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栄光の昭和  作者: 原幌平晴
第三部
66/76

第十六話 五十二発の魚雷

「これは、凄いな」

 さすがの草薙哲也艦長も、発令所後部の戦術盤に描かれた敵艦の印の数に辟易としていた。赤い水性塗料で塗られたそれらの印は、三十近くパナマ湾にひしめいていた。

 海野辰巳副長も呟く。

「いや、こうなると、こいつが無いと大混乱ですね」

 今回の出航前に設置された戦術盤だが、算譜の初期不良のため、先の海戦では使えなかった。それが、先日ようやく動くようになったのだったのだ。大和にある物より小型だが、動作音が低くなるよう改良されている。

 パナマ湾の外を遊弋する小型空母の瑞鳳から飛び立つ彩雲の情報も、この戦術盤に統合されている。

 海野は続けた。

「しかし、『おやしお』が音を上げるわけですわ」

 パナマ湾に「わだつみ」が着くや否や、「おやしお」は日本に引き揚げて行った。三日前から魚雷を切らしていたらしい。そのため、パナマ運河からの新参駆逐艦が数隻増えたままだ。

「探針音とハッタリだけでよく持たせたものだ」

 素直に感心した草薙だが、次がいけなかった。

「さしずめ、海の忍者、ハッタリ半蔵か」

 発令所は完全な沈黙に包まれた。完璧な無音潜航状態だった。

 咳払いをすると、草薙は続けた。

「さて……パナマを封鎖するには、ある程度は我が艦の存在感を示さないとな。完璧に隠れすぎてもいかん」

 これだけ数がいると、いくつか間引かなければ空母などの突破を防ぐときに邪魔になる。問題は、こちらの魚雷の残弾数だ。「わだつみ」が三十四、「くろしお」が十八、合計五十二発。これが全てだ。無駄撃ちはできない。

 草薙は中央の赤い矢印を指さした。

「まずは、我が艦から一番近い相手を叩くか」

 青矢印の方向にある赤い印を指す。

「進路そのまま、深度マルハチマル。魚雷発射管、一番二番に有線魚雷、四番から六番に浮遊魚雷を装填」

 操舵手から深度、魚雷室から装填完了が返ってきた。同時に、その動きはI端末で僚艦の「くろしお」に伝わったはずだ。

「よし、全発射管に注水、外扉開け」

 魚雷室から完了の報告。

「両舷半速、深度ヒトキューマルまで潜航」

 再び深度を上げ、敵艦に近づく。これに乗ってきてくれれば、手間が省けるはずだった。


 スプルーアンスは、昼食後いつものようにブリッヂから海原を見渡した。数週間ぶりのパナマ湾は、南国の太陽の下、何の変化もなさ気に見えた。違いと言えば、軽巡セーラムより重巡ノーザンプトンの方が艦橋の高さがあるので、いくらか海原が広く見渡せることか。

