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栄光の昭和  作者: 原幌平晴
第三部
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第十話 十一隻の空母

「歴史は繰り返す、ですかね」

 歴史改変を行っている肇からすると、皮肉な状況であった。

 五月十日、連合艦隊はトラック泊地で補給中であった。その旗艦大和の作戦室で、肇は資料を眺めて難しい顔だ。山本司令長官と幕僚たちも、表情が明るいとは言えない。

 大破した加賀が復帰したので、こちらの編成が前回の海戦と同じなのは当然ともいえる。だが、敵機動艦隊の空母数まで同じ、しかも新型のため搭載機数はかなり増大していると見られる。

「おまけに、名前がレキシントン、ヨークタウンとは嫌味ですな」

 航空参謀の吉岡忠一がぼやいた。どちらも日本が沈めた空母の名前だ。

「それ以外にも気になる点があります」

 肇は懐からメモを取り出した。「わだつみ」からI端末で得た報告だった。

「どうやら、米軍も潜水艦を投入しているみたいです」

 珊瑚海に先行して、豪州東海岸の軍港に肉薄して行った音紋調査の結果だった。

「二十隻近くが確認済みです」

 山本長官が手を上げた。

「艦隊戦で、潜水艦はどれほど脅威となる?」

 言ってから気づく。

「いや、海底軍艦は別としてだが」

 肇は頷いた。

「仰る通り、電池推進では機動艦隊に追随できません。しかし、待ち伏せは可能です」

 伊号潜水艦の場合、電池の消耗を抑えて数ノットで航行しても精々二日が限度だが、じっとしていて酸素が持てば、数日は潜っていられるだろう。そこに艦隊が通りがかれば雷撃の機会となる。

「向こうが待ち受けるわけですから、これはかなりの脅威かと。さらに、電池推進はきちんと運用できれば海底軍艦以上に静粛となります」

 そこで黒島参謀が手を上げた。

「電池はいずれ切れるわけで、そうなれば浮上するかシュノーケルを上げて発電するしかないでしょう。その時を狙えば良いわけでは」

 もっともな意見ではある。肇は黒島に言った。

「そうなると、こちらの艦隊の進路は相手の予想の裏をかくように欺瞞すべきですね。うまいこと、電池切れを起こさせないと」

 猪突猛進で罠に飛び込むのは愚策と言える。

 肇はメモに視線を戻して続けた。

「それから、新型の対潜駆逐艦が多数います。こちらも、最低でも二十隻」

「そんなにか……」

 山本のため息に、肇もつられた。

「パナマでは、手痛くやられましたし」

 名称も判明した。シーウルフ艦隊と呼ばれている。海の狼とは嵌りすぎな気がするくらいだ。例の「パナマの窓」が開いた時に、この新型駆逐艦を引き連れ、新造空母と一緒にこちらに来たようだ。

 南雲中将が手を上げた。今回は赤城に代わって加賀が座乗艦だ。

「その『くしなだ』の状況は?」

 昨年の珊瑚海海戦で共に戦ったからだろう、気にかけている様子だ。

「修理と大改修のため、しばらくは動けません。遅くとも、年末までには復帰させたいと思います」

 会議室を見渡す。いつの間にか、肇が作戦会議を仕切っている形になっていた。

「今回、海底軍艦は『わだつみ』と『くろしお』が参戦します。今のところ、これが前回より有利な点です」

 『おやしお』は引き続きパナマ封鎖に当たっている。しかし、こちらの海戦が長引けば、いずれ補給のために戻らなければならなくなる。新型駆逐艦のせいで魚雷の消耗が激しくなっているので、『おやしお』の稼働は遅くとも今月末まで。移動を考えると、「わだつみ」は二十日ごろには珊瑚海を後にしないといけない。

 肇の説明に、山本は頷き話を締めくくった。

「戦闘期間の制限は、戦術的な選択肢を狭めることになる。この点を確認して、今後の作戦を練ろう」

 以上で、この日の会議は終わった。具体的な作戦立案は翌日に持ち越された。


(見事なほどにマイナス要因だらけだな)

 定時連絡でも、了の評価は厳しかった。

「『くろしお』に活躍してもらうほかありませんね」

(それはもちろんだが、搭載魚雷数以上は戦えない)

 確かにそうだった。そうなると、三十発の搭載量はいささか心もとない。

(それに、ポートモレスビーの方も気になる)

 今回の作戦には含まれていないが、前回ポートモレスビーの航空基地を徹底的に破壊してから、一年近く経つ。そろそろ完成していてもおかしくないのだが、実際にはニューギニア島北側のラエからたびたび空爆を行っており、完成とまではいっていない。しかし、建設を遅らせるのが精いっぱいのようだ。

 これが完成してしまうと、ラエが逆に空爆を受けることになり、海峡を挟んだニューブリテン島のラバウルも危険になる。今回、珊瑚海で敵機動部隊を叩かなければ、これは避けられなくなる。

