お貴族様の学校
アシュレイに勉強をさせるためにつけられた家庭教師の男、エリオット。
この男も、使用人に美形しか選ばないエインズワース公爵によって選抜された、顔の良い人物であった。30歳独身、教師としては厳しい人物であったが、アシュレイは理解が早いので特に厳しくするタイミングもなく、黙々と勉強を教えていた頭の良い先生である。
ただ、30歳にして真っ白な髪を蓄えて髭まで生やしているのは60くらいに見えるからやめたほうがいいとアシュレイは思う。髪の色は生まれつきらしいが。
毎日午後3時ごろから2時間ほど、アシュレイはエリオットに付き添われて勉強を教えられる。今日は天文学の授業を進めたところだったが、エリオットが突然こんな提案をしてきた。
「アシュレイ様は、学校に入ってみる気はありませんか?」
「学校ですか?私、今から学校に入っても勉強についていけるかどうか……」
アシュレイは内心面倒くさかっただけで勉強への不安は微塵もなかったが、そう謙虚なかんじで答えてみる。しかし、エリオットは身を乗り出して少し興奮したように畳み掛けた。
「大丈夫ですよ。アシュレイ様の理解スピードは異常なほどです!もうとっくに同学年の学力には追いついてらっしゃいますから!家庭教師の私が居なくても勝手に本を読んで理解なさるし……」
「そうなんですか。私、いかに器用でも15年の無勉強は取り戻せまいと思っていたんだけど、追いついてたんですね。やはり刺繍だの細かいことが出来なくたって、他ができればいいですもんね」
しかし、褒められて調子に乗るのがアシュレイである。エリオットは本当のことを言ったまでなので、アシュレイがなぜ喜んでいるのかわかっていないが。
「え?そ、そうですとも!アシュレイ様、それで学校には…」
「ああ、でも……なんというか、私は対人関係に難があるので、上手くやっていけるでしょうか?前のパーティでもご令嬢に深い意味もなく喧嘩を売ってしまったし、きっと学園に居にくいですよ……」
「ええ?!パーティで?!何をなさってるんですかアシュレイ様!あ、あなたはいつもそう、肝心なところで余計な行動を……」
「おお、おお!そこまでにしておきなさい家庭教師のエリオット先生。私を叱責しないでください!なぜなら私は怒られるとあらゆるやる気を無くすからです」
「あっそういえば!確かアシュレイ様はコーネリアス殿下と仲が良かったですよね?コーネリアス殿下もオズワルド殿下も通ってらっしゃる学校ですよ!オズワルド殿下は来年卒業ですが…」
「そうなんですか!しかし、学園内で殿下たちと親しくして不要な嫉妬を買い、令嬢たちに嫌悪されるのは不愉快ですね。男の友人しかいない女、という痛い状況下に立たされてまで学校に通いたくありませんし」
「だって…もったいないではないですか!!アシュレイ様は勉強すればもっともっと…もっと…素質があるのに、才能があるのに勉強を極めないのは、もったいない…私は最低限の勉強を教えろと言われてあなたの勉強を見てきましたが、ここから先、専門的な勉強は私は薬学くらいしか教えられませんし…」
「褒めてくれてありがたいですが、やはり私は…」
アシュレイが断ろうとした時、後ろで控えていた執事のアルドヘルムがアシュレイに話しかけた。
「アシュレイ様、私も学校に行くことをお勧めします」
「アルドヘルム。突然会話に入って来ますね」
「失礼しました、しかし学校に入ってほかの令嬢方や貴族たちと人脈を作って、エインズワース家に貢献なさることは公爵令嬢として重要なことです。パーティではあのようなこともありましたし……」
「!」
「あ、いえ…しかしあなたは下町あがりだと皆さん知ってらっしゃいますから、そこまでの事が出来なくても?誰もそこまでのことはあなたに期待していないでしょうし、あなたを怒りはしないと思いますが……」
「……」
アシュレイが、アルドヘルムの安い挑発にメラメラと背後に怒りの炎を発した。馬鹿なのかもしれない。
「いいでしょう!私の賢さ、出来の良さ!人徳の高さを思い知らせてあげましょう!通ってやりますよ、学校くらい!」
「よっアシュレイ様世界一!」
「流石です!!」
うーむ乗せられてしまったな、とアシュレイは自分のことながら馬鹿なのではないかと思った。が、自分が令嬢の1人と仲違いして公爵家に迷惑をかけるとなると、それはそれで不愉快だ。早めに貴族社会での自分の立ち位置を明確にしておかなくてはと思う。
王子と結婚したいと思っていないのに王子と友人として仲が良い、これは結構、王子狙いの令嬢方が寄って来やすい理由に使えるのではないだろうか?そうなれば友人的な人も出来るかもしれない。
そう、王子との間を取り持って欲しい、みたいな……なんて色々とアシュレイは考え、今度からはじまることとなった学校生活に思いを馳せた。




