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栄光の昭和  作者: 原幌平晴
第二部
34/76

第六話 二つの策

 話は少し遡り、十二月末。

 東海村の海底艦隊基地に帰投すると、秋津技師長が手ぐすね引いて待ち構えていた。帰港前に砥論暗号で事情を伝えておいたのだ。

「早速、対策会議をしたいと思いますので、こちらへ」

 案内されたのは海底艦隊司令本部にある会議室だった。基地側からは秋津技師長とその部下の若い技師、「くしなだ」からは肇と艦長、聴音手の小林が参加した。

 部屋には録音再生機と「くしなだ」で録音した磁性帯テープが持ち込まれ、小林が操作した。最初に再生されたのは囮魚雷デコイにやられたときの音響記録だった。

 秋津は興味津々という面持ちで聞き入っていた。再生が終ると、傍らの部下に話しかける。

「どうだ、後藤。あれが使えないか?」

 後藤と呼ばれた部下の青年は、黒縁の眼鏡をかけなおして頷いた。ひょろりと細い体で首が長い。

「行けそうですね」

 頼もしい。肇は安堵した。この囮魚雷デコイを何とかしなければ、海底軍艦が無用の長物になってしまいかねなかった。

「わかっている限りでもう一つ、対魚雷武装があるんですが」

 肇の言葉に二人は頷いた。秋津が答える。

「聞かせてください」

 肇の合図で、小林は録音再生機を操作し、別な戦闘の音響記録を再生した。スピーカーから最初に流れてきたのは、海中に泡が吹き出る音だ。そして、高回転の発動機のような音が遠ざかる。小林が説明する。

「今、我が艦から魚雷が放たれました。少し飛ばします」

 音が途切れ、しばらく録音機の電動機の音だけが響く。小林は録音機の計数機を見つめる。

「ここからです」

 釦を押すと、魚雷の音が響く中で、小さな爆発音が聞こえた。

「ここを繰り返します。再生速度を落として」

 一つの爆発音に聞こえたものが、速度を落とすと複数の音が立て続けに起こっていることが分かった。遅くなった分、音も低くなっているが。続いて、何かが水面に落ちる音が複数。そして最後に、かなり大きな爆発音が再び立て続けに起こったと思った瞬間、大きな爆発音が響いた。何度か巻き戻して聞かせた後。

「はい、ここまでです。これが何かわかりますか?」

 秋津が答える。

「最初の複数の爆発音で何かを海中にばら撒き、それが一斉に爆発して魚雷を破壊したようですね」

 肇たちと同じ見解だった。

「仮に、対魚雷爆雷と呼んでいます」

 御厨艦長が言った。

「今までの経過から、囮魚雷デコイよりも近距離で使うもののようです」

 秋津は頷いた。

「おそらくそうでしょう」

 部下に向かって尋ねる。

「こっちは別な対策が必要だな」

「そうですね。雷走の最終段階となると、この方法では制御できない可能性が高いですね。ただ……」

 二人の話し合いに、肇がおずおずと割り込んだ。

「済みません、まずはその囮への対策を教えてもらえますか?」

 秋津が答えた。

「良いでしょう、後藤が答えます」

 後藤技師が話し出した。

「では説明します。簡単に言いますと、魚雷から細い電線を引いて、こちらから操作します。有線誘導ですね」

 御厨艦長が聞いた。

「有線ですか。どのぐらいの長さですか?」

 後藤は一枚の図を取り出した。

「試作したものは二千メートルです。このように、魚雷の後部に環状の部品を付け、これにコイルのように電線を巻き付けておきます。電線は発射管内の端子に接続しておきます」

