは何を考えているのか、と思っていたアシュレイは鏡の前で制服の襟を正した。なに、こうしていると清楚な女の子という感じでなかなか悪くないな、とアシュレイは自分で思う。やはり自惚れ屋であった。
「学校にはどうやって行くんですか?馬とか?」
「毎朝馬車でアルドヘルムが送りますので、ご安心くださいませ」
「ああ、馬車で……え?!毎朝?!ま、まさかと思いますが学校とは毎日あるんですか…?」
「えっ?当然じゃありませんか!アシュレイ様は今までも毎日家庭教師の方に勉強を習っていたでしょう?」
「学校って、聞けば移動含めて6時間くらいかかるんですわよね?それを毎日……」
「そ、そんなこと言っては元も子もありませんわアシュレイ様!」
アシュレイはてっきり学校なんて週一くらいだと思っていたので露骨に嫌そうな顔をする。田舎の学校なんかはそうなのだが、貴族の学校は基本的に週休2日を除いて毎日ある。マリアはアシュレイの背中を軽くたたき、ドアを開けた。
「行ってみればきっと楽しいですよ、アシュレイ様。アシュレイ様は明るいですから、ご友人もきっとできます!」
「そうですか?そうですね!行ってみればなんでも大抵、なるようになりますから!」
アシュレイは実は、結構マリアには弱い。期待されると期待に添おうと思うし、がっかりするところを見たくない。優しいお年寄りの女性とはあまり縁がなかったので、母親が居たらこんな感じかな……なんて思う。
育ての母親であるお婆さんは、根はいい人だがぶっきらぼうで粗暴な人物だったし。なんだか期待されているようだし仕方ない、適当に行ってくるかとアシュレイは気合を入れなおした。
「アルドヘルム。送ってくれると聞いたのですが」
玄関に降りていくと、出かける準備を整えたアルドヘルムが立っていた。真顔で立っていたのだが、階段を降りてきたアシュレイを見て驚いたような、慌てたような怒ったような顔になって大きい声を出した。
「アシュレイ様!その恰好は?!」
アシュレイは突然のアルドヘルムの剣幕に驚いて顔を引きつらせながら答える。
「その恰好はって……制服ですよ。あなたも昔は同じ学校に通っていたと聞きましたけど違うんですか?」
「私の時はそんな……そんな露出の多い制服じゃありませんでした!!だめですアシュレイ様、そんな恰好では安心して学校になんて送れません!!」
突如謎のいちゃもんをつけてきたアルドヘルムに、アシュレイはげんなりとした顔をする。マリアに言われてようやく少しやる気を出したところなのに、水を差された気分であった。
「学校に行けと言ったり行くなと言ったり、あなたは面倒な人ですね。どうしろと言うんです、他のご令嬢も同じ制服ですよ。あなた、この程度足が見えてるくらいで興奮するんですか?人は見かけによりませんね」
「私はその程度で興奮しません!他の男的にはそうなんじゃないかと思っただけです!それに風邪をひいてしまいそうですし……」
どんな会話してるんだよ、と言うようにマリアとダレンが気まずそうにしている。痴話喧嘩のようでもあるが、アシュレイとアルドヘルムは恋人でもなんでもないし。
「他の女生徒も同じ服装ですし、風邪は引かないんでしょうよ。気になるならアルドヘルムも女生徒の制服を着てみて風邪をひかないか検証してみたらいかがです、馬鹿なこと言ってないでさっさと送ってくださいよ」
「しかし……」
まだ渋っているアルドヘルムに、アシュレイが苛立つ。ただでさえ寒いのに、行きたくもない学校に行くのを長々と引き留められてムカついているのである。行かなくていいなら行かないし。
加えて、服装については自分でも気にしていたことだし。父親か何かじゃないのだから、いちいち口出しをしないでほしい。そういうお年頃である。
「アルドヘルム。あなたってかっこいいですから、学生時代はさぞ女性に人気があったのでは?」
