第七話 二つの命
「放射線って、青いんだ」
気閘の扉を抜けて原子炉区画に入ると、吉野は呟いた。訓練で入ったことはあったが、あれは核燃料の入っていない「すのまた」でのことだ。ましてや、低出力でも稼働中の原子炉区画に入った人間はいないはずだ。
照明の明かりとは別に、原子炉区画は空気そのものがわずかに青光りしていた。炉心から出る放射線が空気そのものを電離させ、光らせているのだ。言ってみれば、この部屋そのものがネオン管みたいなものだった。
切り刻んだ石綿の入ったバケツを片手に、床までの梯子段を降りる。室内は五百度の高温だが、耐熱服の内側の管を流れる冷却水のおかげで耐えられた。それでも耐熱メガネの部分からはかなりの熱を感じる。眉毛が焦げそうだった。
炉心と熱交換器の間にまで行くと、点検用の梯子を登る。炉心の上部から出る配管には、核分裂で発生するガス、キセノンを除去するための器具がついていた。その上部は、配管内が覗けるように耐熱性の高い石英ガラスの窓があった。これは、耐熱服のメガネにも使われている。
吉野は耐熱服のベルトに刺してきたレンチを抜くと、そのガラス窓に打ち下ろした。二度、三度と叩くと、頑丈な石英ガラスもひびが入り、ようやく割れた。
その開口部から、バケツに入れてきた石綿の切り刻んだ繊維を投げ込む。だが、あらかた入れ終わったところでバランスを崩し、ほぼ三階の高さから落ちてしまった。
右足に激痛。挫いたのか、折れたのか。
いや、それはどうでもいい。すべてを終わらせて死ぬのだから。
ふと、周りの空気の青い光が増したことに気づく。耐熱服の内側で冷却水で冷やされているはずなのに、熱を感じる。
「上手くいったな」
原子炉が暴走を始めたに違いなかった。
次第に、意識が薄れていく。そうか、これが放射線障害……
肇は食堂を艦尾の方へ駆け寄り、梯子段を下って行った。残りの者も、慌ててそのあとを追う。
第二層にある原子炉制御室では、平野平機関長が奮闘していた。鬼のような形相で、警告ランプが明滅する制御盤を睨む。手早く釦やレバーを操作するが、拳を打ち付けて叫んだ。
「吉野! 何てことを!」
肇は思い切って声を掛けた。
「吉野とは?」
平野平はこちらを向いた。目に涙が光る。
「うちの機関員です」
そこへ、滝沢が息せき切ってやってきた。
「おやっさん、一体何が」
そして、制御室内を見渡して続けた。
「吉野はどこに?」
機関長は黙って制御盤にはめ込まれている受像盤を指さした。原子炉区画の中が映し出されており、その床にうずくまる耐熱服の姿があった。
「機関長、原子炉は?」
肇の問いに、平野平は苦しげに言った。
「完全に、暴走状態です」
そんな馬鹿な。
「熔融塩炉が暴走なんて」
呆然と呟く肇に、機関長は部屋の隅を指さして言った。
「恐らく、あれを使ったんでしょう」
床の上に、腹のあたりが大きく切り取られた耐熱服があった。本来なら左舷側の制御室にあるはずのものだ。いつの間に持ち込んでいたのか。
「石綿は熔融塩の高温でも融けないので、これを切り刻んで、原子炉の中に投げ込んだのでしょう。その石綿が配管を詰まらせ、循環が止まった燃料が炉心で過熱し続けています」
肇は言った。
「制御棒は?」
炭化ホウ素の制御棒は、留金を外すだけで自重で炉心に挿入され、核反応を起こす中性子を吸収し反応を止めるはずだった。
平野平はレバーを操作し、原子炉区画内の撮像管の向きを変えた。炉心の上部が映っており、その上部からは制御棒が突き出したままだった。若干、内部に入っているようではあるが。
「石綿の線維が隙間に詰まったのでしょう。あれ以上、挿入されません。緊急停止用のホウ素の注入口も塞がってます」
何と言うことだ。だが、暴走を止める最後の防御があったはずだ。
「融除弁はどうなってます?」
炉心の下部には、熔融塩燃料が過熱しすぎると融け落ちる栓がしてあった。そうなれば、燃料は船底の緊急ドレインタンクに流れ落ち、反応は止まるはずだった。だが、機関長の答えは非情なものだった。
「既に融け落ちてますが、そこも石綿で塞がれているようです」
熔融塩炉は安全なはずだった。だが、何事にも絶対はない。悪意を持って破壊工作をすればこの通りだ。
肇の脳内に了の声が響く。
(どうやら、最悪のケースのようだな)
声に出さず、肇は答えた。
(何か打つ手はありませんか?)
