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栄光の昭和  作者: 原幌平晴
第三部
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第三話 二隻の就役


 昭和十七年十月。夕刻、肇は横浜の船渠を訪れた。連合艦隊司令長官の山本五十六が、参謀長の宇垣纒を伴ってそこにいた。

「山本長官、宇垣参謀長、お久しぶりです」

 肇が頭を下げると、二人は揃って答礼した。三人が一堂に会するのは、珊瑚海海戦以来だった。

「ようやくですね」

 余り表情を変えない宇垣であったが、今日は微笑んでいるのが分る。

「はい、これで戦局も大きく変わるでしょう」

 肇は二人を伴って、覆いをかけた船渠の中へ入った。

「ほう」

「これは……」

 感嘆の声が二人から漏れる。船渠の中には、葉巻型をした魚雷のような船体が、二隻並んで係留されていた。

「海底軍艦三番艦『くろしお』、四番艦『おやしお』です。以後、この艦種は『くろしお級』と呼びます。先の二隻は『わだつみ級』ですね」

 肇の言葉に、山本が感想を述べた。

「二隻同時とは驚いたな」

「ある意味、苦肉の策です」

 新しい耐熱合金の開発に成功し、熔融塩炉の出力が上がったため、一基の原子炉でも十分な速力を得られるようになったのだ。しかし、既に各地の工場で船殻の建造は始まっていた。そこで、「わだつみ級」で両舷二列になっていた船殻を分離し、そのまま二隻同時に建造することになったのだ。小型化された分、船渠での建造も短期化することが出来た。

「魚雷搭載数などは半分、居住性も犠牲になりましたが、戦力としては倍増となります。『くろしお級』は、今後も双子で建造されていくことになります」

 肇は二人を艦内へ導く。やや小ぶりな司令塔の左右から潜舵が伸びていた。その下部にあるハッチをくぐり、司令塔の中の梯子を下りる。発令所で作業していた乗員が、一斉に敬礼をした。

 発令所はほぼ同じ構造だったが、背後の出入り口は左右に分かれず、中央に一つだけだった。

「魚雷発射管室です。従来通り三層になっていて、発射管は各層二本ずつ左右にあり、計六本です」

「なるほど、それで搭載数は半分か」

 魚雷はまだ積み込まれていなかったが、魚雷を固定するための装置は十発分が床に並んでいた。ここでも作業中の乗員たちが敬礼。

 「わだつみ級」ではこの発射管室そのものが左右の船殻に割り振られていたが、それが一つの船殻になったので半減というわけだ。

「ではこちらへ。居住区です」

 後部隔壁の中央にハッチがあった。そこをくぐると通路になっており、後部へ向かって左右に扉がいくつか並んでいた。

「このあたりは『わだつみ』と一緒だな」

 進水式で艦内を見せてもらった時のことを思い出し、山本は呟いた。

「はい、同じ設計ですから。『おやしお』は左右が逆になりますが」

 通路の突き当りのハッチをくぐると食堂になっていた。「わだつみ級」に比べると若干狭い。出航準備で忙しいためか、ここには誰もいなかった。

「艦の全長も切り詰めているので、娯楽施設などはごっそり削ってますし、食料などの倉庫も減ってます」

 山本は眉をひそめた。

「それでは長期の作戦に支障があるのでは?」

 原子力推進の無限ともいえる航続力を活かせるのだろうか、と山本は訝しんだ。肇がそれに答えた。

「そこで『くしなだ』の母艦機能が発揮されます」

 「くしなだ」には艦底に二本の魚雷装填管と四本の人員物資輸送管があり、これを展開して接合することで「わだつみ」に補給と乗員の交替が行なえた。

「ほとんどの船殻の設計が同じなので、この『くろしお級』にも同じことが出来ます。『くしなだ』がほぼ三か月ごとに各艦を巡回することで、作戦行動中に補給が受けられます」

 山本は頷いた。

「そうなると、『くしなだ』の重要性が増すな」

 肇も頷いた。

「はい、海底艦隊の要となります」

 壱番艦「わだつみ」が遊撃隊として活動し、三番艦以降がパナマ運河などの要所を抑え、「くしなだ」がそれらの間を巡って補給を行う。これが海底艦隊の基本戦略だ。小型化した分、「くろしお級」は速度と静粛性はむしろ上がっている。

