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3:、妹、来襲す その4

    3


「……遅い。なにをしておるのだ」


 アンザークはベッドの上であぐらをかいて目の前の魔方陣をにらんでいた。ぼんやりとした光が白いシーツの上に複雑な円と直線を描いている。

 と、魔方陣の上にぼんやりとした人影が浮かび上がる。真っ白なシャツにビシッと黒いタキシードを着、首元には黒い蝶ネクタイ。見事な銀髪に銀のヒゲという、初老の紳士である。人間ではないのは尖った耳と、真っ赤な瞳でわかる。


「おや、これは魔王様。いかがいたしました?」


 うやうやしく頭を下げる老紳士。


「遅いぞ、爺。なにをしておった?」

「なぜか魔王様の机の上にたまっておりました仕事などを」


 まずは先制パンチを食らってしまい、アンザークは呻く。


「魔界でなにか変わったことはないか?」

「ございます。魔王様がご不在という非常識事態でございます」

「……それは困ったな」

「誰のせいですやら……」

「わかったからイヤミは言うな。別に逃げたわけではない。目的を果たせば戻る」

「爺は約束を破る魔王は嫌いですぞ」

「オレも嫌いだ。気が合うな」

「それで、御用向きはなんですかな?」


 老紳士は笑うことなく実務的に促した。


「今日、襲われたぞ」

「さようですか。それはなによりでございます。魔王らしき日常でございますな」

「ウソでもいいから心配くらいせんか」

「するだけ無駄でございましょう。陛下が人間ごときに殺されあそばすわけはございませんから」

「それはそうだが、相手は人間ではない」

「なんと。では、暴れ牛でございましょうか?」

「かなり暴れていたが牛ではない。エロイーズによれば戦闘用ゴーレムではないかと言うのだ」

「戦闘用ゴーレムですか。それは剣呑な代物ですな」

「オレが魔王になってから戦には使っていないと思うが、どうなっているのだ?」

「陛下はド派手な戦いがお好きでしたので、ゴーレムとか地味な兵器は投入しておりませんな。未使用のゴーレムは兵器庫で埃をかぶっております。もったいないことですが」

「もったいないなら公共工事なんかに使え。道路とか人間界は綺麗にしているぞ」

「なるほど。それは珍しくよいお考えでございますな。さっそく該当部署に命じるとしましょう」


 そう言うと、爺は一礼すると、思い出したように話題を変えた。


「それはそうと、エロイーズというのは何者ですかな?」

「ああ、人間界にいるサキュバスだ」

「野良魔族ですか。魔王ともあろうお方がさような下賤の者とつきあうのは感心しませんな」

「問題ない。いいヤツだぞ。オレと違って、胸なんかフワフワなのが妙だが」

「なるほど。では、初体験は済ませたのですな?」

「なんだそれは?」

「男と女が裸で子作りに励むことでございます」

「裸にはなったが、子作りだと?」

「なるほど。では、いまだ経験なしと。奥手の方がなにかと使いやすいと思ったのですが、予想以上の奥手に育ったようでなによりでございます」

「なんのことだ?」

「いえ、こちらの話でございます」


 老紳士はコホンと咳払いをする。


「おおそうだ。その戦闘用ゴーレムもエロイーズのような格好だな」

「……なんですと?」


 老紳士の表情がいきなり険しくなった。


「言わなかったか? ゴツゴツしたゴーレムではないのだ」

「それは……女性型ということですな?」

「ああ、そうだな」

「わかりました。では、そのゴーレムの出処をすぐさま探りましょう」

「頼んだぞ」


 アンザークは魔方陣の描かれたシーツを手でパンと叩いた。魔方陣が壊れると、老紳士の姿も消える。


「どないやて?」


 エロイーズが風呂のカーテン越しに尋ねる。風呂はカーテンを閉めて使うものらしい。面倒だ。


「調査結果待ちだな」

「そっか。わかったらええな」

「爺ならそれほど時間もかからずに調べるだろう。爺は拷問において右に出る者がいないからな」

