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そわか  作者: 空雲雛太
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第五話『疎通』

 恐怖で足がすくんでいるのを見た時や、化け物と戦うために武器を借りようとした時など、名前を呼びたいのに呼べなくて、もどかしく思ったことは何回かあったけれど、そのどれもが、ここまで悔しさを掻き立てはしなかった。

 夏樹は、異世界に一人投げ出されて怯える少女に、何もしてあげられない――襲撃者の攻撃から庇ってくれた彼女の身を案じて、名前を呼ぶことすらできない。


「……ネニユミヘイムニ……!? ヒウミヘミイフユレペウニ!」


 少女の行動は、どうやら紅い瞳の女の子にとって予想外のものだったらしく、驚愕と焦燥の滲んだ声は荒い。

 反対に、武器を振って炎を払う少女は、怒りと悲しみの込もったような瞳で女の子を (少々紛らわしいけれど名前が分からないので、夏樹が最初に出会った異世界の少女を『少女』、夏樹に襲いかかってきた紅い瞳の女の子を『女の子』と呼ぶことにする) 見据えている。


「エネヘリミ、ヒウミヘヘンミメレユリウネリムムンヘムレ!? エネヘリレミニリルニヘレネレメヘニネメ、エユレツヘミンリウユイヘルイリュウヒヘテネイニヘミュウ!?」


「……ヘンミメレ……?」


 少女の問い詰めるような声の言葉を聞いた女の子は、怪訝そうな目を夏樹に向ける。

 何が何だか分からずに、とりあえず笑顔を浮かべた夏樹を鼻で笑って (少し傷ついた) 、女の子は嘲るように声を張り上げる。


「エネヘテミイフユヘンミヘヒイリツヘニネ。ユヘミテネニネイレリヘヒイリツヘユ! エイニルユヘミテ、エネヘニイウエユレツヘミンリウユイヘル、リヘニニンネンユ!」


「リヘニ……!? ミンネ……ヒウミヘイリュウヒネレリニリルニニ……!?」


「メエネ、レリニニレニヒユメチュネイレミメ!」


「……あのー……? 先ほどから一体何の話をー……」


 言葉が通じていたとしても、夏樹の言葉など聞こえてなさそうな空気ではあったけれど、目の前でヒートアップしていく言葉の応酬に思わず口を挟む。

 女の子の言葉が少女に衝撃を与えたらしいことは表情を見れば分かるのだが、その理由が分からないという事実に不安を煽られて、そうせずにはいられなかったのだ。


「ネテミイフユリウネリムムニレヒリイヘユネ。ミメテユヘミネ、ミイフメニリヒネ……レリヘヒレヘンミヘヒレ、ミウイウユフメネヘイリメイヘレメユ!」


 当然ながら夏樹の戸惑いは取り合われず、正体不明の怒りで紅い瞳を燃やしながら、女の子は武器を操作する。

 ガチャリ、と、鍵を掛けたような (あるいは開けたような) 音をたてて鍔に嵌まった刀身が炎を纏い、咆哮する女の子に振るわれて夏樹に襲いかかる。


「ほぎぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「メメネイ……っ!」


 襲いかかる女の子と、情けない悲鳴を上げる夏樹の間に少女が割って入り、炎の剣を受け止める。

 透き通った高い音を響かせて火の粉を散らした二本のガラスの剣は、持ち主の動きに合わせて踊り、二度、三度と互いを叩き合う。

 意外というか、単純な力比べならどうやら少女に分があるらしく、打ち合いというより、少女の攻撃を紅い瞳の女の子がどうにか凌いでいるといった様子だ。


「…………っ!」


 悔しそうに顔を歪めて、紅い瞳の女の子は少女から距離を取る。

 少女のほうにはどうやら是が非でも女の子を仕留めるつもりは無いらしく、女の子に何かを言いながらも夏樹を守るように背中に庇って、女の子を警戒している。


「……リウユレヘルヘメイ。ユヘミヘヒニルメミニレヌリユリヘメミヘルヘメムレリメレユヘンミメレネヘユヘリヒニルムミンリウニンヘ、レヒネツヘイレム」


 女の子からはどうやら恨まれているらしいのに、なぜ同じ異世界出身の (違う世界の出身なら、先ほど会話というか口喧嘩らしきものが成り立たないはず) 少女がここまで夏樹の肩を持ってくれるのかは謎だ。