しばらく沈黙の後、了は答えた。
(「くろしお」に退避すべきだ)
「そんな! それじゃ他のみんなは?」
思わず声が出た。周囲の者が驚いて振り返る。いけない、皆を動揺させてしまった。落ち着かなければ。
その時、滝沢が制御盤のマイクに向かって叫んだ。
「吉野! おい吉野!」
受像盤の中の人影が身じろぎした。
「滝沢か」
スピーカーから返事が返ってきた。
「悪いな、足を痛めて動けないんだ」
「おまえ、何でこんなこと」
嗚咽で声が続かなかった。この前の休暇から様子がおかしかった。話しかけても、いつもはぐらかされる。それでも、悩みがあるなら力になりたかった。
「滝沢……凄いよ、ここ。青い光に満ちていて」
意識が混濁しているのか、吉野の言葉は取り留めもなかった。
制御盤の前に立ち尽くす滝沢を押しのけ、平野平がマイクに向かった。
「吉野。今から、機械の腕でお前を回収する。暴れるなよ」
そのまま、受像盤の下のレバーを操作する。撮像管と機械の腕が原子炉区画の内壁に沿ったレールを移動し、吉野が倒れている真上に来た。
二本の機械の腕が下へ伸び、吉野の両脇を抱きかかえると再び上昇した。
巡洋艦セーラムの艦橋では、スプルーアンスがソレンセン艦長から報告を受けていた。
「警報音?」
艦長は頷いた。
「最後に二軸のシーゴーストの音紋を捕らえた方角です。それに、いくつかの突発音も」
今までにないことだった。
「事故か?」
「わかりませんが、あるいは」
スプルーアンスは言った。
「行けばわかるな。全艦、最大戦速」
波を蹴立てて、シーウルフ艦隊は加速した。
「四時の方向、感あり! 例の艦隊です!」
聴音手の声は悲鳴に近かった。
艦長の御厨はギリリと歯噛みした。接合中では「くしなだ」は動けない。ましてや、右舷原子炉は暴走中だ。核燃料の温度は上がっているが、循環が止まったために出力はゼロになっている。
「泡沫遮音膜、全艦に展開」
艦首から艦尾まで、泡の膜で包まれた。これである程度の音の漏れは防げる。探針音も吸収できる。だが、限度はあった。
平野平機関長は、気閘から引きずり出した吉野から耐熱服をはぎ取ると、自らが着込んだ。
滝沢が腕にしがみつく。
「おやっさん、行くのなら自分が」
「馬鹿野郎!」
突き飛ばされて尻餅をついた。
「お前みたいな若造にさせられる仕事じゃねぇんだ! 老いぼれの花道を奪うな」
滝沢の襟元を掴んで引き起こし、言った。
「お前は機械の腕をやれ」
滝沢を放すと、気閘の扉へ向かう。
「機関長」
振り向くと、肇が唇を噛みしめていた。
「おう、総司令殿。あなたの艦を、こんなことで沈めたりしませんぜ」
気閘の扉に手を掛け、続けた。
「戻ったら、美味い酒でも飲みやしょうや」
そして、灼熱の原子炉区画へ入って行った。
そう、灼熱とはまさしくこれだった。吉野が言った通り、区画内は青白い光が満たしていた。そして、耐熱服に守られているはずの全身の皮膚がチリチリと熱く感じた。まるで真夏の太陽で日光浴をしているようだった。
もちろん、そんな健康的なものではない。致死性の強烈な放射線が、文字通り体を焼き焦がしているのだ。
吉野を収容した時より、原子炉の暴走は進んでいるようだった。もう、時間はない。
梯子段を降り、機械の腕が掲げる重い鉄製の盾に隠れながら、原子炉の横を通る。気休めだが、これがないとおそらく意識すら失うはずだった。
命令通り、滝沢が機械の腕を操作してるのだろう。あのひよっこがどうだ、真っ当に操れているじゃねぇか。俺もジジイになるわけよな。
