時には歴史の話をしようか②
「ミラゾワは、偶然中国系やインド系などアジア人が多い割合を占めた状態で形成された。はじめの生き残りたちは山に囲まれたこの場所を〝縄張り〟として、家などを建て村を形成していった。」
「ここは山に囲まれてるから、他国から攻め込まれにくそうでいいですよね」
再び説明を始めたミサキに、アシュレイが言う。ミサキはアシュレイを長机の前に座らせると、学生塾のごとくホワイトボードに図を書いて指し示した。ミラゾワは大きな大陸の海沿いの端っこで、国全体が山にぐるりと囲まれている。
「それに昔の人間たちは突然森に放たれたわけだからな。どうしていいかわからず、争っている暇もなかっただろう。」
「そうなるまでは電子機器に囲まれて洗濯も食事も全部半自動みたいなもんでしたもんね」
「進歩しすぎると、それが無くなった時に困るのが悪い点だな」
洗濯機に掃除機、スーパーにコンビニ、ガスに電気、生まれた時から現代人として文化的な生活を送っていた人々はそれらが全ていっぺんに消え、2度と戻って来なかったわけだ。そんな状況も全く分からない中、拠点を建てて生活を営んで、国が出来るまでに文化が進んだのはすごいことなんじゃないだろうか。大体、一度滅んで再び再生された全く違う地形の世界だ。
ここが地球であることすら、はじまりの彼らは知らなかったんじゃないだろうか。星の動きも昔と違い、住んでいた場所も名残もなく、きっとすごく不安だったに違いない。周囲に言葉の通じる人間が全くおらず、周囲が聞いたことのない言語ばかりであれば、ここを〝異世界〟だと感じ、他の人々を〝異世界人〟だと思い込んだっておかしくはない。
「ここで1つ旧世界の日本と西洋の美術文化の違いが気候に関わっている点を話してみようと思う」
「その話長くなりますか?」
アシュレイは美術は苦手なのである。アシュレイは足を組んで両手で頬杖をつく。つまらなそうな顔になったアシュレイには構わず、ミサキは話を続けた。
「日本の日本画、浮世絵。フランスやイタリアの美術館の油彩画、宗教画。それらの最も違う点が何か分かるか?」
「え?うーん……油か、墨とか砂かじゃないですか?」
なんで急に美術だの絵の話に……と、アシュレイは不思議に思う。そんなことに関心なさそうじゃん、先生。みたいな顔である。だがミサキは意外と自分の寝室にゴッホのひまわりとかをちゃっかり空間に穴を開けてひょいっと拝借して飾っていたりする。どうせ世界が滅んだら燃え尽きるし、貰ってもいいよね!精神である。他の名画も大体倉庫に厳重に収めてある。
「画材の違いもあるがここで言いたい点は、平面的であるか立体的であるかだ。お前もよく色々見ているが、アメリカのアニメは3DCGが多く、日本のアニメは平面、つまり2次元的な表現のものが多いだろう?」
「言われてみればそうですね。アメリカのアニメとかは立体的な感じが多いかも。それがなんで気候に関係あるんですか?あ、アジア人は顔の彫りが浅くて西洋人は彫りが深いからボコボコしてるとか、そういうアレですか?」
「そういうアレではない。日本の空の雲はな、気候の関係で〝実際に平面のように見える〟んだ。そしてフランスなどでは、〝実際に手で掴めるように立体的に見える〟という。
日本に旅行に来た外国人は思うそうだ。〝空が平たく見える〟とな。日本で撮った写真で、アニメの背景のように見えるものがあるのがそれだ。見えるものをそのままに描いた結果として、日本の絵の文化と西洋の絵の文化にも違いが出たというわけだな。絵以外の美術文化にも当てはまるが」
「へぇーー!!!トリビアの泉に出られますよ先生!今の話は思いのほか面白かったですよ!」
アシュレイがスゴく感心!と言う顔で手を打つ。やけに嬉しげなアシュレイに、ミサキは少し満足げな顔をしてホワイトボードの今の説明図を消して新しい文字を書き始めた。アシュレイはノートでもとろうかと思ったが、ミサキに渡された資料に全部書いてあったのでとらずにおいた。ちなみにこれは、万が一アシュレイ以外に見つかっても読まれないようにというミサキの配慮からの日本語資料であった。