「さすが魔王はんの執事やな。えげつないわ。ウチは痛いの苦手やし」


 エロイーズはぐったりした戦闘用ゴーレムを湯船から引っ張り出すと、裸のままベッドに放り出した。

 瓦礫に突っ込んで埃まみれになった戦闘用ゴーレムを風呂で洗っていたのだ。あの後、急に意識がなくなり、エロイーズに背負わせて運んできた。


「サキュバスに力仕事させる魔族ひとでなしなんて魔王はんくらいやわ」


 疲れ切った顔でエロイーズはベッドにへたり込んだ。


「小さいな。おまえともジークとも違う」


 アンザークは戦闘用ゴーレムをまじまじと見た後、ちょこんとした胸をつついた。


「まさか、戦闘用ゴーレムを襲おうなんて……さすが魔王はんや。見境なしやな」

「なにを言う? 襲われたのは俺ではないか」


 フンと鼻を鳴らすと、アンザークは戦闘用ゴーレムのお腹をポンと叩いた。ゴーレムと思えないほど柔らかく、プルンと震える。


「で、こいつはどうして動かんのだ?」

「ゴーレムは詳しくないんやけど、造りもんやし、壊れることもあるん違うかなぁ」

「壊れたからこうなったということか?」

「そういう可能性もあるなぁて」

「ふむ……」


 アンザークは戦闘用ゴーレムを見ていた顔をエロイーズに向ける。


「ちょっと待て。壊れたということは、直る場合もあるということか?」

「そういう可能性もあるやろなぁ」

「つまり、直ったら、またオレを殺しにかかるのではないのか?」

「そらそうやろなぁ。そういう命令やったんやろし」

「面倒だな。ここで壊してしまうか」

「けど、ジークリットに妹て紹介してしもたやろ? 行方不明になると騒ぐで?」


 アンザークはチッと舌打ちして振り上げた拳を戻した。


「……そうか。ひとりいなくなったくらいで騒ぐとは、人間という連中は面倒だな」

「そやからウチらは細心の注意を払てるんや。目立たんところで精気吸い終わったら記憶奪ってな」

「おまえの苦労など知らん」


 素っ気なく切って捨てたアンザークにエロイーズはハアッとため息。


「そんで、どうすんの、魔王はん?」

「どうとはなんだ? ここに置いておけばいい」

「ここ、男子寮やから」

「だから?」

「一応、女の格好しとるし」

「だから?」

「ここに置いとくと問題あるで?」

「なぜだ?」

「寮長に叩き出されるとか、飯抜きとか色々」

「それは問題なだ」


 ようやくアンザークが理解したのを見て、エロイーズは疲れたため息を吐いた。


「面倒な決まりだな」


 つぶやいたアンザークがゴーレムの淡いピンク色の乳首を爪先でつまんだ途端、がっしりと腕をつかまれた。


「お兄様、なにをなさっているのですか?」


 アンザークが見るより早く、腕が持ち上げられる。


「どわっ!?」


 アンザークはベッドを乗り越えて反対側の壁に叩き付けられた。


「やはり、殺る気か!」

「ああ、初めてお会いした愛しいお兄様が妹に許されない愛情を抱いている変態さんだなんて、感激ですわ」

「意味がわからん! エロイーズ、翻訳しろ」

「……ええっと、無理やわ、それ」

「なぜ投げた?」

「そっちはもっとわからへん」

「妹からの愛情ですわ」

「愛情とはなんだ? 殺意の一種か?」

「この場合はそうかもしれへんなぁ」

「ならば、話は簡単だ! 覚悟し――」


 アンザークが固めた拳を突っ込んでくる戦闘用ゴーレムの顔面向けて放とうとした。

 その瞬間、ノックが聞こえた。


「アンザーク? いる?」


 ドアの向こうからジークリットの声。


「ジークリット!?」


 アンザークが反射的にドアの方を見て拳を止める。


「お兄様!」


 その瞬間、戦闘用ゴーレムが頭から突っ込んできた。


「うごっ……」


 油断した腹に強烈な頭突きを食らって、アンザークは悶絶した。


    ◇

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