炉心と熱交換器の間の下部にたどり着いた。熱交換器で冷やされた熔融塩燃料が、再び炉心に戻る配管だ。その炉心側の取り付け部分は太いボルトで止めてあった。そのボルトを一つ一つ、レンチで外していく。この配管を外せば、炉心内の燃料が流れ出るはずだ。そうすれば、原子炉区画の床の排出口から、船底の緊急ドレインタンクに流れ込んでくれるはずだ。
レンチに力を込めるために、足を踏ん張る。ジャリ、と言う音。床を見ると、ガラスの欠片だ。吉野が破った、頭上を通る配管の窓ガラスだ。
思い出した。「すのまた」での訓練で、原子炉に余計なものを入れたら配管が詰まると滝沢に教えたとき、熱心にメモを取っていたのは吉野だった。あの教えがこんな形で活かされるとは。
ボルトを外すたびに、継ぎ目から透明な熔融塩が漏れ始めた。耐熱合金の床に滴り、そこで固まる。外壁に近い分、若干温度が低いせいだ。
ボルトを全て外し終わると、かなりの量が滴り出だした。高温・高放射線の飛沫を浴びないように、梯子段の上に避けると、段に腕と足を引っ掛けて体を固定し、滝沢に声を掛けた。
「いいぞ滝沢、ぶっ叩け!」
制御室の滝沢は、涙に曇る目をぬぐうと復唱した。
「はい、ぶっ叩きます!」
レバーを捻ると、片方の機械の腕が盾から手をはなし、配管に向けて振り降ろされた。
ゴン、と耳をつんざく音と共に、高熱で強度の落ちていた配管は曲がり、継ぎ目に大きな隙間が出来た。そこから透明な灼熱の熔融塩燃料がほとばしり出た。その流れは床の排出口に飲み込まれていき、船底のタンクで冷やされ固まって行った。
「見事なもんじゃねぇか」
つぶやくと、平野平は目を閉じた。
心残りは吉野だ。なぜこんなことをしたのか。何を思っていたのか。気付いてやれなかった……
身体がだるい。意識が遠のく。
「突発音です!」
ソナー員の声にスプルーアンスは確信した。事故に間違いない。ならばチャンスだ。
「全艦、対潜ヘッジホッグ用意。音の発生源に叩き込め!」
艦隊すべての艦から、音のした海域に潜水艦用の爆雷が豪雨のごとく撃ち込まれた。
「発射音あり! 爆雷、来ます!」
言うなり、聴音手はレシーバーを外し耳を塞いた。その瞬間。
轟音と衝撃に、発令所は、いや艦の全体が揺さぶられた。次の瞬間、潜望鏡からハッチから、あらゆる配管から激しく海水が噴き出してきた。見る見るうちに発令所の床が水没してく。
濡れた額を拭い、御厨は叫んだ。
「全員、後方へ避難! 第一発令所は放棄する!」
再び目の上を拭い、それが海水ではなく血だと気づく。打ち付けた額から出血しているようだ。足元では小田切副長が倒れていた。
「しっかりしろ!」
助け起こし、右舷後部の扉から出ようとして気づいた。その先の右舷の魚雷発射管室も浸水していた。
「ここは駄目だ! お前らはもっと後ろへ!」
そう叫んで、水密扉を閉じる。左舷側の扉を覗くと、こちらの発射管室は無事なようだった。小田切を発令所から引きずり出し、全員脱出したことを確認してから、こちらも水密扉を閉じる。
「誰か! 衛生兵を!」
周囲に声を掛けると、魚雷をよけながら数名が駆け寄ってきた。
「頼むぞ!」
艦尾方向へ走る。上り坂だ。艦首が下がっているわけだ。いたるところの配管から海水が吹き出していたが、量はさほどでない。まだだ。これしきで沈めてなるものか。
梯子段を一層分降りると、左舷原子炉制御室の手前が第二発令所だった。かなり手狭だが、機能は一通りそろっている。既に退避していた操舵手が、懸命にツリムを調整しようとしていた。
「艦の状況は?」
甲板長が報告した。