 肇が二人を船渠から送り出した後、「くろしお」と「おやしお」の艦長・副長たちが到着した。

「総司令に敬礼!」

 「くろしお」艦長の後藤綱吉の号令で、四人はキッチリと揃った敬礼をしてきた。答礼ではなくお辞儀をするのが、肇のせめてもの抵抗だった。

「いよいよですね」

 肇のかけた言葉に、「おやしお」艦長の鈴木業平すずき なりひらが答える。

「腕が鳴りますよ」

 鈴木は筋骨逞しい二の腕を見せつけるように曲げた。

 もう一度敬礼して、四人はそれぞれの艦へと乗り込んでいく。やがて出航の準備が始まった。一か月ほど日本近海で習熟訓練を行った後、それぞれパナマ湾とアデン湾に常駐し、パナマ運河とスエズ運河を封印する任務に就く予定だ。しばらくは低速の輸送艦ばかりだったので、従来型の伊号潜水艦に任せていた。これらにも海底艦隊と同じ誘導魚雷を配備していたものの、最近は高速の巡洋艦や駆逐艦が増えてきており、しかも、例の対潜装備が充実した型で、伊号には荷が重くなりつつあった。速度や潜航時間が格段に違う、新型海底軍艦への期待は大きい。

 残念ながら、出航まですべてを見ている時間は、肇には無かった。無事な航海を祈りつつ、肇も船渠をあとにする。

 すっかり陽が落ちた横浜から車で向かったのは、相模原にある陸軍機甲学校であった。以前からあった陸軍機甲整備学校に、開戦直前になって併設された学校である。校長室で出迎えたのは、初老の禿頭の男。この学校の校長、石原莞爾であった。

「お久しぶりです、石原中将殿」

「石動君、いや待っておったよ」

 関東軍の幹部として満州国建設に関わった石原は、満州の運営方針で東条英機と何度も衝突した。満州人の自治を目指す石原から見れば、この国を単なる傀儡国家としか考えない東条は、狭量すぎると感じたのだろう。

 その軋轢が高じて、ついに昨年三月には予備役に追いやられ、翌四月から立命館大学で教職に就いたものの、半年で退職せざるを得なくなった。

「中将殿も難儀でしたね」

 校長室のソファに座りながら、肇は言った。

「ああ、東条がよこす憲兵や特高がうるさくてね。中川さんに迷惑が掛かりそうだったからな」

 中川とは立命館総長の中川小十郎である。彼が開設した国防学科で、石原は教鞭をとることになったのだ。軍人だけではなく、国民すべてが学ぶべき国防学となるはずだった。

「しかしそれがきっかけで、君と出会った時に聞かされた、戦車の話。あれがこんな形で実を結ぶとはな」

 石原と肇、正確には了が初めて会ったのは、二二六事件の時であった。由美が死んだ夜、高橋是清らが殺害された朝である。あの時、了が身体を強制的に奪い、事件の解決のために陛下に直訴した。それで動いた一人が石原であった。

 はじめのうち、了の説得に石原の反応は鈍かった。陸軍を二分していた皇道派と統制派、そのどちらにも石原は組していなかったからだ。さらに、I計画が海軍中心であった事もある。

 そこで、了は石原に陸軍と満州の重要性を説いた。そこで話題に出たのが戦車だった。そして、石原はそこに陸軍の未来を見出した。結果、自ら陸軍省に乗り込んで反乱軍と直談判したのである。

「あの後、八月だったか。閑院宮さまからの質問にどう答えたものか困ってた時、君の事を思い出し教えを乞うたんだったな」

 閑院宮春仁王かんいんのみや はるひとおうは当時、陸軍大学の研究部主事であり、この前年に開発された初の国産戦車、八九式中戦車の運用について、参謀本部や石原に意見を求めたのだった。しかし当時の陸軍上層部は、こうした技術革新への関心が低く、研究もほとんど行われていなかった。

 結果として、他の参謀たちが抽象論に終始していた中で、ただ石原だけが、肇と了の助言もあって具体的な案を出すことが出来た。さらには、了の世界のブルドーザーやユンボなど、建設重機と連携した運用まで言及することになったのだ。それ以来、石原は陸軍での戦車戦の重鎮とみなされるようになった。

 その後、東条が手を回して閑職に追いやられるたびに、石原は東西の戦車戦について研究し、それ以前と違って技術面にも目を通すようになって行ったのだった。

 このころすでに、海軍ほどではないが、陸軍にもI計画の影響は表れていた。特に、電探や通信、砥論暗号に加えて、電気溶接技術と材料工学は兵器体系すら変えていた。その成果として誕生したのが、八九式中戦車とそこから派生した系列である。

 特に、電気溶接は車体の軽量化と強靭化に貢献した。何より、被弾した時に艦船よりはるかに狭い車内でリベットが跳ね回り、乗員を殺傷する危険が封じられたのは大きい。

 昨年、立命館の職を辞した直後に、新設された機甲学校の校長を任ぜられたのは、そんな経緯があった。

「どうです、こちらでの教育は」

 出された牡丹餅を緑茶で流し込みながら、肇は尋ねた。石原は酒もタバコも嗜まず、大の甘党である。酒を無理に勧めた上司と喧嘩になったことは数知れず。

「ははは、いや、未だに勉強中です。むしろ、生徒に教えられるくらいです」

 豪放な言動で知られる石原であるが、知に対する謙虚さは人一倍のようであった。

「その教育成果、近いうちに役立てていただくことになるかと」

 肇の言葉に、牡丹餅を手にした石原の眼が光った。

「やはり、来ますか」

 牡丹餅にかぶりつき茶を啜る石原に、肇は頷いた。

独逸ドイツが矛を納めれば、必ずこちらに」

 ヒットラー暗殺が成功し、独逸ドイツが連合国と講和すれば、ソ連は必ず満州へ攻め込む。中立条約など単なる紙切れに過ぎない。内陸であるが故に、海底艦隊ではこれに対抗できない。陸軍、それも機甲部隊の出番であった。

