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2:淫魔、奉仕す その6

    3


 授業が終わると、アンザークは落ち着かなげに立ち上がり、教材を片づけているジークリットのかたわらに行った。


「ジークリット、訊きたいことがある」

「どうしたの?」

「図書館はどこだ? むろん、あるのだろう?」


 エロイーズに図書館の魅力を語ったせいで、思い出したのだ。人間界の図書館にならリア充の謎を解く書物があるに違いない。

 が、ジークリットは困ったような顔でアンザークを見た。


「どうしたのだ?」

「普通は学校に図書館はあるのだけど、ここにはないの」

「なにぃっ!?」

「戦争で燃えちゃったのよ」

「なんだとぉっ!?」

「魔王の攻撃で炎があっという間に広がって、数百年分の書籍や資料がなくなったの」

「ゆ、許せんっ、オレ様めっ! いつの間に!?」


 アンザークはガックリと膝をつき、頭を床に打ちつける。


「えーっと、あれはいつだったかな? フランソワ、街の図書館が焼かれたのって、いつだっけ?」

「五年か六年前だったと思うわ」

「……そうか、それなら前の魔王だな。脳みそまで筋肉の愚か者だったと聞くからな。図書館の重要さなどわかるわけもない」


 アンザークはケロッとして立ち上がった。


「しかし、図書館がないとすると、どこで調べればよいのだ?」

「そうなのよね。勉強するにも必要だし、最低限の本は図書室にあるんだけど、教科書とあんまり変わらないし。王都まで行けば、大きな図書館があるんだけど」

「なにっ、大きな図書館だと!?」


 アンザークはジークリットにググッと身を乗り出して無言で先を促す。


「この学園と同じくらいの建物なんだけど、蔵書の量はちょっと見当がつかないわ。目まいがしそうなほどあったのは覚えてる」

「そ、そうか! それは楽しみだな」

「でも、学校を休んで行くわけにもいかないし……」

「一日あれば行けるぞ?」

「無理無理! 馬車でも二日かかるから、歩いてだと倍の四日よ」

「ああ、そうか」


 まさか飛んでいくつもりだったとは言えないアンザークである。


「休むと授業が受けられんのだな。それは困る」

「長期休暇まで待つしかないわね。当分先になるけど」

「……そうか」


 アンザークはうなだれてしまった。

 いっそ王都の図書館に忍び込んで調べるという手もある。しかし、調べるのにどれくらい時間がかかるかわからない。その間に学園を追い出されでもすれば、もったいない。


「なかなか上手くいかんな」


 アンザークは唸りながら寮に戻っていった。

 夕食時に食堂に降りてもまだ考え込んでいた。


「図書館を丸ごと魔界に飛ばせば……いや、価値のわからんゴブリンやらオークやらが破壊せんとも限らん。オレもずっと監視しているわけにもいかんしな。くそう……」

「どうしたの、難しい顔してさ?」


 フランツがアンザークの顔をじっと見て尋ねる。


「いや、難しい問題があってな」

「まあそんな時は食べなって。ほら来たよ、メインディッシュ」


 出された料理を見てアンザークはさらに眉間にシワを刻む。


「なんだ、この料理は?」

「スペアリブ。たまにしか出ないご馳走なんだ」


 フランツが嬉しそうに塊をつかむ。


「これがか? なんだか、昔を思い出すな……」


 気乗りしないまま、アンザークは骨付きの肉を手に取った。

 あの時は爺ではなくて、ゴブリンの中でもマシな料理人というヤツが夕食を用意したのだ。正体不明の骨付き肉。ブヨブヨと動く肉をサラマンダーの炎であぶったのは見えた。そこに臭みを消すための大量のハーブをまぶし、岩塩の塊を投げつけたような代物だった。


 少なくとも、おかしな臭いはしないなと、アンザークは骨をつかんで肉を一噛み。


「どう?」

「……旨い」


 肉汁がしたたり落ち、甘辛い味が口いっぱいに広がる。


「もの凄く旨いぞ! 肉がこんなに旨いとは大発見だな!!」


 アンザークは一気に頬張り、骨から肉を引き抜くと、さらにもう一本つかむ。


「ちょっとは元気が出たみたいだね」

「面倒な坊ちゃんだな」


 グラッドの苦笑はすぐに凍りついた。アンザークがスペアリブをごっそりと自分の皿に持っていこうとしたからだ。


「おい、それ、俺のだぞ!」

「けちくさいことを言うな。こんなにあるではないか」

「それは寮生全員分だ!」

「おまえらなどひとりふたつで充分だ。残りをオレによこすのだ!」

「自分だけ腹一杯になろうたって許すか!」

「このオレ様に盾突くヤツが勇者以外にいたとはな。後悔させてやろう」


 アンザークとグラッドがにらみ合う。


「食事中のケンカは御法度だ、小僧ども!」


 いつの間にやって来たのか、寮長が拳で一喝した。


「おうし、小僧ども! たらふく食え!」


 同時にドンとスペアリブの盛った大皿が置かれた。


「寮長、口調!」


 フランツが慌てた様子で寮長の口を指さす。寮長はコホンと咳払いしていつもの口調に戻った。


「これは、失礼。どうも肉料理を作ると昔のクセが戻ってきましてな」

「昔のクセだと?」


 アンザークが訝しそうに目を細めて寮長を見上げる。フランツが説明した。


「寮長、昔は勇者と共に戦ったらしいんだよ」

「ふかしてるだけだろ。そう言ってれば俺たちがびびるとでも思ってんだ」


 グラッドがへっと笑う。


「魔王軍と戦っていた頃は食事といっても、死んだ馬や家畜の肉を焼くくらいしかご馳走がありませんでな。せめて、味つけだけでもなんとかしようと色々工夫をしたものですよ」

「それで、戦場を思い出してしまうのか」

「さようです」


 アンザークの問いに寮長は腰を屈めてうなずいた。


「本当に戦ってきたようだな。貴様に免じて、ここは肉五つで我慢してやろう」

「ひとつ多いじゃねーか!」

「やかましい!」


 アンザークとグラッドが再びにらみ合う。


「食べないならボクが食べるよ?」


 フランツのさりげない一言に、ふたりは声を揃えた。


「食うに決まってるだろ!」


 アンザークの学園生活、初日はこうして終わった。

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