「艦首の発令所、右舷の第一から第三発射管室に浸水。どうやら、当たった爆雷は一発、艦首右舷側だったようです。ほかには目立った浸水はなし」
「機関室は?」
あそこには蒸気タービンから出た蒸気を海水で冷やす、復水器という設備があり、艦内でここだけ、外の海水が艦内を巡回している。ここから浸水すれば、機関室は放棄するしかなくなる。
「異常ないとの事です」
甲板長の返事に、御厨は胸をなでおろした。
「『くろしお』との接合状況は?」
額の血を拭い、御厨が問いかける。傍らの士官が、傷口に脱脂綿を押し当てた。
「今のところ、浸水はありません」
報告に頷き、指示を出す。
「接合を解除する。双方の艦の乗員は帰艦せよ」
そこに、通信士が報告。
「艦長、『くろしお』の副長から石動閣下をこちらに移らせては、との提案です」
御厨は考えた。「くろしお」が無傷なら、その方が良い。だが、あの御仁が素直に移ってくださるかどうか。
「右舷原子炉の状況は?」
甲板長が答えた。
「燃料の抜き取りに成功、暴走は収束しました」
そうか。残りは、あのお方だ。
「ここを頼むぞ」
航海長に命じて、御厨は第二発令所を出ると右舷への連絡通路をくぐった。
「石動閣下!」
右舷制御室に飛び込むと、制御盤にかじりつく肇の姿があった。
「閣下! 『くろしお』に移乗してください! その方が安全です!」
「嫌だ!」
必死で機械の腕を操作している。
「俺はおやっさんと、酒を飲む約束をしたんだ」
覗き込んでいる受像管には、梯子に手足を絡めてぶら下がる耐熱服の姿があった。既に意識が無いようだった。
「石動閣下、あとは我々が。早く移乗を」
「嫌だ!」
再び叫んだかと思うと、がくっと全身の力が抜け、こちらに倒れ掛かってきた。そこを御厨が抱きとめると、肇は今までと打って変わって静かな声で言った。
「済みません、すぐに『くろしお』へ行きます」
歩み去る肇、いや了の後に、秋津技師長らが続いた。
一方、洋上のシーウルフ艦隊では、爆雷による残響が消えると、シーゴーストの音紋もロストしていた。
「仕留めたのか?」
スプルーアンスの問いに、ソレンセン艦長は肩をすくめた。
「まだ分りません。逃げたのか、息を潜めているのか」
そこへ甲板から報告があった。
「海面に浮遊物」
双眼鏡で指さされた方向を見ると、艦の一部と思われる漂流物が見られた。
「損傷を与えたことは確かだな」
だとすれば快挙だ。今までシーゴーストには一方的にやられっぱなしだったのだから。
ソナー員が叫んだ。
「感あり、方位〇三〇、発射管注水音!」
「反撃か!?」
このタイミングでやるとは意外だったが、本当に二隻いたならあり得る。スプルーアンスは命じた。
「全艦、距離を取れ。反撃を警戒」
密集しているところへあの雷撃を喰らったら危ない。曳航ソナーが絡まれば命取りだし、ヘッジホッグの対魚雷への再装填は、多少は時間がかかる。何より、魚雷へ向けてのヘッジホッグが僚艦を直撃したら笑えない。
そこに再び、ソナー員。
「方位同じく、微かに音紋……一軸です。遠ざかります」
そちらが被雷したのか。しかし、もう一隻が無傷なら、やはり反撃を警戒せざるを得ない。
この時、自分の慎重さが敵を救ったことを、スプルーアンスは知らなかった。
「接合解除しました。『くろしお』離れていきます」
救命装備からの缶詰の飲料水を飲み、御厨はようやく一息つけた。無傷な「くろしお」ではあったが、物資の補給は半分も出来なかった。食料など、おそらく基地に帰投する分しかないだろう。それでも、石動閣下をはじめ秋津技師長らを無事に送り届けてもらえれば御の字だった。
