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お嬢様は神様です!  作者: 明日葉充
獣人宗教国家ミラゾワ編
110/135

私の可愛いあの人


マイリは、マイリは、ただの男の子だった。


アシュレイとはじめて話したあの日まで、自分を女の子だと思ったことも、女の子になりたいと思ったことも一度だって無かった。


僕は街の、貴族ほどでは無いけれど裕福な家に産まれた。朝起きて、お母さんとお父さんとご飯を食べて。お前は本当にかわいい子だね、と言われていた。僕の名前のマイリ、は異国の言葉で「私の可愛い子」という意味らしい。マイ・リリー。マイリ、マイリ。


昔の人たちは色々な言語を使っていて、だから今の僕らの言葉も「色々な人たちが大切にしていた言葉」が仲良くして合わさってできた、スゴいものなんだって、お父さんは言っていた。僕のお父さんは貿易関係の仕事をしていたから、色んなことを知っていたんだ。


それで、アシュレイはなぜだかそれも知っていたみたいで、劇団に居るとき、僕のことを時折「僕の可愛い人」と呼んだ。またアッシュのキザなセリフかってみんな笑ってたけど、アッシュはきっと、僕の名前の意味を知ってて呼んでたんだ。僕とアシュレイだけがそれを知っていた。


それって、とても素敵なことに思えた。


僕は僕の家族が大好きだったし、僕自身のことだって好きだった。可愛くて、みんなに優しくしてもらえる良い子。劇団に入る時だって両親は「頑張ってね」って送り出してくれたし、反対もしなかった。


劇団のみんなもそれぞれ好きなことがあって、好きなものがあって、やりたいことがあった。みんながみんな、自分の人生に意味とか大切さを持っていた。


だけど、アシュレイは違ったんだった。


僕はアシュレイが好きだったし、みんながアシュレイのことを好き。アシュレイは平等にみんなに笑顔を向けるし、誰にでも優しいけれどアシュレイの目はみんなと違っていた。


かっこいいアシュレイ。正しいアシュレイ。強い心を持ったアシュレイ。でも、アシュレイはきっと「強いだけ」だった。アシュレイにはやりたいことも欲しいものも無いみたいだった。それって寂しいことなんじゃないのかな?


アシュレイの、アッシュの「いちばん」に僕はなりたかった。でもそれは、僕がアシュレイにとって他の人とは違う存在になりたかった、ってだけだった。だってアシュレイが僕に向ける笑顔は、他の人たちに向ける笑顔と同じだったから。僕が1番の友達なら、きっとアシュレイは「僕にだけは」違う顔をしてくれると思ったから。みんな、マイリが一番アッシュと仲が良いよって言ってくれたけど、結局僕はそれを実感できなかったし。


僕はアシュレイに会ってはじめて、寂しいと思った。僕が寂しいんじゃなくて、アシュレイが寂しいんだ。アシュレイは人のために迷わず命をかけられるけど、みんなそんなのおかしいって言うし、僕もおかしいと思う。アシュレイを理解できる人間が居ないから、彼女の心はいつまでもひとりぼっちなんだ。


だから彼女は「王子様」みたいになれたんだろうけれど。僕は、彼女に寄りかかって「お姫様」になれたんだろうけれど。


「アッシュの名前はどういう意味なの?誰がつけたの?私はおじいちゃんがつけたらしいんだ。」


アシュレイに出会ってから2年目くらいの時に、劇団の楽屋の端っこで、飲み会をしている大人たちと離れて2人で名前のことを話したことがあった。


「ああ、父親がつけたらしいけど……母親は意味も知らなかっただろうな。(つづ)りを東の国の文字に当てはめるとね……」


アシュレイはそう言いながら、紙に見たこともないような字をさらさらと書いて、僕に見せた。


東の国の文字、って言うけどアシュレイは本当に色んな国の言葉や文字を知っているから、もしかしたらここよりずっとずっと遠い国の言葉なのかもしれなかった。


「アッシュ=ライ。灰色の嘘って意味になるんだ。この綴りだと元々はライって発音なんだよね、この国ではレイ、だけど。父親は貿易関係の仕事をしていたみたいなんだけど、それの取引相手のつかってる言葉を調べて知った。」


灰色の嘘。嘘って言葉に僕は心臓がドキッとした。だって、こんなの酷いけどアッシュはたしかにちょっと嘘つきな気がしてしまっていたからだ。アッシュは良いやつだけど、僕らに本当のことを話してくれないから。それでも、アシュレイが僕たちにとって悪い嘘なんかついたことはなかった。


「そ、そんなの!そんなの子どもの名前につけるなんて変だよ。嘘だなんて」


だからこそ、僕はアッシュに詰め寄った。そんな意味の名前をつける親だから、アッシュは「自分に」嘘つきになったんじゃないかって。アッシュはいつも人のことばっかりで、自分のことなんか考える間もないみたいだった。


