悪を成す②
牢屋に閉じ込められて一時間くらいたったかな、というところで階段を登ってくる足音がして、アシュレイはふと顔を上げる。ここがどのくらいの高さなのかは分からないが、少なくとも宮殿から見えた高い塔の中だろうということは理解できた。階段も結構あるだろうにわざわざご苦労な事である。
そして足音の主は、想定済みだがムスタファであった。
『寒いか?この塔の上は雨風も吹き抜けだから居心地が悪いだろう。王子たちは1日ほどは目が覚めないだろうから、先にお前に話をしに来たんだ。』
「何を考えているんです?」
アシュレイはウィッグを脱ぎ地面に放り捨て、膝を立てて座ったままムスタファを睨みつけた。確かになぜかアシュレイだけ石造りの高い塔の一番上に隔離されており、鉄の檻と、窓も檻で囲われており風は吹き抜け放題だ。ここに長居はしたくないが、正直、ミサキかアルドヘルムが遅かれ早かれ来ると踏んでいるのでアシュレイは動揺していない。
『分かるだろうが、ミラゾワには衣類くらいしか取引するものがない。実際のところ我が国の一番の儲けは奴隷産業だ。呪いのおかげで珍しい獣人が売れるしな。前から土地が欲しかったんだが、お前たちの国は他の地もところどころ支配下に置いているんだろう?王子と交換で領地をもらおうと思ってな。だがお前は私と同じ半神半人、こちらにつくなら檻から出してやるぞ』
目的は土地のようだ。外交の要であるエドウィンを人質にすれば状況によっては不可能な事でもなさそうだし。しかし、やはりムスタファは奴隷売買について「役に立つ」くらいしか思っていなかったようだ。アシュレイは心の中でどこかやはり「残念だ」と思っていた。同じ半神半人、珍しい出会いだったのに。こちらにつけ、とかいう話は全く相手にしていないアシュレイは、ムスタファを呆れたような目で見た。
「あんたも獣人じゃないですか」
『半神の私をあんな下等生物たちと同義に語るな。』
「……へえ。じゃあ、あなたは下等生物じゃないんですか?」
アシュレイが立ち上がる。運ばれてきてからこの埃だらけの牢屋に入れられたので、せっかくのドレスもすっかり薄汚れてしまった。涼しい顔で身ぎれいにして立っているムスタファは、檻越しにアシュレイと向かい合うようになった。
白と黒、向かって立つとムスタファのほうが神々しいまでに見える。薄汚れた黒髪のアシュレイ、白く着飾って輝く銀色の髪をしたムスタファ。醜いアヒルと白鳥。だから見た目だけで判断した善悪は信用ならないのだ、アシュレイにとっては。
『当たり前だろう。お前だって自分以外の人間は下等に見えるだろう?』
「いえ……あなたは中途半端だからこそ人間と自分を比べたがるんじゃないですか?弱い犬ほど良く吠えると言いますからね。自信が無いんですか?ミサキのことも怖がってましたもんね。」
『ガキが……!』
「!」
ムスタファが檻に手を突っ込んでアシュレイの頭を勢いよく鷲掴んだ。アシュレイは力の強さに驚く。ムスタファはアシュレイの頭を掴んだまま手前に引いた。ガシャンという音と共にアシュレイは頭を檻に打ち付け、目の前に火花が飛んだように頭がチカチカして歯を食いしばる。痛みでしばらく意識が飛んだが、ムスタファが手を離したので地面に倒れてはっと起きあがった。
「……劣等感があるからって、女に手を上げるのはどうかと思いますよ」
『まだ減らず口が叩けるのか?感心するよ、その命知らずさに。』
何百年も生きているくせに気が短いな、とまだ少しぼやける視界を見ながらアシュレイは思った。ミサキは流石に長く生きているだけあって、アシュレイに怒鳴ったり暴力をふるったことはなかった気がする。心の余裕の差と言う奴だろうか。生まれ持った性格かもしれないが。
「私は、悪人っていうのは見る側によっては悪でない場合もあると思っています。だから奴隷商のことを知っても貴方を悪人ではないと思いたかった。でも、いいんですよね。あなたは私にとっては悪人なんですから……」
『だから何だ?さっきも言ったがお前は同じ半神のよしみで、私の側に着くなら檻から出してやる。気が変わったら門番に大声で言うと良い。その場合、忠誠を試すためにお前の国の兵を一人、お前に殺してもらうがな』
