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3:、妹、来襲す その3

 アンザークが駆け込んだのは最初の日に向かった公園跡地。

 幸い作業中の人影もなく、あの日に会った老婦人の姿もない。

 迎え撃つ気満々で振り向いたアンザークは刺客の姿がないのに気づいた。


「諦めたわけではないだろうな」


 油断なく周囲を見るアンザーク。そして目を見開いた。


「あらあら、こないだの」


 問題の老婦人がよろよろと杖をつきながら公園に入ってきたのだ。


「なんで来るのだ?」

「そんな意地悪を言わないどくれ。わたしゃ、ここに来るのが楽しみでねぇ」

「そういうことではない!」


 イライラしながら声を荒らげた瞬間、背後から殺気を感じ取った。衝撃波が迫って来る。飛びのけば老婦人に当たってしまうと判断したアンザークは老婦人を抱えて横に跳んだ。

 ぐったりとした老婦人を地面に降ろすと、アンザークは声をかける。


「おい、生きてるか?」

「あらあら、この歳で若い子に押し倒されるなんてねぇ。わたしもまだまだかねぇ」

「やかましい」


 片手で抱き起こし、アンザークは老婦人の目を射るように見て言い放った。


「忘れろ。すぐにここから出ていけ」

「……忘れます。すぐに出ていきます」


 茫洋とした表情になった老婦人は来た時と同じようによろよろと歩き去る。


「ええい、面倒かけおって」


 忌々しく見送って振り返ると、刺客の姿があった。


「貴様がどいつから命令されたのか知らんが、オレに人間を助けるなどというマネをさせた後悔をさせてやる」

「覚悟して」


 刺客が歩み寄ってくるが、その手には長剣がない。

 一瞬、アンザークの反応が遅れた。素手だろうが得物を持っていようがやることは変わらない。しかし、相手の打った手がなにかと考えてしまった。

 次の瞬間、アンザークの足元に無数の陰が落ちた。不意に上空に現れたものたちが落とした陰だ。

 長剣、短剣、槍、斧、棍棒、ハンマー……。数十、いや、百を越えるありとあらゆる得物がアンザークの周囲に出現し、一斉に襲いかかった。


「なにっ!?」


 驚愕の声は得物が突き刺さり、振り下ろされ、切り刻み、粉砕する音にかき消された。


「目標消滅」


 刺客少女が淡々とつぶやき、両手を広げると地面に突き立てられた得物の集団は一瞬にしてかき消えた。残ったのは地面に深々と刻みつけられた刃やハンマーが食い込んだ跡。しかし、そこにアンザークの体はない。


「遁走したか」


 刺客がつぶやいた途端、


「オレの辞書に『とんそう』なんて難しい文字はないわっ!」


 地面の穴から飛び出したアンザークの拳が刺客の頭に命中した。ゴツンと大きな音が弾け、刺客は吹っ飛ばされる。瓦礫の山に突っ込み、盛大な土煙が舞い上がった。とどめに女神像がドシンと落ちて、刺客はそのまま動かなくなった。


