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4:魔族、襲撃す その4

    ◇


 グレンフォード・ウィルシャーは勇者である。

 下級貴族の出であり、剣術・武術などに秀でたものは皆無。身長は高いが、容姿は目立ったところはない。いたって普通である。

 しかし、勇者なのである。

 なんとなれば、魔王を傷つけ、三百年戦争に休戦をもたらしたのだから、誰がなんと言っても勇者なのである。

 しかし、今、勇者は校舎の陰で腹を押さえて顔をしかめていた。


「……腹痛ぇ……」


 貧乏な下級貴族が王族が出席するような公式の場に出ることなどあるわけがない。ところが、魔王を倒したと言うことになってしまい、この二年で何度も引っ張り出されてしまった。しかし、慣れることはない。よって、その度に胃痛に苦しむという流れである。


「王女様の態度は相変わらずだし、もう婚約解消してもらった方がいいかなぁ。笑ってくれるけど、なんか素っ気ないんだよなぁ。あんな視線でずっと結婚生活が送れねぇよなぁ。つつつっ」


 つぶやいて、グレンフォードは腹を押さえる。


「とにかく、今日の式典は終わったぞ。後はパーティで飯を食って、王都に戻るだけだ。頑張れ、俺!」


 ふんっと気合いを入れ、会場に戻ろうとした時、近くの窓から校舎内に潜り込もうとしている子供を見つけた。制服を着ているところを見ると生徒なのだろう。


「おい! そこのガキ、そんなところから入ったらダメだろうが」


 グレンフォードはピシッと背筋を伸ばして注意する。

 少年は見つかったかとバツの悪そうな顔をしたが、グレンフォードを見て急に目を輝かせた。


「勇者ではないか!」


「いかにも、魔王を討った勇者グレンフォード・ウィルシャーだ」


 ふんっと胸を張り、精一杯威厳を作ってみせる。


「久しぶりだな。二年か?」


 少年はまるで旧友に出逢ったように片手を上げた。


「ん?」


 グレンフォードは少年の顔をよく見ようと身を屈める。

 どこかで見た記憶がある。しかも、できるだけ思い出したくないようなイヤな記憶だ。そして、見覚えのある頬の傷。


「お、おまえはっ――!?」


 気づいた途端、グレンフォードは悲鳴を上げて一瞬で三歩分飛び退り、身構える。しかし、今腰に帯びているのは儀礼用の長剣。魔王相手には棒きれも同然である。


「ななななんでこんなところにいるのだっ、ままま魔王!? あいたたたた……」


 腹の痛みが一気に強くなった。しくしくどころではない。激痛である。


「おおお俺をこここ殺しに来たんだなっ!? その頬の傷の仕返しか!?」


 魔王――アンザークは頬を指でふれた。


「ああ、おまえがスカッた攻撃か。天族の短剣で切られたこれだけは治らんな」


 そう言ってニヤリとするのを見て、グレンフォードはヒッと息を飲んだ。


「そんなことはせん。休戦協定を結んだではないか」

「……ほ、ホントか?」

「当たり前だ。約束は守るぞ」

「……案外、律儀なんだな。魔族ってのはそんなもの無視するもんだと思ってたぞ」

「バカにするな。まあ、そう思われていることはわかっていたが……。オレは今この学校の生徒だ。オレがここにいる間は何事も起こらん」

「は?」

「寮に住んでる。なかなか快適だな。飯も旨い」

「ちょっと意味わからんのだが……。人間の学校に魔王が通ってるのか?」

「そうだ。ジークリットに誘われてな」

「ジークリットというとフェルトバーンの長女か? 式典にも出席していたな。結構美人だったような――」


 アンザークの顔が目に見えて不機嫌になった。


「そんなことはどうでもよい! おまえに訊きたいことがあるのだ」

「なんだ? とどめを刺さなかったことか?」


 精一杯の強がりである。が、アンザークは笑いもせずにこう言ってきた。


「リア充というのはなんだ?」

「……は? なにそれ?」

「貴様が言ったのであろうが!」


 アンザークは怒りの声を上げ、さらに続けた。


「一騎打ちを挑んだ時、貴様がオレに言ったな、『おまえなんかリア充からほど遠いんだろ。オレなんかなぁ、もててもてて困ってんだぜ。おまえはそうは見えないぞ。どうだ、悔しいだろ!? ははん』と」

「……ああっ! あれ……か……」


 グレンフォードは思い出して声を上げた後、赤面した。


「……恥ずかしいセリフだ、今思い出しても……。若かったんだよ、勘弁してくれ」


 頭を抱えて呻くグレンフォードだが、アンザークは大真面目に続ける。


「オレはリア充になろうとこっちに来たのだ。しかし、答えが見つからん」

「え? マジで? なんで? ここに?」

「そうだ! だから、リア充とはなんなのか教えろ! 人間でもリア充とやらになれば強くなれるのなら、オレがリア充になれば最強だ。オレに反抗する連中も文句を言えないだろう」


 拳を握りしめて力説するアンザーク。


(教えられるわけないだろ!?)


 グレンフォードは心の中で呻いた。

 第一に恥ずかしい。

 第二に本当のことを教えたら殺される。

 たまたま知っていた古い言葉を使って、驚かすか油断させて逃げるつもりだったのだ。それをここまで真に受けて、しかも、誤解しているとは。


(しかし、なにか言わねば今度こそ魔王に殺される……)


 グレンフォードは必死に頭を回転させた。とにかくまともに答えずに逃げ切るしかない。


「い、今、学校にいると言っていたな。なにやってるんだ?」

「今か? 人間の勉強をして、友人というものを作り、寮で旨い飯を食い、ジークリットと街で買い食いをしたり、たまに魔族と出会ったり」

「つまり、学校で楽しく勉強し、友人が何人もいて、王家に繋がる美少女とデートしていると?」

「そうだな」

「それでリア充がわからんと?」

「そうだ」

「……俺よりリア充じゃねぇか。絞め殺したくなってきたな」

「なんだと?」

「いや、なんでもない」


 グレンフォードは咳払いをすると、腹をくくった。精一杯の虚勢を張りまくった。


「いいか! リア充がなにかは自ら見つけねば意味がないのだ。悔しかったら自力で見出せ。わかったか!」

「忌々しいが、正論だな」


 アンザークはグッと歯を噛みしめてうなずいた。


「やはり簡単にはリア充にはなれんということか」


 グレンフォードはホッと一息つく。舌先三寸でなんとか言いくるめられた。このまま知らん顔して立ち去ろうとした時、


「ん? なんだ?」


 アンザークが背伸びして南の空を見た。


「どうした?」

「なにか、起こるぞ」


 アンザークが声を上げた次の瞬間、校舎の玄関側から爆発音がした。


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