1:魔王、入学す その4(終わり)
魔王はジークリットに連れられて学園に
ジークリットはアンザークを連れて街の東に向かった。半島からは離れた丘の上だ。
再建中の中心部や繁華街から離れると、大きな民家が多い。あまり破壊された形跡はない。
「この辺りは八〇年くらい魔族の攻撃の影響を受けてなかったから大きな建物も無事なのよ。学校の建物は貴族の城だったんだけど」
「その貴族はどうした?」
「戦争で跡継ぎがいなくなって途絶えたって」
「人間はもろいからな」
アンザークは感情を表さずにつぶやいた。やっぱり、近い人が何人も死んでるからかなとジークリットは感じた。
「最後の魔王の攻撃もこの辺りまでは飛んでこなかったから、被害は街よりは少ないんだけどね」
「そうなのか……」
アンザークが顔を伏せてつぶやくのを見て、ジークリットは悲しんでくれてるのかなと思った。
「わたし、小さい頃にこの辺りに住んでたんだけど、火炎弾がすぐ近くの家に落ちたことがあるのよ。でも、ほら、元気だし」
務めて明るい口調で話しかける。
「そ、そうか。よかったな」
アンザークは強ばった笑みを浮かべた。
「あそこに井戸に火炎弾が落ちたの。そしたら水が沸騰して噴水みたいに噴き上がって、その日は温泉気分だったな。その家のおじさんは火傷して亡くなっちゃったけど」
アンザークの表情がピクッと動く。
「あっちの山の形がえぐれてるでしょ? あそこには大きな岩があったんだけど、魔王の雷撃が命中して麓に転がり落ちてきたの。通り道の博物館がぺしゃんこになったって」
アンザークの眉がまたピクリと引きつる。
そうやって街を案内しながら歩き続けると、丘の上にたどり着いた。
「ここが王立学園ボーダータウン分校。正面が校舎で――」
「そうか! ここでオレのリア充化が進行するのだな!!」
説明が始まるのも待てなかったのか、猛然と校舎に突っ込んでいこうとするアンザーク。ジークリットは慌てて襟首を捕まえた。
「今は授業やってないから!」
「なんだと!?」
驚愕の表情で振り向くアンザークに、ジークリットは思わず吹き出しそうになった。
「授業は朝から夕方までよ」
「夜はないのか?」
「さすがにどれだけ勉強が好きでも一日中じゃ死んじゃうわ」
「オレは一週間くらいなら寝なくても平気だぞ」
当然のように答えるアンザークを見て、ジークリットは思わず膝をついて抱きしめた。
「どうした?」
「もう無理しなくてもいいからね」
寝ずに働かされていたんだろう。そう思うと、可愛そうでならない。数年前の自分はのうのうと安全なところでなに不自由のない生活を送っていたのだ。同じくらいの年なのに、この違いは不公平だ。
「いや、無理はしていないぞ」
きょとんとした顔が逆にジークリットの胸を締め付ける。
「ええっと、今日は寮に案内するね。学校は明日改めて」
バツが悪くなったジークリットはアンザークを抱きしめていた腕を慌てて離し、立ち上がった。
と、その時――
「ジーク!」
弾んだ声がして、タッタッタッと小走りの足音が聞こえた。
今の見られてたかなと思いながら、ジークリットは振り向く。フランソワと同じく同級生のアーニャ。タイプは全然違うけど、仲のいい友だちのひとりだ。
「あ、ジークの彼氏? 邪魔しちゃったかな?」
思いっきり見られて勘違いされてる。ジークリットは思いっきり否定した。
「違うから! 新しく入学したアンザークくんです」
「へえ、捕まえた子を入学させて囲って楽園を作る計画だね!」
「だから!」
拳を振り上げるジークリットをするりとかわして、アーニャはアンザークの前に立つ。ふたりの身長はほとんど変わらない。
「よろしくね。あたし、アーニャ」
「おう」
アンザークは自分から手を差し出した。驚いたのはアーニャの方だ。
「へえ、あんたとは上手くつきあえそう」
