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お嬢様は神様です!  作者: 明日葉充
獣人宗教国家ミラゾワ編
116/135

悪を成す③

翌朝になった。様子を見に、船の乗組員数人と通訳一人が王宮の入り口まで来ている。兵たちがなかなか戻ってこないことと、アズライト帝国の人間を見かけないことを不審に思ってのことだった。船に残っていた人数が5隻の船に各10人ずつ、合計50人ほどで、その中から通訳含め5人がこの場に来ていた。


他の、王宮に招待された兵たち100人ほどは軒並み気絶させられ捕まって、王宮の奥の牢に閉じ込められている。なお、まだそのほとんどが目を覚ましていない状況だ。アルドヘルムの他にも当然、杯を飲まなかった兵が数人いたのだがそれらも無理に連行されてしまった。


『わが国の兵が居なくなったんだが、王子殿下と連絡を取りたい。』

『今は取り継げない。船に戻れ』


『しかし……』

『ともかく今は取り継げん!立ち去れ!』


『……わかりました』


通訳たちは困惑した様子だが、大人しくそこは引き下がった。5人が王宮を少し離れて路地に入ったあたりで、布を頭まで被った男が後ろから走ってきて通訳の肩を掴んだ。


「なんだ?!」

「貴様!」


兵も通訳も動揺しすぐに剣を構えたが、男は落ち着いた様子で布を軽く上げ、少しだけ顔を見せて言った。


「待ってください、私です」

「エインズワース公爵令嬢様?!なぜそんな恰好を……これはどうなって……?!」


「静かに。私の名前は出さないでください」


男、と言ったのはまあそのままの意味で、今アシュレイの体は行動しやすいように男になっているのである。もともとのアシュレイの顔を知っている船員たちは気づいていないが、他から見れば今のアシュレイは男だ。……というのはともかく、アシュレイは船員たちに前を向いたまま歩き続けろと指示し、歩きながら起こったことを解説し始めた。


「私は牢の鍵が壊れていたのと、アルドヘルムに飲むなと忠告されていたので運よく抜け出せましたが、他の大勢はまだ眠っていると思います。先生も別行動をしていますが、抜け出しています。」

「そ、そんなことが……王子殿下が心配だ……」


「しかし、我々は50人ほど、いくら訓練された兵であってもこの人数で敵の本土で戦いを挑むのは……」


船員たちはどうしよう、と言うように途方に暮れて青い顔をしている。当然だ。どう考えても形勢不利、友好的だったから完全に騙されていた。アシュレイは船員たちの背中をバシッと叩いて「気をしっかり持ちなさい」と言った。船員たちは真面目な顔に戻り、歩き続けながらもアシュレイの話に耳を傾ける。


「ええ、それで。正面から挑むのは賢明ではありません。ですから兵たちが起きるころ、私が鍵を壊しに行ってきます。あなたたちには、それまで船を守っていてもらいたいんです。もうすぐミラゾワの方から人質を取引したいと言ってくるはずですから、それまでに王子をどうにかします」


「そんな……危険です!あなたのような高貴な身分の方にそんなことはさせられません」

「いえ、おそらく私が抜け出したことはすぐに気づかれるでしょう。探されれば船のほうに捜索が行ってしまいますから、比較的王宮で目立って暴れることにします」


「危ないですってば!!」


船員たちが大反対するが、アシュレイはにっこりと笑って、微塵も怖がっていないという顔だ。


「アルドヘルムが私を後で迎えに行くと言っていました。だから私は大丈夫ですよ。」


「た、確かにブラックモア卿が居れば大体は何とかなる気も……」

「毒にも勘づいていたし、やはりアルドヘルムさんはただ者じゃないな」


納得した様子なのでアシュレイはアルドヘルムって便利だなあと失礼なことを考えたが、話をつづけた。


「それで具体的に言うと、あなたたちは何も気づいていないふりをしていて欲しいんです。それをお願いしに来ました。」

「そ……それが作戦ですか?」


船員たちは拍子抜け、と言う顔でアシュレイに聞き返す。船を守ると言っても何もすることは無いんじゃないか。とはいえ、アシュレイからすれば「余計なことはしないでくれよ」くらいの意識なので仕方ないのである。アシュレイは他人に過度な期待はしていないのである。


