王様神様狐様①
ドドンと胸を張って仁王立ちする赤い擬似チャイナ服のケモ耳褐色大男は、アシュレイたちに向かって今一度自分の名を名乗った。アシュレイはミサキの背後からこわごわと見ている。ミサキは平然とした顔で全く動じていない。流石は最高神、貫禄があるとアシュレイは感心した。
『もう一度名乗るが、私はミラゾワ=アードル=ムスタファ2世。王位を継いでから435年になる。私と同様、人間ではない半神のお前たちは気軽に〝ムスタファ〟と呼ぶがよい』
王様なんだから尊大な態度なのはさして不思議ではないにしろ、相手は最高神であるミサキ。アシュレイは「この人ミサキのこと知らないのかな?」と思った。ミハエレがミサキに下手に出ていたあたり、神様界でも上下関係とか年功序列とかがありそうなものだが。
「あの王様、最高神に向かってあんな偉そうな口きいてますよ!良いんですかミサキ?」
「お前が言うか」
アシュレイがコソコソと小声でミサキに耳打ちすると、ミサキは少し呆れたような顔をした。完全に三下の小物の手下みたいな様子である。いつもの割と堂々とした態度はどうしたのだ、という感じだ。しかし、実はアシュレイはミハエレにはじめて腕を掴まれた時のことがトラウマでミサキ以外の神関連の相手には少しばかり恐怖心があるのである。ミサキの生活感が人間っぽ過ぎるのかもしれないが。
ムスタファは玉座にドッカリと偉そうに腰掛け直すと、アシュレイたちにも自己紹介を促した。
『何をコソコソと話している?私が名乗ったのだ、貴様らも名乗れ』
「あんなこと言ってますよミサキ、まだミサキの10分の1も生きてないくせに」
「お前はその更に28分の1くらいしか生きてないだろうが」
「……私名乗りますね」
「どうせ、という話だしな」
アシュレイは一度少し嫌そうな顔をしたが、すぐに営業用の笑顔に戻って玉座の下に片膝をついた。古今東西、身位の高い相手にはとりあえず下手に出ておくのが一般的な処世術と言うやつなのである。
「はじめましてムスタファ陛下。通じるようなので母国語で失礼いたします。私はアズライト帝国エインズワース公爵家の娘、アシュレイと申します。滞在の間、どうぞよろしくお願いします」
『ほう、人間の中で敬われず貴族程度で収まっているということは、お前はまだそう歳をとっていないようだな。今年で何歳だ?』
アシュレイからして見れはミサキもムスタファも「おじいさん」のような存在なので今年で何歳だ?と聞かれているのも「あらあら、いくつなの?」くらいの子供扱いに感じてしまう。ムスタファからすれば「今年で何百歳だ?」くらいのレベルの質問なのだが。
「16歳になったところです。若輩者ですがよろしくお願いします」
『16⁈生まれたばかりではないか!!』
16歳、お年寄りたちにとっては確かに生まれたてのひよっ子なのである。アシュレイはそんなことより、「この人も半神なのかあ。やっぱり歳をとれないんだな……」と冷静に思っていた。だがまあアシュレイはまだ16歳なので取り返しはつく気がする。なんの取り返しかは知らないが。
「失礼ですが、400年以上も歳をとらずに周囲に化け物扱いされたりはしなかったんですか?」
『我が国ミラゾワでは王家の権力は絶対である。王を恐れることはあっても忌むことなどあり得んし、許さん。この国にとって私は絶対の存在であり、神は絶対の存在なのだ』
アシュレイの割と地雷に触れかねない質問に、ムスタファは特に怒りもせずに答えた。アズライト帝国において神とは完全に概念としてのような存在で、おそらく実在して人前に現れれば魔女だの化け物だのと扱われて処刑されてもおかしくない。それだけ、「神は身近な存在ではないし、皆実在するとは信じていない」のである。この国では400年以上歳をとらずに神の子として生まれ国を統治するムスタファが「当たり前に存在している」からこそ神が身近な崇拝すべき、恐れるべき存在なのである。
