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狼に育てられた少年編 1

 稲妻が轟く、雨が穿つ、炎が舞い上がる。はっきりと自分、という存在が知覚されたとき、五感全てが危険を訴えていた。何がきっかけだったのか、急に自我が芽生えた。


 自分の体を見回したとき、まず大きさに驚く。前世?の体より数十倍も大きい。しかも丸みを帯びた手を鑑みるに、これはまだ幼い子供の体だとわかる。つまり打ち出の小槌が願いを叶えてくれたとわかる。


 いや、そんなことより目の前の危機だ。まだ若い色をした艶やかな緑と不規則に立ち昇る炎のコントラストが鮮やかだ。雨が降っているというのに炎に照らされているため辺りは明るく異様な雰囲気に包まれている。山火事。嵐によってもたらされた雷が森に炎を起こした。

 強い雨に打たれ全身がびしょ濡れのため、炎に舐められる程度では火傷しないが、煙や倒木などの危険がある。逃げねば。とは言っても帰る家など無いことは薄々察してはいる。何故なら今の格好は文化的なそれでは無いからだ。腰に大きなシダ植物の葉を巻きつけている。それだけだ。恐らくこの山で自給自足の生活を送っていたのだろう。不明瞭ではあるが今までの記憶も少しずつ蘇ってくる。


 その時、意識の不意をついて声が飛んでくる。


「早く来い!」


 反射的に声のする方に向くと、狼。人間は見つからない。確かに早く来い、と言われ…てない!錯覚だ、早く来いではなく「がう!」と吠えられただけだ。


「なにやってんだ、置いてくぞ!(がるる、がう!)」


 吠えられただけなのに、ざっくりとした意味が伝わってくる。これはなんだ、狼の言う通りについて行けばいいのか。いや意味が伝わってくるのがおかしい。とにかくこの場にいるのは危険なので狼に言われた通り走り出す。


「ようやく動いたか、煙に炙られて燻製になっちまったのかと思ったぜ」


 そんな陽気に冗談を言われても…しかしこんな細かいニュアンスまで伝わって来るのは異常だ。


「俺たちの家族がバラバラになっちまっててな、見つかっていないのがあと3匹、リンとジョークとドーマを俺たちで探すぞ!」


 俺たち、ということは俺も家族のメンバーに数えられてるな…リンは俺の妹分で、ジョークは同い年の従兄弟、ドーマは年上の従兄弟だということが思い出される。で、前を走るこの狼は俺の父親だ、もちろん育ての親だが。名前はドウカンといった。ああ、少しずつだが多くの情報を思い出すことができる。どうやら俺は今まで狼に育てられてきたらしい。だから狼の鳴き声から意味が推測出来るのだろう。言語習得力が最も高い幼少期に狼語(?)で常に話しかけられたら覚えてしまうのかもしれない。こんな状況でなければゆっくり頭の中を整理したいが。にしてもこのままだとどんどん話が進んでしまう。何故だかわからないが意味が伝わって来る今、こちらも吠えれば意思が伝わるのではないか。


「がう、がう〜?(家族は何処に避難している?)」

「は?タロウはこんなときに何を言っているんだ?花畑でごろごろしたいだと?現実逃避もいい加減にしてくれ、まだ探していない、山の麓の結び石に向かうぞ。そこが俺たち家族の第3の集合場所だ。お前もそろそろ覚えてくれ。」


……まるで伝わらなかった。どころか変な意味で訳されてしまった。俺たち人間が猫に、にゃーんとか言って気を引こうとしてる時、猫はその鳴き声からどんな意味を読み取っていたのだろうか……


そんなことはどうでもいい。前は一寸法師と呼ばれていたが、今回の人生では太郎という名前を付けられたようだ。この狼、ドウカンに付けられただけか、俺の本当の名前なのかはわからない。


そしてどうやら結び石に向かうらしい。結び石というのは確か巨石にしめ縄が巻いてある物のことだ。昔は地元での信仰を集めていたのだろうがすっかり寂れてしまっていた。ただ森の中において特徴的なそれは、集合場所としてぴったりである。


 体勢を低くし倒木に注意しながら、ぐずぐずになった地面を駆け抜けてゆく。この豪雨の中、如何にイヌ科の狼といえども匂いも音も感知することは難しい。だから3匹が居そうな場所を網羅的に探すしかない。移動中もドウカンは時々、雄叫びを上げてリン達に呼びかけていたが返答はなかった。


 ふと、気付く。自分が4足歩行で走っていることに。


 水をたっぷり含んだ地面に胸から着陸する。


「痛て!」


 4足歩行で走っていると意識した瞬間、次にどの足を出せばいいのかわからなくなってしまった。


「ははは!久し振りだなタロウが転ぶのも。ほら、立てるか?」


狼は足を止め振り返って言う。


ああ、そうだ、俺はこの人に走り方から狩りの仕方など森での生活に欠かせないことをたくさん教わったんだ。


改めて4本足で立ち、軽く飛び体を浮かせる。着地し足が曲がり重心が下がる。その瞬間地面を蹴る。狩りのテクニックとして、初速を上げる方法を教わっていた。低い姿勢を維持したまま、地面を強く、しかしなるべく接地している時間を短くするように足を運んでいく。


「いやあ、ついこの間まではいはいしていたのに、走るのが上手くなったな」


そんな軽口を叩かれながら、結び石目がけて走り出す。


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