悪を成す④
ざ、ざ……出来るだけ足音を立てないように歩く。この街の地面は湿った砂のような踏み心地だ。
『……ん?なんだ……?!ひっ!!』
「……」
夜になって、王宮の裏口からひっそりと入ったアシュレイは、とりあえず見張りのミラゾワ人の頭を複数回殴って、手足を縄で縛り、口を布で縛ると近くの見張り小屋の中に放り込んだ。もちろん殺してはいないし、後で痛まないように殴った。
裏口の見張りが1人で本当に良かったとアシュレイは思う。男をやすやすと運べるあたりは、劇団で重いものを運びまくった経験が生きている。こんなところで生かしたくなかったが。
次に、廊下に出ると真っ暗な中に松明を持ったミラゾワ人が右と左、歩いて移動している。それ以外は真っ暗だ。アシュレイは心の中で、「ゲームの見張りに見つからないように通るアクション要素かよ」とか思っていたがその通り。アシュレイは両方の
ミラゾワ人の目が触れない瞬間、廊下を突っ切って柱の陰に隠れた。
まず、兵たちの閉じ込められている先を見つけなければならない。壁に沿ってゆっくり歩いていたアシュレイだったが、突然背後から肩を掴まれた。
「!」
思わず声が出そうになったが、それはすぐにできなくなる。突然背後から口を塞がれてしまったからだ。口を塞がれた挙句、腰に手を回されて引き寄せられたアシュレイはものすごく驚いた。だが、すぐに抵抗しなかったのはその手の感覚になんとなく覚えがあったからだった。
「静かに。」
「!!」
そのままアシュレイはさらに暗い、建物の奥に引っ張られていった。アシュレイは特に抵抗もせずされるがままついていく。
「約束通り迎えに来ましたよ。まったく、自由に歩き回ってしまわれて。兵は、気づかれぬよう最前列12人を残して檻から出ました。分散して船に戻るよう指示してあります。」
「アルドヘルム!」
アシュレイを黙らせて引っ張ってきたのは、アシュレイの頼れる相棒アルドヘルムであった。アシュレイはアルドヘルムに飛びついてアルドヘルムとの再会を喜ぶ。アルドヘルムのほうも、アシュレイの嬉しそうな様子に思わず笑みがこぼれた。
「感動の再会は後で3時間ほどかけてたっぷり堪能したいと思いますが、とりあえず王子たちがいる部屋を探しましょう」
「元々王子たちが居た部屋だと思います。そこに閉じ込めておけとムスタファが言っていたのを覚えていますので」
「では行きましょう。」
なんかこれ、わざわざ自分が来なくて良かったんじゃないのか?とアシュレイは思うが、ともかくアシュレイはアルドヘルムについて王子を奪還しに行くことになった。
「あの、あなたはどうやって檻から出たんですか?」
アシュレイが小さい声で質問すると、アルドヘルムは少し離れた部屋に見える檻を指さした。アシュレイがなんだ?と思いながらよく目を凝らすと。ミサキがやったのと同じように、檻に無理矢理こじ開けたような穴が開いていた。
「少し力を入れたら開きましたよ」
「そんな馬鹿な」
ぎょっとした顔でアシュレイはアルドヘルムを見たが、いや、こいつならできるなとなんとなく納得してしまった。こんなホイホイこじ開けられるなら檻の役目を果たせていない気がするのだが、まあそれは置いておいて。この国には各個人に足枷や手枷をつけるほどの金属製品の普及はないので、檻さえ開けばみんな出て行き放題というわけであった。
はじめはソヘイルとマイリを先に助ける予定だったが、この場所から離れているのでそれは後になった。それに、国にとって一番重要な人質を助けるのが最優先。あとに残すと救出難易度が跳ね上がるというものだ。
「あそこだ!見張りが流石に多いですね……でも、この国の見張りとか雑兵とかってヒョロヒョロしててあんまり強くなさそう。私でも入り口の一人は倒せましたし」
「この国は攻め込まれることが少ないようなので、軍に割く費用は少ないんでしょう。高官や貴族以外は兵士も皆貧しいのです。訓練も受けていないようですし」
「国土が狭いから、訓練する場所もないのかもしれませんね。どうしますか?私が音を出して気を引いて、反対側からあなたが……」
「必要ありません。」
「あっちょっ……」
アルドヘルムは抜け出してから武器もちゃっかり取り戻していたようで、音もたてずに部屋の前の5人の兵士に走り寄り、あっという間に倒してしまった。右手に剣を持っているのになぜか使わずに脚蹴りだけでほとんど気絶させる。残った二人は漫画とかでよく見る「首の後ろをトンッてやって気絶させるやつ」で倒していた。アシュレイは慌てて走って行き、持っていた縄で全員念のために手足を縛った。
「縄を持っていたんですね。それに、随分手慣れた様子で」
「船着き場でいっぱい持ってきたんですよ。捕虜にされた人たちは檻の中で縛られてなかったんですか?」
