ミラゾワ王への謁見
「ア・シュ・レーイ!!!」
船を降りてマイリたちと合流すると、すぐにマイリがアシュレイに飛びついた。アシュレイは飛びつかれた勢いを一回転することにより緩和して、マイリの腰あたりを両手で支えると優しく地面に降ろした。アルドヘルムとソヘイルは目が合い、互いに「あ、相方がどうも……」というような微妙な笑顔になる。
「マイリ。元気そうだね。船酔いとかしなかった?」
「ううん。なんか、船とか向いてるのかも?お手伝いもちゃんとしたよ!ソヘイルも一緒に。ねっ!」
「あ、ああ。俺たちは私情でタダで乗せてもらっていて、申し訳ないしな……」
別に気にしなくていいんじゃないかなとアシュレイは思うが、手伝うことは良いことなので何も言わないでおく。船から降りるメンバーは皆降りて、護衛兵に囲まれたエドウィンの後ろに、アシュレイたちもついて並んだ。マイリは慌ててアシュレイに抱きつくのをやめて並びなおす。
「って、アシュレイすごーい!服、かっこよくてかわいい!変わったデザインだね!」
「これは、前に2パターンデザインしてもらったうちの1つで、少し男物の服に近いやつなんだ。ミラゾワの本では、女性もスカートじゃなくてパンツスタイルが多いと聞いたから、これにしてみた」
そう、エドウィン帰国パーティの際に王宮直属のデザイナーに作らせた服の片割れである。着ることはないと思っていたが、タンスの中で腐らせておくのももったいない。ミラゾワの服にも近い、いい機会だし、とアシュレイはこの服を持ってきたのである。ちなみにマイリは相変わらずの女性用ドレス、今日は薄いピンク色であった。
ミラゾワの民族衣装は、多少違うがいわゆるチャイナ服に近く、文明で行くとアズライトより少し遅れているくらいなのでデザインのパターンが少ない。洋服生地には国で沢山飼っている羊の毛を使っており、貧しい者は皆、染色されていない白か灰色の服を着ている。金持ちは紫など、服の色で貧富を判断できるのは、なんとも昔の文明の繰り返しを感じてしまう。
「へ〜。たしかに港にいる人みんな、変わった服着てるね。民族衣装ってやつかな?」
「マイリやアズライトの船員さんたちだって、ミラゾワの人たちから見たら変わった服だよ。きっとね」
「うーん、言われてみればそうだよね。遠いし、服とか建物とか全然別世界みたい。空気もなんだか違うな〜ってかんじ」
「……」
ソヘイルは、キョロキョロとあたりを見回していた。服装が違うだけではない。ソヘイルと同じように、皆見ただけでどこかしらに動物の耳や目や鼻や、足や手をしている。各々がそれを恥じず、当たり前に隠さずに歩き、暮らしていた。ずっと洞窟の中で化け物と言われて暮らしてきたソヘイルの目には、その光景は誰よりも衝撃的に映っただろう。
「アシュレイ様、エドウィン殿下の後ろから入城します。マイリとソヘイルは、兵の誘導に従って客間に移動して共に待機していてください。」
「は、はい!行こうソヘイル」
「ああ。……では、失礼します」
「マイリを頼みます」
アシュレイは王族ではないが、王族の次の立場の家なので、挨拶には顔を出しておかなければならないのである。礼儀としてと、来客者としての存在を認識しておいてもらうために。なにしろ、この国は未だほとんど未知の国。どんなことが起こるかは、まだわからないのだ。
エドウィンは船で話した時とは別人のようにキリッとした表情をしており、姿勢良くミラゾワ王の待つ玉座の間へと足を踏み入れた。アシュレイも姿勢よく、後に続く。アルドヘルムはアシュレイの半歩後ろを、静かに歩いた。玉座の前にエドウィンが片膝をつく。アシュレイとアルドヘルムは、その3メートルほど後ろで止まった。アシュレイが玉座を見上げると、国の文化なのか国王はベールのついた帽子のようなものを被っており顔が分からなかった。
