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お嬢様は神様です!  作者: 明日葉充
海外遠征編開始編
101/135

執事さんは恋をしている

彼女は愛想がないんだ、本当は、基本的には。知り合いの何人かにも、アシュレイは他人に無関心な人間だと言われたことがあった。なんでも、張り付けたような笑顔が胡散臭いんだとか。私と彼女のことを知らないからこそそんなことを言うんだし、全く気にしてはいないが。


はじめて会った時は、ほとんどいつも、見とれるような綺麗な笑顔だった。仲が深まるにつれ、その笑顔は仲の良くない他人に向けられるものだったのだと気づかされる。偽物の笑顔、誤魔化すための、壁を作るための牽制の笑顔。心を表沙汰にして接する気がないからこそ、彼女は自分への無礼に怒らない。興味がないから怒らず、笑顔のままだったのだ。だがそれは同時に、相手と仲互いする気がないという心のあらわれ。彼女はちっとも悪くないのだ。


彼女が私に照れたような顔をするのも、怒った顔をするのも、迷惑そうな顔ですら「私が相手だから見られる顔だ」と思うと嬉しいと思ってしまう。彼女にとって確かに私が特別な存在なのだといつも感じていたかった。それが次第に彼女の負担になっていることは、少し感じていた。


何度も彼女の言動に一喜一憂して、情けなくって格好が悪くても、私は心を止めずにいられない。


不安だった。アシュレイはいつも冷静だったからだ。私はいつも彼女の心が離れないか心配なのに、彼女はちっとも心配していない。いや、心配させるような言動をとる気は全くないのだが。ともかく彼女は必死な20歳の私よりずっと大人で、16歳の女の子にこんなに執着している自分がかっこ悪いということも分かっていた。


分かっているのに、彼女が少し素っ気なかったり他の男と居ると不安になる。


いつ私の元から離れて行ってしまうのか不安になる。それほどまでに彼女に恋い焦がれている。私は正直、自分に自信が無い。相手がアシュレイでなければ多少の自信はあったかもしれないが、自分は4歳年上。彼女には毎日顔を合わせる同年代の少年たちもたくさんいるだろう。彼女は容姿も整っていて、公爵家の娘とあれば寄ってくる男もきっといる。大人数に言い寄られて、私を最後に選んでもらえるかなんて分かりようもない。


不安だった。


だから彼女に言った。


「もし、私のことを本当は何とも思っていないのでしたら。アシュレイ様、私はただの執事に戻ります。あなたに嫌な思いをさせるために、あなたを好きになったんじゃありませんから。迷惑でしたか……なんて聞くのは卑怯ですね」


本当に卑怯だ。彼女に見放されるのは恐ろしいのに、ずっとモヤモヤとした心情を抱えたまま近くでただ見守るのも苦しいのだ。だからまだ年若い彼女に、そんなことを言ってしまった。明確な答えがほしかった。自分を選んでくれるという約束がほしかった。


アシュレイが迷いなく私に好意を持っていると言ってくれるようになったのは、確か洞窟の事件の後からだ。私が何時間も湖の底の彼女を探していたのだと、周りの人間から聞いているだろう。確かに、今思えば冬の湖に何度も潜って彼女を探していた私は異常でさえあった。沈んだのがアシュレイでなければ、私はきっと「死んでしまっただろう」と諦めていたと思う。


自分以外の人間が同じことをやっていれば、頭がおかしいと思うかもしれない。それでも、私はまた同じことになれば同じように、彼女を探して湖に沈み続けるに違いない。アシュレイはそれを知ったから私を選んだのではないか?


アシュレイは、アシュレイ様は優しい人間だから。正しく、自分より他人を優先する人間だから。私のことを愛しているのではなく、ただ私が彼女に極度な執着を持っているから選んでくれただけなのではないか。


以前アシュレイがまだ私に好意を告げずに、私の求婚を冗談めかしたり迷惑そうにしたりしてごまかしていた頃は、全くそんなことは考えていなかった。彼女は15歳の、ちょっと変わった若い公爵令嬢。いつからこんなにも私の心は膨らんでいったのだろうか。


今はもう、彼女と出会って1年すら経っていないことが信じられない。


なぜだか私は、彼女をもっともっと、もっと昔から知っている気さえした。彼女を誰より理解しているのは自分だと、勝手に思うようになっていた。


「あなた以外の選択肢はないんですよ、アルドヘルム。愛しているからそんな情けない顔はやめてください」


それでも、それらの私の悩みも全て吹き飛ばすほどにアシュレイの言葉は眩しかった。彼女がどんな理由で私を選んだとしても、私を愛していると言い、私を選ぶと誓ってくれた。アシュレイは、こういう嘘はつかないのだとよく知っている。


苦しくて、嬉しくて、泣きそうだった。


彼女の目の奥に嘘がなくて、安心できた。


昔は自分に自信があったはずなのに、アシュレイと共にいようとするとどんどん情けない男になってしまう。とても正気でいられない。きっと、これが恋の病というものなのだろう。


陶酔でも執着でも性欲でもなく。

私は、確かに彼女を愛していた。





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