 絶対に負けられない戦いであった。しかし、作戦の細部が詰まらないままの出撃となったことは、準備不足を否めない。それでも、これ以上相手の戦力が整うのを待つわけにはいかなかった。


 旗艦サラトガの艦橋で、ハルゼーは意気軒昂であった。五隻の正規空母を従える大機動艦隊の指揮を取れるのだから当然だ。そこへ、日本の連合艦隊がまたやって来てくれたわけだ。

「ようやくジャップどもに躾ができるぞ」

 そこへ、副官が虎の尾を踏む。

「歴史は繰り返すと言いますが」

 早速、怒声が返って来た。

「何が繰り返すだ! 見ろ、このエセックス級を! F6Fを!」

 ハルゼーは真新しい四隻の空母と、訓練中の戦闘機部隊を指さした。特に、最新鋭の戦闘機F6Fヘルキャットは、ゼロ戦を上回る性能とされていた。

 大出力のエンジンを納めるための太く寸胴な胴体と、直線的な角ばった主翼。その無骨な印象通りの頑丈さに加え、馬力にものを言わせた速度と機動力は頼もしい。加えて、格納の際に主翼を根元から折りたたむことで、空母への搭載数を増やすことにも貢献していた。

 今しも、その一機がハルゼーの乗る旗艦サラトガに着艦してきた。

「くそ、角度がきついぞ!」

 舌打ちした直後、F6Fの主脚が折れ、機体は海中に没した。副官が叫ぶ。

「救難、急げ!」

 F6Fの唯一と言える弱点は、重量過多ゆえにかかる主脚への負担だった。

 副官が告げる。

「またも損失です。訓練中で三機目になります」

「パイロットは?」

 ハルゼーの問いに、副官は双眼鏡で海面を見た。ボートに引き上げられる飛行服姿を確認する。

「助かったようです」

 報告に頷くハルゼー。

「なら良い。機体の予備ならある」

 パナマ突破時、艦載機をエセックス級の格納庫に入るだけ押し込んだ上に、甲板上にも隙間なく露天継嗣までして運んできたのだった。その大半は豪州東岸の海軍飛行場に温存してある。仮に、空母に今搭載している全機が失われても、補充は可能だった。

 パイロットさえいればだが。


 トラック泊地を出た後の作戦会議は、連日紛糾した。何しろ、敵軍の情勢が毎日のように更新されていくのだ。

「この艦載機の目算って、どの程度確実なんでしょうか?」

 五百機以上と言う数字に、肇は眩暈がした。

 先行してラエから珊瑚海を偵察している彩雲からの報告だった。敵艦隊は大規模な演習を繰り返しており、空母から発着艦する艦載機の総数が膨大なものになっていたのだ。

「空母五隻と考えて、一隻に百機となりますよね」

 いくら巨大な正規空母と言えど、これは多すぎに思えた。日本側の最新の翔鶴型でさえ七十機ほどである。

「地上基地から飛来する分も含まれているかもしれません」

 南雲中将配下の源田実中佐が発言した。確かに、訓練であればそれはありうる。

「しかし、そうなるとやはり、敵にはそれだけ余剰の航空機があると言うことだ」

 山本長官の言葉に肇も頷いた。一方、日本にはラエやラバウルから艦載機を補充する余力はない。あくまでも手持ちの機数だけで戦うしかなかった。空母六隻で四百機弱。それが全てだ。

 山口多聞少将が口を開いた。

「こちらが百機少ないとしても、緒戦でそれだけ落とせばあとは互角です。搭乗員の練度も上がっていますし、機体の性能も改良されています」

 いつもながらの積極性だ。頼もしいと思う肇だったが、機体の改良や訓練の時間は、敵にも十分あった。油断はできない。

 だが肇も流石にこの時は、彼我の航空戦力差が倍以上も開いているとは思いもよらなかった。


 その頃「わだつみ」の発令所では、草薙艦長が腕組みしながら、しかめっ面で報告を聞いていた。

「つまり、その二十隻の待ち伏せ場所は、ほとんど掴みようがないと言う事か?」

 音探長も渋面で答える。

「そうなります。これらの米国の潜水艦、明らかに今までと違います。静粛性が異様に高いのです」

 盗み出されたI資料の一部が米国に渡ったということは聞いている。それなら、電動機や蓄電池の性能が上がるのは頷ける。しかし。

「充電のためには、定期的に浮上して発電する必要があるはずだが」

 艦長の疑問に、音探長は答えた。

「どうも、場所を変えてから充電しているようです。電池推進のスクリュー音はかすかにとらえるのですが、ディーゼル発電の音はこの海域では聞こえません」

 今、「わだつみ」は珊瑚海の入り口、ニューギニア島東部の小島群にいた。米潜水艦が待ち伏せするなら、まずここだと考えたためだ。

 二隻目の海底軍艦「くろしお」も近海におり、同時に敵艦の音紋を捕らえれば、すぐに三角測量で位置が判明するはずだった。が、これが難しいと言うのだ。

 つい先日までは、敵潜水艦は待ち伏せ海域の近くまで浮上またはシュノーケル航行をしており、ディーゼル機関音から容易に位置を特定できた。しかし、ここへ来て急にその音は聞こえなくなったと言うのだ。つまり、ここまで電池駆動できて、また電池でどこかへ去っている。だが、肝心な待ち伏せの時には、二隻で三角測量をしたくても片方にしか音紋が届かない。音が低すぎるためだ。

