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1:魔王、入学す その2

自ら廃墟にした公園に立ち尽くす魔王。そこに「大丈夫?」と声がかけられた。

 ジークリット・フェルトバーンは明らかに目立っていた。

 女性にしては高い身長というだけでなく、燃えるように赤く長い髪も、整った容姿とプロポーションも、並んでいる他の女の子と比べて目立っていた。それは自分でも気づいていた。加えてフェルトバーン家が王家に連なる名門貴族という身分もあった。そのため、生徒会長などという役職をふられ、それを断れない。しかし、自分はその器ではないこともわかっていた。わかりながら、貴族の務めを果たすには他に方法はないと引き受けるしかなかった。

 そういうわけで、ボーダータウンの大通りに立ち、呼びかけをしているのも生徒会長としての職務を果たすためだった。


「王立学園では生徒を募集しています。お子さんを我が王国のために働く人材にしませんか?」


 ビラを配りながら声を張り上げる。凛とした声はよく通る。誰もが振り向いてくれる。

 が、そこまでだ。道行く人々の反応は冷たい。


「勉強だって? それどころじゃないよ。うちの子には働いてもらわないといけないんだからね」

「お貴族様は優雅でよろしいな」


 復興で人手が足りない時に子供の手だって惜しいのだ。それはわかるが、それでは復興後が思いやられる。働き盛りの男の多くは戦争で死傷し、残っているのは女子供と老人ばかり。特に貴族については若い男の比率が少ないのだ。それをなんとかする為に、身分に関係なく学校で学べるようにするというのが新しい学園長の方針だった。もちろん、国王も認めてのことだ。平民の子供にとっては大きなチャンスのはずだ。

 しかし、現実は甘くない。

 朝から始めて、昼休みを挟んでもうそろそろ夕暮れ。成果はなく、声をからしても虚しい思いばかり。


「ジーク、体調が悪いの?」


 ため息をついたジークリットに同級生のフランソワが声をかけてきた。

 男の子のような愛称もあまり好きではなかったが、周囲の女の子たちからすればジークリットは理想の男の子のような存在だった。


「大丈夫。頑張って新入生をつかまえないとね!」


 そう言って、ジークリットは前を通る人に声をかけようとした。が、声がかすれて出ない。


「ほら、無理しちゃダメだって。お昼だけでしょ休んだの。みんな一時間おきに休んでるんだから、ジークも休んできなって」


 フランソワに言われて、さすがにジークリットも限界を悟った。


「それじゃ、ちょっとだけ休憩してくるね」


 ガラガラにかれた声で言って、ジークリットは通りを歩き出した。

 ひとりになれるところはないかと考え、近くにある公園を思い出した。瓦礫置き場になっているから、誰もいないだろう。

 ロレール中央公園に入った途端、ジークリットは廃墟と化した公園にたたずむ少年に気づいた。

 ふたつみっつ年下かなと、ジークリットは思った。ジークリットよりも背が低い。というより、ジークリットの身長が高いのだが。

 少年の肩が震えている。

 泣いてるんだろうかと思うと、ジークリットは声をかけずにはいられなかった。


「キミ、大丈夫?」


 少年は勢いよく振り向いた。


「ゴメン。驚かせた?」


 泣いていたわけではなさそうだ。憮然とした表情ではあるが、目は赤くない。小さいながらもキリッとした顔。その中でも目はとても強い意志を持って輝いていた。

 生意気だけど賢そうな少年。それがジークリットの印象だった。

 ジークリットをじっと見て、少年がぼそっとつぶやいた。


「オークかと思ったぞ」


 魔族の中でも大きくて凶暴なので名高い種族の名を上げた。


「お、オーク!?」


 ジークリッドは思わず声を上げた。前言撤回。生意気なガキだ。


「そりゃわたしは大きいわよ! でも、オークはないんじゃない?」


 顔を引きつらせながらジークリットは抗議する。


「そうだな。オークにしては細い」

「キミね、オーク見たことあるの? いや、答えなくていいわ。見てたらこんなところにいるはずないもんね。今頃は天の国で自分の不幸さを嘆いてるはずよ」

「そうか? ああ見えても可愛いもんだぞ?」


 負け惜しみのようなことを言う少年に余裕の笑いを浮かべると、ジークリットは尋ねた。


「キミ、名前は?」

「名前? そんなもんはないぞ」

「ない? お父さんお母さんからはなんて呼ばれてたの?」

「そんなもんいないからな。名前なんてなくても困らなかったぞ」


 そう聞いてジークリットは確信した。この子は戦災孤児なのだろう。親を亡くして、日雇い労働や悪いこと――例えばスリや盗みで生きているのかもしれない。そんな子供を名前で呼ぶ大人はいない。名前を呼ぶということは相手を対等に扱うということなのだから。


「……そっか。そうだ! よかったら、だけど、名前つけたげようか?」

「名前?」


 不審そうな顔をするのにも構わず、ジークリットは勝手に話を進める。


「そうだなー。アンザークってどう?」

「……アンザーク?」

「古代語で『負けない者』って意味。こないだ、授業で教えてもらったんだけどね」

「負けない者……か……。確かに、まだ負けてはいないな。うむ。オレにピッタリだ」


 満足そうにうなずく少年を見て、ジークリットは思いついた。この子、学園に入ってくれないかな? 勉強なんか興味ないかな?


「帰るところ、ある?」

「ないことはないが……」


 少し考えたように少年は応じた。家と言っても隠れ家みたいなところかもしれない。だから言葉を濁したのかも。


「だったら、学校に来ない?」

「学校だと?」


 眉間にシワを寄せて聞き返すアンザークの不審そうな声に、無理かなーと思いながら、ジークリットは説明を試みる。


「王都にある王立学園が復興政策のひとつとしてこの街に分校を作るんだけど、貴族以外でも生徒を募集してるの。わたし、その手伝いしてるんだよね。って、まあ、生徒会長だから仕方なくやってるんだけど。それで、寮もあるから住むところもあるし、食事も出るよ」


 最後の一言はもちろんアンザークに対するセールストークだ。


「学校か……。人間の文化を学べるか?」

「え?」


 予想外なところに食いついてきたジークリットは驚いた。


「学ばねばならないことがあるのだ」

「なにが知りたいの?」

「どうやったらリア充というものになれるのか知らねばならないのだ」

「りあじゅう?」


 聞いたことのない言葉にジークリットは小首を傾げる。


「そうだ。ある人間がこう言ってオレに挑戦してきたのだ、『おまえなんかリア充からほど遠いんだろ。オレなんかなぁ、もててもてて困ってんだぜ。おまえはそうは見えないぞ。どうだ、悔しいだろ!? ははん』とな。だから、オレはリア充にならねばならんのだ」

「えっと、よくわからないんだけど……」

「そうか。おまえにもわからんか。では、ますます人間の学校にいかねばならんな」


 アンザークは難しい顔で腕を組む。


「それじゃ、入学してくれる?」

「わかった。入ってやろう」

「ありがとー、アンザーク!」


 よくわからないとはいえ、とにもかくにも生徒をひとり確保できたことで、ジークリットは自分の責務を果たしたような気になって、ほっと胸をなで下ろした。

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