アーニャがアンザークと握手を交わすのをジークリットは意外そうに見つめた。
「アンザークくんを寮に案内するから、用があるなら戻ってからね」
「了解了解。お邪魔虫は退散しまーす」
「だから、違うから!」
ジークリットは頬を膨らませてアーニャをにらむ。アーニャは笑いながら寮に駆け去った。
「え~っと、それじゃ、こっちね」
アーニャが去った方向とは逆に向かう。
「あいつはなぜ驚いてたのだ?」
アンザークの問いにジークリットは少し考えた。貴族が庶民に対する差別的な感情を抱いていることをどう説明しようか迷ったのだ。
「アーニャは女の子だし、貴族じゃないから、男の子の方から握手するのは珍しいからじゃないかな」
「そうなのか。面倒な話だな」
アンザークはふうんと軽く受け流した。
身分なんてものを全然意識してないんだと、ジークリットは気づいた。どうやったらそんな風に育つんだろうと不思議に思える。同時にうらやましくもあった。面倒なことになる可能性もあるけど。
寮は学園校舎に向かって左側にある二階建ての建物だった。元は貴族の屋敷だったので、一部にステンドグラスはめ込まれていたり、豪華な印象はある。ジークリットとしては派手すぎてあまり好みではないのだが。
「ほう。なかなか小洒落た家ではないか」
アンザークは満足そうに見上げる。
「小洒落たというか、かなり大きくて豪華な造りなんだけどね」
玄関に入ると、老年の寮長が待ち受けていた。いかにも叩き上げの兵士が引退したといった風貌に、頬や額に傷が走る。
「こちらが寮長のマスターソンさん。新入生のアンザークくんです」
ジークリットが紹介した途端、マスターソンは目を凝らしてアンザークを凝視した。
「む? むむっ?」
「どうされま――」
様子がおかしいと訊いたジークリットは予想外に素早いマスターソンに割って入られた。左腕でガードされ、アンザークから遠ざけられる。
「こちらにおいでくだされ、姫様! おのれ、魔王め!」
マスターソンは腰に手を伸ばした。が、手はスカッと空振り。あるはずの長剣は鞘さえない。
「なんだとっ!?」
一方のアンザークは大げさなほど驚愕した。
「なにを言ってるんですか! わたしは姫様じゃありませんし、アンザークくんは魔王なんかじゃありません。新入生です!」
ジークリットがマスターソンに向かって声を張り上げた。
「て、これは失礼。かつての仇敵にオーラが似ておりまして……」
「焦ったぞ」
ずっと落ち着いた様子だったアンザークもさすがに驚いた顔をしている。
「まったくもう。寮長さんの仇敵が魔王なわけないじゃないですか。アンザークくんも寮長さんにつきあわなくてもいいの!」
呆れるジークリットは学園長からの入学許可証を手渡した。
「確かに渡しましたよ」
「承りました。部屋は二階の端が空いてます。後はこちらに任せていただきます」
「よろしくお願いします」
マスターソンに頭を下げると、ジークリットはアンザークに微笑みかける。
「それじゃ、アンザーク。明日、学校で会いましょ」
「おまえはどこに住んでいるのだ?」
「校舎の反対側にある女子寮よ」
「男子は出入禁止です。仇敵でなくとも容赦はしませんぞ」
マスターソンがジロリとにらんで釘を差す。
「それじゃ。ちゃんとご飯も食べて、ゆっくり休んでね」
ジークリットはそう言い残して、女子寮へ戻っていった。
「あ、彼氏は置いてきたんだ?」
玄関を抜けてすぐのサロンに入るなり、アーニャからからかいの声が飛んできた。
「え? 彼氏? なにそれ? 誰?」
その場にいた数人が興味津々の顔をする。みんな食いつきがよすぎる。
「お堅いジークがついに男に目覚めたのかーって、みんな感動してんのよ」
「だから、そんなんじゃないって! 街で声をかけただけだから!」
「それってナンパだよね?」
「違うの!」
