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3:、妹、来襲す その8(終わり)

「……ここって?」


 意識を取り戻したジークリットはぼんやりしたあたまで周囲を見回した。ずぶ濡れで、腰まで水に浸かっている。いや、暖かい。

 湯気のけぶる大浴場だ。しかも、記憶と違うから男子寮のだろう。

 見上げれば、天井に穴が空いている。あそこから落ちてきたということだ。


「お湯に飛び込んだから助かったのかな?」


 ずぶ濡れになりながらも、ジークリットは幸運に感謝した。


「でも、どうして天井から落ちたんだっけ……。あっ! アンザーク!?」


 思い出して周囲を見回すと、声を上げる。


「ここだ」


 声は後ろから聞こえた。

 よく見ればジークリットはアンザークに抱えられたまま、その上に座っていたのだった。


「ごっごめんっ!」


 飛びのいた後、ジークリットは自分の格好に気がついた。制服の上着はなくなっており、スカートは破れている。風呂にいるので当然ながら全身ずぶ濡れで、シャツは透けていた。しかも、ボタンがどこかに行って胸元は大きく開いている。

 ジークリットはとっさに胸を隠して、顔を背けて尋ねる。


「えっと、どうなったの? なんか爆発があったんだよね?」

「原因はわからんが、とにかく屋根づたいに跳んで寮に来たら屋根が抜けて落ちた」

「校舎から寮って結構距離があるけど……」

「あれくらい跳べるぞ」

「わたしを抱えて?」

「おまえなど軽いものだ」

「そっか……。軽いんだ、わたし」


 少し嬉しいなと、ジークリットは顔をほころばせる。

 と、湯船の深いところに人が沈んでいるのが見えた。見覚えのある服だ。


「サナラちゃん!?」

「ちょっと待て! そいつは――」


 慌てて立ち上がったジークリットの襟がアンザークにつかまれてグイッと引かれた。あちこちに傷のあった服がビリッと破れてズルッと脱げて上半身があらわになる。胸を隠そうにも両腕は服と一緒にバンザイした状態になってしまって身動きが出来ない。


「アンザーク……?」


 ジークリットはギリギリと音がしそうなほどぎこちなく首を回してアンザークを見る。

 と、右の肩の糸がほつれて右腕がスポッと抜けた。その拍子にジークリットの体がクルッと回って、上半身が半回転する。


「きゃっ……」


 気がついた時にはジークリットは裸の上半身をさらして仰向けになっていた。胸を隠そうにも左腕は体の下敷きになり、右腕は濡れた袖がからまって動かない。


(ど……どうしよう?)


 パニックになって動こうとすると、さらに服がからまってくる。

 おまけに、なにを思ったのかアンザークが覆い被さってきた。


「……えっと、アンザーク?」


 ジークリットはおずおずと声をかける。心臓がドクンドクンいってるのは、ちょっと激しい動きをしたからだ、きっと。生徒会長のわたしがこんな不純なことをして興奮してるなんてありえない。

 が、アンザークは硬直したように止まったまま動かない。


「こ……こういうこと、よくするの?」


 刺激しないようにジークリットは穏やかに話しかける。


「エロイーズがおまえが裸になったら押し倒してやっちゃえと言ったのだが、こうでいいのか?」


 アンザークがそれ以上なにをしたらいいのかわかっていないことに安堵すると、別のことが気になった。


「エロイーズが? どうして?」

「前にエロイーズが夜中に勝手にベッドに入ってきてな」

「男子寮に!?」

「そうだ」

「あの娘はホント自由気ままなんだから。一回、きつく言っとかないと」


 ジークリットはそう言うと、むうっと唇を突き出して訊く。


「エロイーズと、その、なにか、した?」

「オレはなにもやってないが、あいつがしつこくてな」

「なにしたの?」

「なんだかあちこちペロペロとなめて、くすぐったくてかなわなかったぞ」

「寮でそんなことしたら追い出されるからね!」

「それは困るな。旨い飯が食えなくなるではないか」

「わかったら、もうしないこと! いい!?」

「わかった」


 かんで含めるようにジークリットが念押しをすると、アンザークは素直にうなずいた。


「それでよろしい」


 ジークリットはニコッと笑った。


(あれ? アンザークがエロイーズとこんなことしないって約束しただけで、どうしてこんな嬉しくなってるんだろ?)


