王様神様狐様②
ミサキとムスタファはしばらくいがみ合っていたが、ムスタファがミサキの襟首から手を離すと、ミサキはわざと聞こえるようにため息をついてから襟を正し直した。ムスタファはそれにもイラッとした顔をしたが、ミサキは変わらずツーンとそっぽを向いている。
「とりあえず直してやったが、お前が余計なことを言ったら、今度はそこに大事そうに飾ってあるくだらんお前の石像も破壊するからな」
『それは本当にやめろ!わかった。半神ということには触れないでおいてやる……なんて迷惑で気の短いやつだ……』
ムスタファが呆れたように言う。結局、ミサキが謎の修復パワーで壁を立ち所に直してみせた。完全に猫型ロボットレベルの便利さである。なんか知らんけど5千年の歳月ってすげえや!とアシュレイも感心させられた。しかし、2人の空気が険悪なのは相変わらずだ。
「なんで一々喧嘩売るんですか!あなたらしくないですよ大人気ない!」
アシュレイがミサキに耳打ちすると、ミサキも小さい声でコソコソとアシュレイに返事した。
「人間に馴れ馴れしい口をきかれたり親しくされるのは〝まあ俺の正体知らないし……〟で許せる感があるが、神関連に舐めた口をきかれると〝こんなやつ3秒で殺せるのに〟と思ってしまってイライラする」
「子供か!アンタ頭いいくせに意外と戦闘力とかで判断するんですね?!戦闘民族か?!実は私にもイライラしてたんですか?!」
「お前は見た目が日本人ぽいし、自分の弟子みたいな感じだからいいんだ」
「ああ、学校でも先生ですもんね。案外教えたがりなんですか?」
再びムスタファを置いてきぼりで2人で話していると、ムスタファはムッとした顔でぷーっと頬を膨らませた。マイリかお前は!と思いつつも、アシュレイはご機嫌とりにまた笑顔で頭を下げる。
「すみませんお騒がせしてしまって、これからしばらく滞在の間、お世話になります。よろしくお願いします」
『半神同士で話も出来ると思ったが、お前たちのような野蛮人とは話にならんな』
「たちってなんですか!?私は何も言ってないでしょう、こっちは下手に出てるのにこのクソが!!」
『今言っただろうが!情緒不安定かお前は!』
「あっしかし……我々が失礼なだけで王子たちは何も知らないので、貿易等の話し合いはどうか、我々のことは関係なくお願い致します。失礼なことをしてしまって本当に申し訳ありません。」
ここらへんでアシュレイが真面目な顔になってムスタファに頭を下げた。急に反省した様子で言ってきたアシュレイに、ムスタファは少し「うっ」と動揺したような顔をした。が、咳払いをして真顔に戻る。ムスタファが次に何か言う前にミサキが更に口を挟んだ。
「そうだ。王子やアズライト帝国との貿易のことについては我々は関係ない。大人な対応を期待している。もしそれが期待出来ないようなら、そこにあるくだらんお前の肖像画が灰になるだけだが」
『お前が大人になれ!』
終始ムスタファに上からの発言をするミサキだったが、先程壁を破壊した時からムスタファは少しはビビっているらしく強くは出てこない。ということは多分、ムスタファにはそれが出来ないということなんだろうが。
16歳のアシュレイが性別を変化させられたり、撃てない銃で物を撃てたりするのはあくまでもアシュレイの素質があったからであって、400年500年生きていようが「能力を使おうとしなければ」身につくことはないのである。実際、これだけ長生きしていてもムスタファの知る半神の情報とは「不老不死」「潜在的学習能力の高さ」「結界を張る力がある」「半神同士は言葉の壁なくして意思疎通が可能である」「天候を多少操作できる」という程度だ。
その点、五千年も生きて半神を知り尽くしたミサキという師匠的な存在がいるアシュレイはラッキーであったと言えるだろう。ムスタファは玉座にまた戻って座ると、少し考え込んだ。
『……だが、あの王子は人間ながら我が国への誠意が伝わってくる態度であった。無下にする気は無いので安心しろアシュレイ。私はただ、お前たちが半神なのであれば興味があっただけだ。争う気ははじめからなかった。』
そうか、そうだよな……とアシュレイは少し反省する。半神ということをバラす奴=敵、くらいの感覚で過敏になったいたので、はじめから敵視しすぎたのかもしれない。ムスタファにとって半神であることは『良いこと』で『尊いこと』で、『知られ、敬われるべきこと』なのだから。悪気は無かったのだろう。
「ムスタファ陛下……ありがとうございます。私も先生以外の半神とは出会ったことが無かったので、本当は話が出来るのを楽しみにしていたんです。まさか王様がその半神だとは思っていませんでしたが……」
『フン、良い。お前はそこの男よりはマシだ。それに16歳児に大人気なく接する気もない。好きなように国を見て回ると良いだろう。この国には〝私の結界〟が張ってある。お前たちが上陸してから入ってこようとしている〝なにか〟がいるが、この国にいる間は安心して過ごせ。』
なにか、と言われてアシュレイは少し不思議そうな顔をする。ミハエレはこの前ミサキに威嚇されたばかりだし、海の神ではないだろうし。他にも何か理由があってアシュレイを殺そうとしている者がいるということなのだろうか?