問題はこちらだった。一発喰らいはしたが、それでの死者は今のところなし。負傷者はいるが。幸い、副長は脳震盪だけだった。原子炉は片肺、武装は半分。その上、艦首の聴音器も機能しない。破損個所を考えれば、深度も取れない。それでもまだ、この艦を沈めるわけにはいかなかった。
命を捨てて艦を救った、機関長のためにも。
御厨は缶の水を飲み干すと、操舵手に指示を出した。
「両舷微速前進、深度このまま、緩やかに四時の方向に回頭」
音の大きな側面推進器は使わず、「くしなだ」は徐々に向きを変えていった。原子力電気推進のおかげで、片肺の原子炉でも両舷のスクリューが駆動できる。先ほど接合解除の為に行った輸送管への注水は、魚雷発射管への注水音とそっくりだった。これに敵さんが騙されてくれれば、見逃してもらえるかもしれない。
だが、念のためにお土産を残すことにしよう。
艦内通話を左舷発射管室へつなぐ。
「艦長だ。二番四番六番に魚雷装填、機雷設定で。注水し、合図とともに放流」
やがて操舵手から報告。
「回頭、完了です」
頷くと、再び通話機へ。
「魚雷、放て」
三本の魚雷が放流された。発射ではなく、音もなく水圧で押し出されたのだ。魚雷の推進器も作動せず、その場に漂うのみだった。
続けて操舵手へ。
「深度そのまま、方位ニイナナマル、両舷中速」
全速で逃げたかったが、艦体の損傷を深めるかもしれない。騙し騙し帰るしかないだろう。
「感あり、魚雷発射管注水音」
またか? スプルーアンスは意外に思った。
「二軸の音紋、方位〇四〇。遠ざかります」
続くソナー員の報告に、艦長と顔を見合わせ、お互い頷く。
「ならば追撃戦だ。全艦隊、最大戦速」
だが、いくらも進まないうちにソナー員が。
「感あり、魚雷走行音三!」
いつの間に発射したのか?
訝るスプルーアンスだが、機雷設定で放たれた魚雷が、シーウルフ艦隊の機関音で起動したのだった。秋津技師長らが開発した新機能である。
だが、スプルーアンスは命じるのみだった。
「全艦隊、対魚雷防御」
魚雷を全て爆雷で破壊した時には、シーゴーストを完全にロストしていた。
「吉野! おい吉野!」
滝沢の怒鳴り声に、吉野は意識が戻った。涼しい。耐熱服は脱がされ、制御室の床の上に寝かされていた。
「僕は……まだ生きているのか」
機械の腕で抱き上げられたのは覚えている。おそらく、その後気閘の中に投げ込まれたのだろう。
「畜生、代わりにおやっさんが……」
号泣する滝沢。見ると、制御盤には何人かが取り付いて懸命に機械の腕を操作していた。あれは確か、左舷組の班だったはず。
機関部の下士官の大きな声が制御室内に響いていた。
「そうだ、そっと下ろせ。冷却水のホースに気を付けろ。よし、外扉閉じろ」
原子炉区画への気閘の内扉が開かれ、一瞬、灼熱の空気が噴き出してきた。
何人かが耐熱服に取り付き、チリチリに焼けている金具に注意しながらこれを脱がす。平野平の顔は、穏やかに眠っているようにしか見えなかった。どこにも傷はない。それでも、船医は脈をとると、哀しげに首を振った。床に落ちて原子炉から陰になった吉野に対して、暴走中の原子炉近くで作業した分、平野平の方が被曝量が多かったのだろう。
海底艦隊での、最初の戦死者だった。
「おやっさん、死んだのか」
吉野は呟いた。
「何でこんなことを……」
滝沢にむかって、吉野は微笑んだ。
「ああ、お前には話しておかなきゃな」
そして吉野は話し出した。片肺の「くしなだ」が基地に戻るまでの間。そして意識がある間。
その間、滝沢は決してそばを離れなかった。
次回 第八話 「二十日間の窓」




