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栄光の昭和  作者: 原幌平晴
第一部
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第十五話 船と人

 一同が造船所の食堂で夕食を取っている間に、船渠には海水が注水されていた。先ほど進水式が執り行われた舞台に降りてみると、舞台から「わだつみ」の司令塔の横まで橋が架けられていた。

「内部をご案内しましょう」

 平賀譲を先頭に橋を渡る。光代は肇と手をつないだ。欄干が高すぎて、光代の背丈ではその下から落ちそうだった。

 山本五十六は質問した。

「平賀氏はどのようにこの計画へ?」

 余程機嫌がよかったのか、この老技術者にしては愛想よく答えた。

「あれは七年前、昭和六年の春でしたか。この石動君が日立の技術者を連れてうちへ来ましてな」

「改良された電気溶接技術の普及のために伺ったんでしたね」

 肇も当時を回想しながら言った。


 当時も、平賀は三菱の技術顧問であった。正確には「平賀不譲」が行き過ぎて、左遷されたに近い境遇だった。

 後から了に調べてもらったが、あちらの歴史では戦艦設計の第一人者として、この後、超弩級戦艦大和の設計に関わることになった人物だ。しかし、その設計はしばしば独善が行き過ぎ、結果として艦艇の安全性向上などにつながった例も多かったが、現場が要求する兵装などを一方的に蹴るなどして、敵を多く作ることにもなった。そのため、この当時は艦船設計の現場から遠ざけられていたのだ。

 一方、肇の訪問は、I資料に基づく技術の底上げを日本中で行う、技術交流が目的だった。

 肇たちが電気溶接の普及について説明していると、平賀譲の顔が次第に赤熱してくるのが見て取れた。ついに限界に達したのか、怒声が飛ぶ。

「溶接など信用置けん! 艦船はリベット打ちで作るべきだ!」

 スイッチ一つで熱くなるニクロム線とあだ名されるだけあって、もの凄い剣幕であった。肇は、気圧されながらもなんとか言い返した。

「では、強度を比較してはいかがでしょう? ここの設備で試験できますよね?」

 肇の提案が正論だったのか、平賀の怒気は意外にもすぐに収まり、試験の手筈が整えられることになった。

 二枚の鋼板を接合する場合、やり方は二通りある。それらを一部重ね合わせて穴をあけ、そこにリベットという鋲を通し、抜けないようにハンマーで叩いて潰す。これがリベット打ちで、昔から行われてきた手法だ。これに対し、電気溶接は二枚の鋼板を重ねず、溶接棒という金属製の棒に電気を流し、スパーク放電で棒を融かして隙間を埋めてつなぐ手法だ。

 リベット打ちでは、板を重ねる分重量が増してしまう上、穴をあけるなど余分な工程が必要になるため、艦艇の性能や工期に悪影響が出る。一方、電気溶接では、溶接棒の品質に加えて、接合する鋼板の材質との相性も問題になった。特に、艦船の場合は海水に冷やされるため、材質が合わないと違った比率で縮んでしまい、亀裂が生じる事がある。

 実際、了の世界ではこの数年後に「第四艦隊事件」という事故が起きている。当時の電気溶接で建造された駆逐艦の艦首が、台風の波でもぎ取られてしまったのだ。この事故の調査を行ったのが平賀であったが、了の歴史では、その反省からその後の帝国海軍の艦艇はリベット打ちに回帰してしまった。これが大戦中の被害を増大させたという批判もあるという。

 しばらくして、リベット打ちと電気溶接の強度試験の準備が整った。三菱側はリベット打ちのベテランが、肇の日立側は若手の技術者が、それぞれの手法で鋼板を接合した。

 日立は、I資料に基づき溶接棒の材質を向上させ、なおかつ鋼板の種類に合わせて調整したものを開発していた。電気溶接機も、電圧を安定させ、均質な溶接ができる工夫がなされていた。

 両者が接合した鋼板は、まずは氷で零度近くまで冷やされた。温度が低いほど金属は固くもろくなる。その上で引き伸ばし検査の機械にかけられ、両者は同じ力で上下に引っ張られた。

 立ち並ぶ肇と平賀の前で、引き伸ばす力は次第に強まり、ついには何トンもの強さになった。その時。

 バン、とものすごい音でリベットの接合部が千切れた。同時に、ヒュッと音を立てて何かが二人の間をすり抜け、背後ではビシッと鈍い音がした。振り返ると、弾き飛ばされたリベットが、コンクリートの壁にめり込んでいた。

