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2:淫魔、奉仕す その8

    ◇


「今日は馬術の授業だ」


 朝一番に馬場に集まった生徒たちに向かって、いかつい教官が威圧するような声を上げた。

 馬を飼育する厩舎、柵で囲った馬場、その中には馬術で使うバーや盛り土などの障害物がある。生徒たちがいるのは厩舎の入り口だ。すでに馬の臭いがしている。


「見りゃわかるし」


 マーカスがへっと笑う。


「そこのおまえ、わかってるなら馬には乗れるんだろうな?」

「当然のたしなみだ」


 マーカスは自信たっぷりに応じた。貴族というだけあって馬術と剣術は幼少の頃から必須なのだ。


「そうか。では、おまえにはとっておきの馬をあてがってやる」


 教官はニヤリと笑いながら、生徒たちを厩舎の中へと手招きした。

 中は馬一頭毎に仕切りがあり、全部で一〇頭がいた。栗毛、斑、白と色々いる中で、一頭だけ黒々とした巨体があった。そこだけ、囲い枠が目立つようになっている。

 アンザークはその馬を見て顔をしかめた。エロイーズがアンザークを肘でつつく。


「魔王はん、あれ」

「わかっている」

「そこ、私語は厳禁だ」


 教官はふたりをにらみ、マーカスを指名した。


「おまえにはこの馬だ。模範的な騎乗を見せてくれ」

「……で、でかい馬だな」

「シルヴィアだ。いまだ誰も乗ったことがない」

「どういうこと?」

「まあ、やってみればわかる。鞍をつけてみろ」

「ふん、簡単なもんだ」


 マーカスは馬具置き場にあった鞍と、その下に敷く革を持ってシルヴィアに近づいていった。


「この俺が乗ってやるんだ。いい子にしてろよ」


 命令口調で言うと、革をシルヴィアの背中に乗せようとした。その瞬間、マーカスは吹っ飛んで、干し草が積まれた山に頭から突っ込んだ。シルヴィアが巨体を振って、腹でマーカスを弾き飛ばしたのだ。

 驚いた声と笑い声がわき上がった。


「まあ、無理だったな」


 教官は予想どおりだと笑う。


「なんで、こんな役立たずの馬を置いておくんだよ!?」


 全身干し草だらけにして、マーカスは食ってかかった。


「それがな、何度か売ろうとしたんだが、その度に暴れるし、他の馬が守ろうとしてな。ひどい目にあった」

「だから、一頭だけ別枠なんだ」


 フランツが納得した顔をする。


「さあ、他の馬を使って騎乗の訓練だ」


 教官の指示でそれぞれに馬が一頭ずつあてがわれる。


「おい、オレはこいつに乗るぞ」


 アンザークは教官に向かって言った。指定したのは例の黒馬だ。


「さっきのを見ただろう? 体格から見ても、おまえの方が小さいんだぞ?」

「ああ。問題はない」


 アンザークはすたすたとシルヴィアに近づき、小声で話しかけた。


「おい、おまえ」


 シルヴィアは明らかに動揺した様子で鼻息も荒くして一歩後退った。


「オレのことがわかるな?」

「……魔王様」


 馬の口から聞き取りづらいが声が漏れた。周囲には聞こえていないが、女の声だ。


「やはり魔族だったか。魔力が感じられたから、魔法か呪いをかけられたな」

「……はい。面目次第もありません」

「どうしてこんな格好になった?」

「三年前の戦いで魔術を掛けられました」

「魔族にか?」

「いえ、人間です」

「魔術士というヤツか」

「はい……。小娘と侮りました。魔王様、解呪できませんか?」

「オレは攻撃なら得意だが、こういったのはまったく知らん!」

「……そこで威張らなくても」


 シルヴィアは長い首をうなだれさせた。


「種族はなんだ?」

「ケンタウロスです」

「ん? つまり、下半身はそのままということか」


 アンザークが何の気もなく口にした言葉に、シルヴィアは猛然と反論した。


「そのままじゃありません! 馬とケンタウロスでは大きな違いがあるんです!」

「落ち着け。バカにしたわけではない」


 アンザークはなだめようとしたが、シルヴィアはなおも言い募る。


「いいですか? 馬とケンタウロスじゃ根本的に違うんです! まず蹄鉄なんてものつけさせません! 無粋で重くて。ケンタウロスの蹄は遥かに頑丈なんです! それに背中に誰かを乗せる時は――」