 後藤は次の図を出した。

「魚雷が発射されると、巻き付けた電線がほどけて繰り出されていきます。囮魚雷が発射されて目標からそれたら、電線から信号を送って、それじゃないと教えます」

 三枚目の図が示された。

「この信号を受け取ると、魚雷は一定時間音響を無視しし、旋回を始めます。そのあとで再び敵艦の音響を捉えれば、囮を回避できるはずです」

 素晴らしい。肇は感心した。もちろん、実戦で試さないといけないが。

「その電線ですが、途中で切れたりしませんか?」

 艦長の質問に、後藤が答えた。

「もちろんその可能性はありますから、発射後は急激な移動はできません。ただ、切れた場合は従来通り音響で自動追尾となります」

 艦長は再び質問した。

「あと、それだけ接近するとなると、発射音で位置がばれませんか」

「その点なんですが」

 後藤はさらに図を出した。

「魚雷の口径をやや細い五十三センチにし、空気圧で押し出すのではなく、自力で発射管から泳ぎ出るようにします」

「なるほど、それなら発射音はしないな」

 艦長は頷いた。

「細身になる分、魚雷の航続距離は落ちます。電線の長さから言っても、これは近距離用の武器です」

 戦術的には難易度が上がるが、大きな前進だ。

 肇は言った。

「囮はそれでいいとして、対魚雷爆雷の方なんですが」

 秋津は後藤に尋ねた。

「こっちの方はどうかね? なにか案があるようだが」

 後藤はずり落ちた眼鏡を直して言った。

「ええ、こっちはまだ試してみないといけませんが……」

 会議は延々と続いた。そこで決まった対策案は、即刻「くしなだ」に搭載されるべく、正月返上で翌日から改装が始まった。


 列車を乗り継いで、肇は呉の連合艦隊司令部へ向かった。玄関にはしめ飾りが飾られていた。

「おお、石動閣下。開戦以来だね」

 司令長官の執務室を訪れると、山本五十六は満面の笑みで出迎えてくれた。

「閣下はご勘弁ください。自分は民間人ですので」

 御前会議などに出るため軍服を着る、その時だけの臨時の身分に過ぎない。それが肇の認識だった。

「相変わらずだな」

 山本は微笑んだが、真顔になると言葉をつづけた。

「ところで、先日の砥論暗号で、米軍が空母を使った日本本土爆撃を計画しているとあったが」

「はい、その件で伺いました」

 肇は了から聞いた「ドゥーリットル爆撃」のことを山本に話した。

「名前の由来は爆撃隊の隊長なので、変わるかもしれません。また、当日の爆撃地点も、些細なことで違いが出ると思います。そもそも、使われる空母が違いますから」

 肇は用意してきた日本地図を取り出した。

「それでも、帝都東京が目標の中心になることは間違いないですし、そうなれば発艦する海域は限られます。そして、着陸地点が支那の蒋介石の勢力圏となると、関東一円と東海地方に絞られるでしょう」

 山本は顔をしかめた。

「かなり広いな」

 零戦にしても陸軍の隼にしても、迎撃できる戦闘機のほとんどはハワイや支那など前線に出払ってしまい、本土にはごく少数、訓練隊が残っているだけだった。

「彩雲の哨戒網で、空母を海上で捕捉できんものかな」

 爆撃隊の発艦予想地点の円を指さし、山本は言った。

 肇は頭を掻いた。

「発艦はおそらく夜明けです。空母の接近が夜間となれば、彩雲では無理ですね」

 彩雲に電波探知機を積んだ夜間索敵機の開発は進んでいるが、まだ量産には至っていない。電探がなければ、当然ながら夜間は何も見えない。

「時速三十ノット以上の空母なら、一晩で二百五十海里は進んでしまいますから」

 これは東京大阪間の距離より長い。彩雲の航続距離ならカバーできるが、確実に捕捉できるとは言えなかった。

「出港はサンフランシスコでしょうから、こちらの空母を一隻張り付かせて、追跡し続けることは可能でしょうが、その分、他の海域が手薄になります」

 現在、ハワイを拠点に六隻の空母が索敵任務に就いているが、補給などを考えると同時に展開できるのは三隻が限界だ。その一つが欠けると大きな穴が開く。

 すでに了の世界とは大きな食い違いが生じているため、索敵警戒の重要性は増している。また、ナバホ語を使ったコードトーカー暗号は前線との通信に使われ、基地を出るまでは使われないので、今回の役には立ちそうにない。

 山本は渋い顔のままだった。

「そうなると、本土で迎え撃つしかないな」

「新型海防艦の配備が間に合えばいいのですが」

 肇の言う海防艦は、今年の半ば、日米開戦を予期して新たに定義を見直された艦種だ。従来は旧式になった軍艦を沿岸警備に転用するだけだったが、電探と水中聴音器を備えた小型の艦艇を新造し、沿岸警備と哨戒、船団の護衛などの任務に就かせるというものだ。現在、大車輪で建造が行われているが、まだ配備された艦はない。

 旧式の海防艦も電子装備の近代化が行われているが、旧式故に発電設備が貧弱で難航している。何よりも、数が絶対的に足りなかった。

 しばらく瞑目していた山本だが、眼を開くと言った。

「となれば、やはり本土で迎え撃つしかないな。ハワイから零戦を一部呼び戻そう。陸軍さんにも伝えておく」

 いつ、どこから来るかわからない敵に備えるのは、非常に厄介だ。これはまさに、米海軍にとっての海底艦隊と一緒だった。


登場人物紹介


実在する人物には【実在】としています。


小林 下の名前は不明

海底軍艦「くしなだ」の聴音手。


後藤 下の名前は不明

技術者。秋津技師長の部下。

黒縁の眼鏡で痩身、首が長い。


次回 第七話 「二つの謀略」


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