「え?ええと……人並みには?」
「では、男性にモテたことはありますか?私は女性にしかモテたためしがありません。女なので女にモテたってなにも嬉しくありませんが。たまには女性らしい格好をして、男性にモテてみたいな~と思うのは悪いことなんでしょうか?そう、何といっても私は年頃の女の子なのですから」
アシュレイは別に女からも男からもモテたいとは思っていないが、この場はとりあえず、もっともらしい理由をつけてアルドヘルムを納得させるのが最優先だ。一時間前に学校につくように支度をしたのに、ここであまり時間を食ってはどうしようもない。
「アシュレイ様!そんな風に思ってらっしゃったのですね……しかし、私はあなたに夢中です!あなたが良ければ婚約したいくらいですし、モテたい、というのは私では駄目ですか?!」
「やかましいッ!そんな話はしてないんですよ、私はっ!!いいからさっさと学校に連れて行ってください!職務怠慢ですよ!」
アルドヘルムの腹に拳を叩き込みながらアシュレイが怒鳴るが、騎士団で訓練したであろう鍛え上げられた腹筋が固くてあまり攻撃が効いた感はない。
「いえ、やはり駄目です!!男慣れしていないあなたは、悪い男に騙されて……」
「ダレン、馬を出してください。遅刻しそうなので馬で向かいます」
「あっあーーっ!!嘘です!送っていきますから……」
嫌がるアルドヘルムと一緒に馬車に揺られて、アシュレイは学校に向かう。二十歳の大人のくせに、いつまでもムッとしてそっぽを向いているアルドヘルムを、アシュレイは鞄でバシッとたたいた。普段はこんなことしないが、ウザかったのである。
「痛っ!」
「嫌そうですね。そんなに似合ってませんか?」
「そんなことありません!!似合ってないとかでなく、私は……」
「そうであれば、あなたはただこう言えばいいんです。“とても似合ってて可愛いですアシュレイ様”と。
行きたくもないのに面倒な学校に行く初日なんです、煩わしい気持ちにさせないで下さいよ、大人げない。今日のあなたは恰好が悪いです」
「……とても似合っていて可愛いですアシュレイ様……すみませんでした」
「ありがとう、行ってきますね。」
アシュレイは拗ねているアルドヘルムの頬に軽くキスすると馬車を降りた。立派な校門、ちらほらと校舎に入っていく生徒たち。確かに、アシュレイと同じ制服を着ている。
「寒っ!さっさと校舎に入らなきゃ」
アシュレイは足早に、しかし姿勢よくご令嬢らしい歩き方で校舎に入っていった。
「はじめまして、アシュレイ=エインズワースと申します。本日よりこのクラスで、皆さまと共に勉学に励ませていただくことになりました。公爵家に入ったのはほんの数ヶ月前ですので、何かと至らぬ点もあるかと思いますが……仲良くしていただけると嬉しいです」
教壇に立ったアシュレイは、よく通る声でそう挨拶した。見渡して気づくが、コーネリアスが同じクラスのようだった。アシュレイはコーネリアスと目が合ったので軽くウインクする。舞台の上でも毎回のように来る女性客にしていた行動だ。
ここでウインクしたところでキャーッという声なんか上がらないが。コーネリアスはウインクに気づいてやり返そうとしているようだったが、片目だけ閉じることができず両目を閉じてしまっていた。
「なんと。まさか殿下の隣の席になるとは思いませんでしたわ」
「そうだな。たまたま先日、隣の席だった女子が退学していったから空いてたんだ」
「ま、まさか……コーネリアス殿下の隣になったやっかみにあっていじめられ、学校を辞めていったとか、そういったエピソードがあったりするんですかね?」
「いや、学校の教師と恋愛関係になったのが問題になってな。教師と結婚するので退学したそうだ」
「ワーオ!そんな小説のようなドラマが!」
