笛吹き男はどこにいる?①
数十分歩き、アズライト帝国の寒冷で乾いた気候に慣れているアシュレイたちは、少し汗をかきながら街の西側に到着した。平民の住宅や商人の家が密集していた街の中心部と比べると、閑散としていて草原が広がっている。その草原に柵がぐるりと立ててあって、すごい数の羊が歩いているのを見て、アシュレイは「この国にもこんな広い場所があったんだな」と思った。
人口に対して国が小さすぎるというのもあるが、この場所に着くまではずっと建物が密集していて、通路も3メートルあるかないか、という感じだったのだ。そういえば、この国の特産品は羊の毛で作った服だとか聞いたなとアシュレイは思い出した。
「……ここらへんですか。確かに見える範囲、獣耳の人が多くなってきましたね」
一行は、アシュレイの言葉で自然と立ち止まった。
「ええ。屋根がないから日差しが強くなってきましたね。私のマントの下に入りますか?アシュレイ様」
「ああ、いや……蒸し暑いから遠慮しときます。あなたはそのマント暑くないんですか?」
「私は鍛えてますから」
「鍛えたら涼しくなるんですか?」
「どうでしょう?」
「はぁ?」
アシュレイがアルドヘルムに不思議そうな顔を向ける。アルドヘルムは相変わらずにこにこしていた。アシュレイはそのアルドヘルムの顔をしばらく無言で見つめた後、アルドヘルムの左手を右手で強く握って歩き出した。アルドヘルムは引っ張られるまま、慌てて後に続く。
「あっいいなぁ。ソヘイル、私たちも手、繋ごう!」
「ああ。マイリの手は小さくてかわいいな」
「エヘヘ」
何ベクトルの違うイチャつき方してるんだ。そうして各パートナーが手を繋いで仲良く歩く中、ミサキだけは1人である。なんだか可哀想だしミサキも退屈そうだ。大人なのでそんなことで拗ねたりしないが。
「……あの人。水を運んでるあの男の人、ソヘイルの毛色にそっくりですね。顔も……」
「……似てますね。声をかけに行ってみますか。血縁者かも」
「……どうやって話しかければいいんでしょう?」
「あ、俺が……1人で行ってくるよ。」
ソヘイルが真面目な顔で言う。しばらくの間沈黙が流れたが、アシュレイが呆れたような顔でソヘイルの肩にポンと手を置いた。
「ソヘイル、ミラゾワ語しゃべれないでしょ」
「あっ!そ、そうか……じゃあ、あの……」
「私が付いて行こう」
腕組みをしていたミサキが手をほどき、前に一歩出た。マイリがそっとソヘイルから離れる。1人で行くとソヘイルが決めたなら、マイリはそれを優先させる。アシュレイと居た時も、アシュレイが決めたことには余程のことが無ければ口を出さなかった。これがマイリ流の付き合い方なのだろう。だからマイリは、優しい人たちに愛される。
「お願いします」
ソヘイルがミサキに頭を下げた。そして、2人は畑で仕事をしている、その、ソヘイルによく似た男に声をかけに行った。アシュレイ、アルドヘルム、マイリはその場に残って少し離れた所に行った2人を見守る。
自分から繋いでおいてなんだが、止まってもアルドヘルムが頑なに手を離さないので、アシュレイは苦い顔をした。
「何て言うんでしょうね。あなたの息子ですって?違うかもしれませんけど……」
遠くの2人を見つめながらそう言ったアシュレイを、アルドヘルムが見つめる。心なしか、アシュレイの気分は沈んでいるように見えた。
「……親か……」
アシュレイが呟くと、アルドヘルムはふと思い出したように話しはじめた。
「そういえば、エインズワース家の奥様は当分帰ってきて居ませんね。一応アシュレイ様のお母様ですから、早く会えると良いんですが。手紙はアラステア様が何度も出してらっしゃるんですよ?」
「ああ、南の島に行ってるとか言ってた……お父さんの奥さんだから美人さんなんでしょうね」
「それはもう。性格がキツいかんじの美人ですけどね、厳格で、周囲からも一目置かれています」
「お父さんとは反対の性格なんですね。というか、そういう人って南国で遊び呆けたりしなさそうなのに」
「まあ、遊びがてら貿易を仕切ってらっしゃいますから。稼ぎはあげていらっしゃいますよ」
「遊んでないじゃないですか。仕事できる人なんですね」
……と、そんな話をしているうちソヘイルとミサキが戻ってきた。アシュレイはソヘイルの顔を見るが、予想に反してその表情は晴れやかであった。二人がアシュレイたちと合流すると、ソヘイルは嬉しそうな顔で言った。