 石原は湯呑を卓に置くと、腕組みをした。

「いつごろになりますかな」

「早けれは、来年の春以降かと」

 歴史改変の影響が出なければ、来年の三月に絶好のチャンスがあるはずだと言う。了の世界では失敗したが、ハンス工作員が持ち込むはずの情報が加われば、成功率は上がるはずだった。

「半年ありませんな」

 肇の答えにしばし考え、石原は続けた。

「チハは、なかなか良い具合に仕上がってはいますが、ソ連のT―34に正面から対抗できるとは思えません」

 チハ中戦車は日本の機甲部隊の主力だ。「チ」は中戦車の略で、その後にイロハ順で形式名が付く。支那や南方では大活躍したが、対ソ連戦での実績はノモンハン事件のみで、その時既に劣勢となっていた。T―34はそのあとに完成しているのだから、推して知るべしだった。

 了による「あちら」のT―34中戦車は、主砲の威力も装甲の厚さもチハを上回っている。そして、芹沢が持ち出したI資料の一部は、おそらくソ連の科学技術も向上させているはずだった。

「やはりチヘぐらいでないと無理でしょうか」

 肇が言うのは最新式の一式中戦車だった。既に完成はしているが、開戦前に航空機や艦船が優先されたため、量産計画は遅れがちであった。

「いや、一台当たりの性能では、やはりかなわないでしょう」

 独逸ドイツと壮絶な戦車戦を繰り広げてきただけあって、ソ連機甲師団の実力は底知れなかった。

「そうなると……やはりあれですかね」

 ルールの定まった将棋は弱くても、ルールを自在に変えられる実戦なら、勝ち目を見いだせるのが肇の特色のはずだった。ルールを変える力は、もちろんI計画の成果だ。

 肇の語る構想を聞いて、最初は目を丸くした石原だったが、次第に引き込まれていくのであった。その夜、校長室の明かりは遅くまで消えることはなかった。


「さすがにこうなると、ちょっと寂しいかな」

 金曜日定番のカレーを食べながら、滝沢仁は呟いた。食事の時間なのに、「くしなだ」の食堂には、普段の半分も乗員がいない。

「半数が『くろしお』に移ってるんですから、仕方ないですよ」

 吉野達郎が指摘した。海底艦隊の訓練施設である「すのまた」の改装が長引いてしまったため、先ほど就役した「くろしお級」二隻の乗員の養成が間に合わなかったのだ。そのため、「くしなだ」と「わだつみ」から熟練した水兵と下士官の半数ずつを「くろしお級」に移籍することになった。

「まぁ、俺たちも経験積んだから、十分任務はこなせるはずだけどな」

 という滝沢だったが、吉野は容赦ない。

「おやっさんが手元に置いてるのは、まだまだ未熟って事でしょう。慢心はいけませんよ」

 元々、初期型の「わだつみ級」は訓練目的で乗員を大目にしていたので、通常の任務ならこれでこなせるはずではあった。ただ、事故などがあれば人手不足に陥ることはあり得る。「すのまた」で訓練を終えた乗員が補充される半年先まで、少々綱渡り的な運用となってしまう印象は拭えなかった。

 食事を終えると当直の時間だった。持ち場の原子炉制御室で、早速うつらうつらと船を漕ぎ始めた滝沢を横に、計器を点検しながら吉野は考えるのだった。自分は何をすべきか。何が出来るのか。

 死を選んだ両親と弟、売られてしまった妹のために。

 失われた故郷のために。

挿絵(By みてみん)


登場人物紹介


実在する人物には【実在】としています。


後藤綱吉ごとう つなよし

海底軍艦「くろしお」の艦長。愛煙家で、いつも火のついていないパイプを咥えている。そのため、付いたあだ名は「ホームズ」。


鈴木業平すずき なりひら

海底軍艦「おやしお」の艦長。背が高く、肉体を鍛えるのが趣味で筋骨隆々。


石原莞爾いしはら かんじ

【実在】元関東軍の幹部。陸軍機甲学校校長。階級は中将(当時)。


中川小十郎なかがわ こじゅうろう

【実在】京都法政学校(現在の立命館大学)の創立者で初代総長。

名前のみ登場。


閑院宮春仁王かんいんのみや はるひとおう

【実在】陸軍大学校研究部主事(当時)。

名前のみ登場。


次回 第四話 「三人の工作員」


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