ソヘイルくんの親探し②
街を探索し始めて、マイリもソヘイルも、アルドヘルムも妙な雰囲気に気が付いた。港は活気があって、いかにも異国というワクワク感を感じさせる街並みであったが、街を少し進むと空気はよどみ、歩く人々もジロジロとアシュレイたちを見ている。獣分のない人間が珍しいのか、服装が異国のものだからか。
そして、道には数メートルおきに浮浪者のような、ボロ布を被った老人が座っている。道行く人々の顔も精気が無く、一言でいえば「不気味な街」という感じだった。極めつけは、ロバに引かせた荷車に大きな木の檻が乗っていて、中に5人ほどの裸の子どもが入って座っている。
見てすぐ、ああ、奴隷だなと分かる様子だった。こんな白昼堂々とあんなものが運ばれていく様子を見ると、これが毎日当たり前に行われていることなのだとアシュレイは改めて実感した。
ムスタファの守る封印が解けて国民が邪悪な獣の魂に食い荒らされるのと、子どもたちが虐げられて国が淀んでいくのは、一体どちらが〝悪い〟事なんだろう。アシュレイは、隣で青い顔して震えているマイリの向こう側の肩を掴みながらそう思った。ソヘイルは、なんだか呆然としている。活気のあった港と、あまりに様子が違うからだろうか。
先頭を歩いていたミサキが、立ち止まって少し裕福そうな商人に何かを話しかけていた。アシュレイたちもミサキの後ろで立ち止まる。今まで歩いてきた中でも、飛びぬけて大きい建物の前に立っていた男だ。年齢は50ほどで、顎鬚をダラッと伸ばしたナマズに似ている。商人はニコニコとミサキに返事しており、アシュレイは言葉がよく分からないので後ろでアルドヘルムと黙って待機していた。
「先生、なんて?」
少しの間をおいて、話に区切りがついたようなのでアシュレイがミサキに声をかける。
「どの部位が獣に近いのかによって大分、血縁者を絞れるそうだ。ソヘイル。お前は頭の耳以外にそういう部分はあるか?」
「あ、は、はい、両脚の膝から下は犬とか、キツネとかのようになっています」
他の貴族にはそこまで緊張せずに話すソヘイルは、何故かミサキに対してだけ妙にかしこまった態度で返事をした。アシュレイはそれを見て不思議に思うが、もしかして「動物の勘」というやつだったりするのだろうか。ソヘイルは右足のブーツを脱いで脚を出した。
アシュレイは、なんだかんだで初めて見る気がするなあとソヘイルの足を見た。確かに犬のような形の脚をしている。これでは二息歩行がつらいんじゃないかと思えるが、以前本人がそれは平気だと言っていた。この脚でも歩けるよう、体がなにがしかの変化を遂げているのかもしれない。
商人がまた何かをミサキに話し、ミサキがソヘイルに伝える。
「脚と耳の獣化は、この国の西側に多いらしい。その中で、お前の毛色と脚の形から見て犬が近いそうだ。西の街でお前と同じ毛色の人間を探せと言っている」
「は、はい」
「しかし、ソヘイルの年齢の25っていうのも部族の証言だけですからはっきりとは言えないし、ソヘイルを産んだ時20歳だとしたら年齢は……」
「ミラゾワは出産しはじめる年齢の平均が16歳だ。今、40くらいの可能性もあるな。」
「16ですか!早いんですね……じゃなくて、じゃあ行きましょうか?西に」
「……ああ。」
心なしかソヘイルの顔が青い。多分、ほぼ確実に自分が生まれた国だというのに素直に喜べないのだろう。アズライトでは奴隷制度がなかったし、生まれて物心つく頃からずっと洞窟の牢屋にいたソヘイルにとって知る「国」というものは、アズライト帝国だけだったのだから。
アシュレイは歩きながらソヘイルの暗い表情を見て、立ち止まった。全員が自然と立ち止まる。アルドヘルムがアシュレイにどうしたのか質問する暇もなく、アシュレイは口を開いた。
「ソヘイル」
「……あっ?ああ、なんだアシュレイ」
「やめるか?」
「……」
ソヘイルは下を向いてうつむいてしまった。全員が重たい空気のまま黙り込む。アシュレイはそれでも真面目な顔で、まっすぐにソヘイルを見ていた。
「私が本で知りえた情報には、この国がこんな現状であることは書いてなかった。親探しを提案したのも、ここで親を探すことがあんたの人生にとって“得るものがある”と思ったからだった。この子供が平気で売り飛ばされている国で、あんたは知りたくない現実を更に抱えることになるのかもしれない。明確な情報も無く、無責任にこの国に連れてきてごめん。」
「あ……謝らないでくれ、頼む……頼むよ、アッシュ……」
頭を下げて謝ったアシュレイに、ソヘイルが青い顔になって自分の頭を押さえる。数秒の間、ソヘイルは自分の口元を隠して下を向き、黙り込んでいたがマイリに袖を引かれて顔を上げた。
「違うんだ、お前は悪くなんかないんだ……俺はただ、今が、今が幸せだったから……もし俺の親が俺のことを覚えているなら、今自分が幸せだと伝えて、俺の好きな人を紹介したいと思っただけだったんだ。本当に、それだけで……この国で大勢の獣人を見て、俺が何者であるかは十分に理解できたから……」
「ソヘイル……」
マイリがソヘイルの手をぎゅっと握る。アシュレイには見ていて分かった。ソヘイルには、マイリが居るのだ。マイリが居ればソヘイルは安心できて、ソヘイルが居ればマイリは安心できる。精神的にだ。アシュレイにはそれがうらやましかった。
「親が覚えていなかったら?」
「……いいよ。今の俺には俺を大切に思ってくれる劇団の仲間も、マイリもいる。親なんて、今までだっていなかったんだ。というか、洞窟で親だと教えられていた人間を親だと思っていたしな。今さら自分がどんな人間から生まれたと知っても、自分は自分だ。ただ、ここまで来たから知りたいと思う。それだけだ」
「……そっか。わかったよ、行こう。」
アシュレイが一歩前に踏み出す。“自分がどんな人間から生まれたと知っても、自分は自分”……とても自分はそう思うことはできない、とアシュレイは思う。自分は人の幸せを壊して生まれてきた。日常に幸せを感じても、とても自分の出生を「今幸せだから」と完全に忘れることはできない。
「強いんだな」
アシュレイがぼそっと呟いた。
「アシュレイ、何か言った?」
「ううん。いや、暑いなって」
マイリに“いつもの笑顔”でそう言ったアシュレイを、ミサキとアルドヘルムだけは変わらない表情のまま見つめていた。その日、アシュレイたち一行は予定通りにソヘイルの親を探すため、街の西へと歩き始めたのであった。
怒涛の改稿祭り、行き当たりばったりで書いているため後から手直しをし始めてます。そのため更新スピードが下がっていくかもしれませんが、読んでくださって嬉しいです。ありがとうございます。




