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栄光の昭和  作者: 原幌平晴
第三部
72/76

第二十二話 四隻の駆逐艦

「なかなか非情な作戦ですね」

 ソレンセン艦長にしては辛辣なコメントであったが、それでもスプルーアンスは頷いて肯定した。

「全くその通りだ。私もフレッチャーにそう言ったよ」

 前回の戦の後、スプルーアンスの執務室をフレッチャーが訪ねてきた。どう見ても覇気に満ちてるとは言い難い表情が気になった。

「フランク、一体どうしたね?」

 スプルーアンスの問いかけに、フレッチャーは語り出した。目の前で失った空母ヨークタウンと、その乗組員のこと。次の海戦でどうやったらこのような損失を防げるのか。

 しばし考えたのち、スプルーアンスは言った。

「シーゴーストが元凶だ。海の悪魔……まさしくその通りだ。あいつを何とかしなければ。それ以外にない」

 だが、確実に仕留める方法があるものなら、自分ですでにやっているはずだった。スプルーアンスとシーウルフ艦隊をもってしても、仕留めるまでに至っていない。それが現状だった。

「だったら……」

 フレッチャーは切り出した。

「駆逐艦を囮にして、魚雷を撃ち尽くさせればいい」

 スプルーアンスは眉をひそめた。

「味方を犠牲にするのは」

「犠牲はもうすでに十分出ている。何を今更!」

 珍しく気色ばんだフレッチャーに、スプルーアンスは少々驚いた。

 フレッチャーは咳払いをすると続けた。

「……済まない。しかし、空母一隻の乗員は駆逐艦の十倍だ。それで済むのなら、充分ペイするんじゃないか?」

 計算上はそうだ。それでも、ほぼ確実に死が待つ任務に部下を追いやるのは気が咎めた。

 考え込むスプルーアンスの胸中を読んだかのように、フレッチャーは言った。

「なら、あの悪魔がいる海に空母を送り込むことはどうなのだ? 空母こそ反撃もできないただの獲物だろう、奴にとっては」

「確かにそうだ……」

 スプルーアンスも認めざるを得なかった。

「分った、詳しい話を聞かせてくれないか」

 話を聞いて、改めてスプルーアンスは非情な作戦だと思わざるを得なかった。


 聴音手の報告があった。

「前方に感あり。サラトガとエセックス級。駆逐艦多数」

 彩雲が敵艦隊を発見した位置からかなり前進していた。

「間合いを詰めて、攻撃の回数を増やす気か」

 積極攻勢なハルゼーらしい。

 草薙艦長は即座に指示を出す。

「伊二〇三を切り離す。左右に分かれて、敵艦隊後方の左に『わだつみ』、右に伊二〇三がつく体勢で、聴音器で追尾する」

 この体勢でしばらく追尾した結果、敵艦隊の陣形が二艦の聴音器だけで判明してきた。伊二〇三がいてこその探知能力だ。

 空母サラトガを先頭に三隻のエセックス級空母が菱形に並び、それぞれの空母を一隻ずつの駆逐艦が先導。全体の周囲をさらに四隻が取り巻いていた。

 エセックス級と駆逐艦には時計回りにイロハの符号が振られた。

「ノーザンプトンがいないな」

 草薙は呟いた。

 駆逐艦の音紋はシーウルフ艦隊所属のものだったが、旗艦のはずのノーザンプトンの音紋が見当たらない。

 草薙艦長の呟きに副長が答えた。

「別働隊の方についているのかもしれません」

 先刻、原少将の第五航空戦隊が敵艦隊と交戦状態に入ったと、大和のI端末で肇から連絡があった。

「ふむ。今までサラトガにべったりだったのに、妙だな」

 コードトーカー村雨による暗号解読で、シーウルフ艦隊の司令スプルーアンスは米機動艦隊司令のハルゼーと古い付き合いだと分っている。そのつながり以上に別働隊が重視されているとなると、それはまた対応が必要にも思えた。