休み時間、きゃっきゃとコーネリアスと話していたアシュレイであったが、気が付けばコーネリアスとしか話していないことに気が付いた。このままでは男友達しかいない痛い女になってしまいかねない。二人組作ってと言われて毎回余る人材だ。
「殿下、私は女の友人を作りたいと思っているんですがおすすめとかいませんか?あそこの隅の席に座っている、休み時間だというのに一人でいる地味そうな女子とか、どうですかね?」
「そうだな……あいつは黒魔術部に所属しているので、呪われそう!だと他の女子から遠巻きにされているんだ。友人にするにしてもあいつから最初に手を出すのはリスクが高いな。まずは友人の多そうな女と仲良くなっておいて、そこからマイナーどころを回収していったほうが得策なんじゃないか」
どんな忠告だ。しかし、よく把握しているな、とアシュレイは感心した。コーネリアスはなんだか楽しそうだし。
「なるほど……しかし、友人の多い女子は友人に囲まれているため声をかけづらいんですよね」
「そうだな……いや、しかし、公爵令嬢ともなれば声をかけてくるご令嬢も多いと思うぞ」
「権力に媚びてるだけじゃないですかそれ!!」
「やはりそうか。私も、最近寄ってくる奴が全員権力目当てに見えてきて困っているんだ」
「殿下は王族ですからそういうの気になりますよね、でも気にすることないですよ。殿下はいい人ですし友人も良い人が寄ってきているに違いないです」
二人でそんな話をしていたところで、突然アシュレイは震える声で女子に声をかけられた。それまで公爵令嬢と王子が会話をしているところに割り込もうとする猛者はいなかったので、遠巻きにしていた人込みから走ってきたその少女はよく目立つ。アシュレイは、なんだかどこかで見たような顔だなとぼんやり思う。
「あ、あの!!ア、ア、アシュレイ様!私、アニタと言います!い、以前のパーティでは、た、助けていただいて、私、私、ずっとお礼が言いたくて……」
「……」
「……」
アシュレイは、コーネリアスと顔を見合わせた。そして、椅子から立ち上がったアシュレイがアニタの肩にポンと手を置いてにっこりと笑った。コーネリアスもにっこりである。
「アニタさん、今日転校してきたので私、お友達が居ませんの。よろしければ私とお友達になってくださいます?」
「え?!あ、よ、喜んで!!私などでよければ……」
「あなたその、〝私など〟とか言って自分を下げていく喋り方は癪に触りますわ。やめてください」
「癪に触る?!す、すみません……しかし、アシュレイ様に助けていただいた日から、使い走りにされることがなくなったんです!アシュレイ様のおかげですわ。本当に感謝しているんです」
「まあ、何も恩着せるつもりはなかったのですが……それは良かったですわね!今後も舐められないようにしたほうがいいですよ、あなたってうじうじとした気弱そうなきらいがありますもの」
「ええ、そんなあ!!」
「教室移動だそうですわね、コーネリアス殿下、私は失礼しますね。行きましょうアニタさん」
「はい!!」
手始めに一人。まさかパーティでの失敗が、こういった幸運を招くとは思わなかったが、アニタは見た目はかわいらしいし、茶色に近い金髪のブロンドが美しい。じめじめとした性格が治れば一緒に居て鬱陶しくもなくなるだろう。一人友人が居れば、いくらでもまだできる余地はあるし。
「アニタさん、私のことはアシュレイと。友人なのですからね、私もあなたのことをアニタと呼んでも?」
「え、ええ!もちろん!アシュレイ!」
予鈴のチャイムが鳴っている。アシュレイはアニタと並んで廊下を歩きながら話をした。違うクラスだが、次は合同授業なのである。
帰ったら、アルドヘルムに女の友人ができたことや、コーネリアスと同じクラスだったことなんかを話そうとアシュレイは思った。




