2:淫魔、奉仕す その3
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昼休みが終わり、午後の授業は歴史だ。
人間の歴史がわかるとあって、アンザークは楽しそうに教室に向かうが、他の生徒たちは浮かない表情。
「いざ行かん! 知の深奥へ!」
意気揚々と小走りになったアンザークが廊下の角を曲がった途端、いきなり人影が飛び出してきた。
「なんだっ!?」
正面衝突で同時に尻もちをついたが、アンザークの方が早く飛び起きた。
「角を曲がる時は気をつけんか!」
「そっちも一緒やろ!」
そう言って起き上がったのは小柄な女の子。ひょいっと立ち上がった時、胸がたぷんと揺れた。
「だいたいな、廊下で走ったら――」
アンザークに指を突きつけて威勢よく言った途端、
「ひっ!? ひいっ!?」
おかしな声を上げて息を飲んだ。
「ごごごごめんやでっ!」
女の子は猛獣に出くわしたように身を翻して駆け去った。
「あれは何者だ?」
アンザークは猛獣のように後を追いかけるどころかポカンとしてグラッドに訊く。
「エロイーズのことか? ちょっと変わってるヤツなんだ」
「そんなこと言ったらダメでしょ」
ジークリットが優等生らしく注意をする。
「だって、あいつ、いつもひとりだし、そのくせ、男には人気なんだよな」
「グラッドも好みなんでしょ?」
「お、俺はあんなのたいして好みじゃないさ! ただ……」
「ただ?」
「なんか近くにいると目が引き寄せられるんだよな」
「……男だもんね」
フランツが苦笑いを浮かべながら同意すると、ジークリットが呆れた顔をする。
「そんなことばっかり考えてるんでしょ?」
「ま、男ってそんなもんよね~」
アーニャがニヤニヤ笑いを浮かべて割り込んできた。
「そんなんじゃないぞ! あいつは特別だ!」
ほとんど反射的に否定しようとして、グラッドが声を上げた。
「大胆な告白ね~。面と向かって言った方がいいと思うけどね」
「そうじゃねぇ!」
アーニャの突っ込みに真っ赤な顔でグラッドが言い返す。
「自爆しちゃったね」とフランツは肩をすくめた。
「アンザークも、ああいう女の子が好きなの?」とジークリット。
「うむ、気になるな」
「……やっぱり、そうなんだ」
ジークリットは自分の胸を見下ろした。エロイーズに比べると半分くらい? 小さくはないと思うんだけど。
そんなもやもやを抱くジークリットにはまったく気づかないまま、アンザークは授業に挑んだ。
◇
「なるほどな、宗教というものがようやく理解出来たぞ!」
おもしろくもない歴史、しかも宗教関係の歴史講義にうんざり顔のグラッドたちとは対照的に、アンザークは興奮した声を上げていた。
「そんなにおもしろかった?」
ジークリットが首を傾げる。正直なところ退屈な授業だと思っていたからだ。
「ああ! どうして人間は死ぬ時に神がどうしたとか叫ぶのかと不思議でならなかった。その謎が解けたぞ。わからないというのは気持ちが悪いからな」
知り合いの誰かが敬虔な信者だったんだろうと、ジークリットは想像した。つまり、その人も死んでしまったということだ。廃墟となった公園でたたずんでいたのは、それと関係があるんだろうか?
グラッドがアクビをしながら訊く。
「おまえは違うのか?」
「オレはオレ自身が一番だからな。部下の連中もオレのために戦って、オレの顔見て満足して死んでいくし。まあ、オレがその神みたいなもんだ」
「ギャングのボスかよ。ウソくせえ」
さすがに神への不敬が過ぎると、ジークリットが注意しようとしたその時、急にアンザークが窓の外を見て立ち止まった。
「お!? そうだ、ちょっと用を思い出したぞ。先に行ってくれ」
それだけ言うと、駆け出す。
「え? ちょっとアンザーク? どこ行くの?」
ジークリットの問いは素早いアンザークには届かなかった。
昨日入学したばかりのアンザークになんの用事があるあるんだろう。
不思議に思ったジークリットはアンザークが寸前に見ていた窓の外に目を向けた。
校舎の下を急ぎ足で歩くエロイーズの姿が目に入った。
どういうこと?
ジークリットの胸にもやもやと複雑な気持ちがわき上がった。
◇