八夜
月日は過ぎていく。その間にも、ニュクスとアトラスの仲は改善されなかった。
そんなある日、アイギーナが倒れた。妊娠している彼女の衰弱は激しかった。子を諦めなければ、助からないだろうと思われる程に。
しかし、アイギーナが我が子を諦める事は無かった。
「私はこの子を産まなければなりません」
そう言って医者を追い出したのだった。彼女の様子にアトラスは根負けした。アイギーナの望む通りにしようと医者に指示する。
だが、別れがやって来た。
「母様」
アイアコスの母を探す声がする。しかし、彼女はエリシオンに居ない。アイギーナは生まれ育った地に連れて行かれた。
その様子をニュクスは冷めた目で見ていた。幼い子供を見る目では無い。
それを見たクリソテミスはエリテュイアを隠した。出来る限り、彼女の眼に触れないようにした。その行動は正しかったのだ。
ニュクスは以前よりも荒くなった。それは目の上の瘤だったアイギーナが居なくなったためだろう。周囲の些細な失敗も許さず、責め続ける。それによって体調を崩す者も現れた。
「アトラス様、もう耐えられませぬ」
そう言って、ニュクスとの離縁を望む。その声は日々、大きくなっていった。アトラスであっても止める事が出来なかった。ニュクス自身がそれらを煽るのだ。
そして、アイグレー誕生の知らせが届いた頃には、夫以外の男との子供を孕んでいた。この事実に気付いた者は少ない。だが、少ないだけで確かに居たのだ。
悪い噂は加速する。余計な手はいらない。
そして、噂はアトラスの耳にも入った。アトラスは唸る。自分の子供だと言う事は無理だった。彼女との仲の悪さは伝わってしまっているのだから。
アトラスは子供達の様子を訊ねた。従者は顔を歪めた。その歪みが返事になっている。
「ニュクスを別宅に移す」
彼は決断を口にした。従者は黙って頷く。
そして、その日の夜にはニュクスはアトラスの屋敷から姿を消したのだった。
ニュクスは暗い部屋を見回す。ここはエリシオンの将軍が住まう屋敷では無い。将軍の別宅は屋敷のある丘を見上げる様に存在している。民が暮らす家よりは豪華ではあるが、アトラスの屋敷よりは小さい。そんな場所に彼女は追い遣られたのだ。
原因である腹を見つめてた彼女の眼は虚ろだ。
「・・・・・・」
沈黙が辺りを支配していた。彼女は考える。この暗闇から出る術を。
「・・・ふふふ・・・」