名前に嘘ってつけられたから、アッシュは嘘つきになったんじゃないかって。本当はそんな風になりたくないのにって。僕が彼女に王子様みたいだっていったら、本当に彼女が王子様みたいになったのと同じように。


「なんとなく感じてたんじゃないのかなあ。私は自分たちの子どもじゃないんだって。よくわかんないけどさ、〝グレーゾーン〟ってやつ?」

「え?血はつながってるんだよね?」


アシュレイは若い頃のアシュレイの父親に生き写しらしいんだって、前に少し聞いたことがあった。だからこそ、自分の子どもじゃないだなんて変に思えた。


「ん。まあ、そうだけど。本能で自分と合わないって思ったんじゃない?変だって。」

「変だよ、そんなの……変だもん……アッシュは、こんなに優しくて、誰より凄いのに、大事にしないなんておかしいもん……」


「変じゃないよ。マイリ、可愛い子。お前のお母さんとお父さんが優しくて良い人なことが、特別で幸せなことなんだ。私には偶然それが無かっただけなんだよ。変なことなんかじゃない、普通のことだよ」


アッシュは、アシュレイは、本当に優しい顔で僕の頭を撫でた。アシュレイの目には、哀れむような色も悲しむような色もなく、ただ僕を、どうしようもなく子どもの僕を、あやすように暖かな色が浮かんでいた。


アシュレイの黒い瞳に吸い込まれる。僕はいつしか、アシュレイを友達と思えなくなる気がした。


だってアシュレイは、神様みたいだったから。僕の目を見て微笑んで、性別だとか年齢だとか、ここがどこかだなんて頭から抜け落ちていく。


その目はただ弱い僕を見守り、庇護する側の存在の視線。上からなんてもんじゃない、僕には見えも届きもしないくらいに遥か彼方からに感じた。


だから、僕は怖くなって彼女を抱きしめた。


「そんなことない、アッシュは、アシュレイは、大事にされて当たり前なんだ!アシュレイは、大切なものなんだ!君を好きにならないお母さんもお父さんも、変なんだ!僕、君のことが大好きだもん!」


情けなくボロボロ涙をこぼして泣きながら彼女に抱きついた僕に、彼女は少し困ったように身じろぎしてから抱きしめ返してくれた。それから、僕の背中を優しくポンポンと何度か叩いて、僕が満足して離れるまでそうしていてくれた。アッシュの短いさらさらの黒髪が頰に触れて、それがなぜだか冷たくて、僕はもっとボロボロ泣いた。周りの劇団員たちは、やっぱり楽しく酒を飲んでてちっとも気づいてなかったけど。


「ありがとう」


その日の彼女のありがとう、は抱きついていたから顔は見えなかったけど、いつもと違って少しだけ震えていた。どうすればいいか分からなかったんだと思う。誰も彼女にそれを教えなかったから。


だから僕は、何度でもアシュレイに言ってやるんだ。


僕は大親友の君のことが大大大好きで、君は大事にされて当たり前なんだって。頑張り屋さんの君は、神様みたいに輝いて見えるんだって。


だから僕は、アシュレイがソヘイルに「ごめん」って言った時、何も言えなくなった。


僕はソヘイルもアシュレイも大好きだけど、僕には優しい両親がいて、劇団の仲間も居る。心からの孤独を感じたことなんてなかった。だから、ソヘイルが迷わずに自分が今は幸せだ、と言ったときは驚いた。


それと同時に、アシュレイの目の色が曇ったのを見て「アシュレイはまだ孤独を抱えて生きているんじゃないだろうか」と不安になった。アシュレイはまだ、誰にも頼らずに心の中は1人のままなのだろうか。


アシュレイに恋して、アシュレイも愛していると言っていたアルドヘルムさんですら、アシュレイの心を完全に埋めることはできないのだろうか。


僕にはその時のアシュレイが今にも消えて無くなりそうに見えて、でも、震えるソヘイルの手を離すことはできなかった。それで、振り返ってまた前に進んでいくアシュレイの後ろ姿を僕はやっぱり、ただ見つめているだけだった。


でも、そのアシュレイの後ろから彼女をしっかり守るように立つアルドヘルムを見たら、いつかこの金色の「彼女の王子様」が、彼女を幸せなただの女の子にしてくれるんじゃないかって、つい期待せずにはいられないんだ。





マイリ視点回。閑話です。次回からソヘイル親編


心の傷は元からないけど、人生の中身が空っぽだから人を羨ましがるアシュレイ。

自分は家族に恵まれてるからアシュレイを完全に理解することはできないけど、愛してるからただ黙って側にいるアルドヘルム。

便利だし全てを知っているし万能のはずだけど、アシュレイの心を埋める力はないミサキ。

何もかも不幸で空っぽだったけど「普通の幸せ」を何も持っていなかったから、マイリや仲間でお腹いっぱい満足できてしまうソヘイル。

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