「ええ。だてにアルドヘルムの想い人やってませんから、安心して知らないふりを決め込んでおいてください。あと、秘密裏に船員たちにもそれを言っておいてくださいね」

「は、はい……しかし、本当にお気をつけて。アシュレイ様」


「王子が戻るまでは私のことは〝アッシュ〟と呼んでください」

「あ、ああそういえば男装してらっしゃいますね、見事な変装です……ほんと男にしかみえな」

「馬鹿っお前!失礼な事言うな!」


「どうも。では、失礼」


布を(ひるがえ)して細い路地に入っていくアシュレイを横目に見て、船員たちはコソコソ話しながら歩いた。通訳だけはこいつら言葉がバレないからって……と黙ったまま歩いて、呆れているが。


「かっこい~よな。さすがブラックモア卿の女。」

「馬鹿、顔がカッコいいからそう見えるだけだよ」


「呑気に話してる場合か、とんでもない状況だぞ」

「不安だ……王子と引き換えに何が目的なんだろうな……」


「エドウィン殿下、大丈夫かな……」


____________


その頃アシュレイは、路地から走って王宮のすぐ手前の路地裏に入った。実はミサキと待ち合わせていたのである。昨日の夜に宮殿を抜け出し、一応マイリとソヘイルが同じ塔に捕まっているのは見つけたが怪しまれると思い、まだ助けずに置いてきた。助けたいのは山々だが、助けるときは一気に、のつもりなのだ。


ちなみに昨日はミサキ宅で夜を越した。ほとんど寝ていないが、こんな状況だからか全く眠くならない。アシュレイは天界からミラゾワを一望して一晩、色々なことを考えた。


「一人も殺さないで、すべてどうにかして穏便にミラゾワを出ることって出来るでしょうか?」

「できると思うか?」


「あなたにならできると思います」

「出来ないことは無いが、ミラゾワを出てどうする?国に帰ったら即戦争だぞ?」


「うーーーーん……どうにか!どうにかムスタファだけ殺して丸く収めることはできないんでしょうか!」

「なんだ、あの男は殺すのか」


「悪いことをしたし、人間じゃないから殺してもいいかと思って。」


なんでもないことのような顔で言ったアシュレイを見て、こういうところがアシュレイのちょっと異常なところだよな、とミサキは思う。人間のことも動物のことも「自分より弱い」「世界の障害にならない」と判断すれば平等に命がけで守るのに、ムスタファのように大勢に不利益をもたらす可能性がある者を殺すことには抵抗が無い様子。当然アシュレイは人殺しなんかしたことはないし、ムスタファのことを抵抗感なく殺せるのかどうかは定かでない。


アシュレイに勧善懲悪(かんぜんちょうあく)ものの映画や漫画は読ませないほうが得策かもな、とミサキは思う。悪とは何か、善とは何か、それを白黒つけたがり過ぎる気がする。善悪の倫理観が極端なのだ。


アシュレイのように馬鹿正直にすぐ「一般的な」価値観に染まる人間は、悪人を裁くことに慣れてはいけないとミサキは思っている。価値観が極端だとアシュレイ自身が気づいていないのも問題だ。


「極端だなお前は……大体、あの男が死んだらこの国に獣の雑魚霊がなだれ込むぞ。あの男が言っていただろう」


「ムスタファが生き残って、この国でこの先ずっと奴隷商売が続いた時に不幸になる人数と、ムスタファが死んで獣の霊とやらに食い殺されて不幸になる人数、先生はどっちが多いと思いますか?」


「……長い目で見ればムスタファが死んだ方が多いんじゃないか?全滅すれば増えないんだから、不幸になる人間も増えないだろうよ」


「はい。だからムスタファは殺しても良いんだと思います」


うーん、このガキ……不幸になるなら生まれて来ない方がいいと言ってるレベルの話だぞ……とミサキは顔をしかめて反応に困る。その理論で行けば、この世界で死ぬべき王が何人いることか。


どんな環境になってしまっていたとしても、何百年もこの国は確かにムスタファがおさめてきた。急にそれが居なくなることの影響力を、アシュレイは理解しているんだろうか。


「だがな、この国で生まれても幸せになれるかもしれない人間だっている。不幸な人数を減らすのと、幸福な人数を増やすの、お前はどっちが大事なことだと思う?」


アシュレイは、最近自分は「幸せである」と認識していた。幸せな人間が、幸せか不幸せかを生きる必要の判断基準にしていいとは思えない。それは、アシュレイにも理解できた。だから困った顔になる。