 夏樹の服は普通のパーカーだが、二人と比べれば身なりが良いと言えるので、悪徳領主などへの恨みつらみのはけ口にされているのだと思えば、事実はどうであれ、女の子から攻撃されるのには納得できる (攻撃されてもいいという意味では断じて無い) のだが……。

 ひょっとしたら少女のほうは、女の子と違って善良な領主の治める領地で育っていて、夏樹の服を見た時に女の子と逆の感想を抱いたのかもしれない。

 だとするなら、その領主に感謝しないといけないな、などと暢気なことを考えている夏樹の耳を、ガチャリ、という音が打つ。

 接近戦は不利だと判断したらしい女の子が、化け物と戦った時のように炎を放つためだろう、武器に鍵を差し込んで捻っていた。


「ミウネ、ミイフメテヘミレニユヘミヘヒニレヌリユリヘメムユ。ユヘミヘツヘルメニレリメレニ、ミニリヒテレンミュミヘイヘユ。メイリュウリミヘンネユヘミニルメユ、イリュウヒニヘレミイユチュウレムムネンヘユレニユレメネイミユウヘユリテメウメヘテネ! 」


 外した刀身を戻さず、くるりと半回転させながら、女の子が慟哭する。

 どうやら片側に軸が通っているらしく、そこを基点に回せるようになっているらしい。

 そうして(あらわ)になった鍔の内部に、刀身を外すために使った鍵を差し込んで、その上から刀身を嵌めてしまった。


「何あれ、さっきまでと手順が違くない!? ひょっとしたらっていうか、ひょっとしなくても超必殺技的なやつだよね!?」


「レリリヘンミヒユメリ、ユヘミテミンチネイ! ニヒレヘテイユヘツヘルメユユリテメウユウニレリリ、ミンネレリレメルメニリンネユレリツヘルメネレツヘユヘミヘヒニレリリ! ムペヘユヘミニヘリユ!」


「メメテ、エネヘネヘニミンリウネレヒネツヘイムレメヘム! ヘヘミリレリユミンチヘイメペ、レネメツムルイネリヘメメメレム!」


 女の子の武器が、一層強く輝く。

 彼女の叫びに何かを言い返しながらも、少女は慌てて同じ手順を踏もうとするが、後出しで同じ過程をたどるなら、おそらくわずかに間に合わない。

 戦うことができなくても、せめてその一瞬を稼げないだろうかと辺りに視線を巡らせる夏樹の耳を、女の子の挑戦的な響きを含んだ声が掠める。


「……ヘヒムムネメ、イリュウヒニユヘミヒメイリュウヒニエネヘネイネチペミュニレネレメヘイムニテ、ヒウイウユレレミメネ?」


「――――――っ!」


 女の子の言葉に、一瞬だけ少女の体が硬直する。

 それはきっと、ほんの一瞬のことだったけれど……二人の勝敗を決定付けるには、充分な遅れだった。

 女の子の武器が纏う熱気が痛みを伴って、夏樹と少女に吹きつける。

 振りかぶってそれを放とうとする女の子に向かって駆け出しながら、夏樹は目に映ったもの……先ほど少女がバラバラにした化け物の破片を両手に一つずつ拾って、そのうちの一つを投げつける。

 一つ目で注意を逸らし、二つ目をぶつけて隙を作るつもりだったのだが、言葉の通じない異世界での精神的消耗が、よほど女の子の神経を張り詰めさせていたのだろう。

 女の子は夏樹が驚くくらい過敏に反応し、反射的にそれに向かって炎を放っていた。


「熱っ……ていうか、痛っ! 何コレ、直接当たってないのに火傷しそう!」


 足が竦まないよう、目の前の人間が本気で夏樹を殺すつもりだったのだという事実には目を向けないようにして、夏樹は二つ目……細いほうの化け物の腕(太いほうは大きすぎて、片手で扱えなかったのだ)を握る手に力を込めて、思いっきり振り回す。

 一杯食わされて、一瞬憎憎しく夏樹を睨んだ女の子は、夏樹の攻撃に気付いて我に返り、即座に一歩、後ろに跳ねる。

 力の限りに振るわれた化け物の腕が空を切り、夏樹の胸中は焦燥に埋め尽くされる。

 勝つつもりで挑んだわけではない。

 ただ、少女が体勢を立て直す時間が稼げれば、それで良かった。

 その意味では、夏樹はすでにこの攻防で勝利していると言ってもいい。

 しかし、その代償として夏樹は今、大振りの攻撃を外した無防備な状態で、女の子の攻撃範囲内に入っている。

 よしんば女の子の攻撃に対して防御の構えを取れたとして、至近距離で浴びせられる炎を相手に、先ほど豆腐みたいに容易く裂かれていた化け物の細い腕は、どれほどの効果を持つだろう。


