4:魔族、襲撃す その8
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門の手前まで来たアンザークたちは警護兵と守備隊がぶつかるのを目にしてシルヴィアの足を止めた。
そこに薄く煙をたなびかせながら落ちてくる影。丘の方角から魔族のいる南へ向かって飛び、壁の向こう側に消えていった。
「落ちた、な」
「落ちた、ね」
アンザークとジークリットが声を揃える。
「でも、その前に誰かに当たらなかった? なんだか凄い音がしたけど……」
「どうせマヌケな兵士だろう」
アンザークは笑う。
ほどなく門の向こう側からドスの利いた咆哮が轟いた。
「てめえらか!? こいつをこんなにしやがったのは!」
巨大なミノタウロスが魔族を抱えて門の前に現れ、門の前で小競り合いをしている守備隊と警護兵ににらみを利かせた。
気を失っているのか黒い翼をだらんと広げ、ほとんど裸同然の扇情的な肢体をさらすサキュバスである。翼は焼け焦げたような痕があり、ひとつふたつ穴が空いている。背中は傷だらけだが、顔や胸は無傷のようだ。爆発で吹っ飛ばされてきたエロイーズなのだが、アンザークには知るよしもない。
「エロイーズ?」
思わずアンザークが声に出し、ジークリットがそれを聞き止めた。
「え? あのサキュバスが?」
「い、いや、見間違いだな。似てるような気がしただけだ」
「確かに似てるかも――。胸の形とか」
「いや、オレの見間違いだ! エロイーズよりも胸がでかい!」
「……だよね」
うんとうなずくジークリットは眉間に縦じわを寄せて自分の胸の谷間を見つめた。
背後のジークリットの表情など知る術もないアンザークはごまかせたなと、ほっとため息をついた。
「でも、このままじゃ戦いになっちゃうね」
「そうだな」
アンザークはどうすべきか迷った。魔王の命令で魔族を一旦退かせることはできる。しかし、そうすると正体を悟られて学校には行けなくなる。リア充について調べているなど知られるわけにはいかないのだ。
ミノタウロスを先頭にした魔族。
守備隊と警護兵。
門を挟んで一触即発のにらみ合い。
その時、数人の魔族がアンザークに気がついた。
「おおっ! 魔王様だ!!」
アンザークはとっさに顔を隠したが、時すでに遅し。
「人間どもを叩きのめすぞ!」
ミノタウロスを先頭に魔族たちが守備隊に襲いかかった。
「いかん! 魔族を近づけさすな!」
門の守備隊が槍の矛先をにらみ合っていた警護兵から魔族に転じる。隙が出来た守備隊を警護兵が無言で押し通ろうとする。
一瞬で門は混乱状態になっていた。
人間側の守備隊と警護隊、それに、魔族が入り混じっての戦闘は狭い場所に密集することでもはや乱闘と化していた。
剣を振るうスペースさえないので自然と拳が出る。魔法を使えば自分も巻き込まれるので拳が出る。どっちも殴り合いが始まった。
「収拾がつかんな」
アンザークはシルヴィアの背後に隠れながら呻きを漏らした。なんといっても自分の顔を見られたことで魔族側が興奮したのだから始末が悪い。
「魔王って言ってなかった?」
後ろからジークリットが尋ねてきて、アンザークはビクッとする。
「そ、そうか?」
「確かに聞いたよ。ひょっとして……」
「ひょっとして?」
ジークリットはアンザークの肩に手をかけて背伸びすると周囲をキョロキョロした。
「なにをしている?」
「この辺りに魔王がいるのかも!」
「こんなところに魔王がわざわざ出張ってくるわけがないだろう。そうだ、ありえないな」
「そうかな?」
ジークリットは首を傾げると、
「それもそうだよね」と、ひとつうなずいた。
「それはともかく、この騒動をなんとかせんとな」
「う~ん、もし魅了の魔法を使ってるなら、その魔族を捕まえれば術は解けるよね?」
「ああ、そうだが、どこにいる?」
「人を操って事件を起こすような犯人って絶対どこかで見てると思う」
「悪趣味だな」
「でしょ? だから、犯人は魔王じゃないと思う」
「ど、どうしてだ?」
「魔王って強大な力で攻撃するし、最後は勇者と一騎打ちしたでしょ? だから、そんな卑怯じゃないし、きっと正々堂々としてると思う」
「そ、そうか!」
アンザークは背後のジークリットから見えないのをいいことに満面の笑みを浮かべている。
「多分ねぇ、背が高くて、がっしりした武人って感じじゃないかな」
「……そういうのがいいのか?」
「え? わ、私の好みとかじゃないからね! みんなそういうのが好きかなっと思って。一般的なイメージだよ?」
大慌てで首を振るジークリット。
「そういうものか」
アンザークは真剣な顔でなにやら考えていたが、ひとつうなずいた。
「よし、今度はそういう方向でいこう」
「いや、あの、無理しなくていいからね!? アンザークはこのままでいいから!」
「そうか?」
「そうそう。絶対そうだから!」
「まあ、いいか。姿を変えるのは面倒だからな」
「トレーニングも大変でしょ? だからいいから!」
「ジークリットにオレがわからなくなると困るからな」
「そんなに変わる気だったの?」
「なんでもなれるぞ。なんなら女にだってなれる」
「アンザークが……女の子?」
ジークリットは身を乗り出して、横合いからアンザークの顔をまじまじと見る。
「かわいいかも知れないね」
そう言ってジークリットは笑った。そして、門の方に視線を向ける。兵士と魔族の乱闘はさらに激しくなっていた。
「それで、あっちはどうしたらいいのかな?」
「まあ、あのくらいなら普通だが……」
不思議にも感じていないアンザークの返事。それが普通な暮らしだったんだとジークリットは胸を痛める。
「警護兵だけならいいけど、そのうちに軍が来ると休戦協定破棄になるかも」
「それはマズいな」
アンザークは渋面を作る。しかし、自分が表に出るわけにはいかないのは、さっきの魔族たちの興奮状態で明らかだ。かといって、魔王として戦うなとは命令できない。
「とっととサキュバスだかヴァンパイアだが知らんが、そいつを見つけねばならんな。この近くにいるはずだな」
アンザークは周囲を見回し、魔力の源を感じ取ろうとした。攻撃魔法以外は苦手なアンザークだが、これくらいは出来る。
「なんだ? えらくでかい魔力の使い手がふたりいるな」
眉間にシワを寄せ、アンザークはシルヴィアをその方向に向かわせた。
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