「それから、例のシーウルフ艦隊ですが」

 音探長の表情からは、悪い知らせに違いなかった。

「新顔が現れました。重巡クラスです」

 おそらく、例の新造空母と一緒にパナマを通過したのだろう。今まで外洋に出てこなかったのは奇妙だが、厄介な事には変わりない。


 レイモンド・スプルーアンスは、重巡ノーザンプトンの艦橋にいた。開戦当初に沈められた、彼の座乗艦に代わって命名されたものだ。ボルチモア級巡洋艦の二隻目で、この名を持つ米海軍艦艇としては三隻目。シーウルフ艦隊の二代目の旗艦である。

 傍らには艦長のリチャード・ソレンセン中佐がいた。これまでの功績を認められ、昇進するとともにこの新造艦の艦長に就任したのだった。

 三月末のシーゴースト撃破の後、しばらくの間パナマ湾からシーゴーストの気配が消え去った。そこで、四隻の新造空母と共に太平洋へ送り込まれたのがこの艦だった。四月初旬に就役した最新鋭だけあって、速力も装備も先代の軽巡セーラムとは比較にならない。加えて、配下の駆逐艦も新型に置き換えたため、ようやく最大戦速の機動艦隊に随行しながら、その護衛が出来るようになったわけだ。

 加えて、水上哨戒機を二機搭載しており、空からの対潜水艦戦も可能だった。

「流石に新型ですね」

 ソレンセン艦長は既にこの艦に心を奪われていた。完熟訓練のため、この二週間ほど沿岸部にいたが、既に手足のごとく扱えるようになっている。

「前の艦に未練はないかな?」

 スプルーアンスの言葉に、ソレンセンは笑顔で答えた。

「こんな素敵な艦を与えられて、それはありませんよ」

 窓の外の水平線に目をやり、続ける。

「それに、あれらの艦には、大事な役割が新たに与えられましたからね」

 シーウルフ艦隊から離れたセーラム以下の旧式艦は、ある意味、この海戦の決め手になるのかも知れなかった。


 五月十四日、連合艦隊は珊瑚海の手前、ソロモン海にあった。

「待ち伏せ場所がはっきりしないのは不気味だな」

 山本五十六は、肇が伝える「わだつみ」からの報告に渋い顔だ。いつどこから雷撃されるかわからないのは、非常にやりにくい。

 渡辺安次参謀が言った。

「しかし、わが艦隊の駆逐艦も対潜能力は向上しております。易々と命中などさせません」

 前回の珊瑚海海戦の戦訓から、シーウルフ艦隊の兵装を参考に、こちらも囮魚雷や対魚雷爆雷を開発し、装備してはいる。だが、十分な練度に達しているとは言い難い。

 シーウルフ艦隊のあの防御率の高さは、開戦から続く実戦の賜物だろう。パナマ湾での最新鋭駆逐艦が決定的な脅威にならなかったことからも明らかだ。

「一つ提案があります」

 肇が発言した。

「艦隊主力はしばらくこのソロモン海に留まり、まずこちらの対潜駆逐艦をニューギニア東方へ派遣して、潜水艦狩りを行ってはどうでしょう」

 ある意味当たり前な意見であったが、ここまで出てこなかったのは米潜水艦に対する侮りがあったと言われても仕方ない。事実、開戦からこの方の米潜水艦は、ほとんど鳴かず飛ばずであった。

 その原因は、潜水艦搭載用の音探や短魚雷に不具合が多かったためとみられている。が、この面にも持ち出されたI資料の成果が表れていると考えるべきだった。アメリカが積極的に配備していることからも伺える。

 肇の提案は早速受け入れられ、各艦隊から再編成された駆逐艦隊が、先陣として珊瑚海との境に送り込まれた。

 だが、あまりにも泥縄式な作戦立案の状況に、肇は危惧せずにいられなかった。呉を出港前に建てられた作戦は、それ以降に次々に明らかになる米軍の全容によってご破算になってしまったからだ。

 今回の潜水艦待ち伏せにしても同じ事が言える。

 さながら今の連合艦隊は、糸玉を持たずに迷宮に踏み入るアリアドネに等しい。そう思わずにいられない肇であった。


次回 第十一話 「二十隻の罠」


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