頬を膨らませ、ジークリットは二階の自室に駆け上がった。
「ホントにもう……からかうネタが出来たからって、なんでアンザークとわたしがつきあうとかなんとかって話になるのよ」
自室のドアを閉め、ひとりきりになったところでつぶやく。
「そりゃまあ、アンザークって素直でかわいいけど、出逢ったばかりだし、わたしより背も低いし、年下でしょ」
制服を脱ぎ、ハンガーに掛けてシワを伸ばす。
「変な汗かいちゃった。ちょっと早いけど湯浴みしよっかな」
そう思ったが、浴場に行くと、またからかわれる。お湯で体をふくだけにしようかなと、バスタブに向かう。
女子寮の個室には小さなバスタブがあり、湯が出るシャワーがついている。浴場と同じ地下からくみ上げた温泉が各室に回されているのだ。火山地帯ならではの設備だ。
服を脱ぎ捨てるとジークリットはバスタブに入った。水が飛び跳ねないようにカーテンを閉め、蛇口をひねる。すぐにちょうどいい加減のお湯が噴き出してきた。
湯気が立ち上り、ジークリットの滑らかな肌を覆い隠す。自分ではもうちょっと胸が大きくてもいいかなと思うが、アーニャを始め友人からは『そんだけ揃ってて、胸もだなんて贅沢すぎ!』と非難囂々だった。そんなに揃ってるという自覚はないし、それどころか欠点だらけだと思っているのだが。
「あ! タオル出すの忘れてた」
さっそくうっかりに気づき、ジークリットはカーテンを開け、ベッドの脇にあるタンスまで水に濡れた裸のまま走ろうとする。
と、いきなり、左からアンザークの声がした。
「そこにいたのか。聞き忘れていたことがあったぞ」
目の前に現れたアンザークのあまりも堂々とした様子にジークリットは悲鳴を上げるタイミングを逃してしまった。
「な、なに、かしら?」
どこから入ったのかとか、そんな疑問は浮かんでくる余裕はなかった。硬直してしまって頭が働かない。
「さっきオレを両腕でつかんだだろ? あれはなんだ? もう一回やってくれ」
「ええっと、抱きしめるの? 今、ここで?」
「そうだ。確かめたい」
「確かめるって?」
「なんというか、今まで感じたことがない感覚だったのだ」
抱きしめられた経験がないから戸惑ったんだろう。ジークリットはそう思ったが、問題はそこではない。自分の格好が問題だった。
「えっと、それは、明日じゃダメ?」
「うむ、あの感覚を忘れないうちがいいぞ」
そう言うと、アンザークの方からジークリットに抱きついてきた。
「こうだな?」
「えっ……えっ……」
硬直を通り過ぎて石化してしまったジークリットは口をパクパクさせて意味のない声を上げるので精一杯。
「なんだか違うな」
アンザークは不満そうにな顔をすると、ジロジロとジークリットを見る。
「そうか、さっきは服を着てたな。それにずいぶん濡れてるな。なにをしていたのだ?」
「お風呂、だけど……」
「ふろ?」
アンザークはジークリットの胸越しにバスタブを見る。
「よし、オレも!」
服を脱ごうとするアンザーク。ジークリットは慌てて止める。
「男子寮にはもっと大きな温泉があるから!」
「なに? そうか!」
アンザークは弾かれたように開かれた窓に向かって駆け出した。
「ちょっと! ここ二階――」
アンザークは軽々と窓を跳び越えて消えた。後を追ったジークリットが窓の下をのぞき込むと、アンザークの小柄な体はなにごともなかったように男子寮へと駆けている。
「な、なんなの、あの子……」
窓際にへたり込んだジークリットはクシュンとくしゃみをした。
「もう一回、お風呂入ろ」
急いで湯気の満ちたバスタブに駆け込む。
「……見られちゃった」
顔を真っ赤にして、お湯の中にブクブクブクと沈んでいく。
「明日、どんな顔して会えばいいのよ……」
ひょっとしたらとんでもない子を学園に入れてしまったのかもという後悔が頭をよぎった。