「それは良かったな。ここで言いたいのはオーストラリアとアジアの気候は違うということだ。ここは気候としてはオーストラリアの気候のはずなのに、文化だけがアジア寄りで平面の壁画が多い。」
「文化だけがそのまま移動してきた感じですね。なんだか、〝理由があって成り立ってきた文化〟が別の場所に移動することによって〝その原因〟が分からなくなるのは変な感じがします。理由が全て〝なんとなく昔から、偶然そうだったから〟になって、思考停止しちゃうというか。伝統とか無くなっちゃって、面白くないです。オリジナル同士が混ざり合ったことによって〝中国っぽい何か〟〝インドっぽい何か〟〝アラブっぽい何か〟になっちゃったというか。」
「そうだな。その点でいけばアズライト帝国も〝フランスっぽい何か〟でしかない。ないが……もう世界が再構築されてから何千年も経っている。それだけ経てば立派にオリジナルの文化とも言えるな。
それにミラゾワと違ってアズライト帝国はいい国だ。貧富の差はあれど餓死するほど貧しいものはおらず、奴隷も存在しない。街もそれなりに発展していて、民衆娯楽の演劇まである。帝国とは言っているが絶対王政ではないし、王を神扱いもしていない。」
「ミラゾワと違って、ということはミラゾワは〝悪い国〟なんですか?」
「……悪い国だな」
少し不愉快そうに答えるミサキに、アシュレイは首をかしげる。
「ムスタファが嫌いなのもミラゾワが悪い国だからですか?」
「……」
ミサキは少し黙り込む。アシュレイはミラゾワに来てからのことを色々と思い返し、考えた。
「今日の夕飯、美味しくはなかったですけど豪華そうではありました。毎日こういう暮らしをしていて平民たちが困窮しているなら愚かな王様でしょうが、もしかしたら客がいるから豪華にしているだけかも」
「ミラゾワは貧富の差が激しく、子供を奴隷として売って商売することを黙認している国だ。貧しい者は子を産んで奴隷商に高値で売り渡す。そのために生む者までいる。ソヘイル。あの男がいるだろう?あれは勝手にアズライトに紛れ込んできたわけじゃない。赤子の時に〝珍しい獣人〟つまり売り物として売られて来たんだよ。なんであの部族に渡ったのかは知らないが。親を探すのは結構だが、お前はそれを知っておけ。」
奴隷商。アズライト帝国にずっと何も知らず暮らしていれば、奴隷という概念すら無かった。本で読んでも、そういうものがあるのか、という程度。だがアシュレイはミサキの元で調べた色々な知識を持っていたので、奴隷商と聞いて急に寒気がした。
奴隷。もちろん、良い印象なんかあるはずもない。
「ソヘイルが……売られて来た?赤ちゃんの時に?自分の子供を売るなんて、そんな親……」
そこまで言ってアシュレイは、ふと自分の父親のクリフォードを思い出した。確か、クリフォードは自分を金持ちの男に売り飛ばそうとしていたのだった。奴隷ではないが、奴隷商のある国ならそこに売られていた可能性だってある。
そうだ。子供だからって、
無条件に親に大切にされるわけでは無いんだった。
アラステアが父親として定着してしまって、つい忘れていた。大切にされないことが不幸なことなんじゃなくて、大切にされることが幸せなことだったのだ。特別なことだったのだ。
「……400年以上も国を治めていて奴隷商売に気づかない筈はないし、気づいていないとしても、それはそれで国を把握できていない愚かな王だ。そんな無能があのような尊大な態度で、自分が優れていると思い込んでいる」
「……昔、黒人奴隷をこき使っていた白人たちは〝それが悪いこと〟だなんて認識していませんでした。黒人奴隷を〝人間じゃない〟と認識していたからです。黒人たちには拒否権すら無かった。私、前に西暦1977年のアメリカのテレビドラマ「ルーツ/ROOTS」を見たんです。あんな気分悪いことありませんよ!でも、獣人が獣人を売るなんて」
「お前は俺の知らないところで本当に色んなものを勝手に見ているんだな……」
