4:魔族、襲撃す その9
「イタタタタ……」
その頃、グレンフォードはひょこひょこと足を引きずりながら歩いていた。窓から飛び降りた時に傷めたのだ。
「二階だったのを忘れてたぜ……」
我ながら情けないと顔をしかめながら進む。
王女を探さなければならないのだが、目撃情報もなく、かろうじて魔族が飛び去ったという話だけが頼りだった。それによると、魔族は街の門の方に向かったという。
というわけで、頼りない勇者は頼りない情報で門の方へと歩いている。人目が気になるので、あえて繁華街は避けている。
それでも、どうしても人目につくのは、普通の兵士より頭ひとつ分高い長身のせいだ。
「ウィルシャー様だ!」
「救国の勇者、万歳!」
進むたびに声が上がり、そのたびに足の怪我を悟らせまいとビシッと背筋を伸ばして笑顔を振りまき、手を振って応じる。
「……疲れた」
人目がなくなった物陰で、グレンフォードは肩を落として嘆息する。
「だいたい、勇者なんて俺のガラじゃないんだよな……」
地方貴族の次男にしか過ぎないグレンフォードにとって、王族は雲の上の存在だった。それがかき集められた魔王討伐隊として出征、たまたま出くわした魔王と一騎打ちからの撃退という流れで、今や王女の婚約者である。二年たったが、まだ自分の置かれた境遇には対応できていない。
本来、ヘタレのくせに外面だけはカッコよくがモットーだったせいで、弱音が吐けないのが一番の問題だった。
「とにかく、クラリス様を探さねば!」
闇雲に走り回っていると、騒ぎが聞こえてきた。その方向へと向かうと、通りの突き当たり、街を隔てる城壁の手前に白いコート姿があった。
「あれは、クラリス様!?」
どう見ても危機一髪な場面である。
グレンフォードは長剣を抜き放って駆け出した。
「今行きます、姫!」
◇
「混乱から、また乱世の始まりね。これでいいのよ、これで!」
門の周りで人間と魔族が殴り合いを繰り広げている様を見下ろし、ヴァレンティナは血の気のない唇に氷のような笑みを浮かべた。
が、その鼻には血の跡。降ってきたエロイーズがぶつかったせいである。想定外の出来事だったが、おかげでサキュバスが人間に殴り殺されたと勘違いした頭の悪いミノタウロスが激高し、乱闘になった。犠牲者は魔族の方だという理屈もできた。あとは騒ぎが広がるのを見ているだけだ。
「人間などに惑わされた魔王様も、これで諦めがつくことでしょうね。そして、わらわは魔王様と……」
むふふふふっと顔を崩してヴァレンティナは笑う。
と、その笑みが凍りついた。
「なるほど。魔王とは考え方の違う勢力の暴走ということかな?」
揶揄するような声がすぐ背後から聞こえたのだ。
「なにヤツだ!?」
バッと翼で風を斬るように振り返る。
そこにいたのはフードを目深にかぶったコート姿。白いコートには全体に複雑な刺繍が施され、そのせいなのか姿がぼんやりとしか見えない。声と同様に性別も年齢もわからない。
「ただの通りがかりだよ。気にしないで欲しい」
「通りがかりなら、そこで干からびて果てても問題ないわね」
翼を広げ、殺気をまとったヴァレンティナの口から鋭い牙が伸びる。
「ああ、なるほど。血の臭いがすると思えばヴァンパイアというわけか」
そう言われてヴァレンティナは思わず鼻に手を伸ばした。鼻血が垂れている。
「おや、それは? ヴァンパイアが自分の血を流すとは珍しいものを見たな。見逃してもらえれば、こちらとしても見なかったことにしてもいいのだが」
フードをかぶった相手がくすりと笑いながら言う。が、それがヴァレンティナのプライドを刺激した。
「下賤な人間風情がなにを言うかっ!?」
「仕方ない」
コート姿の人物がこれ見よがしのため息をつき、手に持った長い杖でトンと地面を突く。その途端、ヴァンパイアの周囲を囲む地面に黄色い輝きが円を描いた。
ヴァンパイアが反応するより早く、地面から石つぶてが飛び上がった。とどめとばかりにクリスタルの槍が四方から伸びる。
石つぶてとクリスタルが激突してバッと爆発的に土ぼこりが広がった。
「いきなりね」
土ぼこりの中から黒い翼が広がり、ほこりを払う。クリスタルの槍は翼が叩き折っていた。
「最初から手を抜かないのが主義なので」
「いいわ。殺す前に名前を聞いてあげる」
「名を聞くなら自分から名乗るものと魔族は躾けられていないのか?」
静かな声音に侮蔑を感じ取り、ヴァンパイアは青白い顔を朱に染めた。
「わらわの高貴な名を胸に刻んで死ぬがいい。ヴァレンティナ・ヴァレンタイン、それがおまえを殺した高位の魔族だ」
「クラリス某。まあ、そんな名前だと思え」
「っ……。どこまで傲慢な……。わらわを愚弄したことを後悔するがよいわ!」
ヴァレンティナは漆黒の翼を広げると、風をはらませてバッと勢いよく羽ばたかせた。その一振りで空気が震えた。
クラリスの周囲の地面に目に見えない衝撃が叩き込まれる。
「どうだ!?」
さすがに致命的なダメージを与えただろうとヴァレンティナは勝ち誇った顔で破顔する。
「もう終わり?」
クラリスが感情のない澄ました声を上げる。周囲には破壊の痕跡があるが、クラリスのコートには傷ひとつない。
「さっきのが全力だったんじゃないの!?」
「手を抜かないと言っただけで、あれが全力だと言った覚えはない。ではこちらの番です」
クラリスが杖を持ち替えて顔の前に持ってきた。
「冗談じゃないわっ!」
集中される魔力の大きさにヴァレンティナは身を翻して逃げようとした。が、足が城壁に繋がれたように動かない。
「無駄。結界を張ったから」
「くっ……。いつの間に!? 人間風情が!」
「魔族風情にこれ以上、我が臣民を好きにはさせない」
クラリスは両手を広げ、術を解き放とうとする。
その動きが急に止まった。
「くっ……」
クラリスは呻きを上げ、グラリと揺れる。足が震えているのがコートの上からでもわかる。
「……なるほどね。力は強いけれど、一気に出すには限界があるということね」
ヴァレンティナは余裕の表情を浮かべ、クラリスを見下ろす。そして、腕を高々と掲げると、頭上に黒雲を呼び出した。閃光が走り回る雷雲だ。
白光と共に空気を切り裂く音。フードが黒焦げになって金髪がはらりと落ちる。術でダメージを抑えているが、すでに力のないクラリスには限界がある。
「どこまで耐えられるかな~?」
ネズミをいたぶるネコのように何度も弱い稲妻を落とす。
「そろそろ限界ね? わらわを愚弄した罪を贖うがいい。黒焦げになってね!」
ヴァレンティナが掲げた右手を振り下ろす。
「姫!」
そこに叫びを上げて飛び込んできたのはグレンフォードだった。