「よし、こちらを徹底的に叩いたら、別働隊の方を探るぞ」

 草薙の判断は正しい。本人も周囲も、そう信じていた。

「有線魚雷、一番から六番に装填」

 続けて指示を出す。

「右翼のエセックス級空母イを撃つ。深度サンマルマル、二十ノットに増速」

 深く静かに、「わだつみ」は空母に追いすがる。

 伊二〇三では、斎藤艦長が小さく口笛を吹いた。

「凄いもんだな。こっちなど、追随するので精いっぱいなのに」

 海中高速型とはいえ、伊二〇三は電池駆動で十八ノットでは一時間持たない。その間に四隻を沈めるつもりなのだろう。

「『わだつみ』、魚雷発射。駆逐艦に動きが!」

 聴音手の報告と共に、魔法の箱の電光掲示板に情報が流れた。それを担当者が海図に記載していく。「わだつみ」のような 自動作図の戦術盤は、狭いこの艦には乗せる余地が無かった。

「空母イ、増速。回避行動に……爆雷発射音!」

 聴音手が急いでレシーバーを外す。殆ど一つに聞こえる爆発音が海中に轟いた。

「魚雷、走行音残り三」

 レシーバーを戻した聴音手が報告。

「防御側も頑張るな」

 斎藤はにやついてきた。再び爆雷が落とされ、最初の魚雷は全て潰された。

「『わだつみ』、増速します。空母の前に出る模様」

 その速度にも驚くが、意外な行動だった。

「何をする気だ、やっこさん」

 斎藤はすっかり観客気分だ。

 一方、「わだつみ」の発令所では草薙がごちていた。

「まったく、魚雷のかかる連中だ」

 海野がなだめる。

「仕方ないでしょう、向こうも必死という事です」

 聴音手が報告。

「空母イ、六時の方向。前に出ました」

 草薙は命じた。

「よし、三番六番、放出」

 左右下段の発射管から魚雷が放出され、艦尾方向に流れる。機雷設定だった。

「面舵一杯、離脱する」

 敵艦隊の右側へ「わだつみ」は逸れた。その背後では、空母の機関音で目覚めた魚雷が、探針音を発しながら目標へ突進した。

「空母イ、撃沈。駆逐艦ロも音紋消えました」

 ようやく一隻。あとは三隻。

「お客さんの電池が尽きる前に、残りを潰さないとな」

 一時間後、「わだつみ」は電池の切れた伊二〇三と合流した。甲板中央の気閘のハッチが開き、潜水服を着た乗員が充電牽引索を伊二〇三の艦首下部に取り付けた。

 乗員が気閘に戻りハッチを閉じると、「わだつみ」は再び敵艦隊を追跡する。

 その発令所では、海野がメモを見てぼやいた。

「しかしまぁ、魚雷の消費が半端ないですな」

 三隻のエセックス級は何とか仕留めたが、サラトガの防衛は固く、十発を放っても結局潰せなかった。囮魚雷の分、搭載数が四十八発に減っていたので、残りは七発になってしまった。

「別働隊を叩くには、心もとないですね」

 海野の言葉に草薙は答えず、腕を組んで考え込んでいた。

「艦長、どうしました?」

 副長の問いかけに、吐き出すように言う。

「何か変だ」

 戦術盤を見上げ、沈めた艦の印を見る。

「空母を先導していた駆逐艦、ほとんど動いていない。しかも、空母とほぼ同時に沈んでいる」

 副長も戦術盤の表記を見上げた。

「確かにそうですが……」

 そこへ通信士。

「大和より、一航戦の攻撃隊が、空母四隻の敵主力艦隊を攻撃中」

 I端末での通信に、草薙は凍り付いた。

「やられた」

 三隻沈めたはずなのに、四隻の艦隊がいるはずがない。

「俺たちが沈めたのは、囮だ!」


 囮艦隊からの無線で、スプルーアンスは作戦の成功を確信した。

「三匹のエビで二十六匹のタイを釣った、か」

 日本には「エビでタイを釣る」という諺があるという。それを使った符牒だった。駆逐艦三隻を沈めるために、シーゴーストに魚雷を二十六発撃たせたわけだ。

「囮作戦、大成功ですね」

 口調は褒めているようだが、ソレンセン艦長の表情は冷たい。スプルーアンスも成功を喜ぶ気にはなれなかった。

「一度しか使えない手だがな」

 駆逐艦の曳航ソナーの後ろに、さらに水中スピーカーをケーブルで引かせる。そこから空母の機関音を流せば、音だけが頼りの潜水艦からは、そこに空母がいるとしか思えなくなる。そこに攻撃させて、魚雷を無駄打ちさせるのが目的だ。シーゴーストが殆ど探針音を撃たず、聴音だけで攻撃することを逆手に取ったわけだ。

