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そわか  作者: 空雲雛太
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第四話『襲撃』

 剣のような形をしたそれは、しかし剣というより鈍器と言ったほうが正しいように見えた。

 刀身は、一センチ程度の厚みのある縦長な長方形で、紫色のガラス板。

 南京錠のような(つば)には中心に鍵穴が空いていて、その鍔から伸びる護拳は握りを囲うように伸びており、それが鍵の形をしているように見える。


「……何だろ、これ……? なんか見てると著作権的な恐怖心を煽られるビジュアルだけど……」


 得体の知れない恐怖感に身震いしながら、少女に視線を移す。

 すると、先ほどまではなかったはずのネックレスが少女の首に架かっているのと、紫色のガラス玉が飾られた通常サイズの鍵がそこに繋がれているのが目に入った。

 少女の手には、鍵穴の空いた武器が同じタイミングで現れているのだから、二つは無関係ではないだろう。


「ちっこい鍵を鍔んとこの鍵穴に突っ込んで捻ったら、何かが起きるってことだよね……」


 少し見てみたい気もするが、それを扱う少女本人が、突然発現した正体不明の鍵に恐怖の眼差しを注いでいるので、例え言葉が通じてもお願いは出来なかっただろう。

 そんなことよりも、今の能力覚醒時の余波で化け物が体勢を崩している――逃げるなら、今しかない。


「……ぃよっしゃあぁぁぁ!!」


 体を拘束する恐怖を振り払うべく、夏樹は大声を上げて気勢を上げる。

 その声に怯えて身をすくませた少女の手を取って、化け物の反対側へと走り出す。

 駆け出した夏樹と少女の背後で、化け物はのろのろと体勢を立て直すと、しゃがんで巨大な片腕を足元に立て――そのまま自らの体を持ち上げ、棒高跳びをするみたいに距離を詰めてきた。


「ちょっ……! うぉぁああああああ!!」


「――――――ッ!?」


 背後に化け物が着弾 (二メートル越えの巨体が二人に狙いを定めて飛んできたのだから、そう称して差し支えないだろう) した衝撃で、走っていた夏樹と少女が転倒する。

 着弾の勢いのままに化け物が豪腕を振るう様を想像して、夏樹は弾けるように体を起こし、化け物に視線を投げる……が、夏樹の警戒に反して、化け物の動きは実に緩慢なものだった。

 箱の山に挟まれた道幅は決して広くない……が、夏樹と少女が手を繋いで走ることが出来るくらいの広さはある。

 それでも二メートル以上の背丈と片腕を持つ化け物には狭すぎるらしく、棒高跳びの支柱にしたせいで自らを挟んで夏樹達の反対側に伸びる腕を持ち上げるのに苦労しているようだった。