 海図の上では密集して見える味方の艦船だが、実際には広大なパナマ湾に散在するため、ほんの数隻が水平線の彼方に見えるだけだ。

 はたから見れば、のどかな海の風景にしか映らないだろう。だが、実際は苛酷な戦闘行動の真っ最中だ。まさにその時、通信手が叫んだ。

「駆逐艦プリングル、シーゴーストの魚雷発射管注水音を探知!」

 来たか。

「方位は? 他の艦からは?」

 即座に返信が返ってきた。

「プリングルから方位二三〇、ベネットから一八五」

 ノーザンプトンの艦橋の一角には、戦略情報室のはしりとも言える設備があった。透明な有機ガラスの戦略盤で、人がペンで描くものだった。

 スプルーアンスはそこまで駆け寄ると、担当員が二艦の位置から伸ばした直線の交点の座標を確認する。

「全艦に通達。これから読み上げる座標へ向かい、半径二マイルで時計回りに円を描け。ソナーに注意!」

 座標を読み上げると、ソレンセン艦長に顔を向ける。艦長も目を輝かせると指令を下した。

「本艦もその海域へ向かう。機関二十ノット」

 曳航ソナーが音を拾える限界の速度で、ノーザンプトンはシーゴーストの探知された海域へ向かった。

 すべては草薙の読みの通りだった。


「来なすったな」

 聴音手が読み上げる方位を、操作員が砥論に入力した。その値と「くろしお」から送られた値が演算処理され、戦術盤の赤い印が描き直されていく。

「さて、分担を決めるか」

 通信手の席へ歩み寄る。

「『くろしお』に打電。目標チ、ワに攻撃予定」

 目標にはイロハ順に名前が振られていた。同じ敵を攻撃しては魚雷が無駄になる。「おやしお」が補給から戻る二十日後までは、ここに踏みとどまらなければならないのだ。

 通信手から了解の返信を受け取ると、草薙は戦術盤を振り返り発令した。

「四番から六番、浮遊魚雷放出。その後、方位マルナナマルへ転進」

 左舷側の三本の発射管から、音もなく魚雷が放たれた。そのまま魚雷は漂い、「わだつみ」は目標の一つへ向かう。

「魚雷、一番二番を目標チに発射」

 髪の毛のように細い導線を引きながら、二本の魚雷が泳ぎ出て行った。

「深度サンマルマルへ、泡沫遮音膜を展開」

 泡の膜に包まれ、「わだつみ」は音もなく深海へ消えた。その間も、二本の魚雷は目標チの放つ爆雷をかわしながら迫って行く。他の目標もこちらに集まってきた。

 やがて、遂にその一本が爆雷で破壊され、爆鳴が海中に響いた。

 思わずほくそ笑む草薙。

「よし、いいぞ!」

 その轟音が、浮遊する三本の魚雷を目覚めさせ、間近に迫っていた他の目標に突進する。回避する間もなく三隻が轟沈し、目標チも有線魚雷に撃沈された。


「さすがだな、草薙さん」

 その様子を「くろしお」の戦術盤で眺めながら、後藤艦長はパイプを口から離して称賛した。五本の魚雷で瞬く間に四隻を仕留めた。敵の動きを読みきっての名人芸だ。

 副長の片平も顎をさすりながら唸った。髭がぞりぞりする。剃りたい。

「こっちもやりますか」

 副長の言葉に、後藤は首を振った。

「いや、我々の任務は、『おやしお』が戻るまでパナマに居座ることだ。『わだつみ』が引っ掻き回してくれるのだから、我々は支援しつつ力の温存だ」

 すでに「わだつみ」は泡沫遮音膜を解き、次の目標を引き付けようとしていた。「くろしお」は、僚艦が敵の主力を探知するのに適した位置へと移動する。

「まぁ、この分なら先に魚雷を使い切って帰投するのは『わだつみ』だな」

 愛用のパイプに火をともせるのは、もう少し先になりそうだった。


「やりおったな、シーゴーストめ」

 スプルーアンスはブリッヂの司令官席で肘掛を叩いた。傍らのソレンセン艦長が口を開く。

「あの突然現れた魚雷は、もう一艦の単軸の奴からでしょうか?」

「うむ……」

 戦術盤を眺める。何度か音紋を探知したが、単軸の方は余程慎重に動いているらしく、なかなか位置が掴めず、音紋の聞こえた方向の直線のみだった。

「今までの探知した方向とは、ずれすぎているな」

 考え込んでいたソレンセンが、ふと顔を上げた。

「あの時にも、こんな雷撃がありましたね、前回のここで」

「シーゴーストに手傷を負わせたときか」

 あの時の二軸の艦は、それ以来音紋が現れない。今この海域にいる二軸の方は、記録にあらわれる最初のものだった。恐らく、開戦前に現れた最古参の艦だ。

「これが新兵器だとすると、最も古株のベテランがそれを駆使していると言う事だな」

 手ごわい戦いになる。そう思わざるを得なかった。


 流れが変わったのは、十日後の事だった。海底艦隊基地に「おやしお」が帰投した日、I端末の電文が届き、草薙は渋い顔になった。

「『おやしお』に追加装備だそうだ。三日間、こっちに来るのが遅れるとさ」

 海野副長が指摘する。

「不味くないですか? そろそろ魚雷が」

 あれからさらに十隻を沈めたが、敵も賢くなってきたためか、魚雷の残弾数は十を切っていた。新たな駆逐艦もパナマ運河から現れたため、実際に減ったのは九隻だ。

「まぁ、『くろしお』が温存してくれているから、何とかなるだろうよ」

 その楽観視を、草薙は悔いることになる。


 その翌日、夕焼けの残照が西の空に消え、夜空に星が輝き出す頃、複雑に入り組んだ湖を通過する巨大な二つの影があった。そのシルエットは平らな甲板と右舷側に寄った巨大な艦橋。エセックス級空母である。