「そんな条件、飲むわけないでしょう」
そう言って痛む頭を手で少し押さえながらアシュレイが顔を上げると、ムスタファははじめて話した時のような穏やかな笑顔に戻っていた。それを見て、アシュレイは少しギョッとする。この状況で、なんて表情するのかと。
『私たちは下等な人間たちとは違うのだと、お前もそのうち理解できる。お前はまだ若いからな、私も感情的になりすぎたよ』
「……そりゃどうも」
去っていくムスタファの後ろ姿に、右手でピストルの形を作って「バーン」と撃つ真似をしてみたアシュレイだったが。そんなことは無意味なので手を下ろすと、これからのことを考えた。自分はどうにかして抜け出せるとして、ミサキが全面的に協力してくれるかどうかなんて分からない。それに、これは国家間の問題だ。下手に行動してエドウィンに何かあってはどうしようもない。
「手だけでやってみるか?ほら、さっきみたいに構えてみろ」
「は?なに……ひぃっ!!ミサキ!!」
立って手を構えていたアシュレイだったが、いつの間にか背後にミサキが立っており、アシュレイが下した手を掴んでまた構えるように言った。突然の登場にアシュレイは酷く驚き、あまりに驚きすぎて軽くむせた。ミサキがせき込んだアシュレイの背中を軽く叩いて困った顔をする。
「何を驚くことがある。想定できたことだろう。」
「それはそうですけど!あの、ここで自然な質問なんですけど。……ど、どうすればいいと思います?」
「ここから勝手に出たらいいんじゃないか?手をこうやって構えて、ほら、あそこの鍵穴に向けてみろ」
「は?こ、こうですか」
ミサキに言われるまま、アシュレイはまた手でピストルのジェスチャーを作って構える。
「そう、それで撃ちたい対象を集中して見つめろ。いいか?お前の手は今から、この前撃ったリボルバーだ。」
「は……はい。」
「指先から弾が出る、とかは考えなくていい。引き金を引けば、勝手にあそこに弾が飛んでいく。」
「……」
「撃て!」
アシュレイがミサキに言われるまま夢中でイメージし、親指を下げると体に銃を撃った時のような衝撃が走った。そして同時に鍵穴に何かが当たって、弾けるような音がする。次に、南京錠のようなものが地面にガシャンと落ちた。アシュレイの手は、本当に拳銃になってしまった。
「うそ!今の私ですか?!」
「そうだ。良かったな、扉が開いたぞ。やはり前から思っていたが、お前には素質があるな。頑張れば檻を手で無理矢理広げて脱出できるんじゃないか?」
「で、できませんよそんなこと!怪力過ぎるでしょ!」
「こうやればいいんだ」
そう言いながらミサキが両手で檻の柵を持ち、「ふっ」と軽く力を籠めるとギィイーと変な音がして、鉄の柵がぐねっと折れ曲がり、人が通れるほどの穴が開いた。
「ひえっ……こっわ……」
「ここの鉄は不純物が入っていてそんなに頑丈じゃないしな。」
「それにしてもでしょ……」
アシュレイが同じように鉄柵を両手で広げようとして見たが、ピクリとも動かない。
「イメージしろと言ってるだろう、お前の思い込みが強ければ強いだけ出来るんだ。お得な体質だとは思わないのか?」
「じゃあお腹がすいてないと思い込めば一生飲み食いしなくても生きていけるんですか?」
「まあそうだ。それで、そんなこと言ってる場合なのか?」
「いえ!全然そんな場合じゃありませんでした。」
そんなこんなで無事に檻から出たアシュレイは、「ミサキが手を貸してくれれば即解決する気がするんだけど、手を貸してくれるかな?ミサえも~ん!」と思っていた。ミサキはただ無言で階段を下りて行くアシュレイに続いたが、手を貸してくれるかどうかはやはり定かでない。結構「俺はやらないけどやり方教えてあげるから自分でやってみなさい!」というめんどくさい先生タイプな気もするのでダメかもしれなかった。
アルドヘルムとも合流しなきゃいけないし、これから私、どうなっちゃうの?!なんてアシュレイは緊張の面持ちで思っていたが、一階分降りた先の牢屋でマイリがよだれをたらして寝ていたので、なんだか気が抜けるなあとため息をついたのであった。
本日3話目の投稿です。