通訳が前に出ようとするのを、エドウィンは片手で静止する。どうするんだろうか?とアシュレイがエドウィンの背中を見ていると、エドウィンは美しい笑顔でミラゾワの言葉を喋りはじめた。
『私はアズライト帝国第3王子エドウィンです。本日は、我がアズライト帝国と貴国との貿易についての交渉がしたく参りました。お目にかかれて光栄です、ミラゾワ国王陛下。』
王の間にずらりと並ぶミラゾワ兵や、王侯貴族たちが「おお!」と感心したような声をあげる。ザワザワと少しの間騒がしくなったが、どうやらエドウィンの挨拶は上手くいったらしい。ミラゾワ王が立ち上がった。ゆっくりと頭の帽子を取ると、そこに居たのは褐色の肌に美しい顔立ちのエキゾチックな美青年であった。王様、というとアシュレイはアズライトの王のような年寄りを想像していたのだが、年齢からいえばアルドヘルムと同じくらいか、少し年上程度に見える。そして、髪は白く、耳はキツネのように頭の上にぴょこんと2つ出ていて、癖っ毛なのか全体的にもこもこしている。
ミラゾワ国王は跪くエドウィンの前に立ち、手を差し出した。
『私はミラゾワ王国国王、ミラゾワ=アードル=ムスタファ2世だ。王子自ら我が国の言葉を覚えてくる誠意に感心した。ゆっくりと滞在されると良い』
長い名前だけど、王族って基本そんなものなのかもなあとアシュレイは思う。アズライトの王族の名前が国と名前だけだから長いと思うのかもしれない。国の名前が先頭に来るのかあ、どこの国の由来なんだろう…とアシュレイは考えかけたが、それよりもだ。
(おかしい……私は、この人の言葉が分かるわけがないのに、一言一句、意味がわからないはずの言葉が理解できる……!)
そう、それはおかしなことだった。他のミラゾワ国民や周囲の貴族の言葉は理解できないのに、ムスタファの言葉だけはキッチリとなぜだか理解できた。アシュレイが驚いた顔でミラゾワ王を見ていると、ミラゾワ王が意味ありげにアシュレイを見返して笑みを浮かべる。
『私は今年で450歳になる。ここ十数年、若い他国の王子と話す機会も少なかったのでな。話したいことが沢山あるんだ。しかし今日は疲れただろう?ゆっくり休んでくれ』
『……あ、ありがとうございます』
エドウィンがミラゾワ王の言葉に返事をする。アシュレイは再び信じられないような顔でミラゾワ王を見た。450歳。それが本当なのであれば確実に、この国王は半神なのではないのか?
「今年で450歳だと申されました」
通訳がエドウィンに青い顔で囁く。言葉の意味は理解できていたエドウィンは、少し躊躇ったがすぐに真面目な顔に戻った。
「多分からかわれているんだろう、早く行くぞ」
「は、はい!」
『それでは下がらせていただきますね。失礼致します。』
エドウィンが下がる時に、アシュレイも後に続いて静かにここから出る算段だったのだが。
『待て。そこの黒髪の半神2人。ここに残れ』
半神という聞きなれない言葉に、通訳たちも顔を見合わせて困惑顔をする。アシュレイは、この場にいる黒髪の人間は自分とミサキしかいないことから確実に何やら「バレている」と察して、真っ青になった。
アシュレイが慌てて通訳として前にいたミサキを見ると、少し不快そうな表情をしてから、右手と左手を大きく打ち合わせた。玉座の間に、手を叩く大きな音が響き渡る。アシュレイはびっくりしたが、アシュレイ達以外の人間たちが黙って、ぼんやりしたような顔のまま部屋から軒並み出て行ってしまう。アルドヘルムですら黙って背を向けて部屋から出て行った。
「催眠だ。一時間で解ける。そこの狐と話をする時間だ」
「じゃあ、やっぱりこの人……」
『やはりな。私は見れば分かる。お前たちは、人間じゃないだろう?』
ミラゾワ国王のいたずらっぽい微笑みに、アシュレイはミサキの服の後ろの裾をガシッと右手で握りしめて、冷や汗をかくのだった。