「……わかんないです」

「正直だな。まあ、正答はないが……よく分からないのにお前は〝多分そう〟で一国の王様を殺してしまっていいのか?」


「……だめです……」

「王を急に失って、この国が王政でなくなったとする。人々はムスタファという半神を神の息子とし、今まで心の支えとして生活してきただろう。そういう人々は、一度に宗教や神も失うことになる。


それに陸続きの小さいこの国で、軍隊もないのに他国に滅ぼされずにいられているのはムスタファが結界を張っているからだ。軍もないこんな小国、ムスタファが居なければとうに植民地にでもされていただろうよ」


言われてみれば、人身売買なんて平気で行われていてムスタファ本人が「獣人だから高く売れる」とか言っていたくらいなのだから、ここが植民地にされれば国民たちは全員奴隷扱い一直線だろう。しかし、それでもアシュレイは腑に落ちなかった。


「なんでそんなにムスタファを庇うんですか?すごく嫌ってたじゃないですか」

「お前が考え無しだからだ」


ミサキが冷静に言い返す。アシュレイは言われて、確かに少し感情的だったかもしれないと反省した。


「じゃああの、呪いの根源の狐の死骸を焼き払ったら結界がなくても獣の霊が寄って来なかったりしませんか?」

「そんなことをしたらヤツは相当怒るだろうな。なぜあんなものを祀るだけ祀って処分しないと思う?」


否定はしない。ということは、ムスタファの母神である狐の死骸を処理するということ自体は可能なのかもしれない。アシュレイは、じゃあムスタファを殺して街が滅ぶ以外の選択肢もあるかもと思った。


それと同時にミサキの、今までなぜ処分しなかったのか?という質問には首を傾げてうーんと考え込む顔をした。


「なんか、うまく処分出来ないんじゃないですか?呪いとかで……でも、ミサキならムスタファよりずっと強いから平気で処分できそうだし」


ミサキならまあ、なんでも楽勝でできるっしょ?的なニュアンスに、ミサキは「まあできるけど……」と思う。が、アシュレイを甘やかしてはならないと、ちゃんと説明することにした。


「そうじゃない。ムスタファにだって、処分しようとすればできたさ。だが、あれがあるからこそムスタファは国に必要とされ、崇拝されているんだ。


呪いがなくなればそれを抑制するムスタファは必要なくなる。まあ、あれを処分できるのは神の力を持った者だけだから人間にはどうにもできないし、所詮恐怖政治というやつだな。」


「え?じゃあそれを処分してからムスタファを殺せばいいんじゃないですか?」

「あのなあ……大体、お前はヤツに本気で襲い掛かられて勝てる自信があるのか?」


「……ないです!ないけど、悪いやつはやっつけます」


いつもの人助け芸に並ぶ「勝てるか負けるか分かんないけどとりあえず命賭けます」芸である。自己犠牲というか、あまりにも捨て身で生きすぎている。神風特攻隊かお前は。


「お・ま・え・は!俺の言いたいことを全然理解できてないようだな、俺が言いたいのは……」

「あっ一人称が俺になってますよ、キャラ作り崩れちゃいますよ」


「うるさい!!」

「いでっ!急に頭叩かないでくださいよ!昨日打ったとこなんですから」


子供が聞き分け悪くてムカついても叩いたり殴ったりしちゃダメである。この場合、ミサキは本当にかる〜〜く叩いたのだがアシュレイは昨日ムスタファに頭を掴まれて檻で打った場所だったから痛かっただけだ。ミサキは別に痛く叩こうと思ったわけではない。故にこれはセーフであった。


「……わかりましたよ……」

「何が」


「ですから!あなたは狐の死骸を処分することはやぶさかではないが、ムスタファを殺す気はなく!私は悪と判断したからといって、ただそれだけで相手を殺すなんて極端な考えはやめた方がいいって事がです!