 しかし、魚雷の探針音が捕らえるのは小さなスピーカーではなく駆逐艦の方なので、いつかは必ず沈められる。シーゴーストが魚雷を撃ち尽くすか、囮となった駆逐艦が沈められることで、この作戦は完結する。

 しかし、シーウルフ艦隊の乗員は、ソレンセン艦長にとってみれば家族のようなものだった。賛同できないのは当然だろう。

 ノーザンプトンの艦橋から、スプルーアンスは併走する三隻のエセックス級空母を見た。敵の攻撃隊が迫る中、次々と護衛のF6F戦闘機が飛び立っている。

「部下に死を強制する作戦など、二度とやりたくないものだ」

 そう呟くスプルーアンスだが、感傷に浸っている暇はなかった。即座に下令する。

「対空防御、急げ!」


 大和の作戦情報室で、肇は「わだつみ」からの報告に頭を抱えた。

「こんな手に引っかかるとは……」

 こちらが囮魚雷を使っていた以上、敵も同じ手が使えるのは当然だった。

 とはいえ、草薙艦長を責めるわけにはいかない。自分がその場にいたとしても、事前に気づいたかどうか。

 昇降機で艦橋に上がり、肇は小沢治三郎長官に報告した。

「そうか、『わだつみ』にはこの後、頼るわけにいかんな」

 肇は深く頭を下げた。

「これからが戦の本番というときに、申し訳ありません」

 長官は手で制した。

「いや、敵潜水艦を事前に排除してくれたおかげで、こちらは無傷で敵に臨めた。これは大きいよ」

 小沢は破顔して続けた。

「何より、一航艦に獲物を残しておいてくれたのはありがたい」

 電探手から報告が上がる。

「敵の攻撃隊、方位ヒトロクマルからフタヒトマルに散開して来襲、数は二百以上!」

 小沢は目を細め、艦橋の外の海原を睨む。

「さて、こちらも本番だな」

 艦橋中央で仁王立ちの山口多聞艦長が発令する。

「主砲、二式榴散弾。敵攻撃隊を狙え!」

 三基の主砲塔が旋回し、狙いを付ける。九門の主砲の斎射が、対空戦闘の幕開けとなった。


 空母バンカーヒルを飛び立った攻撃隊は、海原の上を一時間ほど飛び続け、ようやく日本の主力艦隊に到着した。

 と、その中央に位置する巨大な戦艦の主砲から爆炎が上がった。

「散開、回避せよ!」

 部隊長の指令が通話機から響く。瞬時に編隊を解き、全機は急角度で左右に避ける。その空いた間隙を榴散弾の子爆弾がザッと通り過ぎる。避け切れなかった数機が子爆弾の爆発に巻き込まれ、粉々になる。避ける度合いが大きすぎて、隣の子爆弾の円に入って撃墜される機体もあった。

 再び編隊を組んで敵艦隊に迫る。迎撃のゼロ・ファイターが次々と上がってきている。味方のF6F戦闘機を信じ、ひたすら敵空母を目指す。

 やがて攻撃隊は二手に分かれた。TBF攻撃機の部隊は海面すれすれに降下し、敵空母と旗艦を狙う。SBD爆撃機は上空高くに昇り、急降下爆撃の体勢に入った。

 逆落としで敵空母を狙う。巨大戦艦の斜め後方、左右に一隻ずつ。その片方を狙って急降下する。見る見るうちに大きくなるその姿に、パイロットは目を見開いた。

「なんだ……あの形は?」

 上空からは飛行甲板の一枚板にしか見えないのが空母だが、こいつは違った。なぜか、右舷後方から左舷前方にかけて、もう一枚の甲板を貼り合わせたような形になっている。

 だが、形など後回しだ。猛烈な対空砲火を潜り抜け、爆弾を投下して機体を引き起こす。その背後で爆発がおこり、旋回して振り返ると、確かに空母の甲板から黒煙が巻き上がっていた。

「やったぞ!」

 だが、すぐにその黒煙は掻き消えていった。再び高度を取って確認する。

 甲板に破口はなかった。

「なぜだ? 命中したはずなのに!」

 さらに、他の爆撃機の放った爆弾が炸裂する。しかし、甲板は爆発に耐えていた。

「飛行甲板に装甲が!」

 悔しいが、どうしようもない。後は生きて帰るだけだった。襲い掛かるゼロと対空砲火をかわしながら、必死にバンカーヒルを目指して飛び続ける。


 帰投する味方の攻撃隊からの通信で、ハルゼーは吐き捨てるように言った。

「装甲空母だと? 馬鹿げている」

 飛行甲板に装甲を施せば、確かに爆撃に強くなる。しかし、その分重心が上がってしまうから格納庫の高さが取りにくくなるし、多段にすることも難しくなる。つまり、搭載機数が減ってしまうわけだ。