 この湖は、大西洋と太平洋を隔てるパナマ地峡の中央にあるガトゥン湖。パナマ運河のために川をせき止めて作られた、人口湖だ。

 二隻の空母は、湖の細長い入り江の一つに、巨体を連ねて入って行く。その奥ではタグボートが待機していた。まず先頭の一隻を引いて、大きな水門のある水路に入ると、空母の背後で扉が閉じた。艦首のすぐ前にはもう一つの水門があり、こちらは最初から閉じている。

 その時、艦首側の水門から水が放出されはじめた。閉鎖された区画の水位が下がって行く。同時に、岸からそびえ立つ空母の甲板も、次第に低くなる。

 水の放出が止まると、今度は艦首側の水門が開かれた。そこから延びる運河の水面は、空母が浮かぶ水面と同じ高さだった。

 さながら全長三百メートルのエレベーターと言えるこの仕組みは、閘門と呼ばれる。

 ガトゥン湖の水面は海抜二十六メートルの高さにあり、そのまま運河でつなげば、湖の水が流れ出して干上がってしまう。そこで、運河の途中に閘門という扉で挟まれた区画を設け、船が通るたびに水を出し入れして、水面の高さを合わせる必要があった。

 二隻の空母は、タグボートに引かれて閘門を通過すると、そのまま運河の水路を進んだ。水路の幅は、空母が通れるギリギリの幅しかなかった。

 その先にはさらに二つの閘門があり、それらを抜けると細長い湖に入った。ミラ・フローレス湖である。その先の最後の閘門を抜けると、ようやく太平洋、パナマ湾となる。

 タグボートが離れると、空母は機関を始動し、その巨体からは想像しがたい高速で、星空の下パナマ湾を疾走し始めた。周囲の海域から集まった数隻の駆逐艦が併走し、警護する。


「パナマ運河を新造空母が通過してきやがったか」

 警報でたたき起こされた草薙艦長は、寝癖を撫でつけながら舌打ちした。夜光雲からの無電だった。

 海野副長も制服の釦を留めながら発令所に入ってきた。戦術盤の表示を見る。

「二隻ですか。打って出ましたね」

 第二次珊瑚海海戦で沈めたのが三隻。この二隻を見逃したら、米軍の戦力が大きく回復することになってしまう。

「何としても沈めなければ、死んでいった奴らに申し訳が立たんな」

 パシッと両頬を掌で叩き、気合を入れる草薙。

「かかるぞ! 『くろしお』の方はどうだ?」

 通信手がI端末の表示を見る。

「既に移動開始してます。二十ノットで方位サンヒトマル」

「よし、こちらも移動する」

 万全の態勢で迎え撃つ。一隻もパナマ湾から出してはならない。


 その頭上、空母に併走する重巡ノーザンプトンの艦橋で、スプルーアンスは海面を睨んでいた。灯火管制で艦橋の明かりは落とされており、星が異様に明るく見える。

「提督」

 ソレンセン艦長の声。

「シーゴーストに動きがありました」

 声の方に歩く。戦術盤の周囲を囲う暗幕をめくり、中に入る。透明な有機ガラスの上に、担当員が敵潜の位置を描きこんでいた。

「こちらの被害も甚大だったが、何とか目的は果たせるかもしれんな」

 艦長がよこしたメモを見て、スプルーアンスは呟いた。単軸のシーゴーストの一隻が、この海域から消えるまでに放った魚雷が約三十発。これがやつらの搭載数だとすると、そろそろ弾丸切れになってもいいころだ。本国まで補給に戻るとなると、それなりの期間かかるはず。

 今回のシーウルフ艦隊の任務は、再びパナマの窓を明けること。この二隻の空母ですら、そのための囮とも言える。実際、偽装も搭乗員も最小限で、航空機は一機も積んでいなかった。張りぼてに近い状態だ。運よく逃げ延びれば豪州の港で偽装を行えばいい。