 片腕だけがアンバランスに大きすぎるせいで、易々と振り回すことも出来ないのだろう。

 仮にも生物としてそんなことでいいのかと思わなくもないが、逃げる時間が稼げるのは願ったり叶ったりだ。

 道の両脇には黒い箱が山積みになっているため、その豪腕で横薙ぎの攻撃をされる心配が無いのもありがたい。

 先ほどの棒高跳び式移動法の飛距離は脅威だが、小回りを活かして右に左にと道を曲がって進めば、逃げ切れないこともなさそうだ。

 ようやく見えた僅かな希望は、しかし呆気なく霧散した。

 化け物の反対側……夏樹たちの進行方向に、新たにもう一体、化け物が降ってきたのだ。


「――――――ッ!!」


「増援……!? まさか、さっきのあいつの雄叫びが!?」


 少女のスキルの覚醒を受けて、夏樹たちへの化け物の警戒レベルが上がったがゆえだろう。

 敵に増援が来たことに泣き言を言うか、増援が一体だけしかいないことに感謝するかは、判断の難しいところだ。


「……って、僕は何をアホなこと考えてるんだよ……!! こっちの戦力はほぼほぼゼロなんだから、泣き言一択だろ!!」


 ……いや、そういう話でもなく、退路を断たれたのだから戦うしかないという話だ。

 猫に噛みついたからといって窮鼠が生き残れるかは分からないが、他には黙って殺されるくらいしか道は無い。

 そして、それが嫌だから少女は怯えているのであり、それが嫌だから夏樹も少女の手を取って逃げたのだ。


「ちょっ……えーと、君! それ! その武器ちょっと貸して!」


 言葉が通じないのは分かっていても、無言だと話しかけている感じがしないので、夏樹は少女が握っている鍵型の武器を指差し、その後手のひらを向ける動作と一緒にそう言う。

 それで少女も夏樹の言いたいことを察したらしく、武器の柄を夏樹に向けて、おずおずと差し出した。


「ありがと! ……素人がどこまでやれんのか分かんないけど、死ぬ気で抵抗させてもら……っ!?」


 化け物と向き合い、武器の柄を握る手に力を込めた瞬間……少女から借りたそれは、まるでガラスが砕けるかのような音を立てて、ガラスのように砕け散った。

 直後に、少女が武器を覚醒させた時の瞬きが再び走り、混乱している少女の手に再度召喚される。

 慌ててもう一度借りても、結果は同じ――鍵型の武器は、一秒だって夏樹の手には留まってくれなかった。


「……やっぱりこれ、選ばれし勇者のみが扱えるとか、そういう設定があるってこと……!?」


 つまり、召喚した少女にしか、恐らくこの鍵型の武器は扱えないのだろう。

 その事実を悟ったらしい少女の、青ざめた顔を見て夏樹は思う。

 生きて帰るためには、こんなにも怯えている少女を戦わせなくてはならないのか……その戦いを、夏樹にはただ見ていることしか出来ないのか、と。


「…………! …………っ!!」


 目に涙を浮かべながらおろおろする少女に構うことなく、夏樹たちが最初に遭遇した化け物の攻撃準備が完了する。

 せめて少女だけでも逃がせないかと必死に活路を探す夏樹の目に……赤い閃きが映った。


「――ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


「………………!?」


「なんっ……!? 今度は何!?」


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 どうやら、誰かが黒い箱の山から飛び降りて化け物の腕を攻撃したために、化け物が体勢を崩したらしい。

 そう気付いた頃には、突如現れた『誰か』は躊躇することなく化け物に追撃を加えていた。

 赤く閃く刀身は、長方形のガラス板――武器の形も、少女の持つ武器と同じ鍵型だ。

 焦げ茶色の髪はあまり手入れはされていないらしいらしく、武器が振るわれるたびにばさばさと音が聞こえそうになびいている。

 腕にくくられた鍵も、時代がかったぼろぼろの衣服も細部に違いがあるけれど、少女のそれらと同じく異質なものであることは間違いない。


「――ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 仲間が倒されたからか、増援で現れたほうの化け物の、慟哭のような咆哮が辺りに響く。

 夏樹たちを挟んで『誰か』の反対側で咆哮を上げる化け物に『誰か』が向き直ったことで、ようやく夏樹は『誰か』が女の子であることが分かった。

 隣にいる少女の紫色の瞳をアメジストのようだと形容するなら、彼女の瞳はルビーのようだと形容できるだろう。鋭い目付きと相まって、その紅い瞳は本当に燃えているかのように印象的だった。


「…………」


 その印象的な瞳で夏樹を一瞥した女の子は、化け物に視線を移して鍵型の武器を逆手持ちにする。

 それから鍔の部分に空いた鍵穴に、手首にくくられた小さな鍵を差し込んで、くりっと捻った。

 ガチャリ、という音とともに(つか)から外れた刀身を再び鍔に装着すると、刀身が淡い光を放ち始めて炎を纏う。

 『誰か』が振るうと炎は蛇のように咆哮を上げる化け物に絡みつき、瞬く間に化け物を包んで勢いよく燃え上がった。


「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


「……ネニユピウツヒミヘイムニ? エネヘニリヒレメネエムニヘレメ、ヘフヘツヘリメウユユ」


 炎に包まれた化け物の断末魔の中でもよく通る涼やかな声で、紅い瞳の女の子が少女に視線を向けて何かを言う。

 それがどんな内容だったのかは分からないが、少女が弾かれたように恐怖と驚愕を混ぜた目を彼女に向けたことと、彼女自身の表情から察する限り、面白いことを言ったわけではなさそうだ。


