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2:淫魔、奉仕す その4

「ここでいいのか?」


 校舎裏の、他からは視線の届かない場所で男子生徒が、一緒にやって来たエロイーズに尋ねた。


「どこでもええよ、ジェイク」


 軽く応じるエロイーズ。


「気持ちよくしてくれるんだろ?」

「そや。夢見心地になるで」


 エロイーズはジェイクと呼んだ男子生徒の手を取って、自分の胸に当てた。


「がっついたらあかん。ゆっくりな?」


 真っ赤な顔をして、たっぷりとした胸を揉もうとするジェイクをエロイーズは余裕の表情で押しとどめ、ペロリと舌の先で唇をなめる。


「な、なぁ、俺、もう――」


 ジェイクが鼻息も荒くエロイーズを壁に押しつけた。両手でたっぷりした胸を揉みしだき、首筋に顔を近づける。

 エロイーズは半開きにした唇から熱い吐息をこぼし、相手の耳に舌を這わせた。ジェイクが快感の呻きを漏らす。


「あなたの精気をちょうだい」


 エロイーズがジェイクの耳元で甘くささやいた時、


「おい」


 状況をまったく考慮しない無粋な声が割り込んできた。

 慌てたのはジェイクだった。


「な、なんだよ、おまえ!? 俺の方が先だからな!」

「おまえになど用はない。失せろ」


 にべもない声で応じたのが自分より体格的に劣る少年だと知って、ジェイクはエロイーズから離れ、威圧的に胸を突きだしてにらんだ。他の生徒はだいたいこれで逃げ腰になる。が、股間の盛り上がりがなんとも格好悪い。


「なんだと? もう一回言ってみろ!」

「邪魔をするなと言っているのだ」

「ふざけんな!」


 ジェイクが固めた拳を振りかぶった。一発かましてやれば泣いて謝る。が、少年はひるむ様子もなかった。


「いい根性だが、後悔すんなよ!」


 ジェイクは躊躇なく拳を振り抜いた。頬を右から左に打ち下ろす。顔をのけ反らせて半回転して倒れる。アゴがガタガタになって腫れ上がって数日は切れた口の中が痛くて食事も出来ない。そんな結果が待っている。

 ――はずだった。


「なんだ、それは?」


 少年は平然と聞き返した。


「おい、手を怪我しているぞ」


 ズキンと痛みが走って、ジェイクは自分の拳を見て悲鳴を上げた。拳は白い骨が見えるほど皮膚がめくれ上がり、血が流れていた。

 ヒイヒイと引きつった声を上げるジェイクが逃げていくのをしり目に、少年――アンザークはエロイーズに視線を向ける。


「顔を貸してもらうぞ」

「ひっ!?」


 殺されそうな悲鳴を喉の奥で押し殺し、エロイーズは屠殺場に引き連れて行かれる牛のように黙ってアンザークの後をついていった。


「オレのことを知っているようだな」


 人の目が届きそうもない倉庫の裏まで来ると、アンザークが振り返った。


「……やっぱり、魔王……様なんや」


 エロイーズが血の気のなくなった顔でつぶやくと、アンザークはその口を手のひらで押さえた。


「その名前で呼ぶな」

「他の呼び方知らんし……」

「アンザークだ」

「へ?」

「アンザークという名前をもらった」

「誰に?」

「ジークリットだ」

「って生徒会長? 人間に名前もろたん?」

「いかんか?」

「別に問題ないと思うけど、変わった魔王やな思て」

「どうして、オレが魔王だとわかった?」

「そんなん、顔にでかでかと書いたあるし、『魔・王』て」

「なんだと?」


 アンザークは思わず両手で顔をごしごしとこすった。


「そんなんで落ちるかいな。魔法や。知らんかったんか?」

「知らん。自分の顔など見ないからな。どうして人間は気づかんのだ?」

「魔族とちゃうからと違うか? 人間はほとんど魔力持ってへんし」

「……そうか」


 アンザークは納得すると、腕を組んで唸った。


「どうりで魔族どもはオレを見ると初めてなのになにも言わずとも魔王と呼ぶはずだな」


 そして、エロイーズを見る。


「で、魔族なんだな、貴様?」

「……サキュバスや」


 エロイーズはうつむいて恥ずかしそうな顔をした。


「どうしてここにいる? オレはそんな命令を出した覚えがないぞ」

「野良魔族なんや」

「野良?」

「ずっとこっちで生きてきたんや。父ちゃんも母ちゃんもずっと」

「ほう、そういうヤツもいるのか」

「追い出されたり、魔界にいられなくなったりするのもいるんや」

「居心地が悪いのは問題だな。そのうち、爺に改善策を考えてもらうか」


 アンザークはそうつぶやくと、エロイーズに向き直った。


「で、本題だ」


 ゴクリとエロイーズはツバを飲み込むと、勢い込んで叫ぶ。


「堪忍や! ウチはこっちやないと――」

「すまんが、黙っててくれ!」


 エロイーズを上回る勢いで頭を下げたのはアンザークの方だった。


「は?」


 エロイーズはぽかんと口を開けている。


「魔界には黙って出てきたのだ。バレると色々問題がある」

「魔王が黙って魔界を出てきたて、追放されたんか?」

「いや、ドッペルくんを身代わりに置いてきた。日常の仕事は問題ないはずだ」

「ドッペル君て、ドッペルゲンガー?」

「そうだ。遊びに出る時はよく使うのだ」

「遊びてなにすんの? 魔王やし、ちょっと人間殺しにとか?」

「いや、魔界大図書館だ」

「え? なんで? おもろないやろ、そんなとこ」

「凄くおもしろいぞ。本がな、見上げるほど高くまでぎっしり詰まっているのだ。全部デザインが違うし、書いてあることが違う。魔術の法則だったり、薬の製法だったり、飯の話もある。飽きぬのだ」

「えらい変わった魔王はんやな……」


 エロイーズは感心したような呆れたような長々とため息を漏らした。それにもまして深刻なため息を漏らすアンザーク。


「ただ困ったことがあってな」

「なんやの?」

「魔族のことばかりで、人間のことが書いてある本が凄く少ないのだ。おかげで、リア充のことがわからなかった」

「はあ……」

「だから調べてオレもリア充になるのだ。でなければ、勇者にバカにされっぱなしになるからな」

「わかったようなわからんような話やけど……。まあ、黙っとくから、ほな!」


 手を振って爽やかに逃げようとしたエロイーズ。


「待て」


 アンザークの声にビクンと肩を震わせて動きを止める。


「な、なんやろ?」

「ひとつ提案がある」


 アンザークの笑った顔に、エロイーズは顔を引きつらせて泣きそうになった。


    ◇


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