「俺の名前はあの人がつけたんだそうだ!21年前、生まれたばかりだった俺は誘拐されて行方不明になったんだそうだ。この辺りは誘拐も多いらしくて……でも、日記に俺が居なくなった日を書き留めてあるって!誕生日もわかるって!あそこの家に話を聞きに行きたいんだが、いいか?」
「本当?!やったじゃんソヘイル!」
アシュレイは面食らった顔をして、少しミサキを見てからソヘイルに笑顔を向けた。
「良かったですね!行きましょうか」
「ああ。両親にみんなを紹介したいしな」
「……」
笑顔だが、何かを考えている様子のアシュレイを、アルドヘルムが横目に見る。5人で改めて近くの牧草地にポツンと立っている小屋に向かった。到着すると、ソヘイルに似た50歳くらいの男と白い毛で、耳は人間だが半袖から伸びる両腕が犬のような、すっぽり毛に包まれて丸まった手をした女が立っていた。おそらく母親なのだろう。ミサキが話しはじめる前に、アシュレイが一歩前に出た。
『こんにちは。私はソヘイルの後見人、をしているアシュレイ=エインズワースと申します。アズライト帝国から王子と同行する、という形で滞在しておりますが、1か月ほどは居る予定ですのでよろしくお願いしますね』
アシュレイがにっこりと手を差し出し、全員が無言になり数秒の沈黙。流暢なミラゾワ語。全く話せなかったのに、いつの間にとミサキすら驚いていた。
ちなみに後見人というのは本当のことである。ソヘイルは20年以上ずっと牢屋に閉じ込められていて外のことは何も知らなかったので、責任能力がないとみなされたのだ。アシュレイが国の国民名簿にソヘイルを記載する際に、後見人に自分の名を記した。と、実はソヘイルは正式にアズライト帝国の国民に登録されているわけだが。
ソヘイルの父はそれから、慌ててソヘイルの父親が手を出して握手を返した。そして頭を下げた。
『は、はじめまして。私はソヘイルの父親で、アナスと申します。こっちは妻のアティヤ。ソヘイルが大変世話になりました……』
『いえ。しかし、ソヘイルが誘拐されていたとは。さぞ悲しかったことでしょうね。ソヘイルも長いこと不幸な身の上にありましたし、再会できて本当に良かった。……そう思いませんか?アティヤさん』
アシュレイが再び笑顔で、今度は妻の方のアティヤに目を向ける。すると、アティヤはなぜか少し視線をさまよわせた。しかし、すぐにまた笑顔になって言った。
『そうね。嬉しいわ、会えて。お茶でも飲んでいってください』
でも、目が合わなかったのでアシュレイはやはり何かの「違和感」を感じずにはいられなかった。手放しで喜んでいるソヘイルやマイリに、迂闊に何かを告げる気は無い。ないが、ミサキが「ソヘイルは売られた」とはっきり言っていたことが気になる。この両親の、オドオドした態度も。気になって仕方ない。
「アシュレイ、いつ言葉覚えたの?!ペラペラじゃん!」
「そうです、いつの間に」
「ん?なんか聞いてたら覚えたっていうか、ミサキの喋ってるときの口の動きとか、そんなのを参考にして……まあ、いいじゃないですかそんなことは」
「良くないけど……で、なんて?」
「ソヘイルに会えてうれしいってさ。お茶を飲ませてもらおうか」
「あ、ああ。俺は両親が何を言っているのか分からないが、頼む」
「はい。まだ不確かな所もあるので、先生もよろしくお願いしますね」
「ああ。しかし、エインズワースさんの発音は完全に合っているから、私はいらないかもしれないけどね、ハハハ」
「ええ、私天才ですので、ウフフ」
笑顔で嫌味を返しつつ、アシュレイは心の中で自分の学習能力は普通じゃなくなってきているのだ、と自覚する。昨日ミラゾワ語で書かれた本を読んでいるときに、一言一句、すべてをすらすらと理解することが出来た。少し前のアシュレイであったなら、すごいすごいとはしゃいでいるレベルのことだったかもしれない。でも、今のアシュレイはそれを「怖い」と感じていた。
昔は本を読んですぐに理解することなんてできなかった。最近、力を試したり使うようになって急に、どんどん知能が進化して言っているのだ。周りの人間から離れていくようで、アシュレイにはそれが不気味でさえあった。
「アシュレイ様?小屋に入りましょう。日差しも強いですし」
「あ、ええ。そうしましょうか、アルドヘルム。」
心配そうなアルドヘルムの顔を見て我に返ったアシュレイは、ソヘイルたちに続いて小屋に入ることにした。真っ先に出されたお茶は、なんだかひたすらに苦くて、あまりおいしくなかった。