「わが国では信心深い人もそうでない人も半々くらいで、我が王は神の血も引いていません。半神が半神であることを隠さず国に直接関与しているあたり、ミラゾワは宗教国家なのですね。」
『私の父であった元ミラゾワ王は元より人間であった。故にミラゾワは人間の納める人間の国だったが、私の母が神であったために私は不老不死に生まれ、結果として跡継ぎである私が王になった。後、そのまま400年以上、死なぬ私がそのまま統治している。跡継ぎも必要ないからな』
「あ、確かに跡継ぎが居なくても成り立つのは便利ですわね、オホホ」
ここらへんで、さっきからなんで一言も喋らないんだろう?とアシュレイがミサキをちらっと見る。ムスタファも気になっていたようで、ミサキを睨みつける。
『おい、そこのお前。なぜ先ほどから喋らない?気に入らんな』
「なぜ公衆の面前で許可も無く我々を呼びつけた?我々が半神と認識されていないことは、王子たちを見ればわかることだろう。気に入らんな」
どうやらお互いに気に食わない様子である。アシュレイは二人をキョロキョロと見てから少し焦る。
「ムスタファ陛下、私たちは半神であることを隠して生活しているので、表立って半神扱いしないでいただきたいんです。わが国では神は当たり前の存在ではありません。実在する人間を神と同義に扱う文化を持つこの国ではあなたが絶対なのだと理解は出来るのですが……」
『愚かしい国だな。だがなぜ私がお前たちに配慮しなければならない?』
「愚かなのはお前の国も同じだろう。貧富の差も激しく治安も悪い、神に頼りきりで考えることを放棄している。人間のフリをしていても所詮獣は獣だな」
『なに……?』
「ミ、ミサキ!喧嘩はやめましょうよ!」
ギスギスした空気にアシュレイは顔を強張らせる。ムスタファは多分世界で自分が一番偉いと思ってるレベルでプライドが高い。他人に配慮するような優しさもないのかもしれないし、ミサキはなぜだかさっきから苛立った感じだし。アシュレイは自分が言い争うのには特に抵抗がないが、ほぼ対等な他人同士が言い合っているのは見ていてどうしていいのかわからず困ってしまう。片方が弱いとかなら弱い方につくのだが。
「で、でもあの、お願いします!その、滞在中お手伝いできることは出来る限りさせていただきますので!その、私、頭は良い方ですし!なんて言えばいいんでしょうか。見ればわかりますが見た目も美しいですし、円滑な人間関係を築くのはうまい方なんですよ。特に女性が相手だと」
『自分で言うか』
「自分で言うな」
二人に言われてアシュレイは腑に落ちない顔をする。急に同調するな。
「あと、申し上げておきますが、ミサ……アルフレッド先生は、何でも出来ちゃう強い神様なので、あなたよりずっと強いと思いますよ!殺されるので逆らわないほうが良いですよ!」
『お前は遜るのか脅すのか統一しろ!』
「好きにすればいいが、お前が言うことを聞かないならこの宮殿を破壊する。そのあとに王子たちの記憶を操作すればいいだけだ。」
『宮殿を破壊する?そんなハッタリが通じるとでも思ったのか?できるものならやってみろ』
ムスタファが言い終わるか終わらないかというタイミングでミサキが右腕を前に突き出し、手から件の衝撃波的なものを出してムスタファの玉座の真横の壁を破壊した。ぽっかりと壁に穴が開き、パラパラと石造りの壁から破片が落ちている。
「な、な……なにしてるんですかアルフレッド先生!壊れちゃったじゃないですか!」
「やってみろって言うから……」
『何をする貴様ァ!!!直せ!!今すぐ直せ!!』
「ほら!怒っちゃったじゃないですか!謝りましょうよ!」
「謝らん。あいつが謝って言うことを聞くなら直してやる」
「そんなことあいつに言ってくださいよ!!」
『あいつとはなんだ!!16歳のガキが!!』
やあやあと言い合いになり、ムスタファは玉座から立ち上がってミサキの胸倉をつかんで激怒し始めた。ミサキはツーンと無表情で天井を見上げており、アシュレイは「一時間してみんなの意識が戻る前にこの場をなんとかしなきゃ」と真っ青になるのであった。




