4:魔族、襲撃す その5
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爆発音が校舎を震わせる少し前――。
「もっとええ男おらんかな~」
エロイーズはパーティ会場の料理はそっちのけで、美味しそうな男を物色していた。
「あの兵士はなんや脂ぎっとるし、あのおっさんは年取りすぎやし、あれは……問題外やな。なかなかおらんなぁ。グラッドが一番美味しそうなんやけどなぁ……」
物欲しそうな目でグラッドを見つめていると、本人が手を振ってきた。
「ああ、元気で精力あふれとるなぁ」
あふれるツバをジュルッとすする。
「あかんあかん」
ブンブンと頭を振って、エロイーズはその場を離れる。グラッドがしょぼんとするが、気づかないふりをする。アンザークに仲間は食うなと厳命されているのだ。逆らうわけにはいかない。
「あれ? あっちの兵士は結構よさそう」
校舎の方へと荷物を運んでいる兵士に目をつけた。むき出しになった二の腕の筋肉は太くて、筋骨隆々である。精力に満ちあふれていそうだ。
「お兄さん?」
走り寄ったエロイーズは甘えた声をかけた。
「なんですか?」
「ウチとええことせえへん?」
チラッと胸元を見せて男の好む匂いをかがせる。これで男はエロイーズのことしか考えられなくなる。
「失礼」
兵士はエロイーズを無視して歩き続けた。
「ありゃ? 効かへん?」
驚いて後を追ったエロイーズは不意に顔をしかめた。
「魔法かけられとるやんか。誰がなにを企んどるんや?」
エロイーズは周囲を見回したが、周囲を見ても魔族らしき姿はない。とすると、誰かが術をかけて操っているということだ。
兵士がなにをするのかと見ていると、抱えていた木箱を置いて、フタを開けた。
「なになに?」
エロイーズは箱の中をのぞき込んだ。花火の玉だ。さっき打ち上げていたあまりだろうか。
と、その脇で兵士が火口を取り出し、フタを開ける。
エロイーズの顔色が変わった。
「やばっ!?」
エロイーズは姿を見られる危険を冒して翼を出し、必死で羽ばたいた。
直後、箱はドンッと派手な音を立てて爆発した。
「あうっ……」
煙と共に押し寄せてきた黒煙に背中を突き飛ばされ、エロイーズは意識を吹っ飛ばされた。そのまま宙をクルクル回りながら大きな弧を描いて飛んでいった。南の方向へ。
◇
「なんだっ!?」
爆発音が聞こえた時、グレンフォードはすぐに校舎の方に走り出した。が、魔王のことを思い出し、振り返る。
「なにか企んでいるわけじゃなんだろうな?」
「オレがか?」
「他に誰がいる?」
「オレは小細工などせん! 壊したければ、この街ごと破壊するだけだ」
物騒なことを平然と言い放つ魔王だが、確かにそのとおりだ。魔族とは思えないほど愚直。魔族じゃなければ、いいヤツなのかも知れないが。
「とにかく、話は後だ!」
そう言うと、グレンフォードは魔王を置いて駆け出した。
まずは現場だ。
音からすると、爆発が起こったのはこの校舎の反対側だ。つまり、正面。
校舎を回り込んだグレンフォードは目にした光景に足を止めた。
「なんだ、これは!?」
警護に就いていた兵士たちが剣を抜き放って襲いかかっていた。相手は学園の関係者や生徒だ。
「なにをしてるんだ!?」
大声を上げて一番近くの警護兵につかみかかる。
しかし、兵士は唸りを上げてグレンフォードに剣を振り下ろした。突出した腕はなくても、これほど大振りの攻撃なら簡単にかわせる。
「正気に戻れ!」
叫びを浴びせながら顔面にパンチを噛ませた。
「効いてねぇ……」
鍛えた兵士にはまったく効き目がなかった。
グレンフォードは儀礼用の長剣を鞘ごと腰から引き抜き、兵士の顔面をしばき倒した。さすがの兵士も気を失うかと思いきや、ふらついただけでまた剣を振るう。しかし、目標を見失ったのか、グレンフォードから離れていった。
「これがなにかの罠だとしたら――」
グレンフォードは校舎二階にある貴賓室へと駆け上がった。
ドアをノックして声を上げる。
「姫、ウィルシャーです!」
グレンフォードは勇者である。そして、王女の婚約者でもある。しかし、まだ正式な婚礼もしていない今はただの下級貴族。雲の上の存在なのである。まして、相手がクラリス・フィル・シュテット王女では格が違いすぎるのである。まして、着替え中などに飛び込めば首をはねられても文句は言えないのである。
だから、グレンフォードはうやうやしく、丁寧に、へりくだって言葉をかける。
「いらっしゃいますでしょうか?」
返事はないが、まだ開けない。
「開けてもよろしいでしょうか?」
もう一度念を押して、意を決して最後の一言。
「開けさせていただきます」
ようやく開けたドアの向こうに姫の姿はなかった。代わりに、窓が開け放たれて、カーテンが風に煽られていた。
グレンフォードは窓に駆け寄る。ハシゴやロープなど仕掛けがあるでもなく、ただ単に窓が開いているだけだ。
どういうことだと考えた時、男が駆け込んできた。
「おお、勇者殿! クラリス殿下はどこに!?」
確か国務大臣だった。グレンフォードを決して名前で呼ぼうとしない。貴族としてのプライドとかそういうものがあるのだろう。
「王女様はここにはおられません」
「まさか、さっきの爆発、クラリス殿下を拐かすための陽動か!?」
大臣は血相を変えて叫ぶと、大声を上げた。
「探せ! なんとしてでも探すのだ! どうせ魔族だ!」
どうせもなにも証拠もないのに決めつけ命令を出す。そして、グレンフォードに振り返った。
「勇者殿も婚約者を奪われては形なしですな」
冷笑を浮かべて立ち去る大臣を見送って、グレンフォードは唇を噛む。二年前の魔王との戦いでもそうだったが、立場だとかなんだとかで戦場で戦う兵士の邪魔をするのはこういう特権意識のある貴族たちだった。
「しかし、あの魔王が王女をさらうか?」
眉間にシワを寄せる。さっき聞いた話が本当なら、そんなことをしても意味はない。
婚約者とはいえ、まだ手を握ったことすらない。もうすぐ二三歳で行き遅れという陰口を叩かれる王女を、魔王退治の勇者という箔をつけたグレンフォードと婚約させられたという噂も聞いた。本人がどう思っているのか、まったくわからない。年上だから、グレンフォードを軽んじているのか。
「それでも、婚約者だ。女ひとり守れないでなにが勇者だ! 今行きます、姫!」
グレンフォードは窓に駆け寄ると一気に飛び降りた。
「ああっ!? 二階だっ――」
悲鳴と共に、ドシンとひどい音が響いた。
◇




