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4:魔族、襲撃す その10

    6


「姫!」


 体当たりされて弾き飛ばされるまで、クラリスはその叫びの主に気がつかなかった。

 確か勇者扱いされて、私と婚約した青年だったか。

 クラリスはぼんやりと思い出した。普段から王宮の自室と研究棟と図書館を往復しているだけなので、ほとんど会ったこともないし、話もまだ数えるほどしかしていない。男にも興味もなかったから、貴族の女性との会話にはまったく入れないし、入る気もなかった。だから、その青年がどれだけ話題になっていたのかも知らない。顔をじっくり見たのもさっきの式典が初めてだった。


「ご無事ですか!?」


 雷撃を食らって自分の方が無事ではなさそうなのに、青年はそう尋ねた。


「少し疲れた」

「大丈夫そうですね」


 グレンフォードはほっとした顔で立ち上がり、手を差し出した。クラリスは差し出された手を不思議そうに見て、ふらつきながらも自力で立ち上がる。


「フードをかぶって後ろ姿だったのに、よく私だとわかったな?」

「それは婚約者ですから!」


 自信たっぷりな答えに聞こえるが、目が泳いでいるのをクラリスは見逃さなかった。


「当てずっぽうだな?」


 クラリスが指摘すると、グレンフォードは慌てて付け加える。


「すみません。でも、フードから綺麗な金髪がこぼれてましたから、多分そうだろうなと思いました」

「なるほど」


 自分の髪に触れて、クラリスはうなずいた。


「綺麗、か?」

「はい」


 グレンフォードが勢い込んでうなずくのを見て、クラリスは自分の髪をまるで初めて見るような目で見る。


「そう言われると悪い気はしない」


 クラリスは自分の感情の原因を探るように小首を傾げる。そして、自分の婚約者を初めて真正面から見た。

 グレンフォードも同じく初めて王女をまともに見た。


「ひっ姫! 私は貴女の婚約者としてではなく、姫のためなら死――」


 言い放った次の瞬間、グレンフォードはクラリスの目の前から消えた。


「婚約者殿!?」


 クラリスが横を見ると、グレンフォードは壁に叩き付けられていた。駆け寄って助け起こす。


「……名前は……グレンフォード……です」


 朦朧とした状態でそれだけ言うと、グレンフォードはクラリスの腕の中でガクリと首を折った。


「婚約者殿!? グレンフォード殿!?」

「いつまでもいちゃついているからよ! あーっ、むかついた!」


 ヴァレンティナがせいせいしたと言わんばかりの笑みを浮かべていた。魔力で衝撃を放ってグレンフォードを突き飛ばしたのだ。


「少し休んで魔力が戻った。今度はとどめを刺す」


 クラリスはグレンフォードを地面に横たえると立ち上がった。


「こっちもそのつもりよ!」


 ヴァレンティナが不敵に笑う。

 ふたりがにらみ合い、互いに集中して魔力を膨らませていく。空気がビリビリと震えるほどだ。まさに一触即発。


「ええい、そこまでだ!」


 そこに割って入ったのは威風堂々たる黒馬に乗ったアンザークとジークリットだった。


「これ以上、街を壊されては勉強ができんではないか!」


 アンザークがシルヴィアの上に立ち上がって声を張り上げる。


「まっ魔王様っ!? わらわのためにおいでくださったのですね!」


 これまでの高飛車で相手を見下した口調から一転して、ヴァレンティナが夢見る乙女のような声を上げる。


「魔王? そういうことか」


 クラリスが納得したようにアンザークを見る。


「魔王って、アンザークが!?」


 ジークリットが驚いた声を上げる。


「いや、違うぞ! 人違いだ!」


 アンザークは慌てて全力で否定すると、まずクラリスに向かって指を突きつけた。


「誰だ、そこのおまえ? オレが魔王のワケがないではないか!」

「いや、顔に大きく書い――」


 反論される前にすかさずヴァレンティナに指を向ける。


「いいか、そこのヴァンパイア! それ以上、人間に手を出すのは許さん。即刻魔界に戻れ!」

「えっ? ええっ? でも、魔王様は魔王様ですし、見やすく魔王って書い――」

「書いてない! 書いてないぞ!」


 アンザークは顔を両手で覆って叫び返す。


「わらわは婚約者のヴァレンティナでございます!」

「コンニャクシャノヴァレンティナだと? そんなヤツは知らん!」

「あの、アンザーク? どういうこと?」


 ジークリットはアンザークの背後から問い詰める。


「だから、こんなヤツは知らんと言っとろうが!」

「ホントに?」

「知らん。人違いだ」


 その答えにホッとした顔を見せたジークリットだが、我に返ってもうひとつ訊く。


「じゃなくって、魔王ってなに?」

「いや、それはだな……」


 答えを迷うアンザークにヴァレンティナが鋭い目線を注ぐ。