 興奮した様子でまくし立てる――人間からすればいななくシルヴィアを見て教官が慌てて飛んできた。


「無茶をするなよ」

「問題ないぞ」


 アンザークは当然のように答えたが、教官は不安そうだ。


「どうした? 威勢のいいこと言って乗り方わからないんじゃないだろうな?」

 隣で栗毛の馬に鞍をつけていたマーカスが嘲笑する。自分に特大のブーメランが返ってくるのにも気づいていない。

「見ていろ。乗るぞ」


 そう言うと、アンザークは鞍もつけずにひょいっと飛び上がった。


「っ、待って――」


 シルヴィアが慌てた声を上げた時にはアンザークは跨がっていた。


「男に乗られたのは初めてなのに……」


 しんみりした声でつぶやくシルヴィア。それをかき消すように、おおっと歓声が上がった。


「スゴいな!」

「鞍もつけない裸馬に跨がるなんて」


 グラッドとフランツが感心した顔でアンザークを見上げ、マーカスが真っ青な顔で唇を噛む。


「ちょっと走ってみるか」


 アンザークが合図すると、シルヴィアは厩舎を歩み出て陽の当たる外に出た。


「鞍がないと安定せんな」


 激しい上下動に尻がずれて落ちそうになったアンザークはシルヴィアの首に腕を回してしがみついた。


「あ、そこは!?」


 シルヴィアが驚いた声を上げ、ビクンと跳ねた。その衝撃で振り落とされまいとアンザークが手に力を込める。


「ダメ……ああっ……」


 あえぎ声をあげるシルヴィアの動きがさらに激しくなる。アンザークはそれでも振り落とされない。いつの間にかロデオになっていた。


「凄いわ、アンザーク」


 ジークリットが感心した声を上げる。


「なんか、あの馬の声、色っぽくないか?」


 グラッドが言いにくそうに隣のフランツにささやく。


「そんなこと、ないと、思うけど……でも……」


 そうは言いながらフランツも顔を赤くしていた。

 エロイーズは別の意味で感心していた。


「ウチより凄いことしはるわ。しかも、見えてへんのをええことに公衆の面前で」


 エロイーズの目にだけ、正確な姿が見えていた。ケンタウロスは上半身は人間と同じで、馬の首から生えている異形だ。つまり、馬の首に相当するところには上半身がある。シルヴィアは女性なので、首には胸がある。つまり、シルヴィアの首にしがみついているアンザークは背後から胸をわしづかみにしていることになる。しかも、その指はしっかりと乳首にかかり、激しく上下する度につまんだりこすったり……。

 馬場を一周走り終えて戻ってくると、アンザークは意気揚々と馬の背から飛び降りた。反対にシルヴィアの方は今にも腰を落として倒れそう。


「凄いじゃない、アンザーク!」


 ジークリットが歓声を上げて出迎える。

「シルヴィアがここまで受け入れるとは驚いたな」

 教官も感心してシルヴィアを見た。

 ひとりおもしろくないのはマーカス。それに取り巻きの貴族たちだ。なにを言っても負けを認めるようで声が出てこない。

 厩舎に戻るシルヴィアが息を弾ませながらアンザークに鼻面をこすりつけてきた。


「……魔王様、この呪いが解けましたら、おそばで仕えさせていただけませんか?」

「おお、いいぞ」


 鷹揚に答えてシルヴィアの首をなでるアンザーク。


「我が身は魔王様のものです。いつでもお情けを――」


 シルヴィアがささやいた時、


「凄く仲良くなったね」


 ジークリットが感心した声を上げて厩舎の奥から手を振った。


「魔王様、あの人間のメスはなんです?」

「オレの最初の仲間だ」

「もういたのですか……。仕方ありません。私は二番目でもかまいません」

「あそこにいるのもそうだぞ」

「サキュバスを屈服させるなんて、さすが魔王様。早く我が身を捧げとうございます」

「まあ、急くな。そのうち出番が来る」


 アンザークはシルヴィアのたてがみをなでる。

 その様子を見ていたエロイーズは感動してつぶやいた。


「この魔王はん、素で女ったらしやな……。年上ケンタウロス美人をたらし込んでしもたわ」


 それ以上に気になったのはマーカスたちの様子だった。ヒソヒソ声でなにか話している。


「なんや、アホなこと企んどるな。あいつらやったら精気採ってもかまわへんよな?」


 エロイーズはいいこと思いついたと赤い舌でペロッと唇をなめた。


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