 海面と海中の激戦は、夜が明けるまで続いた。二隻の空母は「わだつみ」と「くろしお」の放つ魚雷を避けながらパナマ湾内を疾走し、最後には海の藻屑となった。

 だがその結果、両者共に残弾数はゼロとなってしまったのだ。

 I端末の表示でそれを確認しながら、片平副長がぼやく。

「なんとか仕留めたとはいえ、後の十日余りどうしますかねぇ」

 パイプの吸い口に新たな噛み跡を付けながら、後藤艦長は答えた。

「どうにもならんな。こちらの弾丸切れを悟らせないように、何日誤魔化せるか」

 だが、敵はそこまで愚かではないだろう。

「駄目元で、『おやしお』の復帰を早められないか、確認してみよう」

 I端末で電文が送られた。返事は「あと八日待て」だった。

「八日でここまでって……まさか最大速度で?」

 副長は目を丸くした。確かに「くろしお級」は、公試運転で四十ノットの最高速をたたき出してはいる。新型原子炉の威力だ。しかし、それはあくまでも限界ギリギリであり、長時間、長距離を出し続けるものではない。何より、そんな速度では聴音器が使えない。水流音で何も聞こえなくなる。これは、暗闇を灯火もつけずに車を爆走させるに等しい。

「本国も必死と言うことだな」

 艦長も呟いた。

 あの「くしなだ」の一件から、日本の軍事的優位は崩れ出している。なんとかしなければならない。

 だが、どうやって?


 一方、「わだつみ」の発令所でも、腕組みする姿があった。

「艦長が思いにふけるってのも珍しいですね」

 海野副長が軽口を言うのも珍しい。それくらい、重苦しい空気が立ち込めていた。

「あと八日だ」

 徹夜明けの充血した目を開き、草薙は言った。

「なんとしても、持ちこたえる」


 三日後。艦橋で昼の糧食を取りながら、スプルーアンスは戦闘詳報を見直していた。

 ソレンセン艦長に向かって言う。

「これを見る限り、あの後、奴らは魚雷を撃っていないな」

「そうなります」

 頷く艦長に、提督は言った。

「つまり、弾丸切れになった可能性が高い」

 指揮官席の肘掛をトントンと指で叩く。ピシっと指を鳴らして指示をだす。

「通信手、暗号電文だ。『賽は投げられた』と本部へ送れ」

 どうやってか、日本はアメリカの暗号を解読している。スプルーアンスはそう確信していた。そのため、こちらから送る電文はあらかじめ決めておいた符牒で送るようにしている。補給でパナマに寄港した際に、海軍本部へ電話回線で伝えたのだが、向こうの担当者は杞憂に過ぎないと笑い飛ばしていた。

 笑うなら笑うがいい。今度ばかりはこっちに分がある。


「あと二日」

 呟く草薙艦長を見て、海野副長は眉をしかめた。

「少し休んではどうです? もちませんよ」

 この六日間、弾丸切れを悟らせないために積極的に敵の駆逐艦に近づき、何度も爆雷をかわしてきた。昼も夜もなく。その疲労は、草薙の目の下の隈にも表れている。

 ふん、と鼻を鳴らし、草薙はニヤリと笑った。

「『おやしお』が到着したら、たっぷり休むさ」

 傍らのI端末による表示を見る。「おやしお」は文字通りの特急巡航で太平洋を横断していた。準急のように停止して耳を澄ますことをせず、最高速度を出し続けている。

 不眠不休はお互い様だろう。こっちは、出来るだけのことをするだけだ。

 そこへ、通信手が叫ぶ。

「彩雲より入電、運河から空母四隻が現れました!」

 草薙の双眸が見開かれ、声が漏れる。

「四隻?」

 海野も呟く。

「これを通したら、前回沈めた分より増えてしまいますね」

 目を閉じ、草薙は言った。

「合衆国の生産力は、化け物か……」

 カッと目を開き、叫ぶ。

「四隻は許さん! 一隻は沈める!」

 仏の海野も、流石に慌てる。

「どうするんです、艦長? もう魚雷は」

「手はある!」

 草薙が語る戦術は、海野が肝を潰す内容だった。


次回 第十七話 「一撃のわだつみ」


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