「兵の人数が多かったので縄が足りなかったんじゃないですか?」
「こ、この国とことん貧乏ですね……」
なぜ取引相手にミラゾワを選んだのか甚だ疑問である。いくら質のいい布や衣類が得られるとはいえ、他には何もないしアズライト帝国でいまさら奴隷を輸入しても国内の文化として根付くことはなさそうだし。そう考えれば偶然見つけた弱小国ミラゾワを、アズライト帝国がこの大陸に踏み込むための拠点として懐柔しようとしたのかもしれない、とも思える。
どちらにせよアズライトの配下で統治されなおすことが、この国の根本を直すことにつながるのではないかとアシュレイは思うのだが。
「エドウィン殿下、いらっしゃいますか」
アシュレイがドアをノックして声をかけると、なかから二人分の足音がしてドアがゆっくり開いた。
「アシュレイ!どうなってしまったんだ、これは!」
「毒を盛られてみんな気を失ってしまったんです。無事だった数人で今救出を行っていて、あなたを迎えに来ました」
「……やはり薬を……見張りもいて外に出られなかったんだが、事情を話してもらえなかったから困っていたんだ」
「急ぎましょう。マイリたちも助けに行かなくては……アルドヘルム、私が二人を迎えに行くのでエドウィン殿下とホリーさんを……」
アシュレイがアルドヘルムにそう言って建物の奥に進もうとすると、アルドヘルムがすぐにアシュレイの手を掴んだ。アシュレイは驚いて立ち止まる。
「いいえ。二人は私が連れて戻るので、あなたは三人で船に戻っていてください」
「あ、でも……あの塔の近くにはミラゾワ王がいるかもしれなくて、だから……」
そこまで言って、確かに普通に考えてアシュレイが一人で行くのはおかしいのだとアシュレイは理解した。ムスタファとアシュレイが半神同士ということを知っているのはアシュレイだけなのだ。危険な役回りは当然、普段から騎士団で鍛えているアルドヘルムが行くのが普通なのだろう。でも、ムスタファは普通の人間じゃない。もしアルドヘルムに何かあったら、と思うとアシュレイはアルドヘルムを塔に行かせる気にはなれなかった。
「あの、でも、私が……」
アシュレイがどう言っていいか分からずアルドヘルムを困り果てた顔で見つめると、アルドヘルムはアシュレイの頭をポンと軽く叩いて廊下の向こうを指さした。
「まっすぐに静かに歩いて行ってください。一昨日デートしたので道は覚えていますね?」
「はい、でも……」
「大丈夫ですよ、私は。必ずあなたのもとに戻ります。殿下、アシュレイ様をよろしくお願いします」
「ああ。一通りの剣術は習っているし、部屋に飾ってあった剣も一応拝借してきた」
「アルドヘルム、私の話を……!」
アシュレイがアルドヘルムに食ってかかると、両手で顔をグッと挟まれ、アシュレイは頬がグッと寄せられて馬鹿っぽい顔になった。何すんだよ!と言うようにアシュレイがアルドヘルムの手を振り払うと、アルドヘルムはアシュレイの耳元に口を寄せて小さく囁いた。
「アシュレイ、私はあなたのことを知っていますよ」
「え?」
アシュレイはアルドヘルムの意味深な言葉に固まり、少し青い顔で立ち尽くし、アルドヘルムを凝視した。
「さあ、行ってください」
呆然としているアシュレイをぐるっと反対向きに回転させたアルドヘルムは、アシュレイの背中を軽く押してから塔のほうに走って行った。アシュレイは数秒の間呆然としていたが、すぐに真顔に戻ってエドウィンに言った。
「取り乱してすみません、行きましょうか」
「あ、ああ。アシュレイは本当にアルドヘルムと仲が良いんだな」
「本当に。エドウィン様にも良きご令嬢が見つかると良いのですが」
「そんなこと言ってる場合か!」
アシュレイは、アルドヘルムの言葉の真意を考えながらも言われた通りにエドウィンたちを船に連れ帰ることにした。月明りにのみ照らされた暗い廊下を静かに隠れながら移動して、途中兵たちがカモフラージュで残っている檻に行き、そろそろ皆移動し終わると告げた。
そして無事宮殿から外に出ると、まだ捜索はされていないらしくこの国の宮殿の警備がどれだけ手薄なのかが目に見えるようだった。まあ、檻を腕力でこじ開けれるような人間が二人もいたのは予想外だっただろうが。エドウィンたちには悪いが、ボロ布を頭から被せて歩くようアシュレイは指示した。そして歩きながら、「私ほとんど何もしてなくないか?」なんて思う。
船についてエドウィンを保護させると、アシュレイは宮殿に戻ろうかと思ったがなんとなくそれははばかられ、港で立って待っていた。真っ暗な風景に、ところどころ家屋の光が見えるだけ。港に立ったアシュレイは、黒髪が夜に溶けて、わずかに月の明かりに照らされるだけだった。