「わかりましたわ! やはりそこの人間の女にたぶらかされるのですね。よろしいですわ。お目を覚まさせてご覧にいれます!」


 ヴァレンティナが見得を切る。


「なにを寝ぼけたことを言っている? オレは起きてるぞ? おまえこそ寝ているのではないのか?」

「いいえ、魔王様はお眠りになっているの同然ですわ」

「ジーク、オレは寝てるのか?」

「え? 起きてるよね?」


 アンザークに問われて後ろからまぶたを上下に引っ張るジークリット。すぐにヴァレンティナが食ってかかる。


「そこの人間の女! 無駄にでかい乳を魔王様の背中にこすりつけて誘惑するのは即刻やめなさい!」

「ゆ、誘惑って、そんな恥ずかしいことしてないわ! それにそんなに胸大きくないもん! どうせ!」

「そうだ! なにをバカげたことを。エロイーズの股間攻撃にもビクともしなかったオレ様にこんな攻撃が効くか!」

「アンザーク、なにそれ!?」


 ジークリットの顔が強ばった。


「それはだな、大きさの問題ではなく、つまり、なんだ――」

「じゃなくて、エロイーズが股間を、その、なんとかってどういうこと!?」

「そっちか?」

「そっち?」


 他にもあったっけという顔をしたジークリットに、魔王のことを思い出させないように急いでアンザークは答える。


「いや、エロイーズが夜に忍び込んでオレの股間を――」

「い、い、い、いやらしい!」


 ジークリットはアンザークの背中をグイグイ押して距離を取ろうとする。


「ペロペロしただけだぞ!」

「いやらしいじゃない!」


 ジークリットは顔を真っ赤にしてアンザークの背中を固く握った拳骨でボコボコ叩いた。


「お、おい、痛いぞ」


 顔をしかめるアンザーク。


「なにをゴチャゴチャとくだらぬことを、わらわを無視してしゃべりおって!」


 ヴァレンティナがジークリットをにらみつける。


「今取り込んでるの!」


 一喝すると、ジークリットはアンザークに詰め寄った。


「ごまかさないできちんと説明して!」

「……わかった。説明してやる。その前に、この状況をなんとかせんといかんだろ」

「約束して」


 ジークリットはアンザークの首を回して目をジッとのぞき込む。


「約束してやる」

「わかった。信用するね」


 ジークリットは大きくうなずいた。


「やっと終わったか。わらわを待たせた代償は大きいと知るがよい、人間の女め!」


 ヴァレンティナはそう言うと、こめかみをピクピクさせてジークリットに指を突きつけた。


「その前に魔王様から離れろ!」

「なにを言っている? ジークリットはオレから離れんぞ? こいつがいなくなると困るのだ」

「え!?」


 ジークリットが顔を染めて、アンザークの横顔をのぞき込む。


「アンザーク、なに言ってるのよ、もう!」


 そう言いながらジークリットはアンザークの腰に回した腕に力を込めた。


「こっ、この……他人の婚約者に馴れ馴れしいっ!」


 我慢できなくなったヴァレンティナが激怒した。


「もう面倒ですわ! 魔王様諸共その女も消し去ってあげます!」

「ちょっと待て! おまえ、無茶苦茶言ってるぞ?」

「いいえ! それくらいしなければ魔王様はわらわの元に来てくださいません!」

「じゃなくてな。オレを消すことなど不可能だ、おまえにはな」


 アンザークは真顔で言い放つなりシルヴィアの背から飛び上がった。


「ふえっ!?」


 ヴァレンティナはアンザークを見失ってキョロキョロする。


「ここだ」


 いきなり背後からアンザークの声が聞こえ、ヴァレンティナは翼をバッと音を立てて振り向いた。が、そこにはいない。


「こっちだ」


 今度は頭上からアンザークの声。

 見上げたヴァレンティナに不機嫌な声が降ってきた。


「いいかげんにしろ」

「ヒッ!?」


 ヴァレンティナがアンザークの顔を見て引きつった悲鳴を漏らす。


「も、申し訳ありません……。許嫁ごときが魔王様に刃向かうなど身の程もわきまえぬ行いでした」


 威圧感に押し潰されそうに膝を屈し、ヴァレンティナは泣きそうな顔で聞こえないほどの小声でささやく。


「許嫁かどうかは知らんが、わかればいい。で? まだなにか企んでいるのか?」

「わらわは知りませんわ……」

「では、首謀者は誰だ?」


 ヴァレンティナは唇をかんで小さく答える。


「……ゲルナーとクルツ……ですわ」

「なんだと!?」


 アンザークは不機嫌な声を上げたが、すぐにニヤリと笑った。


「なるほど。オレ様の留守を狙って反乱でも起こすつもりか? さすがに悪魔らしい行動だ。褒めてやろう」


 そう言った尻から歯を剥き出して、どう猛な笑いを浮かべた。


「しかし、オレ様がのんびりと見逃すとでも思っているとすれば大甘だな」


 アンザークは哄笑を放った。


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