「リベット、飛んじゃいましたね」

「……うむ」

 二人とも、嫌な汗をかいていた。もし、あれが当たっていたら……。

 その後、様々な条件で検査が行われ、さすがの平賀も改良された電気溶接を認めざるを得なかった。結果、こちらの歴史での平賀は、後に第四艦隊事件の調査で、リベットではなく改良電気溶接の利用を推奨することになる。


「その翌年ですかな、石動君が海底軍艦の設計図を見せてくれたのは」

 基本設計は、了をはじめ未来のスタッフが行ったもので、肇が手ずから書き写したものだ。しかし、この時代の技術や設備で建造できなければ意味がない。そこで、前年の電気溶接の件で信頼関係が築けた平賀に、実現可能性を問うたのだ。

 艦船設計の大家だけあって、一目見て平賀は尋常ならざる技術の断絶を見抜いた。早速、信頼できる潜水艦設計のベテランが呼び集められ、検討会議が始まった。このころから、I計画に参加する企業の協力体制が出来上がってきたと言える。

 平賀は肇に告げた。

「君らが広めてくれた技術を駆使すれば、この通りに作れないことはない。だが、あまりにも今までの建造法と違ってしまうので、人材の教育も含めると十年はかかる」

 それでは日米開戦に間に合わない。

「どうすればいいですか?」

 肇の質問に、平賀は答えた。

「艦の寸法を直すしかない。船殻の直径を切り詰める」

 初期の設計では、艦の断面は円形で、現在よりも太くずんぐりとした船体となっていた。

「直径十二メートルの耐圧船殻など、全くの未知の世界だ。それなのに潜航深度三百メートルなど、強度計算が追い付かん」

 当時の潜水艦の潜航深度は百メートルが精々だった。

「潜航深度は削れません。ここまで潜れないと、速度が出せませんから」

 速度三十ノット以上が要求仕様だった。日本の生産能力では、このような艦を何十隻も作るわけには行かない。少ない数で太平洋を制覇するには、速度が何よりも必要だった。しかし、高速を出そうとするとスクリューが気泡を作り出し、これが潰れることで大きな音を出してしまう。隠密性が最重要である潜水艦には致命的だ。

 そこで深く潜ると水圧がかかるため、気泡の発生が少なくなる。その結果、高速を出しても静かになる。

 しかし、現在の造船の実績から言うと、そこまで潜れる船殻は直径八メートルが限界だという。

 肇は頭を抱えた。速度を出すには大出力の原子炉を積むしかない。船体が細長くなる分、抵抗は減るだろうが、八メートルに収まる寸法では十分な出力は出ない。かと言って、原子炉を二基積むと船体が細長くなりすぎて、強度に不安が出てくる。

 どれだけ説明しても、平賀は頑として受け付けなかった。

「分りました。これでどうです?」

 思い余って、肇は黒板に手書きで図を描いていく。

「八メートル径の船殻を二本並べて、その外側を覆うんです」

「ふむ、眼鏡型船殻ですな。それなら実績がある」

 大正十三年に竣工した伊五一であった。船殻の断面が眼鏡のような形になるため、そのように呼ばれる。

 肇が書いた図では、左右の円筒形の船殻は完全に独立しており、何か所かの通路でつながっていた。それぞれの船尾部分には原子炉が納まる。最初の予定よりは小型だが、その分、片方ずつ停止して航行中にもメンテナンスができる利点が生れる。いわば、二隻の潜水艦を束ねたような作りだ。

「それにこの設計なら、攻撃を受けて片方が一部浸水しても、もう片方を通って移動ができますな」

 平賀は頷くと続けた。

「これで行きましょう」


 山本は「わだつみ」の甲板に降り立つと、艦尾に向かって見渡した。

「なるほど、この横幅はそのためでしたか」

 黒塗りの甲板は、今は転落防止のための手すりで囲まれている。これも、出航時には撤去される。

「こちらです」

 司令塔の横に開いた扉から入ると、太い円柱がそそり立っていた。その横腹にハッチがあり、平賀が開けると梯子が上下に伸びている。

「えー、ここを降りるの?」

 光代がスカートを気にして言った。

「じゃあ、父さんとここに残るか?」

 肇の言葉に首をふる。

「それもイヤ」

 結局、肇が最初で次に光代、という順番になった。

「下から覗かないでよ」

「はいはい」

 父親は辛い。


次回 第十六話 「人と技術」

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