「ヘフヘウツヘ……レヘイムンヘムレ!? ユヘミ、レンレリミヘリヒネイニニ、ヘンヘレイネンヘ……!」


「ネメヘレツヘリミメメヘイメペインイユ。イツヘイルレヒ、ニヒテヘムレネイレメ」


 (おのの)く少女から視線を外した紅い瞳の女の子が、空を仰いで何かを言い終えるのとほぼ同時に新たな化け物が降ってきた。

 夏樹たちと、紅い瞳の女の子を挟撃するように……夏樹と少女の側に一体と紅い瞳の女の子の側に三体と。

 計四体の増援が――三人に、荒々しい殺意を向けている。


「フニレメフニテヒ、ルミリヘイニユイヘヘムユネ。ウヒレミイリヒリニウエネイユ」


 化け物に視線を向けた紅い瞳の女の子が、嫌悪感の(こも)った声で何かを言ってから、先ほどと同じ手順で鍵型の武器を操作する。

 淡く輝き始めた紅いガラス板の刀身に再び炎が走り、少し綺麗なだけの鈍器だった鍵型の武器を、幻想的に煌めく炎の剣へと変える。

 また鍵を操作する手間を嫌ったのか、紅い瞳の女の子は炎を放つことなく、刀身に纏わせたまま炎の剣として化け物に斬りかかった。

 化け物達も、骨と皮しかないようなもう片方の腕で紅い瞳の女の子に応戦しているけれど、ミイラの腕みたいに貧弱なそれでは、炎の剣と化した鍵型の武器と打ち合うには力不足なようで、三対一なのに押され気味だ。


「――ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


「っ!?」


「うげっ……忘れてた!」


 紅い瞳の女の子の戦いを観戦している余裕などない――夏樹たちの側にも、化け物はいるのだ。

 こちらから仕掛ける様子がないからだろう、化け物は悲鳴のような咆哮を上げながら、巨大なほうの腕をゆっくりと持ち上げる。

 今化け物に飛び蹴りをかませば体勢を崩せないだろうかと考える夏樹の隣で、少女が動いた。


「エツヒ、ヘミレ……リウユツヘ、リウ!」


 何かを小さく呟きながら、少女は先ほど紅い瞳の女の子がそうしたように鍵型の武器を操作する。

 刀身が淡い紫色の光を放ち始めたことを確認した少女は、その武器で化け物に斬りかかった。


「――ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 一太刀、また一太刀と、少女が攻撃を重ねる。

 武器の能力か化け物が意外に脆いのか、武器は易々と化け物の肉体を裂き、血の代わりに大小様々な黒いキューブ状の粒が飛び散って少女と夏樹の上にバラバラと降り注ぐ。


「――ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 断末魔を上げる化け物が、最後の悪あがきとばかりに細いほうの腕を振り回す。

 かなりの勢いで打ち付けてきたはずのそれをあっさりと受け止めた少女は、素早く紫色の刀身を閃かせてその腕を叩き斬った。

 サイコロみたいな黒い粒を散らして落ちる腕が地面に落ちるより早く、少女は返す刃で化け物に強烈な一撃を見舞う。

 体が爆発したみたいに黒い粒を散らした化け物は、僅かに堪えた後に自身の巨体を支える力を失い、その場に崩れ落ちた。

 化け物に立ち向かった恐怖からか人の姿をした生き物を打ち倒したストレスからか、少女は小刻みに震えている。

 何と声をかけたものか、そもそも声をかけても伝わらないのなら、少女を混乱させたり苛立たせたりするだけなのではと逡巡する夏樹の背後で、がちゃりと、何かの鍵を開ける音がした。


「……ユツヒチュレネユフレネリエヘユネ」


 振り返ってみると、紅い瞳の女の子が武器を操作しながら何かを言っていた。

 すわ、また化け物の襲撃かと視線を巡らせる。

 夏樹には何も見えないし、紅い瞳の女の子の武器が纏う炎の燃える音以外は聞こえないが、少女が怯えたような顔で女の子を見ているので、何かあるのは確かなのだろう。

 警戒しながら辺りを見回す夏樹の耳に、再び女の子の声が響く。


「――リメヘユウユル、エンヘユリミメルユ」


「…………っ! ヘンミメレ!」


 悲鳴のような少女の叫び声が聞こえたと思った直後に、夏樹は体に強い衝撃を感じた。

 どうやら少女に突き飛ばされたらしいと気付いたときには、先ほどまで夏樹のいた場所に――今、少女のいる場所に。



 真紅の炎が、躍りかかって噛みついた。




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