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2:淫魔、奉仕す その2

「リア充になるために学校に入った。よろしくな」


 アンザークが教師に促されて自己紹介代わりに言うと、居並んだクラスメイトたちはポカンとした顔をし、次に爆笑した。

 バカにされたのに気づかないアンザークは歓迎されたと満足そうにうなずいた。


「席はそこの真ん中に座りなさい」


 こめかみにシワを寄せた教師は内心面倒が起こらなければいいなと思いながら、空いた席を示す。

 アンザークはふたつ離れた席にジークリットの姿を見つけ、隣の席に座る男子生徒に声をかけた。


「オレはそこがいいな」


 ぽかんと口を開けてアンザークを見る男子生徒。


「聞こえなかったのか?」


 ジークリットが咳払いした。


「アンザークくん、先生が指示したところに座って」

「仕方ない」


 アンザークが背を向けようとすると、男子生徒はからかい声を上げた。


「生徒会長には歯向かえないんだな」

「なんだと?」


 振り返ったアンザークが静かににらむと、男子生徒はヒッと息を飲んで真っ青な顔になってうつむいてしまった。

 自分の机に歩み寄ったアンザークは興味深そうに手で触ったり、屈み込んで構造を見たりして机とイスを確かめた。


「机というのはこんなちっこいのか?」

「みんな同じだ」


 教師の答えに首をひねりながら、アンザークはイスに腰掛けた。


「そうなのか。オレの机は寮のベッドよりでかかったからな。座り心地も悪い」

「座り心地がよかったら寝ちゃうでしょ」とふたつ向こうからジークリットがささやく。

「そうか。学業とは苦しむことなのだな」


 アンザークはしかつめらしい顔をして、うんうんと納得した。


「けっ! 目立ちたがりのほら吹きかよ!」


 どこかから聞こえよがしの声が上がった。

 最後列窓際に陣取る、ひときわ体格のいい少年である。すぐにそれに呼応するように数人が追随する。


「なんだか臭いぞ」

「貧乏人が入ってきたのか」


 クスクス笑い声がする中、ジークリットが声を上げた。


「マーカス、授業中は静か――」


 その声を遮るように、アンザークが不思議そうな顔で尋ねた。


「貧乏とはどういうことだ?」


 明らかに予想外の問いにマーカスはうろたえていた。いつもなら言い返してくるヤツなど今までいなかったのだ。


「……もちろん、金のないヤツのことさ」

「その金とは物を買う時に使う金属か?」


 ますます戸惑った声になるマーカス。


「お、おまえ、金も知らないのかよ」

「そうだな。金はなかったな。代わりに宝石やら金塊なら結構あったと思うぞ」

「金もないヤツが宝石持ってるって? ありえねーよ」


 バカにしまくった様子で肩をすくめる。それで勘弁してやるというように、ヘッと鼻で笑った。


「授業を始めるぞ」


 教師はなにごともなかったようにやる気のない声を上げた。


    ◇


「アンザークくん」

 昼休みになって、全員食堂へ移動した。そこでアンザークに声をかけたのは、


「おまえはマッシュポテトをくれたヤツだな」

「フランツっていうんだ。こっちはグラッド」


 苦笑しながらフランツは隣りに立つ長身の少年を示した。


「こっちいいかな?」


 アンザークの隣の席を示す。


「オレのイスじゃないからな」


 それを了解と受け取って、フランツはアンザークの隣りに座った。その隣りにグラッドが足を組んで斜めに座る。


「マーカスには気をつけた方がいいよ」とフランツは声を潜めて言う。

「誰だ、そいつは?」

「最初にお金がないとか言ってバカにしてきたでしょ?」

「ああ、あいつか。金がないのは本当だからな。それより、それがなんで問題なのだ?」

「金持ちの貴族の子供でグループを作って、それ以外のボクらを見下して嫌がらせをしてくるんだ」

「なるほど、派閥争いというヤツだな。オレの言うことは聞きたくないとか、そういうヤツがいたな」

「前の学校?」

「いや、オレの国だ」

「またふかしてやがんな」


 グラッドが横を向いてケッと小声で吐き捨てる。フランツはグラッドの脇腹を肘で突き、小声でささやく。


「彼のテリトリーのことだよ、きっと。戦災孤児のリーダーだったのかも」

「なんだ?」


 アンザークが訊くと、フランツは慌てて応じた。


「なんでもないよ。で、どうしたの?」

「オレの命令を聞けんなどというヤツには出ていってもらった」

「強権発動だね」

「表立って反抗するヤツはまだいい。裏でコソコソ悪口を言うヤツは見つけ次第、消すしかないな」

「け、消しちゃうんだ」

「例え話だろ、バカバカしい」


 グラッドはバカにした声を上げると、アンザークに向かって身を乗り出した。

「で、どうすんだ?」

「どうとは?」

「マーカスにつくのか、オレたちにつくのかに決まってんだろ」

「オレはどっちにもつかんぞ。リア充になるために学校に入ったのだからな」

「だからリア充ってなんだよ?」

「知らんのか。やはり、おまえたちでは難しいのだろうな」

「じゃあ、おまえがそのリア充になるのをマーカスが邪魔するとなったらどうすんだ?」

「邪魔だと?」

「あいつらは気にくわないヤツを学校にいられなくするんだ」

「それは許せんな。おまえたちは違うのか?」

「ボクらは仲間を増やさないといけないからね」

「なるほど。だったら、もうひとり仲間に加えてくれ」

「え? もう誰か友だちができたの?」

「ああ、ちょうどあそこにいる。おい、ジークリット!」


 アンザークが声を上げると、周囲がザワッとした。アンザークの馴れ馴れしい呼び声に、ジークリットがすぐにやって来たからだ。


「って、ジークリット・フェルトバーン?」


 フランツが驚いた顔でアンザークを凝視する。


「お貴族様ど真ん中じゃねーかよ」


 グラッドは思いっきり顔をしかめた。


「マーカスの仲間なのか?」

「そういうわけじゃないけどさ……」

「であれば問題ないだろう」


 困った顔をするフランツに、アンザークは大したことはないと言い放つ。


「どうしたの、アンザーク?」


 ジークリットがもめ事でもあったのかと心配顔をする。


「おまえもオレと一緒にこいつらの仲間になれ」

「生徒会長が特定の派閥と仲良くなるのはあんまり感心しないんだけど……」


 ジークリットが困った顔をする。が、アンザークは首を振る。


「派閥に入れというのではないぞ」

「え?」


 不思議そうに訊くジークリット。


「おまえも貴族なのであろう。だから、おまえが一緒にいれば他の貴族も表立ってはなにもできないだろう。友だちなら一緒にいてもおかしくはない」

「ダメだろ。お貴族様がそんなことするわきゃない」とグラッド。

「ん、まあ、友だちくらいなら……」

「いいのかよ!?」


 グラッドの突っ込み。


「それじゃ、あたしも入れてよね」


 いつの間にかやって来て話を聞いていたアーニャが手を上げる。


「アーニャもかよ」

「なによ? こんなかわいい娘が友だちになってやろうっていってるのに不満なわけ?」

「しょうがねぇな」

「なんか、考えてたのと違うんだけど……」


 フランツは微妙な顔でつぶやき、グラッドは苦虫をかみつぶしたような顔をした。

 そんな中、ひとりアンザークだけは上機嫌でパンにかじりついた。

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