それと、狐の死骸を処分するのは構わないけど、そしたらムスタファがすごく怒るかもしれなくて、私を殺すかもしれないことも分かりました!!」


まあ、大体そんなかんじかな……とミサキは少し納得した顔をして、アシュレイに座るよう切り株を指差した。路地裏で合流してから、ミサキ宅を通じて山奥に移動していたのだ。アシュレイは言われた通り切り株に腰掛けた。ちなみにミサキは、はじめから倒れている丸太に腰かけていた。


「で、どうする?」

「えっと、馬鹿なことを言っているとは分かるんですが聞いてくださいね。」


「どうぞ?」


アシュレイは考えながら、これはミサキの手助けを前提としてるんですけど、と前置きして話しはじめた。


「王子たちを助けたらとりあえず船に乗せて、無事に出航させます。私とあなたは部屋から空間に穴開けてここに戻って、狐の死骸を処分。怒ったムスタファから即座に逃げて、また船に戻ります。」

「私を空間通り抜け道具か何かだと思ってないか、お前?」


まだ牢屋の場所も分かっていないのに、王子たちを助けられるのが、もう前提レベルの話になっている。しかし、全体の流れを考えるのは良いことだ。自分はアシュレイをどこへ向かわせたいんだっけ……とミサキは自分で色々言っておいて、困惑している。


「ムスタファが人望を失ったらこの国はあなたの言う通り多分、ガタガタにかなり崩壊して、ついでに1ヶ月もすればアズライト帝国軍がミラゾワに戦争を仕掛けに来るでしょう?」


「まあ、そうだろう。王子に薬を盛って捕らえたんだからな。」

「で、この国をアズライト帝国の領地にします」


あっさりと言ったアシュレイに、ミサキはしばらく黙ってから立ち上がって、口をパクパクさせてからまた座った。なんだよ、とアシュレイは少し不服そうだ。


「お、おお……お前、わかってるのか?ソヘイルの両親もいるんだぞ。この国をアズライト帝国に支配させるのか」

「貿易交渉も決裂!戦争待った無し!国の軍の戦力はアズライト帝国の足元にも及ばないミラゾワの国民たちは、すぐに殺されまくって負けるでしょう。そうなればソヘイルの両親も無事ではすみません。


よって、私が考えるミラゾワの民たちが出来る限り無傷ですむ方法は!穏便にこの国を制圧し、帝国軍の監視下に置くことだと思うんです。この国には軍がないから彼らは戦えませんし」


「ムスタファは?」

「ミサキに本気でびびっていたのを見る限り、彼は結界を張ったり邪神を封じたり、攻撃に特化したわけではない力の持ち主なんだと思うんです。昨日頭掴まれたのも、なんだかんだ言って、相手がミハエレだったら頭潰されてると思いますし。下手したら私でも丸腰状態なら互角かもしれない。それに、1ヶ月も経てば怒りも薄まってると思いません?」


「……おおむね正解だ。はあ……だが、ミラゾワ国民が必死の抵抗を示して来るかもしれないぞ?そうなったら死人も出る」

「洗脳できませんか?」


アシュレイの危ない言葉に、ミサキは少し青い顔で聞く。


「……一応聞くが、誰をだ」

「アズライト帝国軍の統率者です。黒船来航みたいに、すごい軍勢でワーッと押し寄せておいて、無条件降伏するよう交渉するんです。」


「……」


まあ、無理矢理感は否めないが無くはない作戦かな……?とミサキは思う。ムスタファも王として君臨したいのかもしれないが、400年も現状維持していた国の領土を急に広げたいと行動に出たのは多分「変化がなくて暇だから」だと思うし。長生き同士、少しそういう変化を求める気持ちにはミサキは共感できた。


うまく狐の死骸を処分すれば、ムスタファはこの国にそこまでの執着は示さないかもしれない。人身売買をどうとも思わない精神性はやはり、悪い奴としか思えないが。


「ダメでした?」


「……お前の作戦はほぼ私任せだな」

「頼れそうな時は頼りたいなって。ダメですか?先生なんですから、ダメなら他の案ってか正答を教えてくださいよ」


「仕方ない、今回だけ協力してやる。……が、条件だ。王子や兵を助け出す作業は、全部お前がやれ。宮殿内に空間あけて移動とかもナシだ。お前の力で王子たちを無事に送り出せたら、残りの作戦、乗ってやる。」

「本当ですか?!えっ……でも……うーん……いや!行けます!やってみせますよ、できたらちゃんと約束守ってくださいね!」


「ああ。気をつけてな」

「遠足に行く子供を送り出す父親か!」


アシュレイはそう言いながらも先ほどの黒い布をかぶって森を下っていった。街の細い路地などは、数日の滞在で全て把握済みだ。無意味にしていた散歩が、へんなところで役に立った。


宮殿の幾多もある入り口を遠くから見て回り、アシュレイは、夕方、兵たちも目を覚ました頃に宮殿に忍び込もうと作戦を練るのであった。




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