「ムスタファ陛下、ありがとうございます。最後に質問してもよろしいでしょうか?」
『許す。言ってみよ』
ムスタファが頷き、アシュレイは少しミサキのことを横目にちらりと見てから、恐る恐る質問した。
「あなたの母である神様は今、どうしているんですか?」
『殺した。王位を継いですぐにな。気まぐれに民を取って食いはじめたので、呼び出して背後から首を切断した。殺される直前まであの女は、私が自分を殺そうとしているなんて露ほども思っていなかっただろうよ。良好な親子関係だったからな。今は隣の宮殿に遺体を祀ってある。』
殺した。ミサキとやはり同じであった。半神として君臨していながら、当の純粋な神は殺している。矛盾に感じながらも、祀ることで国の守り神としているのだろう。それにしても、神は神にしか殺せないと聞くのに〝遺体〟は実体として存在していることが不思議でならない。天気だの山だのではなく獣の神だからこそ、実物の獣の死体が存在するのかもしれないが。
「神様なのに、人を食べるんですか?」
『神とは言っても元は狐。崇拝され神としての権能は得たが、人を騙し、誑かし、食らうのが本能。元より人間との共存は出来なかっただろうよ。九尾の狐、という言葉を知っているか?』
「……知っています。」
九尾の狐、中国神話に出てくる生物。霊獣とも妖怪とも言われ、妲己や玉藻前など、美女に化けて登場することもある。悪しき存在として描かれることも多い。アシュレイはそれもやはり、ミサキの家で本や映画を見て知っていた。なんだか現実味に欠けるが、そういった妖怪や神獣も自分を信仰する人間を囲い、生き残ってこの世界でも存在しているということだ。九尾の狐は死んでいるので、もはやムスタファが死ねばその名残も無くなるだろうが。
「仲が良かったなら、お母さんを殺して悲しくありませんでしたか?」
『民を守るのが王の役目。母親だろうが、もはや害獣のような存在ともなれば躊躇いはなかった。それに、今は私が獣の神として君臨している。
子はいずれ親を継ぐものだ。そして、神が親である我々半神は。親神が間違いを犯した時、それを殺す義務がある。悲しくはない。お前もいずれはそうなり、理解できるだろう。それに、100年も経てば悲しみなどとうに忘れた。昔は悲しんだのかもしれんな』
「あなたも固有世界があるんですか?」
『あるにはある、が……あんなものあってどうする?私にはこのミラゾワという治るべき国がある。わざわざ何もない無駄に広い空間などあっても仕方あるまい。』
「そ、そうですよね……色々答えていただいてありがとうございました。」
固有世界に家を建てて畑や工場を作ってそれなりに人生をエンジョイしているミサキとは正反対の感覚である。まあ、ムスタファが生まれた頃にはすでにパソコンなんてあるはずもないから仕方ないが。
「そろそろ失礼する。あと10分で洗脳が解けるからな。我々は部屋に戻り、〝全員あの後、解散して各自の部屋に入った〟ということになっている。部屋に戻らせてもらう」
『ああ。夕食は皆で取る予定だ、3時間ほど部屋で休めばいい』
「ありがとうございます」
アシュレイとミサキは廊下に出て並んで歩く。アシュレイがミサキは何か言うかな?と横顔を覗くと、それに気づいてミサキもアシュレイを見た。
「アシュレイ」
「はい!」
「お前にアルフレッド先生、と呼ばれると違和感がすごい。人前では今後、先生とだけ呼べ」
「は、はあ……わかりました」
このタイミングでそんなどうでもいい事言うか?とアシュレイは困惑したが、ミサキにとってはアシュレイが自分を「ミサキ」と呼ぶことは大事なことなのである。ミサキが「お前はあの部屋だ」と指差した部屋の前には、無表情のアルドヘルムが立っていてなんだか異様だった。
「あの、アルドヘルム。部屋に入りたいのですが」
「……」
「無駄だ。あと五分しないと意識は戻らん。どかして部屋に入れ」
「どかすって」
人の好きな人を三角コーン扱いするんじゃない。しかし辻褄合わせのためにアシュレイは、フィギュアのように固まったポーズのままのアルドヘルムをドアの前からゆっくりずらして移動させ、部屋に入ったのであった。
5分後、意識を取り戻した人々はすぐに普段通りの生活に戻ったり、雑談を再開させたりしたのであった。空白の1時間の違和感に気づくこともなく。
それってすごくおかしいことなんじゃないのかなあ、とアシュレイは思った。