「ヘンミメレ――――!!」


 少女の悲痛な叫びが、真っ黒な空間に響き渡る。

 ……そういえば、まだ名前すら聞いてないな。

 凶悪な笑顔を浮かべる女の子の前で、夏樹はそんな場違いなことを考えた。

 女の子が武器を払い、刀身が夏樹を討ちつける――その直前で。

 ガラスの刀身は突然砕け散り、光の粒になって虚空に消えた。


「………………っ!」


 女の子は慌てたように夏樹から距離を取り、何かを叩きつけるように何度か手を振る。

 それが武器を出そうとしていたのだと分かったのは、そのあと女の子がその手を見つめて悔しそうに顔を歪めたからだ。

 理由は分からないが、どうやらあと一歩のところで女の子は武器が使えなくなったらしい。


「……メツリニヘヒレメユフレイテヘミヘミレツヘツヘリヒ……!? ユレツヘユネ、イニヒピミイヘリヘ!」


「っ! レツヘ……!」


 憎体に何かを言い捨てて去る女の子を追おうとして、少女は足を止める。

 それから夏樹のことを悲しそうに睨み、物凄い勢いで何事かをまくし立てた。


「ヒウミヘエンネエプネイリヒユネメメヘニヘムレ!? ニチプンニリニネニレエツヘメヒウネメムイフリミヘツヘンヘムレ!!」


「へっ!? いやあの、ごめんなさい!?」


 少女が何かを怒っているのは分かるのだが、何を怒られているのかが分からないので、謝罪も疑問系だ。

 しかし当然というか、少女の怒りはまるで収まる気配もなく、言葉が通じていても聞く耳を持たなかったのではと思わされる勢いで説教(推定)を続ける。


「ヘミレニユヘミニテヘンミメレニイリヒペネユレミレメンレメ、ユヘミニミンリウミンユイウヘネイニネムニリヒウテンレヒイリイレム。レメヒ、ムリミルメイユヘミニリヒユミンユウネメツヘルヘメイ! ユヘミヘツヘ、リウミヘヘンミメレニイレヒイミヘリムルメイニテ……!」


 と。

 そこまで言ったところで、立て板に水だった少女の叱責が止まり、なぜか驚愕の事実を突きつけられて絶望したような表情になる。

 どうしたのだろうと首を傾げる夏樹に、恐る恐るといった様子で辺りを見回した少女が、おっかなびっくりに何かを問いかける。


「……メメヒリ……ユヘミテイリュウヒネイルメメヘルムユウネチニルニイヒメメヘミレウチヒ、ミンユウヘリネイニンネンネニヘムレ……?」


 当たり前だが、何を(たず)ねられても夏樹は答えることができないし、何を答えても少女には伝わらない。

 それでも、不安そうに夏樹を見る少女を少しでも安心させたくて、夏樹はありったけの親愛を込めた笑顔と無根拠な自信で立てた親指を少女に向ける。

 大丈夫、安心して。

 君だけでも必ず、この空間の外に出してみせるから。

 そんな思いが通じるようにと願いながら、夏樹は笑ってサムズアップした。

 しかし、夏樹のそんな思いはどうやら通じなかったらしく、少女は夏樹を睨み、頬を赤くして怒ってしまった。


「リウ……ヘンミメレ、リンネヒリニレヘミンネチュウヘンテユレヘルヘメイ! ヘンミメレニイエイミヘヒリニリヒユ、ユヘミヘチンヒウニテンメイミヘイムンヘムユ!?」


「……あれー? 何で僕怒られてるんだろう……? もしかして、コレが良くないのかな?」


 首を傾げながら、夏樹はサムズアップした手を見る。

 そういえば、自己紹介のときにもサムズアップをやって、あの時も少女の機嫌を損ねていた。

 だとするなら、今後はどうやってコミュニケーションを図ったものかと思案する夏樹に、少女は咎めるような視線を送る。

 今度はどんな誤解を与えたのか分からないが、その表情にはもう、怯えはない。

 言葉が通じなくても、思いが伝わらなくても、夏樹の祈りは、確かに届いている。

 少女の非難の視線を受けながら、今はそれだけでいいかと、夏樹は小さく息を吐いた。



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