「ジョンブル野郎の真似なんかしてどうする」

 開戦初頭にインド洋・太平洋に投入された、英海軍の空母、イラストリアス級がそれであった。装甲甲板のおかげで爆撃に強く善戦はしたが、最後は全て「くしなだ」の魚雷で沈んでいる。

「航空戦は数が命だ。いったい、何を考えている?」

 さらに謎なのは、斜めに傾いた飛行甲板だ。二段になっているのではなく、一枚の飛行甲板の右舷後部と左舷前部に突起があり、斜めに線が引かれていると言う。

「戦闘中に考えることじゃないな。後でスプルーアンスに投げてみるか」

 呟くと、指示を怒鳴る。

「味方の攻撃隊が返って来る! 着艦準備急げ!」

 第一次攻撃の戦果は、はかばかしくなかった。二次攻撃を急がなければならない。


 敵の攻撃隊が去ったことを確認すると、肇は大和の艦橋の分厚い窓ガラスを引き下げ、左舷後方の武蔵を眺めた。こちらに向けた舷側に、傾いた陽の光が照り輝いている。

「装甲飛行甲板、効果は十分ですね」

 あちこちが爆撃でくすぶってはいたが、何とか持ちこたえているようだった。

 小沢長官も隣の窓から乗り出して武蔵を見た。

「あっちに爆撃が集中した分、加賀の被害が無くて良かった」

 武蔵へ向けて、帰還したこちらの攻撃隊が次々と着艦していく。

「あの斜め甲板の効果も大きいですね」

 肇が言うように、通常の空母のように真後ろからではなく、右舷斜め後方から着艦し、斜めになった甲板で停まる。そのまま艦首側に移動し、前部昇降機から格納庫に降ろされる。空いた斜め甲板には、すぐに次の機体が降りてくる。やがて、全機が着艦した。

 これまでの空母では、着艦に失敗すると先に着艦した機体と衝突する危険があった。それを解決したのがこの斜め着艦だった。これなら着艦してもすぐに場所を開けられる上に、着艦と発艦を交互に素早く行うことも出来た。仮に着陸に失敗しても、そのまま左舷前方に飛び出すだけで、再び高度を上げれば着艦体制に入れる。

「お、増援が来たぞ」

 小沢が後方の空を見上げる。夕日を浴びて数十機の編隊が降りてきていた。ソロモン海北部に控えている、高柳儀八少将が指揮する第六航空戦隊からの攻撃隊だ。

 爆装をしていない身軽な攻撃機が次々と着艦していく。こちらは艦尾側に集められ、燃料補給と武器弾薬の装備が始まった。そこへ、後部昇降機で先ほど着艦した機体が上がって来る。

「飛行甲板で武器を搭載するのも斬新ですね」

 肇が言うように、武蔵の格納庫は機体の整備のためだけの空間だった。

 荒天では難しいだろうが、装甲された飛行甲板なら作業中に事故や攻撃があっても、それで沈没せずに済む。厳重に茫漠対策された艦底近くにある弾薬庫からは、飛行甲板まで直通の昇降機で爆弾などが運ばれる。

 さらに、船体が大和型で船幅が広いため、かなりの荒天でも揺れが少ないのも有利だった。

 反対側を併走する加賀でも同様の作業が行なわれていた。こちらは、今までの飛行甲板に斜めの線を引いただけだが、同様な効果が出ていた。

 武蔵も加賀も、搭載機は護衛の戦闘機と索敵機のみ。攻撃機や爆撃機は、全て後方の六航戦から飛来し、ここで爆装して出撃する。つまり、攻撃に弱い空母を後方に置き、頑強なこの二艦を中継基地として使うのだ。

 これが、山本五十六が残したアウトレンジ戦法だった。

「第二次攻撃隊、出すぞ!」

 小沢長官の号令が下る。日没を控えた薄暮攻撃だ。


 一方、原忠一とフレッチャー、それぞれが指揮する独立部隊は、ソロモン海の東側で壮絶な死闘を演じていた。


次回 第二十三話 「必中の一撃」

11月19日(土)朝8:00に公開予定です。


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