「一人称俺になってますよ」
本当は一人称俺なの?神っぽいかなと思って私って言ってただけなんじゃないのぉ?とアシュレイは思う。
それは置いておいて、貧富の差が激しい上に人身売買が行われているとは。思い返せば路上にやせ細った老人や若者がちょくちょく座り込んでいたりもしたし、人身売買が成り立つなら昔の中国のように誘拐なども日常茶飯事なのかもしれない。ミサキが「治安が悪い」と言っていた意味が、アシュレイにはようやく理解できた。
人身売買を〝悪とするか善とするか〟という問題ではなく、〝人身売買をしなければ経済が成り立っていない〟状況こそがこの国を〝悪い国〟と評する理由になるだろう。確かに、ミラゾワは良い国とは言えないしムスタファは良い王とも有能な王とも言えない。
ソヘイルにそれを直接言うのもはばかられるし、多分自分の意思で売り払ったなら、親は名乗り出てこないだろう。そのせいでソヘイルは25年苦しんだのだから。
「でも、獣人たちは元は人間と獣が交わって生まれたんですよね?そしたら、全員神の血を引いてるんじゃ無いんですか?神の血を少しでも引いているものを売り払うなんて」
「いや、実際に神の血を引くのは王族関連の者だけだ。ムスタファがはじまりの人間と神との半神だな。それ以外は神の血は引いていない」
「え?!話が違うじゃないですか!じゃあなんでミラゾワの人間たちはみんな獣人なんですか?純粋に人間の血を引いているならこんなに獣人ばかり生まれないでしょう?私、ミラゾワの人たちはみんな神の血を少しは引いてるんだと思ってました」
「呪いだ」
「呪い?」
「ムスタファはこの国に結界を張っていると言っていただろう?この国は呪われている。獣の神に呪われて、この国の中で産まれた子供は全部、勝手に獣人に生まれてくるんだ。お前と私の子供だろうが、この国の中で生まれれば獣人に生まれるだろうよ。」
「そんなこと、あり得るんですか?生物学的に……」
「ありえないな。だが神の権能も、神の呪いも、物理法則を無視してなんでも現実に存在してしまうのが今のこの世界だ。この世界は神の思うまま。」
「まあ、それは最近かなり実感してます。嵐とか襲ってきかたがピンポイントすぎてあり得なかったし、天界なんて現実味ゼロですもんね」
呪いで獣化、この場所で生まれなければ獣人にならないということはやはりソヘイルが生まれたのはこの国で間違い無いようだ。アシュレイが脱力している間に、ミサキは話を続けた。
「大体、何千年も経っているのにこの世界では電気すら開発されておらず、ライターすら使われていないのはおかしいと思わないか?着火材もマッチの紛い物くらいだ。それはな、神が人間が進歩しないように操作しているからだよアシュレイ。この世界には〝文化を進める開発者〟は存在しない。神によって〝都合の悪い天才〟は消されるからな。」
「……人類が進歩して、戦争が再び起こらないようにですか?」
「そうだよ。それについては大正解、神は同じことが起こらないように人間の文明の進化すらせき止めて管理しはじめたんだ。だからこの世界にはあと1万年経ったって電気は開発されないし、このままだ。」
「こ……」
アシュレイは呆然としてから、頭を抱えた。
「それ、すっごい怖いんですけど。寝られなくなっちゃいますよ。神がいないとこの世界は成り立たないけど、神がいると人類は前に進めないわけですよね」
「だから私は神を嫌うんだ。自分勝手で、人間を所有物としか思っていない。ああ、もちろん例外の神もいるが。神の数は多いからな」
「ミラゾワの歴史っていうか、ミラゾワが悪い国ということだけ知っちゃって明日から憂鬱だなあ。ソヘイルの親も探さなきゃいけないのに」
「知らなければ良かったと思うか?」
ミサキの言葉に、アシュレイは即答した。
「いえ。知れて良かったに決まっています。ありがとうございました先生。」
考えたくないことも周りのために心得ておくアシュレイの姿勢は、実に賞賛に値する。ミサキはアシュレイの言葉を聞いて、満足そうに微笑んだ。