 ジークリットは自分の気持ちに首を傾げた。


「で、あの、そろそろ離れて欲しいんだけど……」

「おお、そうだったな」


 アンザークが立ち上がり、ジークリットがようやく体の自由を取り戻した時、血相変えて駆け込んできたのは寮長だった。


「ここか、魔王め! 性懲りもなく、神聖なる学び舎を襲うとは許しがたし!」


 鼻息も荒く叫び、いかにも古そうな長剣を抜いて大上段に構えている。古いが刃の手入れは怠っていない証拠にギラギラと光を反射して輝いている。


「魔王じゃないって言ったでしょ、寮長!」


 ジークリットが声を上げると、寮長は目を見開いた。


「フェルトバーン嬢? どうしてそのような格好で?」


 寮長に言われて、ジークリットは自分の姿を思い出した。両手で胸を隠して甲高い声を上げる。


「みみみ見ないでーっ!」

「こっこれは失敬した! 今すぐタオルを持って参りますぞ!」


 寮長は両手で目を隠すと、慌てて駆け出していった。


「そうだ、サナラちゃん!」


 ジークリットがもうひとつ忘れていたことを思い出す。慌ててアンザークがまた引き止めようと手を伸ばす。その手はジークリットの首の辺りでスカッと空を切る。


「ジークリットお姉様、背後から変態が襲おうとしてますわ」


 サナラはいつの間にか立ち上がって氷のような目でアンザークを見ていた。


「お兄様はやはり女性に見境のない鬼畜なのですね。お姉様、お兄様に触れると妊娠しますよ。さあ、女子寮に戻りましょう」

「お、おい、おまえ、勝手に行くな! そいつは――」


 アンザークが追いかけようとすると、寮長がちょうど戻ってきた。目を隠したまま、タオルを差し出す。


「お嬢様方には柔らかいタオルをどうぞ。悪ガキにはお仕置きを」

「ごめんね、アンザーク」


 ジークリットはタオルで体をくるむと、サナラに腕を引っ張られて風呂場を後にした。


「ま、待て! そいつは危ないぞ!」


 追おうとしたアンザークの前に寮長が立ちふさがった。


「行かせるわけには参りません。さあ、壊した風呂の修理をしますよ」

「なぜオレが!?」

「壊した者がやるのが規則です。さもないと……」

「さもなくば死か?」


 アンザークが望むところだと笑みを浮かべて聞き返す。


「夕食は抜きです!」

「なっ、なんだと!?」


 アンザークは強烈なカウンター攻撃を食らったように呻く。


「今日はいい鶏肉が入りましたので、ガーリックとハーブでソテー致します。皮をカリカリに焼き上げ、肉汁たっぷりで美味しく出来上がる予定ですが、そうですか、食べられないわけですな。残念です」


 ジュルッとアンザークの口にツバがあふれてくる。


「やっ、やればよいのであろうが!」


 明らかに食欲に負けた様子でアンザークはそう叫んだ。


    ◇


 グランディナ山の麓には地下に続く洞窟がある。行き着く先は魔族の住まう国――魔界である。

 複雑に入り組んだダンジョンのようになった洞窟の一室には執政官の部屋があった。魔王の命令に応じて実際の政務を行う責任者である。

 執政官ゲルナーが山と積まれた書類にうんざりした顔をした。それを副官のクルツが読み上げる。


「血の気の多いオークやゴブリンから戦いの再開要求が出ております」

「害獣狩りにでも出させて発散させておけ」

「ではそのように」


 最後の書類を片づけ、ゲルナーはイスに沈み込んだ。クルツはゲルナーのうんざりした様子を見て頭を垂れる。


「ゲルナー様。魔王様の勝手な決断で人間どもと休戦して早二年ですな。ご苦労様です」

「休戦協定などいつ破れてもおかしくない。明日にでもな」

「あの戦闘ゴーレムから連絡がありませんな」

「まあ、魔王様がどう出るか。それを見るためだ。成功するとは思っていない」

「では、次の手も?」


 期待に満ちた目をするクルツ。


「一旦、血が流れればまた戦争が始まる。なんといっても、三〇〇年も戦い続けてきたのだ。二年くらいあってなきがごときだ」

「では、陛下のご下命を頂きに参りますか?」

「あの陛下は魔王様と違って従順で助かる」

「いい身代わりを残してくれたものだ。いっそ、あちらを本物にしたいほどだ」

「おや、それは反乱になりますぞ?」

「陛下はおられるのだから反乱には当たらんだろう? 誰とも知れん者が魔界から追放されるだけだ」

「なるほど。継承さえ出来れば問題はありませんな」

「まあ、それが最大の問題なのだがね」


 ゲルナーは苦々しいと吐き捨てる。魔王はひとりしか存在出来ない。それは魔王が死ねば新しい魔王候補に力が継承されるからだ。身代わりとして魔王が置いたドッペルゲンガーでは代わりにはならない。


「まずは、わからぬようにちょっかいをかけてみるのがよろしいでしょうな」

「そうだな。人間側から協定違反をしかけてくれればなおよいのだが」

「おもしろそうな話をしているわね」


 いきなり、声が降ってきた。そして、同時に音もなく黒い影が降り立つ。体を覆った漆黒の翼を広げて身を起こしたのは少女だった。


「ヴァレンタイン様」


 クルツが恭しく頭を垂れる。


「その話、わらわにも噛ませていただけるかしら?」


 笑みを浮かべた少女の口からのぞく鋭い歯が煌めいた。

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