「このレベルの魔法で殺られるわけがないであろうが」


 フンッと鼻息も荒く当然のように言い、アンザークは拳を突きつけた。


「さて、正体を探るか」


 瓦礫の下になった刺客に歩み寄る。

 と、足音が聞こえ、アンザークは振り向いた。ジークリットなら言い訳を考えなければならない。


「魔王はん!?」


 が、そこにいたのはエロイーズだった。


「大丈夫なんか?」

「ああ、あれくらいでどうなるわけはない」

「こっちは問題みたいやな」


 とととっと駆け寄ったエロイーズが倒れた少女を起こす。


「――記憶領域破損。修復後、再起動を試みる」と感情のない声が少女から漏れ出た。

「なんや、おかしなこと言うてるけど……」

「なんだと?」


 アンザークは刺客を調べようと屈み込むと、シャツをやぶり、胸をはだけさせた。


「魔王はん、襲われた仕返しに犯すんかいな。魔王となるとえげつないなぁ」

「なにを言っているのだ? 魔法の痕跡がないか調べているのだ。操られたのかもしれんからな」

「まあ、そういうことにしとくわ。ふうん、胸はちっこいなぁ」

「おまえより大きいヤツなど知らんぞ」

「褒めてもろたわ」


 嬉しそうに笑うエロイーズ。

 その脇でアンザークは少女の胸に手を当てて魔法を掛けられた痕跡を探っていた。


「ふむ、操られていたわけではないか。であれば、ここはとどめを刺しておくべきだな」

「うわっ、魔王っぽいセリフ!」

「オレは魔王だ!」


 憤然とした顔で言い、アンザークは拳を振り上げた。魔力を込めて顔面に叩き込もうとした時、


「アンザーク! よかった。どこ行ったのかと探したじゃない」


 息を切らせてジークリッドが駆けてきた。

 アンザークは慌てて拳に込めた魔法を解除した。これで問題ないと思ったが、アンザークは忘れていた。刺客少女の胸をはだけて覆い被さっているのを。


「……なに……してるの? その子は誰?」


 ジークリットの声が震える。まるっきり犯罪者を見る目つき。


「え? いや、その……」


 まさか魔界からの暗殺者だとは言うわけにはいかず、アンザークは口ごもってしまった。

 エロイーズがしょうがないなとため息をつき、わざと明るい声を上げた、


「妹や! そやろ?」

「あ?」


 事態が飲み込めず戸惑うアンザークにエロイーズは肘で突きを入れる。


「さっき言うてたやん。妹がおるて」

「あ、ああ! そうだ、こいつは妹だ!」


 アンザークがポンと刺客の胸を叩く。


「――妹。設定認識完了。魔界図書館から該当の情報を検索後、再起動に入る」


 刺客が小さな声を漏らしたが、ジークリットが驚きの声を上げたため、全員聞き漏らしてしまった。


「え? 妹さんがいたの?」

「まあ、そうだ。今初めて会ったんだがな」

「え?」

「ああ、そや! 生き別れっちゅうヤツやな。しかも、病弱の」とエロイーズの助け船。

「そうなのだ!」

「生き別れの妹さん?」


 ジークリットは目を見開いた。

 さすがにこれだけ無理のある嘘だとバレるかと覚悟したアンザークだが、ジークリットは目を真っ赤にしてアンザークを抱きしめた。アンザークが目を丸くする番だ。


「辛かったでしょ? この娘もどんな境遇だったのかわからないけど、苦労したんでしょうね」

「ええっ!? 信じたんかい!?」


 エロイーズは思わず声を上げ、慌てて手で口を押さえた。


「え?」


 ジークリットがエロイーズを見る。


「な、なんでもないねん!」


 背中を向けたエロイーズは声を押し殺して突っ込んだ。


「ああっ、もう! 突っ込みたいのにでけへんやないの! 天然やと思てたけど、ここまでとは……」


 エロイーズが悶々とする間に刺客少女が目を開いた。


「再起動完了」


 すっくと立ち上がり、アンザークに歩き寄ってきた。

 ジークリットに抱きしめられていたアンザークは背中越しにその姿を見てジークリットを振りほどき、背後に回す。

 身構えるアンザークに女の子はぺこりと頭を下げた。


「お兄様」

「あん?」


 意表を突かれてアンザークはぽかんとした顔をした。


「ずっと会いたかったです。今知りましたけれど」

「……ホンマに妹やったんか?」とエロイーズがささやく。

「まさかだ」


 アンザークは戸惑って刺客少女を見た。さっきまではビンビンに感じていた殺気がまったくない。それに油断して一歩近づいた瞬間、右足が跳ね上がってアンザークの首にハイキックが炸裂した。


「……な……なにをするっ!?」


 まともに食らってぐらつくアンザーク。


「妹はお兄様に対してなにをしても許されるのです。今まで妹を放置した罰です」


 刺客少女はアンザークの右腕をつかむと、ひょいっと飛びついて首と胸に両足を載せた。バランスを崩したアンザークが仰向けに倒れる。


「うがっ!?」


 アンザークは腕に走る激痛に呻きをあげると、強引に腕を曲げ、刺客少女を振りほどいて立ち上がる。


「誰に聞いたのだ!?」

「書物からの情報です」

「もっとまともな本を読――」


 叫んだアンザークに不意打ちのように少女が飛び込んできた。身構える間もなく、アンザークはがら空きの胸にドンッと衝撃を食らった。

 アンザークはうっ……と呻いて涙を浮かべる。


「お兄様、ずっと一緒です。もう離れません」


 刺客少女はアンザークの胸にはだけられた自分の胸をピタッとくっつけると、グイグイと凶器のように押しつけた。


「仲いいんだね。よかったね、アンザーク」

「めでたしめでたしやな」


 涙ぐむジークリットとニヤニヤするエロイーズ。

 アンザークはエロイーズをにらみつけながら、ジークリットに笑みを向け、痛みに耐えるという芸当をするしかなかった。

 飛び込んできた時、少女の膝が深々と腹にめり込んでいたのだった。

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