4:魔族、襲撃す その11
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「えっと……アンザーク?」
地上に降りてきたアンザークを迎えたのは、ジークリットの戸惑った目だった。
「魔王……っていうのは、ホントなの?」
アンザークは舌打ちする。
「しまったな」
どう言い訳しようとしても、自在に宙を飛んでいる段階で無理がある。
「本当に……魔王なの?」
シルヴィアから降りてアンザークに歩み寄ろうとしたジークリットはいきなり骨がなくなったようにクニャリと崩れ落ちた。
「面倒なことになりそうだから眠ってもらった」
クラリスがジークリットの首に押しつけた杖を外し、スッとアンザークに向けた。
「魔王なのか、君は?」
返答によっては容赦しないと言わんばかりの気迫だ。
が、アンザークは不思議そうに聞き返す。
「なぜわかる?」
「額にでかでかと書いてある」
「人間のおまえに見えるだと? さては魔術士か?」
「魔術も使える王女というところだ」
「王女だと? さっきのパーティで見たヤツか? ずいぶん違うな」
アンザークはクラリスの顔をまじまじと見つめた。
「うむ。ネコという名の大きなかぶり物をかぶっているからな」
「なんのことだ?」
「いや、わからぬなら、いい」
クラリスはふっと自虐的な笑みを浮かべる。
そんなクラリスを見て、アンザークはふと思いついて尋ねる。
「王女ということは勇者のつがいになるのだな」
「いずれはそういうことになるな。まだなにもないが」
「勇者は教えてくれなかったが、魔術士のおまえなら知っているか? リア充とはなんだ?」
「そんなことを知ってどうする?」
「とにかく、リア充というヤツが最強の存在らしいから、オレはそれにならなければならん。いや、ならなければ魔王の地位にとどまるわけにはいかん。なんといっても魔王は最強なのだからな」
「リア充……ね。古語というより死語というやつだな」
「死語だと?」
「すでに死に絶えた言葉だ」
「では、意味を知る人間はいないのか?」
「本来の意味は誰も知らぬだろうな」
「くそう……ここまで来て!」
アンザークは握りしめた拳を振り下ろした。それだけで足元に地面が大きくヘコむ。
「なぜ、リア充になりたい? 私の見るところ、おまえは充分な魔力を持っているだろう?」
「オレはまだ魔王になって数年だ。先代魔王ですら一五〇年以上戦ってきた。オレには実績がない。だから、不満を持つ奴らがいる」
「ああ、それでこういう悪戯をする連中が出てくるのだな」
「そうだ。だから、もっと強くならねばならん」
「それでリア充か」
「そうだ」
アンザークは力強くうなずいた。
「あの……魔王様?」
シルヴィアがおずおずと口を挟んできた。
「なんだ?」
「あの人間なんです、私に呪いをかけたのは」
「なんだと!?」
アンザークはクラリスを振り返る。
「ああ、三年前のケンタウロスか。戦というものを見に行ったのだが、いかにも血走った目で私をにらんでいたもので、とっさに馬にしてしまった。人間に危害を加えぬのなら呪いを解いてもいいが?」
クラリスはこともなげに答える。
「……いえ、しばらくこのままでかまいません」
「ほう? どうしてだ? 興味深い」
「ケンタウロスの姿では魔王様のおそばにおれません」
「主思いでなかなか殊勝な心がけだが、なぜそこまで仕えたがる?」
「私の身も心も魔王様のものですから」
シルヴィアはアンザークの背中に鼻面をこすりつける。
「なぜ、そんなに魔王がいいのだ?」
「とてもテクニシャンなので……」
「そんなに凄いのか? 子供のような姿だが……」
クラリスはアンザークをチラッと見る。
「試してみたいものだ」
「なんのことだ?」
ワケがわからずにアンザークはシルヴィアとクラリスを見る。
と、その時、
「……ううっ」
壁にもたれていたグレンフォードが意識を戻した。
「クラリス殿下、ご無事でしたか!」
「ああ、婚約者殿」
クラリスがうなずくと、グレンフォードはアンザークに気づいて飛び起きた。
「お気をつけください! こやつ、魔王です!」
「見ればわかる」
「え?」
グレンフォードの間の抜けた顔を見て、クラリスは気づいた。
「ああ。婚約者殿には見えないのだな」
クラリスはアンザークの顔にでかでかと書かれた魔王の文字に目を向けた。
「では、騒ぎになる前に戻るとしよう」
「魔王は放置してもいいのですか?」
「大丈夫だろう。違うか?」
「まあ、多分、ですが」
「勇者がそう言うのだから大丈夫だ」
「はあ……。それと、すでに殿下が誘拐されたと騒ぎになっているのですが……」
「そうか。では、婚約者殿が黙って街の見物に連れ出したことにしよう。お忍びデートというのだな」
「デ、デートですか!? そ、それは……。でも、警護隊長が機嫌を損ねないでしょうか?」
「大丈夫だ。警護兵は失態でそれどころではあるまい。それに、魔王を撃退するという偉業をなし遂げた勇者を非難する者などおらんよ」
「い、いえ、私はそれほど大したことをしたわけでは……」
グレンフォードは見る見る小さくなって背を向けた。
「魔王か……。してみると、我が婚約者殿は存外良い働きをしたのやもしれんな。少しだけ見直してやろうか」
クラリスは小声でつぶやくと、グレンフォードの背後から近づいた。その頭をペットの犬をなでるようにくしゃくしゃにする。
「なっ、なんですか、殿下!?」
「褒美だ」
呆気にとられるグレンフォードにクスクスと笑いかけ、クラリスは手を差し出した。
「さあ、戻るぞ」
グレンフォードは戸惑いながら、クラリスの手をちょんとつまむようにして立ち上がる。
「はい、姫様」
クラリスは眉を寄せてグレンフォードを見上げる。
「思うのだが、そろそろ名前で呼びあわないか?」
「い、いや、それは恐れ多くて……」
「グレンフォード、いや、長いからグレンでいいか?」
「こっ光栄です、殿下」
「クラリス、だ」
「ク、クラリス殿下」
どうしても敬称をつけてしまうグレンフォードに、クラリスはじっと待つような視線を送り続ける。ついに視線の圧に耐えきれなくなって、グレンフォードがささやくような声で言う。
「クラ……リス……」
「よくできた」
クラリスは上機嫌でもう一度グレンフォードの頭をなでた。そして、アンザークに振り返る。
「魔王、後のことは任せるぞ」
「こっちの不始末だからな」
アンザークが仕方なさそうに応じると、クラリスは付け加えた。
「フェルトバーン嬢は心配いらない。さっきのことは覚えていないだろう。ただ――」
「ん? ただ?」
「いや、なんでもない」
クラリスはそう言うと、学園へと戻る道を進む。
「術の効き目が弱かったのが気になるが……。魔王だけに周りには色々な者が集まるのだな」
クラリスは自分のことは棚に上げてつぶやいた。
「それはそれでおもしろい」
かすかに笑うと、クラリスはおもしろい冗談を思いついたというようにグレンフォードに話しかけた。
「グレン、ひとつ相談があるのだが」
小声で耳打ちするクラリス。グレンフォードは思わず声を上げた。
「本気ですか!?」
「当然だ」
クラリスが表情を変えずにうなずき、グレンフォードは深いため息をついて頭を抱えた。
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